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プロローグ。牢屋で生活するには 3

今日の仕事もいっぱいいっぱい。

ぐでんぐでんになりながら、ああこんな時は甘いものが食べたいなぁ、と妄想する。

とろけるチョコレートでもいいし、サクサクのパイでもいいし、ほろほろのクッキーでもいい。

も、お酒でもいい。梅酒飲みたい。


なんて考えていたはずなのに、玄関あけたら急に立っていられなくなってしまった。

はいずりながら万年床へ直行する。


あした、上司に忙しすぎって告訴しにいかなくちゃ・・・ぐぅ。




さて、毎日恒例のことながら、目覚めるとどよんと暗い石の牢屋の中にいる。

うっすらと目を開けると、鉄格子の向こうから、じぃっ・・・とこちらを見ている髭もじゃ男が見えた。

初めて会った日から、実はもう一週間が経つのだが、なぜだか男は毎日牢屋を訪ねてきていた。

その度になにか食べ物を持ってきてくれて、中にキノコが入ったフォカッチャやら、こんがり焼いたカレーパンやら、野菜ごろごろのシチュー入りカップパンやらと、ものすごく良い物を食べさせてもらっている。

でも、疑問がある。

なんでこんなに良くしてくれるのか?

私に、牢屋の中の住人に、関わることは危険ではないのだろうか?

そして、彼は何者なのだろう。


いつも、ごはんを食べきるといなくなってしまうため、相変わらず男は謎のままだった。

ごはんに夢中にならずに質問すれば良いのだけれど、手渡されるとおいしそうな良いにおいに意識を持っていかれてしまうし、誘われるように一口食べればもう。 もう・・・!!

冷静な会話なんて無理なのだ。それはもう、しょうがない。


だから今日はなんとかして、男の正体を掴もうと作戦を考えていた。

まだ瞼を閉じて、寝たふりをしながら、どうやって男に話を聞こうか考える。

やっぱり、ごはんを投げ渡される前に一声かけるしかないだろう。

よし、よし。それでいこう。


と、決意を固めた瞬間に、「おい」と男が声をかけてきた。

瞼が動いているぞ、と。

明りが松明しかない暗い中なのに、よく見えるなあなんて思いながら、ぱちりと目をあけて、起き上る。


「おはようございます」


笑いかけると、男は、ぽりぽりと頬を掻いて、困った顔をした。

「狸寝入りをしていたっていうのに、随分と爽やかじゃないか」

その苦言に対して、ははは、と笑い声で返した。

気まずい時は笑ってながす。たくらみがある時は爽やかにそらす。

社会人の基本なので、身に沁みこんでいるのだろう。

男はやはり困った顔をして、私を見ている。

右手に提げた袋に目をそらしたので、私は思い切って直球で投げてみた。


「あなたは、何者なんですか?」


すると、男は「ん?」とこちらを見た。


「あなたは、どこの誰ともしれない、私を助けれてくれます。でも、私はあなたのことを何も知りません。 あなたは、何者なんですか? よろしければ、名前を教えていただきたいのです」

じっ、と男を見て告げた。

男の目はもじゃもじゃの髪に隠れて見えない。だから、このへんだろうとアタリをつけた場所を見る。それでも不思議と、心が通じているような気がしてくる。

男は、今度はその髪の毛をぼさぼさと掻いた。

「俺はそれより、お前の事の方が、気になるけどな?」


うっ、と息がつまる。


なぜなら、私は、この夢の中の私について、何も知らないに等しい。

私の夢人生歴なんて、せいぜい一カ月と一週間しかない。たった37日間だ。

しかもそのすべてを、この閉鎖された牢屋の中で過ごしている。

私が私に対して知っていることなんて、もじゃ髭の男が私を知っている以上に少ない。なにせ、自分の顔も自分で見れないのだから。


沈黙しだした私に対して、男はひとつため息をついた。

「言いたくない、か?」

そう思われても仕方がない。

だが、そうではない。私は静かに首を横にふる。

「いいえ。分からない、のです。私はあなたに、私についてお話できることが何もない。だから、知りたいと言われても、見たままだ、としか、お答えすることができません」


正直に告げると、男は、ふうん、と呟いた。

指を顎にあてて、何かを考えている風だった。


沈黙が生まれた牢屋の中で、鉄格子の外と中で、私は自分の心臓の音がひどく煩いと思った。

これでもう男がここに来なくなるのではないか?

私のことを嫌いになって、または、興味をなくして。

そう想像すると、寂しくて、苦しくなる。

たった一人ですごす暗い暗い牢獄生活は、たとえ夢の中と言ったって、寂しくて辛いものだったのだ、と今更ながらに実感した。

たとえ、触れることが無い鉄格子通しの関係でも、男の声と、ごはんを差し出してくる手は、私の心に温かなものをくれた。

それを失いたくないと思うのは、当然のことだと思うのだ。


「じゃあ、一つだけ、答えてくれるか?」

と男が訪ねてきたので、私は、いきなりのことにびくっとしながらも頷いた。



「お前は、アレクか?」


男は酷く真剣な雰囲気だった。

これがとても大切な問いなんだ、ということが肌に伝わってきた。

けれど、よく分からない問いでもあった。

アレク? その人に、夢の中の私は似ているのだろうか。

だから、男は知人かも知れない私に構ってくれるのだろうか。

正直に答えることが、私にとって正解かどうか分からない。

けれど、正直に言うしか、私には道がないのだった。


「違います。私はアレクという名前ではありません。

いえ、記憶が無いので、おそらく、としか言えないのですが。私の顔は、アレクという人物に似ているのでしょうか?」


正直に答えると、男は、ぽかん、と口を開いて呆けている。

髭もじゃの中から覗いた口元は、品があるように見えた。

ほんとに、この人は何者なんだろう?

そして、私の答えは、男にどいういう思いを抱かせたのだろう?


不安になって見ていると、男は「ふっ」と噴出した。

見る間にそれは大声になって、またもや、牢屋に響くような盛大な笑い声になって、響き渡った。

今度は私が呆ける番だ。




男は笑いを収めると、目じりに滲んだ涙をぬぐい、私の方をじっと見た。

「そうか、そうか。アレクという名ではない、か」

「え、ええ。違うと思います。・・・多分」

びくつきながら答える。と、男はさらに嬉しげに笑う。なにがなんだか分からないけれど、多分、私の答えは正解だったのだろう。いや、ほんと、結局アレクって誰? という疑問は残っているけれども。

男はまた「そうか」と呟いて、一度大きく頷いて、手に持っていた袋をぽいと渡してきた。


受け取ると、中からは甘いにおいがふわんと漂ってくる。

取り出すと、それは、砂糖漬けの桃のような果物が載った、大きな円形のパイだった。


あああああ、念願の、甘いものが・・・!!


目の前にすると、急に、夢に落ちる前の疲労と、甘いものへの渇望が蘇ってきて、

ぱくりとパイに食いついた。

さく、と軽い食感と、砂糖の甘さと、果物のみずみずしさが舌の上でとろける。

もう声にならない。

美味しい。美味しすぎる。ハレルヤーだ! このパイに祝福を与えよ!!


ほわほわと夢のような時間(いや、実際に夢の中なのだけれども)をすごし、食べ終わって正気に返ると、やはり目の前でこちらをじぃっと見る男と目があった。


いや、ほんと、なんか、この瞬間だけは本当に気まずいと思うよ。


「あの・・・。私の顔に、何か?」

「いや、旨そうに食べるなあ、と。俺は今まで生きてきて、お前ほど幸せそうに食うやつを見たことがない」

真剣な顔で言われてしまう。

あれ? それ、誉めてる? それとも、真剣に呆れてる?

ちなみに、良く言われるセリフなのだけれど、9割は呆れから言われていることをちゃんと知っているよ、とここに明言しておきたいと思う。意味はないけど。

「・・・光栄です」

「ああ、こっちも飯の与えがいがあるってもんだ」

「・・・どうも」


いたたまれない。




しばらくして雰囲気がおちつくと、男は鉄格子の向こう側に、どかりと座り込んだ。

大笑いしてしまったのに、今日は退散する雰囲気はなく、私は不思議に思う。

「帰らなくて、いいんですか? 見張りが来るかもしれませんよ」

すると、男は「来ないさ」と笑う。


「ここは、入口が一つしかない閉鎖された空間だ。日に一度の配給ですら、担当が牢獄に降りている間も入口に見張りがついている。中でどう騒ぎが起きようと、わざわざ見回りに来る必要は何もない」


それは、出会った初日に言っていた事と180度違うことに聞こえる。

だが私は口を挟まずに、男の話の先を促した。


「俺はここの地理に詳しいからな。僅かな隙をついて見張りの目をかわし、厨房で食料をかすめて食っているんだ。こんな場所じゃ、娯楽は食くらいしかないからな」


確かにその通りだ。

とてもとても実感している私は、力強く頷く。


「俺の正体が知りたいんだったな?

俺も、お前と同じ囚人だよ。鍵は俺には意味をなさない。




俺の犯した罪は、 『人殺し』 だ」




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