剣道小町
こういうの初めてです。
仕事の合間を縫って書いてみたいと思ってます。
何事も挑戦です!
完結を目指します。
「――お疲れ様」
鳥の囀りのような小さな声は少年の渇いた心と体を癒す。
声の主、織田翼は校内で「剣道小町」として皆の憧れの的である。容姿端麗や文武両道といった好意的な四文字熟語は彼女の為にあるようだ。中学時代に全国の舞台を経験済みの彼女は、一年生ながらレギュラーとして期待される。
剣道部は夏大会に向け、猛練習に打ち込み、既に日は暮れていた。
その翼はなぜか、校舎の隅でボロ雑巾になった少年に言葉を掛けている。
端から見れば不可解であろう。
――翼と少年をつなぐ理由は、何を隠そう幼なじみであること。それだけだ。家が近所であり、幼稚園から高校まで同じ道を歩んできた。
「お疲れ様……」
こちら、少年の方は翼の言葉に対し、満身創痍の体を起こして言葉を絞り出した。
雫誠は部活等には所属していない。その上、無責任と無茶苦茶な日々の言動からクラスでも孤立し、教師からも非難の目を浴びせられている。
いつの時代にも馴染めない少年少女はいるが、誠は典型的な利かん坊という奴で、群れるということをしない。
一匹狼と呼べば、きこえはいいが、到底そうではない。意気がっている一人の生徒は今日も先輩に楯突き、袋叩きに遭って突っ伏していたのだ。
傷だらけの顔か、ようやく流血が止まっていた。さすがに金属バッドで撲られたのは効いた。ちょっと野球部のマネージャーにチョッカイだしたら、キャプテンと付き合っているとかでこの様だ。
「ったく、手加減くらいしろよ」
ふて腐れて故意に校舎の端で横になっていたが、いつの間にかウトウトと半分くらい眠ってしまった。とっくに野球部の連中は帰ってしまっていた。
「誠、喧嘩?」
翼の哀れむような目。耐え切れず、誠は目をそらす。
「つ、翼には関係ないだろ」
「そうね、分かったわよ」
翼は踵を返すと、大股で去っていった。
それだけで二人の関係は分かる。かたや翼は女子剣道のホープで憧憬の的、誠の方は毎日荒れていた。歩んできた道の充実度は歴然、翼はどう思っているのか知らないが、地面で寝そべっているのお似合いな誠には辛い事実である。
実は二人は高校の入学式以来、久しぶりに口をきいた。その事実に一番驚いていたのは誠だった。まだ自分は光輝く翼に気遣ってもらえるに値すると思ってもみなかった。
それなのに、そんな言葉をかわしただけだ。
果たして、勇み足で部活仲間の下に戻る翼と別れた後、誠は校舎から離れた駐輪場に向かい、傷んだ体を愛車に預ける。
愛車こと、ママチャリ自転車に股がった誠は気づく。
タイヤがパンクしていた。前後二本ともなので、誰かの仕業だ。心当たりは多すぎる。
情けない。思わず、ため息をつく。
「チクショー」
その日、滑稽にも自転車に寄りかかって岐路につく誠の姿があった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
次の日、誠が登校すると、クラスの幾人かの男子が教室に戻ってきた。
剣道部の早朝練習をお目当てにする、翼の追っかけ(親衛隊?)みたいなものだ。翼は隣のクラスであるが、剣道に打ち込む姿は誠のクラスでも男子生徒から人気がある。
栗毛色のロングヘアーに竹刀を携える翼は袴、防具姿共に味気ない道場に映えると言われていた。
いつだったか「雫は見に行かねえの?」と、席の近い男子生徒何人かが誠を誘い「ゴリラ女に興味ねえよ」と反駁し、反感を買った過去があるのは有名である。
誠はクラスの触れたくない部分として確立しているので、今では誰も声を掛けない。
今の環境を望んでいたわけではないが、バリアーを張っているかの如く、誠は一人でいる時間を好んだ。
誠の日課は登校後、机に頭を丸めて睡眠、これに尽きる。
ガヤガヤと騒がしくなって、目を開けていた誠は教室の会話を耳にした。
「いい写真が撮れたんだ」
「俺の見ろよ」
それは何かのアイドル騒動に等しい。翼の話題は猥談にまで及ぶ時もあるが、この日はお互いに翼の練習姿の写真をおさめた携帯電話で自慢しあっていた。
一通り、話が終わると、ふと一人が切り出す。
「知ってるか? 織田翼の着替え写真撮った先輩がいるらしい」
「犯罪だろ!」
「しかもさ。彼女、下着つけてないそうだ」
「何ィ?」
一同は声を揃える。高校生なら、スケベ根性は旺盛である。
だが、話はここまでになった。教師が登場し、朝のHRの始まりだ。
誠は静かに顔を上げる。その瞳は次を見据えていた。