プロローグ。牢屋で生活するには 4
夢から目覚めると、私はおもわず自分の頭を抱えてベットの上でのたうちまわった。
「ついにこの時が来てしまったんだね・・・」
口から零れるのは重い重い、重力を孕んだため息ばかり。
というのも、私は、夢の中で認めたくない事実をつきつけられてしまったばかりなのだ。
それが何かを説明するために、夢の中でのできごとを思い出してみる。
もじゃ髭もじゃ髪のあやしさ満点の男は、自分を殺人者だと説明した。
私はそれを聞いてもどうしたら良いか分からず、ただ ぽかーん と口を開けて呆けるしかできなかった。
殺人犯。と言われても、実際にそんな人に会ったことはないし、ニュースで時々報道されるとんでもないことをする人が現実にいることを知ってはいるものの、実感を持つことは、難しい。
もしそんなものと遭遇する機会が人生にあれば、被害者として報道される役割になっていたかもしれないし。
なにより、男は、私の目には優しい人に見えた。
ただのご飯をくれるもじゃもじゃのおじちゃんだ。
だから、そう正直に告げると、それまでの自嘲しているような笑みは消え、代わりに辛そうに、眉が下がったのが髪越しに少し見えた。
いきなり大笑いしたり、不意をつくことを言ってみたり、辛そうにしてみたり。
予想がまったくできない人だ。
私にはなぜ男が辛いのか良く分からないので、鉄格子ごしに、ただそっと見ていた。
それがとても心配しているように見えたのか、男は手を伸ばしてきて、私の頭をぽんぽんとなでた。
「お前は不思議な男だな。俺のことを怖がらないばかりか、心配までしてくれる。実は、後ずさりくらいはするかと思っていた」
と。私は、
「私もあなたを不思議な男だと思っていますよ」
と言ってほほ笑んだ。
ということがあったのだ。そして男はまた静かにどこかへと去って行った。
現実世界で朝が来て、目が覚めて、私は重ーい溜息をはいた。
いやあ、根性を使った。本当に頑張った。
もう少しで頬が強張って、男に不信感を抱かせてしまうところだった。
今までの私の現実世界と夢生活を見守って、何か違和感はなかっただろうか?
現実は化粧がどうの仕事がどうのと言っていて、
夢の中では腹筋だの背筋だのと元気に動き回っている。粗食過ぎる粗食にも文句を言いながらもとりあえず食べ、野性味あふれる不浄所すら使いこなす。
たくましすぎるのだ、女にしては。
でも、その答えは単純。だって女じゃないんだもん。
もじゃ髭男が言うように、「お前は不思議な“男”だな」なのだ。
突然牢獄で目覚めた、夢の初日は、事態が理解できなくて混乱していて、それどころじゃなかった。気づいていなかった。
でも二日目に改めて牢屋が夢だと分かって、牢屋中を眺めまわしたあとにふと、牢屋の小ささというか、違和感が気になって。
あーだこーだと探っているうちに、ふと自分の体のことに気がついた。
まず、“服を着てない”。
裸の胸元なのに、“あるはずの膨らみがない”。どころか、なにやら“逞しい胸筋が発達していて、割れている”。
上半身をぺたぺた触って、硬いが弾力もある体に心底ど肝を抜かれた。
全体的にガタイも良いようで、日本人男性よりひと回りほどは背も高いしマッスルボディなのだろうと予想された。品評会とかに出られそうなムキムキな体というよりは、実益を兼ねた細マッチョだった。
韓流アイドルとかでよく見かける体型だろう。あそこまで綺麗な「見せる」つけ方ではなくて、実際に何かの作業をしてつけた、「必要な」筋肉だけれど。
いや、筋肉に詳しくないから、別に知らないけどね。
筋肉マニアな仕事上の知り合いから話半分に聞いた適当知識を引用してみました。
さらに、髪は光源の色に影響されているのかもしれないけれど、濃い金で、腰辺りまである長いものだった。邪魔になるので、毎日支給される謎グッツから紐っぽいものを選んで頭の上の方でくくっている。
服装は上半身は裸で、下半身に風呂上がりの様な腰布が巻いてあるだけの、すさまじくラフなもの。
牢屋に入れられていたことを考えると、元々着ていたものは没収されて、情けとして布一枚だけは残してくれたのかもしれない。
顔は自分じゃ見られないから分からない。ただ、触ってみた感触だと、鼻梁が高かったのでコーカソイド系の顔立ちだと思う。
何が一番困ったかって、例によって例のごとく、部屋の隅の土くれを使う時に他ならない。
腰布を取り去る決心をするまでに時間がかかり、その後目を向けるまでにも時間がかかり(目を背けながら出来ることでは無いと分かるくらいの賢さはあります)、すべて終わってミッションコンプリートした後も、自己嫌悪というか事後嫌悪というかで暗くなっていじけていた。
昔、「転校生」っていう映画があって、学校の国語の授業で先生が上映してくれた事があったんだけどさ。
主人公の男女がハプニングで体が入れ替わって、色々と苦労しながらもお互いに強い絆を持つようになって最後は結ばれるという話なのだけれども。少年少女の心の成長を描いた、青春ストーリーなのだけれども。
現実は、甘くないよ。
一週間を過ぎたあたりから慣れて、色々どうでもよくなってしまったけれども。
気にしないことにしていたのに、改めて第三者に言われて、心にずーんと重く響きました。
でも、これからもあの男の人と関わっていくならば、認めなくてはいけない事実だろう。
夢中での私は、男だ。
唯一の救いは、一人称「私」が男女兼用であること。
なんでこんなことになっちゃったんだろうなぁと思いながらも。
今日もまた、仕事に出かけるために、朝の支度を始めるのでした。