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プロローグ。牢屋で生活するには 13


本来、虎は尾から毒針なんて出さない。

いやいや、毒針を飛ばす一般的な動物を私は知らない。

針というと思いつくのは、蜂とか、サソリくらい。

確か蜂は煙であぶって巣から追い出して退治するはず。サソリは・・・・見たこともないし、分からないなあ。

自分の情報量の少なさに遠い目になった。


虎は相変わらず尻尾を打ちつけている。

打ち出すのに何回かノックをする必要があるのか、タイミングを見計らっているのか分からないけれど、とにかく油断してはいけない。いつでも跳べるように足を軽くしなくては。

なんて考えていたのに、

《頭を下げろ!》

急いでしゃがみ込むと、頭上を何かが通り抜けて、庭園の端の白い壁を爆発させた。

「な、なんで・・・」

《避けて跳んだ所を撃ち落とすつもりだったんだろ》

さっき跳んで避けたのを見て学習したらしい。

怖いよ。そんなこと考えて攻撃する猛獣は聞いたことないよ。


またもや、虎は尾を打ち始めている。

ぱしん、ぱしん、ぱしん。


私はじりじり後退した。

「勝てる気がしない」

だからって逃げ切ることは難しいし、地下で負傷している人たちを助けるには、まずこいつを倒さなければどうしようもない。そんなことは分かってる。

でも、せめて武器くらい欲しかった。

どうにもできない状況に歯噛みしていたが、あっさり声が助けてくれた。

《左の草の中に剣が落ちている。目を離さずに拾え》

なんで分かったんだ、とは思うが今は不思議パワーってことで納得しておく。

さらに下がりながら、左にあった芝生の上に乗り、足に当たった金属を持ちあげた。

それは、柄から鍔、真っ直ぐな刃にかけて、竜の意匠が彫りこまれた豪華な剣だった。

持ち手の柄は掌に収まる大きさで、鍔は金色。見た目の割に軽い。


もちろん剣なんて持った事はないし、使い方も分からない。

けれど気分は全然違う。これで迎え撃てるし、こちらから攻撃することだって可能になった。

《よし、投げろ》

て、ええ!?

「勿体なくないですか?」

剣の切っ先を虎に向けて、牽制しながら、問いかける。

投げたところであんな巨体に刺さるとは思えないし、もし失敗したらそのへんに転がすだけになってしまう。

なんて、逡巡していたのがいけなかったのか。

《避けろ!!》

と言われて、気づいたら目の前に虎の大きな口があった。


「ぎゃーーーー!!!」

思わず、手に持っていた剣を何も考えずに突きだした。


虎はガチン、と剣を噛み、首をひねって私の手からもぎ取って行った。

奪われた剣に頓着している暇はない。

逃げる。とにかく距離をとる。

怖い怖い怖い。喰われるかと思った!!!

それなのに、声は何を見ていたのか、

《よし》

なんて言う。何が良いんだ。武器を取られて振り出しに戻ったのに。


十分な距離を取った後に虎を見ると、床にしゃがみ込んで剣を舐めていた。

片方の前足で、剣を床に抑えて、刀身をぺろぺろと。

思わず剣じゃなくて鰹節を渡しちゃったんじゃないかと勘違いするくらい、とても嬉しそうに舐めている。


《あいつの好物は鉄だ。これで隙ができたろ?》

「そういうことは先に言って」


ようするに、剣を投げれば、それがどれだけ見当違いの場所に飛んでいこうとも虎はキャッチして、うきうきと食べ始めたらしい。逆に手に持って見せつけたから(牽制してたのに・・・)、突進して奪いに来たらしい。

私にとっては武器だけど、虎にとってはお菓子なのだ。


そんな動物は私の世界には居ないので、いよいよ倒し方が分からなくなった。



《今のうちに火を拾っとけ》

火?

そんなもの転がってたかな、と周囲を見回したら、確かに転がっていた。

私がここにくるまで握りしめていた、燭台だ。虎に体当たりをした時に投げ捨てていたらしい。

幸いにもまだ消えずに、炎はゆらゆらと燃えていた。

それを拾い上げて、構えてまた予想外の事が起こったら堪らないので、余計なことはしない。

「火が苦手なんですか?」

《手持ちの中では最も効く弱点だ。酸が一番良いんだけどな》

確かに酸はそこらへんに転がってるようなものじゃない。理科室か学校に行けばあるかもね、なんてどうでもいい事が思い浮かぶのは、私が混乱している証拠なのかもしれない。

「これで攻撃するんですね?」

《いや、温度が低すぎて通じねえ。牢から持ってきた中に石があるだろ、出してみろ》

出してみろというか、左手にずっと握りこんだままだった。

手のひらを開いて、親指の大きさくらいの冷たくて硬い石を眺めた。

《それを火で炙って、赤くなったら奴に投げつけろ》


右手に火のついた燭台を持って、左手に、炙れと言われた黒い石を持つ。

よし、任せて! と勢いに任せて炙れるはずもなく、私は困った。

どうしたって左手も一緒に燃える。石が赤くなるよりは人間の皮膚が溶ける方が早いような気がする


逡巡はいけない、とさっき学んだはずなのに、やってしまった。

《左に跳べ!》

はっとして、必死に飛び出すと、元居た場所が弾け飛んだ。

虎は尾をゆらしながら、私を睨んでいる。剣はなくなっていた。お菓子をゆっくり食べ終えて、目の前のハエのことを思い出したようだった。

ぐるる、と初めて虎が鳴いた。私の持つ火に警戒しているらしい。けれど、声が言うように、温度が低いからそこまでの脅威ではないことも理解しているらしい。

虎はぐっと前足を踏み込んで、こちらに突進する姿勢をとった。


もう悩んでいる暇はない。

攻撃されて吹っ飛ぶよりも、左手を犠牲にして勝つ方がマシだ。


石を指先で摘んで、右の火にかざす。炎が左の指を舐める。

・・・あれ? 少し熱いような気もするけれど、痛くない。

「熱くない・・・」

《当たり前だろ。お前に火なんて効く訳ねえ》

そういうことは先に言って、と思った。二回目だ。

この声は、自分勝手に過ぎると思うんだけど。


後で絶対文句言ってやる!


真っ赤になった石を持って、こちらに飛び出してきた虎めがけて投げつけた。

虎は、それを鉄と思ったのか、大口を開けてぱくりと呑み込んで、目を見開いて立ち止った。

そして、ギャーーー! としか表現できない凄まじい悲鳴を上げて、

《伏せろ!!》

爆発した。


爆音が辺りを包む。私の体は私が頭で考えるよりも早くに声に従って伏せていたが、至近距離だったために防ぎきれず、吹き飛ばされた。

体が地面に叩きつけられて、大きな衝撃に目の前が真っ暗になった。

爆発するなら先に言って、と思った事だけは間違いなく、私は意識を失った。



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