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プロローグ。牢屋で生活するには 5

ふーふーふー。

私は余裕で歩いていた。会社からの帰り道なのだが、なんと、まだ7時!!

もう無理です無理ですボロボロです!!と上司に訴えたところ、

じゃあ今日は定時で帰っていいですよー。直帰でいいので、時間になったら適当に切り上げてくださいねー。とお許しが出たのだ。

さすがに定時(5時)とはいかなかったけれど、6時過ぎには納得のいく区切りができた。

普段はそこから会社に戻り、報告書やら、今後のスケジュールやら、市場調査やら、チームとの情報交換やら雑用やらと細々やっている内にとんでもない時間になっているのだけれど、今日は、(正しくは、今日だけは)全面カット!!

明日にはこんもり積っているに違いない机の上の書類の山は今は意識から追い出すとして、

久しぶりの早い帰宅にうきうきしながら、念願の晩酌の梅酒やハイボール、つまみのチーズやスナックを買い込んで帰路についていた。




駅から自宅までの道のりをてくてく歩きながら、最近の夢のことを考える。

相変わらず男は毎日やってくる。そして、夢の世界のことを少しずつ教えてくれるようになっていた。


例えば、あの世界には国はひとつしか無いらしい。

東西南北に色の名前のついた地方があり、各地の主が治めているのだという。

日本の“県”よりは、アメリカの“州”のような制度で、警察組織も法治制度も、官営事業も各地域で違うらしい。

例えば北の地で“食い逃げ”が重罪だとして、北のままだと死罪になるとする。けれど、“食い逃げ”が軽犯罪である東の地に逃げさえすれば、罰金で済むようになる、という事が起こるかもしれないという事だ。(いや、食い逃げがどの程度の罪になるかは知らないよ? ただの例だよ)

まあ、普通は、戸籍登録のある地方に強制送還されるらしいけれど。

そして、中央にある王都が、地方の総管理をするらしい。王都はどの地域よりも敷居が高く、全てが集まる場所だという。この感覚はアメリカよりも、日本の“東京”・・・というより、“江戸”に近い気がする。


でも、私がいる場所がどこか、とか、私の罪は何か、とか、そういう事は教えてくれない。

彼はただ、私が尋ねたことの中で、答えられそうな事だけを答えてくれる。


それでも、退屈な牢屋生活とは全く違う新しい生活スタイルは、とても楽しくて、私は現状に満足していた。



さて、食材が詰まった買い物エコバックを肩に担いで、自分のアパートにつくと、外階段を上って3階に行った。エスカレーターの無いこのアパートは、階が上の方が安かったのだ。

手前から2番目のドアが私の家だ。

が、その扉の前で何かがうずくまっている。


いぶかしがりながら近寄ると、それは、小さく丸まってうとうとしている、

私の可愛い妹だった。


妹は、まだ高校生になったばかりで、実家で家族と一緒に暮らしている。

私の家と実家はそんなに遠くは無いけれど、電車を乗り継いで2時間強かかる。

休日に遊びに来るのは良くあることだけれど、今日はまだ平日。というか水曜日で、決して夜にここにいて良い日ではないのだ。


「なに・・・してるの?」


声をかけると、はっ、と妹が顔をあげて、きょろきょろした後、私を見上げた。


「お姉ちゃん、お帰りー」


ほわぁ、と花がほころぶように笑う。

あー可愛い。


「うん、まあ、ただいま。お姉ちゃん色々聞きたいことがあるんだけど、

とりあえず、中に入んなさい。合鍵渡してあったと思うけど、なんで外にいたの?」

「ありがとー。だって、合鍵はひとつしかないんだもん。玄関からなくなったら、お母さんに気付かれちゃうから」


うわあぁ、不穏な言葉が来ましたよ。

私はドアを開けて妹を促し、自分も入って靴を脱ぎながら、恐る恐る、聞いた。


「・・・家出?」


「うん。お姉ちゃん、しばらくご厄介になります」


よろしくお願いします。

妹はぺこりと頭を下げた。それに合わせて、ツインテールが生き物のようにぴょこりと跳ねる。

そしてそのまま、頭を上げない。

私が了承するまで、上げないことは分かっている。この子は頑固な子なのだ。


私は、はああ、とため息をついた。


「分かったよ。狭いところですが、ようこそ」


すると、妹はぱっと頭を上げて、目をキラキラさせて私に抱きついてきた。

「ありがとう。さすがお姉ちゃん、話が分かる! 大好き!」

「はいはいはい。お姉ちゃんもくるみちゃんが大好きだよー。

でも、話は聞かせてもらうからね。それと、家に連絡を入れること」


賢い妹は、いつまでも家に無断でいられるとは、最初から思っていなかったのだろう。

素直に頷いて、えへへ、と照れたように笑う。

「でも、ちょっと気まずいから、最初はお姉ちゃんが電話、してくれる? 私も、話はするから」

「了解。とりあえずはメールでうちにいることだけ連絡入れるから、ご飯を食べながら話をしよう。電話はその後」

「はーい」



私の妹。名前は胡桃(くるみ)

今年の4月に実家近くの高校(ちなみに、学区でトップの実力を誇る学校だ)に入学をした。

外見は、身内の贔屓目を抜いても、可愛い。もう、信じられないくらい可愛い。

ふわふわで淡い色の長い髪と、真っ白な肌と、桃色のほっぺ。

全体的に小作りで、背も小さければ、顔も小さくて、小動物のように愛らしい。

中でも一番の妹の魅力は、くりくりと大きな漆黒の瞳だろう。二重でパッチリ。瞳には常に、好奇心とか夢とか希望とかがキラキラ煌めいている。

押しも押されぬ美少女なのだ。


普通の顔の母と普通の顔の父の間に、小動物の様な愛らしい妹が生まれた事は、“鳶が鷹を産んだ”、と当時親戚中の話題をさらった。私も普通の顔なので、なおさら妹の注目度は高かった。

それに対して両親と私は、「いいだろー! うらやましいだろー!」と自慢して回っていた。


舞い上がりすぎて、あらかじめ決めていた“未来”という名前を急遽“胡桃”に変更してしまったほどだ。

“胡桃”は候補に挙がっていたけれど、

これは美少女でなければキツかろう。お姉ちゃんも絵美里(エミリ)なんてハイカラな名前にしてしまったせいで、イジめられたもんね、すぐにやり返して一瞬で終わったけど、“胡桃”はやっぱり美少女じゃないとね。

という家族会議で除外されていたのだ。

でも、腹から出してみれば、あうあう言って小さな手をあげる姿すら、並居る大人のハートを打ち抜く愛らしさ。で、即効で“胡桃”にゴーサインが出たのだ。




そんな、大切な妹と、座卓を挟んでご飯を食べている。

あまりものでぱぱーっと作ったパスタとスープ。それに、買ってきた惣菜と、ツマミを並べ。私は梅酒で妹はジュース。


まったりと美味に舌堤をうちながら、で、結局何があったの?

と妹に聞いたところ、妹は「聞いて聞いて!」と急にはしゃぎだした。

そのテンションのまま、飛び出したセリフは私の度肝を抜く。


「お姉ちゃん!! 私ね、王子様に、プロポーズされちゃったの! どうしよう!」



ふふふふふ。


気を抜いている時に聞くと、本当、悪い意味で心臓に悪い話題だ。



王子様、とはもちろん現実にいる人ではない。とはいえ、妹が不思議ちゃんという訳でもない。

そう、それは夢の話。


妹は、私よりずっと長いキャリアを持つ、夢と現実世界、二つの世界を生き抜いている先輩なのだ。




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