プロローグ。牢屋で生活するには 2
少し時間が空きましたが、続きです。
お仕事でへろへろになって、一人暮らしのアパートに帰る。
外付けの階段を上り、部屋に入り、シャワー…に入る余力もないので、
おやすみなさい。
万年床にぱたんと倒れこんで目を閉じた。
も、メイクも、明日とかでイイデス…
で。
やっぱり手のひらに石の感触があって、うっそりと目をあける。
暗い暗い天井、湿った空気、静寂。
今日もまた、牢屋で目覚める一日の始まりのようです。
あーあ、と呟きながら起き上って伸びをした。
眠る前は重かった体も、夢は夢で別の体だからか、とても軽い。
その場で軽くストレッチをしながら、今日の謎グッズは何かな?
と振り返る。
でもなぜか、鉄格子の所には何もない。
「え・・・」
何もないのだ。近寄って、しゃがみ込んで、良く見ても何もない。
光源がかがり火しかないから何も見えないのかな?
と手が届く範囲で探ってみたけれど、何もない。
うはぁ。
困ったなー、だ。
初日にご飯食べなかったから分かったけど、ここは夢の中なのに、
お腹は空くんだよ!
しかも現実世界では一日くらい食べなくても我慢できるのに、
夢の中ではなんかもう、キリキリシクシク、切ないくらいにお腹がすくんだ。
うん、三日で餓死できる自信がある。
係りの人が持ってくるのを忘れたんだろうか。
それならまだ良いけれど、終身刑から死刑に変更してたんだったら、どうしよう。
もったいないから食事の供給をやめて、しばらくのちに絞首刑でも打ち首でも!!
やーだー!!!
と、十分ばかりあわあわしていたら、なんだか精神的に疲れてしまった。
心なしか、エネルギー消費が早まった気がする。
少しでも空腹をさけるためには、今日は腹筋だの鉄柵ジャングルジムだのは諦めて、
ぼーっとしているのが良いかもしれない。
どうせ夢だ。考えても仕方がないし。
と、私は紙ヤスリを取り出して続きを磨き始めた。
何にも考えないには、集中するに限るのだ。
・・・・・・・。
「何をしているのだ?」
はっ とした。
鉄柵から視線をずらすと、誰かの脚が見えた。
人!?
牢屋にいれられてからこっち、人なんて見かけたことはない。
ひと月もの間、毎日用意される食事にしか人間の存在を感じることはなかった。
ゆっくり、そろそろと、私は視線を上にあげる。
すると、片手に松明を持って、私を見降ろす、髭だらけの男がいた。
もじゃもじゃと長い髪が目を隠し、もじゃもじゃと長い髭が口元を覆っている。
私は呆けたように見ていた。
あれだね、ご飯を食べてなくて頭に栄養が回っていないのと、
突然の遭遇にどうしたら良いかさっぱり分からなくて、プチ混乱していたんだと思う。
目が泳いで、男が松明を持ってない方の手に、何かの包みを下げていることに気付いた。
「あの・・・」
と、気づくと声が出ていた。
不思議そうにその人を見、包みを見ていたので、
「これか?」
と男は首を傾げた。私は頷く。
「これは、飯だ」
がしゃん!!
と鉄柵が鳴った。と同時に男の悲鳴。
「うわ! なんだ、なんだ急に!」
びっくりした様子で一歩後ずさっている。
不思議に思って自分の様子を見ると、両手に鉄格子。
その間に顔を押し込むようにして、包みを真正面から睨んでいた。
ええ!? 私、どれだけお腹が空いていたの!?
「いえ、その、すいません。お腹が・・・すいておりました」
今日は何も食べていなくて、ととりあえずフォローを入れる。
お腹がすいて、おなかと背中がくっつきそうなんです。とはさすがに自分の年を思い出して言えなかった。幼児か。
私の言葉を聞いて、男はにやりと笑った。
「そうか、それはすまない事をした。これはお前のだ、食え」
と、ぽーんと包みが放りこまれる。
うお、とちょっと慌てたがなんとかキャッチ。中からなんだか良いにおいがした。
いそいそと開けてみると、大きな丸いパンが出てきた。
いつものようがガチガチのパンではなくて、指が食い込みそうなくらいにやわらかいパン。
小麦の良いにおいがふわりと鼻をくすぐった。
にんげんの、ごはんだ・・・!!
感動した。あまりにも感動したので、じいっと凝視して、恐る恐る、男に尋ねた。
「これ・・・食べてもいいんですか?」
男は頷く。
「お前のだ、と言っただろう。食え」
「でも、こんな良いもの、頂いていいんですか?」
遠慮があった。
だってここは牢屋。男の恰好は、もじゃ髪もじゃ髭で、服装もぼろい布のように見える。
どういう立場の人なのかわからないけれど、見知らぬ他人にほいほいとあげれるものじゃないだろう。
あ、でも、じゃあやっぱ返して、と言われたら困る。ということに気付いた。
男は奇妙なものを見たとでも言うように、顔をかしげ、じゃあ、と呟いたので
返せと言われる前にがぶりとパンに噛みついて頬張った。
もふ、もふ、と歯がパンを噛む。
うわあぁぁ、柔らかい。小麦の自然な甘さがする。
その上、食べていると中からチーズが出てきた。
これがまた濃厚で、パンに絶妙なしょっぱさを与える。
深みとコクと旨みが凝縮されて・・・
ああ、これが、噂の食の宝石箱やー! なのね。
もふ、もふ、もふ。
もふ、もふ、・・・ごくん。
夢中で食べ終えて、ふわぁ、と満足の息を吐いた。
「久しぶりに、良いもん、食べた・・・」
ごちそうさまでした。
手を合わせた。
・・・ところでハッとして、目を開けると合わせた手の向こうに男がいる。
男はじっと私を見ている。
私はだらだらと冷や汗が湧いてくる心地がした。
「全部、食べてしまいました・・・」
すると、男はぶはっと噴出した。
そして、それはそれは盛大に大笑いをした。だはははは!!みたいな笑い方だ。
いやいやいや、牢獄にものすごい響いてるけど、いいの? それ。いいの?
「いい食べっぷりだったな!」
「ど、どうも・・・」
改めて言われると恐縮する。
「美味かったのか?」
「はい、それは、とても。最上級に美味しかったです」
そうか、それは良かった、と男はほほ笑んだ。
大らかな、包み込むような笑い方をする人だなと思う。
改めて言うのもなんですが、食べちゃっといて本当に何なんですが、頂いちゃって良かったんでしょうか?
と聞こうとしたけれど、本当に今更すぎるので、口から出なかった。
なんで私に優しくしてくれるのか?
戸惑いを込めて男を見ると、男は気にするなと言った。
「さっき、お前の食事でけつまずいてな。台無しにしてしまったんで、厨房から失敬してきたんだ。俺のじゃないから気にするな」
ああ、それなら! なんて言うと思ったのだろうか?
突っ込みどころが沢山あったんだけど、突っ込んでいいかすら疑問だ。
とりあえず、食事レベルが普段より格段に輝いていたので、まあ、いいか。
で、片づけてしまっても良い、・・・のか?
それから、男はすぐに去って行った。
大笑いしてしまったので、見回りが来ないか心配だから、との理由に納得してしまった。
そりゃそうだ。牢屋だもの。
結局、男が何だったのか分からずじまい。
謎の牢獄生活、謎の男現る、だ。
まあ、去り際にまた来るような事を言っていたから、そのうちまたひょっこり現れるんだろう。