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風、選択のとき  作者: 片桐
本編
11/22

ACT.十一  トワイライト・ムーン

 遠くで風の音がする。

 目で見ることは出来ない代わりに、ごうごう体に響くことで存在を主張する、風。時に激しく、時に静かに。そこにあると思えば消えてなくなり、急にわきおこっては人の心を驚かせる。

 まるで誰かみたいだと感じるのは、気のせいなのだろうか――。

 水泡が弾けるように目が覚めた。自分がどこにいるのか、にわかに分からない。

 さして大きくない、シンプルな造りの部屋である。壁は木目調で、普段は物置に使っているのだろう。今は、物の入ったダンボールは、きちんと並べて壁際に寄せられていた。

 毛布をめくって立ち上がり、小窓から外をのぞいてみた。あの独特な緑色の風が、目の前を通り過ぎていく。

 景色を見ているうちにひらめいた。ここは、BSの隠れアジトのひとつ――浮き島『ムウ』だ。昨日、黙に連れられてやって来たのである。


「挟間に時間の概念があれば、の、『昨日』だけどね……」


 つい独り言をつぶやく。まだまだ挟間に関する謎は尽きないも、とりあえず、自分が長い時間眠っていたことは確かだろう。

 大きく背伸びをして、髪を結わえると、体の埃を払いつつ部屋を出る。

 少し行った所が、広い部屋――リビングになっていた。机や椅子、壁、天井、床などは全て木製で、山小屋風の造りが心に暖かい。暖炉も本格的な煉瓦で出来ており、黙のこだわりが感じられた。


「――おす。ちゃんと眠れたか?」


 やにわに声をかけられ、振り向いた和音は、黙とは違う青年の姿に、にっこりする。


「ええと、ひょうさん――でしたよね。おかげさまで、ぐっすり」


 これはお世辞ではない。極度の緊張状態が続いた反動か、部屋をあてがわれたとたん、ほとんど気絶するように眠りこけてしまったのだ。夢のひとつも見なかったのだから、その眠りの深さがうかがい知れる。

 青年はこちらの言葉に、明るい笑顔を見せた。


「そりゃ良かった。うなされたらどーしようかと思ってたんだよ。お前、案外神経太いのな」


 感心したように、頭をぽんぽんされてしまった。

 彼の名は、神村(かみむら)兵衛(ひょうえ)。昨日黙が「ひょう君」と呼んでいたので、和音も似たように呼ばせてもらっている。

 BSの助手がムウにいると聞いて、どんな猛者(モサ)なのだろうかとおっかなびっくりだったのだが、短髪に日焼けした肌、白いTシャツにジーンズという、いたって普通の格好の彼に、ほっとしたのを覚えている。


「私、どれくらい寝てました?」


 ためしに訊くと、兵衛は自分の腕時計を見た。


「七・八時間ってとこだな」

「そんなに!?」

「なんの、なんの。所長なんて、まだ起きねーぜ?」


 軽く笑って、手近な椅子に腰掛ける。そうして彼は、銃のようなものを点検し始めた。

 昨日の出来事が脳裏によぎり、和音はしみじみと言う。


「まさか急に倒れるとは、思いもしませんでした……」


 ムウに連れられ、助手の兵衛を紹介された直後のことだ。

 前触れなく、いきなり黙がその場に崩れ落ちたのである。ケガか、と思ったもののどこにも外傷はなく、ただ意識だけが完璧に失われていた。こういう事態に慣れているらしい兵衛の、


「心配ねーって。しばらく寝かせりゃ、元に戻る」


 という言葉を信じて、自室に寝かせてあるのだが、こう長引くとさすがに心配になる。


「持病か何か抱えてたんですか? 黙さん」


 とりあえずそれ以外、昏倒した原因に思い当たることがない。

 ぶはっ、と兵衛は噴出した。


「ないないない、所長に限ってそりゃねーわ!」

「じゃあ……?」

「ありゃ、ひとえにT・Mの使いすぎだな。――あ、ワリ、お前漂流者だったっけ。T・Mって何か、わかる?」

「いいえ……聞いたことはありますけど」


 いったん作業する手をとめて、そうだな、と兵衛は目を細めた。自分でも確かめるようにしながら、説明してくれる。


「T・Mってのは、挟間で発見された未知の物質だ。現段階で判明しているのは、それが挟間風を操る力を持っているということだけ。この世にたったひとつしかねぇ、貴重品さ」


 新たな情報を聞かされた。

T・M、と、和音は鸚鵡返しにつぶやき、納得する。挟間風を操れるから、ゲートを使わなくても世界移動が出来るというわけだ。行きたい世界へ通ずる本流を、自分の元へと連れてくれば、それでOKなのだから。

 黙はT・Mを持っていて、それの使いすぎでぶっ倒れてしまった。確かに、あれだけたくさん世界を飛び回ったのだから、使いすぎたというのもうなずける。


「所長が、管理局や他の間賊から目の敵として追い回されてんのは、T・Mを持ってるからなんだ。何しろ、この世に一個しかねーものだからな。今の技術じゃ、挟間風を操ることなんて出来やしない。狙われるのも当然! ――だろ?」


 くくくっ、と妙に楽しそうに笑い、Tシャツの袖をまくる。付け狙われるのが嬉しいとは、さすが間賊・BSの仲間だ。逆さになった黒星のアームバンドは、その証拠というところか。

その兵衛が、和音の後ろに目をやって、大きく相好を崩した。


「よお、近衛(このえ)。こいつ、やっと起きて来たぞ」


 視線を一八〇度動かすと、そこに、もう一人の兵衛がいた。

 ラフな感じのパーカーを羽織り、綿のズボンをはいた彼は、写し取ったみたいに兵衛と同じ顔をしている。背格好もほとんど同じだ。ただ、彼の方が髪は長めで、いくぶん体も細く、見るからに体育会系の兵衛と違い、和音のような文系の雰囲気を持っている。

 言わずもがな、近衛は兵衛の双子の弟だ。


「お、おはようございます――このさん」


 会釈すると、はんなり笑い返された。が、「おはよう」の返事はない。

 そのまま無言でお辞儀をし、くるっときびすを返すから、ややあわてて兵衛が弁明する。


「言っとくが、あいつ、めちゃめちゃ寡黙ってだけなんだ。無口っつーか、恥ずかしがり屋っつーか……けど、愛想がないわけじゃねーから、誤解しないでくれよ?」

「わかってますって」


 同じ事を、昨日黙から言われている。

 近衛は両耳に逆さ黒星のイヤリングをしていた。つまり、彼もれっきとしたBSの一味なのだ。これだけ素朴な双子が、あれだけキャラの濃い黙の助手というのも、考えてみれば不思議な話である。

 兵衛が、持っていた銃を構えた。「じっとしてろよ」と前置きして、口を天井に向けると、引き金を引く。ズドン! といくかと思えば、さにあらず、掃除機のように空気を吸い始めた。


「お前の体についた、出生世界粒子をいただくよ。それを近衛が、潮流クロマトグラフィーと超微粒子分析にかければ、お前の故郷を割り出せるって寸法だ」


 がー、がー、と、衣服に銃口をあてて、毛玉でも取るみたいに動かす。

 あいづちを打っておいて、和音はされるがままになっていた。彼の言っていること? そんなの、分からなくとも、いちいち気にしていたら身体がもたない。重要なことだったら、また後で聞き直せばいいのだ。

 両腕、両足、背中、髪、と進んだところで、近衛が奥の部屋から出てきた。向こうはどうやらキッチンだったらしい。手に、お皿とマグカップを持っている。

 皿に乗っているのは、ほかほかと湯気を上げるオムライスだった。とろけた半熟卵に、深い色合いのデミグラスソースがかかり、添えられた野菜もみずみずしく、実においしそうである。薄く油の浮くコンソメスープも、カップでいい具合の蒸気を上げている。

 ふわりと芳香に鼻をくすぐられ、和音は猛烈な空腹を感じた。そういえば、投獄されたときにパンとコーンスープを食べたっきり、何も口にしていない。

 掃除機銃のスイッチを切り、兵衛は立ち上がると、それを置くため部屋の外へ出ていった。一方の近衛は皿を机に並べ、ちょいちょい和音を手招きする。


「私?」


 きょとんとする。皿の前に座るよううながされた。

 その、にこにこした優しい微笑みに、意味するところを把握する。


「え、これ、私になんですか? ――うわあ、ありがとうございます! お腹ぺっこぺこだったんです!」


 思いがけない嬉しさのあまり、手放しで喜んでしまう。こんなに優しくされるなんて、挟間に来て初めての事ではないだろうか?

 近衛は、大したことじゃない、とばかりに笑って手を振った。言葉はなくとも、雰囲気でなんとなく言いたいことが分かる。しきりに横髪をいじっているのは、どうやら照れ隠しらしい。

 いい人だ~、と感激の涙を流しつつ、両手をそろえて「いただきます」をする。

ほおばったオムライスは、舌の上でじゅわっと溶けるほどにおいしかった。和音はしばらく、これまた挟間に来てから初めての、至福の時を過ごす。食べ物に極上の幸せを感じるのは、さすが女子大生のはしくれといったところだろう。


「――っ」


 近衛が鋭く息を呑んだのは、そんな彼女が、ほぼ皿を空にしてしまった時のことである。

 パチクリするこちらに構わず、彼は、空になったカップを片手に身を乗り出し、真剣な表情である一点を凝視している。視線を追うと、それはどうやら、自分の左手首のようで……


「あ――――っ!!」


 椅子を吹っ飛ばす勢いで、和音は立ち上がった。

 一眠りしたので、すっかり忘れていた! この読風機の問題を!!


「なんだ、なんだ?」


 大声に驚いて、兵衛まで戻ってきた。振り返った和音が事情を説明するよりも早く、近衛が指で、読風機を指し示す。


「あれ……?」


 兵衛は、実に奇妙な面持ちになった。当惑しつつ、


「どうしてお前がそれをつけてんだ? それ――」

「黙さんの、ですよ。もちろん」


 先読みしたものの、首を振られてしまう。


「そうじゃねぇよ。それ、T・Mだぜ? なんでお前が持って――」

「ええええええッ」


 大絶叫、パートツー。

 気迫に押されて兵衛がのけぞるも、和音は目に入っていなかった。

 これが!? 伝説の!? 管理局や間賊が付け狙っているという――?


 頭の中でひらめくものがあった。世界を移動するとき、決まって黙は自分の左手首を握ってはこなかったか。そしてT・Mとは、挟間風を操って、自由に世界移動が出来る代物だ。


「嘘でしょう!? だってこれ、どう見てもただの読風機ですよ?」

「そう見せかけているだけだって。この文字盤の中に、T・Mがしこまれてんだよ。言っただろ? 狙ってる奴は多いんだ、そう簡単にありかが分かっちゃ意味ねーよ」

「嘘――っ! どうしよう、大変ですよ、これがそうなんて困りますって!」


 ぶんぶん腕を振る和音を前に、双子は顔を見合わせる。あまり事態の飲み込めてない彼らに、


「外れないんです。この読風機、私の腕から外れないんですよう!!」


 問題のブツを突きつけ、悲鳴をあげるように説明してやった。

 一拍置いて、ムウ中に、兵衛の驚愕の叫び声と、近衛の手から滑り落ちたカップの割れる音とが、こだました。

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