プロローグ。牢屋で生活するには 7
今回は会話が多いです。なかなかプロローグが明けなくてすいません。
目覚めると暗い暗い石の牢屋。
とはいえ、それも最近は慣れてきた。壁につけた傷は今日で50個。もうすぐ二カ月になる。
まだ男は来ていないようで、とりあえずご飯と謎グッズを回収する。美味しいパンがもらえるけれど、食べ物を無駄にするとバチがあたるからね。
そんなものを食べるのか、と彼はげんなりしていたけれど、一応食べ物には分類されているから大丈夫。
今日の謎グッツは、黒い何かの金属。鉱石なのか、ゴツゴツした石の様な外見で、大きさは親指の爪くらい。手のひらでころころさせて観察してみる。冷たくて、硬いけれど、特に活用法が思いつかないので、壁際に並べてある謎グッツの中に新しく並べた。
これらが何なのかも、男は教えてくれない。
知ってはいるようだったけど・・・うん、そのうち隙を見て聞いてみよう。
妹は言う。
「王子様とは、前から親しくして頂いていたの。あの、小さい時にお忍びでパンを買いに来た、とても上等な服の男の子の話、覚えてる? 彼が王子様だったの。お友達みたいな関係だと思っていたんだけれど、昨日、急にプロポーズされて・・・」
と、真っ赤になっての報告。
知らないところで妹に結婚の危機だ。これ、どう邪魔すればいいんだろうと私は考えた。
こんなに可愛い妹だから、夢世界でもさぞや可愛らしいんだろう。
養女になった貴族の身分も結構高そうだし、王子様はかなり真剣に妹を嫁にしたがっていると見た。
「その・・・くるみちゃんは、」
好きなの? と小さく聞くと、妹はさらに茹でダコみたいに真っ赤になって(道を歩けば告白されるといっても過言じゃないくらいもてているのに、どうして今更照れるんだろう)
「王子様のことは、好き・・・だけど」
―――――――私の背後に殺気がゆらりと昇った。
「でも、男の子としては見れない、というか。その・・・」
―――――――が、その殺気は無事に背中にひっこんでいった。思わず笑顔になって、補足する。
「あくまでも友達としての“好き”だ、と?」
こくん、と妹は頷いた。私は胸の内でガッツポーズをする。
「だよね! まだ15歳だもん! 結婚するには早すぎるよね!!」
「あ、それは違うの。向こうでは適齢期だし、私にもお父様が決めた婚約者がいたんだよ。・・・王子様からのお話があって、すぐに自然に無くなっちゃったんだけどね」
という妹の言葉に、私はしょぼんとなって、進んでるね・・・と良くわかないことを呟いた。
「だから、結婚の事はお断りしたいの。だけど、お城には行きたくて・・・お姉ちゃん、どうしたら良いと思う?」
泣きそうな目の妹からの懇願。
きゅんとなった私は、思わず、分かったお姉ちゃんに万事任せなさい!! とついつい叫んで請け負ってしまったのだ。
「でもねー。私には、お城の事情とか良く分からないしねー。困った、困った」
紙ヤスリで鉄格子をガシガシ磨きながらの独り言である。
その鉄格子ももう手の届く範囲は磨きあげてしまっているので、上の方によじ登りながら。
我ながら、この体の身体能力には恐れ入る。
「実は猿だったのか、お前は」
と、そんな折にようやく男がやってきた。今日もいつものようにボロボロの端切れ服に、もじゃもじゃ髭ともじゃもじゃ髪のよそおいだった。
そんなもじゃもじゃで表情なんて分からないのに、心底呆れているのが分かるようになってしまったんだから、付き合いも長くなったものだと思う。もう20日も毎日会っているのだ。
とん、と地面に降りて、にぱーと笑いかけた。
「いえいえ。れっきとした人間ですよ。見えませんか?」
両手を広げて一回転。
彼はうろんな目でこちらを見て、ああはいはい、と非常にやる気のない返事をした。
「お前は城について知りたいのか?」
唐突な問いだ。んー? と首を傾げてから、ああ、さっきの独り言か! と思いついた。
「お城じゃなくて、王室の人間関係について?」
「なんでそんなものを知りたいんだ」
「いやあ、実はですねー」
とそのままするっと喋りそうな口を自分でぱしっと塞いだ。
話していいのか? これは。
「なんだ。俺には言えないことか?」
ずい、と男が顔を近づけてくる。
私は考えた。この世界が、妹がもう一つの人生を送っている世界と同じものなのか、それとも全く違う別の世界なのか、私が妄想しているだけの脳内世界なのか。
分からないけれど、私と妹の関係が公になる事は望ましくない。
妹は貴族の令嬢で、将来有望で、なにがあっても幸せになってもらいたいのだ。
牢屋なんかに入れられている私との関係は百害あって一利なし。暗黙に引き込んで消滅さすべし案件だ。
だから相談するなら、うまく隠して誤魔化さなければいけない。
と、そこまで考えて、そのまま言えばいいのかと気付いた。
夢の中の妹の話だ。だれもそれが現実にいるなんて思わないだろう。
マイナス点は私が電波認定されることくらいだけれど、男には十分変人に思われているから、今更脳内妹の一人や二人で気持ち悪がられることもあるまい。・・・と信じたい。
「その、夢の中で出会った妹の話なんですが――――てちょっと! まだ一言しか話していないんですが!! 何帰ろうとしてるんですかちょっと聞いてってば!!」
あろうことかこの男!!
くるっと背を向けて立ち去ろうとしましたよ薄情な!!
それを必死で引き留めると、彼はとても嫌だ、ほんと帰りたい、というオーラを出してまた戻ってきた。
二度と逃げられないように服の裾を掴むと、はああ、とこれ見よがしに大きなため息をつかれた。
「言い渋るから深刻な話かと思えば、随分と愉快そうな話だな」
「愉快じゃないですよ。間違いなく深刻な話です!」
「そうか。とりあえず聞いてやろう。話し終わったら手を離せよ」
その瞬間に帰るから。と声にならない声で補足が聞こえた。
もーこの男! まさかここまで即効で見捨てられるとは思わなかった。
容赦ないにもほどがあるわ!!
「私には、それはそれは可愛い妹がいるんですよ」
「夢にか」
「ええ夢の中に。その妹がお城の王子様から求婚されたんです」
「それは(お前の頭が)目出度いな」
「そうですね。一般的には目出度いです。ですが、妹は王子様と結婚したくないという」
「お前の嫁になりたいと言ったんだろう?」(投げやりな様子で)
「まさか。ただ、王子様は人としては好きだけれど、恋愛対象じゃないから結婚はできないと」
「・・・・・・正直だな」
「心無い結婚はお互いを不幸にするでしょう。妹は言います。『なんとかして断りたいけれど、お城には行きたいの』」
「断るのが難しい上に身勝手な願いだな。あとお前の声真似は気持ち悪い」
「妹の愛らしい声で脳内補完してください。私はしてます。まあそんなこんなで、妹に良い考えを授けてあげたいんですが、お城も王族も貴族もさっぱり関わりのない私にはよく分からないんです」
「俺が関わりのあるように見えるのか」(自分の様子を指さしながら)
「外見は置いといて、あなたの動作には品があります。私に教えてくれたように知識も豊富です。偉い人たちと関わった事があるかないかは置いといて、私よりも余程良い案を思いつく事ができると考えました」
ずばずばとツッコミのない漫才の様な会話を繰り広げた後、ふはぁと息をついた。
男は少し目を見張って、
「お前、馬鹿じゃなかったんだな」
と誉めてんだか貶してんだか分からない事を言い出した。
ふむ。男は頷くと、腕を組んで考えだした。
「まず、王族からの求婚を断る方法はいくつかある」
私は思わず拍手をした。素晴らしい。さすがだ。
「身分の差を持ち出し、身を引いて町を去る」
「妹は貴族です」
お前の妹だろ? と言いたいのが丸わかりに、目を見開かれた。
しばしの沈黙。
「・・・昔から神に仕えたかったと、修道院に入る」
「家族と離れ離れにする訳にはいきません」
男もあまり良い案とは思っていなかったらしく、そうか、とすぐに引っ込めた。
また沈黙。
「・・・・・・王子に限っての話ではないが、男が惚れた女から、“好きではあるが男として見られない”と言われたら誰でもやるせなくなるだろう。その隙をついて、うやむやに求婚を撤回させろ」
「それ、うまく行くんでしょうか・・・? というか、王族に対してそんな普通の対応で大丈夫ですか?」
「そうだな。まず、王子がお前の妹に心底惚れていて、体裁ではなく、心から妻になって欲しいと望んでいることが条件だ」
「それは問題ありません。なんせ、妹はとてつもなく可愛いですから!」
力いっぱい宣言しても、男はもう何も言わずにふいと顔をそらされた。
「ただし、公の場ではなく二人きりの時に話すべきだ。王子の性格も、理性的なものである必要があるだろう」
私は妹の話を思い出した。
王子は、昔お忍びで妹のパン屋へ来て、妹に一目ぼれしたらしい。
それから、時々尋ねてきてよく遊んでいたらしい。
性格は真面目で少し気が弱く、とても優しいとか。
「ああ、押しには弱そうで女の涙にも弱いタイプですね」
「・・・お前。いや、お前の夢の中の王族ならお前の好きにしていいのか」
男は複雑な感情をもてあます、といった様子で困惑している。
「では妹には、正直に誠心誠意丁寧にお断りしておいで、と伝えますね」
「そうか。悪魔の様な顔をしているが大丈夫か?」
「大丈夫問題ないです。その上で、『わたくし昔からお城で働いてみたかったんです。でも、殿下を傷つけてしまったわたくしにそのような事お願いする資格なんて・・・』みたいに泣き落せばいいんですね。
妹はお城で働けて、王子様は妹と関わる機会が増えて両者両得ってやつですね」
にこにこほくほくと男に確認すると、なぜか彼は疲れていた。
「そうだな。俺はお前が女だったら嫌だと思ったよ」
良く分からないコメントに、私は首をかしげた。
残念ながら元々女なんですけどね、とは勿論心の中での応答だったが。