プロローグ。牢屋で生活するには 10
今回は残酷な表現が少し入ります。苦手な方はご注意ください。
騎士たちは、私の腕を天井から吊るされている鉄の輪にくくりつけた。
そしてその輪を天井付近まで吊りあげる。自然、私の体も両手を拘束されて釣り下げられた形になり、足が地上から離れて浮いた状態になる。
さらに、壁から次々と武器を取ってくると、冷たい相貌の男の隣にテーブルを立て、置いていく。
木刀、鞭、鉄の棒、先がドリアンみたいな鉄の武器・・・確か名前はモーニングスター。
私はそれらを、嫌な感じに軋む心臓をなだめながら見ていた。
今までの人生で殴られたことなんて、小さい頃に母親とマジ喧嘩して、酷い言葉を使って父にひっぱたかれたことくらいだ。
モーニングスターで殴られたらそんなもので済むはずがない。
というか、どうなるか想像もできない。
スイカ割りのスイカみたいにパーンてなるんだろうか。
あ、気持ち悪くなってきた・・・。
おそらく真っ青な顔色に違いない私を、満足そうに男は見ている。
薄い口元は月のように孤を描き、牢獄前のかがり火よりも明るいこの部屋の中で明らかになった男の、銀の瞳が残忍な光を宿している。
彼は髪の色も銀で、衣装の豪華さも相まって、きらきらで華やかで、その青年だけがこの部屋で浮いていた。
けれども実際は、彼こそがこの拷問部屋の主。
手に鞭を取り、ひゅん、と風のうなりを伴って、私の背中に打ちつけた。
「うあ゛!!」
衝撃で男らしい悲鳴を上げた。
けれど、すぐに違和感に気付く。
確かにすごい衝撃だ。けれど、痛くないのだ。
バシ バシ バシ、と続いて何度も打たれる。
けれど、やはり痛みは何も感じない。
風圧も、何かが当たっている感覚もあるのだが、私の体に触れた瞬間に溶けてしまったとでもいうように、無害だ。
そういえば、これは夢だった。
ということに唐突に気付いた。
まるで天啓のような閃きだった。
そう、夢だから痛くないのだ。そうに違いない。
そうに違いない。ありがとう。ありがとう夢ー!!!
と、何に感謝しているのか分からない勢いで、何かに感謝した。
緊張していた分、痛みが無くてほっとした。
腕を吊るされて、それだけで体重を支える姿勢が痛くないことから気付くべきだった。
これは、本来なら気絶するほど痛いと聞いた事があるからだ。
私の表情はきっと動いていないだろうし、うめき声は衝撃で自然に出るものの、サディストが満足するような派手な悲鳴は上げていない。
それでも青年は構わないようだった。
一定間隔で鞭を打ち続け、やがてそれをぽいと地面に捨てた。
どうしたのかとその鞭を良く見ると、先端がちぎれて壊れていた。
ちょ、鞭壊れるほど打ったのかい!?
びびって足元を見ると、なにやら赤い液体がペンキ撒いたみたいにびちゃびちゃしていた。
こ、ここここれは!?? これは何!?
血なの!? 私の!?
点々と落ちる慎ましさなんて全くなく、それはまるで虐殺現場。
あ、いや、拷問部屋だからそのままなのか?
初めて見た大量の血に脳内パニックだ。
この量から見て、背中はパックリいってるんだろう。
もしも痛みがあったら、と思うとぞっとする。もう痛みで気絶しているかもしれない。
とはいえ、痛みが無いと背中が割れても気づかないのだ。
怖い。痛覚って大切なんだと実感した。
そんなことを考えている間に、銀の青年はまた新しい武器を手に持つ。
モーニングスタ-を腕に横から当てられて、なんか筆舌に尽くしがたい感じに腕がささくれ立って、骨が折れた。筋肉が見えて、血液が、細胞組織がついたままぼとぼと床に落ちていく。
これは映画でやるならR指定を入れねばなるまい。
ちなみに、私はスプラッタは余裕で見れる。けれど、さすがに自分の体が弾けて余裕ではいられない。
痛みは無いから意識はクリアだ。
今はそれが、嬉しくない。
例えば足を潰されても痛くないし、
手指の爪を剥がされても痛くない。
銀の青年ももう、楽しそうではなかった。
顔を何かの感情に歪ませて、狂ったように私の体に手を加えていく。
何があって、どうして、私はこんな目にあっているんだろう。
言いたい事があったら言えと、彼は言った。
けれど、私は何を聞かれていて、何を答えればいいんだろう。
そして、ここまでされるほど、私は一体何を犯したんだろう。
いつの間にか、右手に何か焼印のようなものを押されて、手の甲から煙げ出ている。
しかも何故かその手の甲をナイフで切られて、何かを埋め込まれている。
あああもう駄目だ!
もう、怖い!!
夢だから痛くないから良いとか、言える限界はとうに過ぎた。
普段ならとっくに寝て現実世界に帰っている時間だし、どうせ体が動かなくて何も抵抗できないのなら、意識がなくてもかまわないだろう。
現実逃避をしよう。眠りにはそういう側面だってあるのだから。
そして目を覚ますと、自分の部屋だった。
変な音が聞こえると思ったら、自分の早い呼吸音だった。
大量の汗をかいている。
指が震えていた。
ああ、やっぱり怖かったんだ。
そりゃあそうだよ。あれは十分“悪夢”を名乗れる資格があった。
あの後夢の中の体がどうなったのか、不安すぎて考えたくない。
しばらく息を整えてからキッチンに出ると、ご飯を作り終えた妹が
「あ、お姉ちゃんおはよー。今呼びに行こうと思ってたんだよ」
と言って、ふんわりと春の息吹のように笑っている。
思わず抱きしめた。
「あれ? お姉ちゃんどうしたの?」
不思議そうに首を傾げながらも、抱きしめ返してくれる。
私はなんでもないと笑いながら、ちょっと怖い夢を見たんだよ、と言った。