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語彙力がいちゃらぶ欧米系の世界に転移してしまった

作者: 秋永紘炉
掲載日:2026/10/04

何でも許してね!

いわゆる異世界転移をしてはや16年。茶髪に茶色い目で外見上特徴はないが、お金持ちの伯爵令嬢に生まれ、優しくも厳しい父と美しく淑やかな母に溺愛されつつも淑女としてふさわしくあるよう努力してきた。その甲斐もあって、周囲からは淑女として評価されている。前世の知識で無双するよりほどよく埋没することを選び、なかなか順風満帆な人生である。


だがしかし、私、プリムローズ・ミラクルスイーティ・ダーリンキューテスト・アップルパイ・ベリーベリーグッド・フォーエバーヨースは、一つ不満があった。


この異世界、語彙力がらぶらぶちゅっちゅ欧米系なのである。


いや異世界に欧米なんてないのだけどもさ、概念として。


あれ?と思ったのは思春期に入ったころ。


幼少期は、名前のミラクル以下はただの呼びかけだと思っていたのだ。子供が生まれてテンションが上がってるのかな?と。


なんでも、愛情をたくさん込めた名前であればあるほど邪悪なものから子供を遠ざけられる、という思想からこういう名前を付けるらしい。


また子供の名づけ以外にも、恋人や伴侶に対して愛情を惜しみなく伝えることで女神の加護をもらえる、ことになっている。過去に聖女様が戦に向かう婚約者に心からの愛を伝えたところ、婚約者だった騎士が不利だった戦況を覆し国を勝利に導いた古事に由来する。

言葉の上では大変情熱的だが、貞操観念的な乱れには繋がっていない。貴族に生まれた私も婚約者とはキスすらしていない。似非ヨーロッパ式マナリズムで、婚約者なんて付き合いたての中学生カップルみたいなもんである。


元日本人として、どうにも口に出す前に躊躇してしまう。


そのせいで、最近婚約者とぎくしゃくしているのである。仲はいいのだが、流暢に愛の言葉を繰り出せないことについて私がナーバスになっているため、彼にとても気を使わせてしまっているのだ。


婚約者は同じ身分の貴族令息で、幼馴染でもある。小さい頃は庭子犬のごとくきゃいきゃいはしゃいでいればよかった。だが今は結婚の準備を始める時期で、しょっちゅう顔合わせをしている。今日も彼の稼業についての情報交換会中である。長椅子に隣り合って座り、資料やらなんやらを広げている。


「プリムローズ、マイ・ディアレスト。君の吐息になれたらどれほど素晴らしいかーーーーー憂いに沈む君も朝露に垂れる花のようにビューティフルだが、どうかこの僕に君の心を慰めさせてはくれまいか、プリンセス……?」


ぷ、プリンセス!頬がひきつる。

婚約者のエイデン・ベリーハンサム・ファンタスティック・ワンダフルガイ・チャーミングトゥザポイントオフヘブン・エヴリワンラブズユーは形のいい眉を下げ、琥珀のような目で見つめてくる。


「いえ、特になにもなくってよ、私の……とても…ベストな……ミスターインクレデ〇ブル……」


私の発言に彼が噴き出す。


「ミスターインクレ〇ィブルってなんだよ」


「そうよね~ごめんなさい、私本当に口下手で……」


一通り笑い終えた彼がため息をつく。いたたまれず、うつむくと彼がプレゼントしてくれた腕輪が目に入る。腕輪に使われている宝石の頭文字をとると、「最愛の人」の意になる。カ~~~~~~ッ!!彼の髪の色である白金を金具にして目の色である琥珀も仕込む仕上がり。茶髪茶目の私はお礼として剣帯を手ずからなめして作ってあげたのだった。


「わかっているよ、だから二人の時はこうやって君に合わせているじゃないか。でも、もう少し頑張ってほしいな」


彼がいたずらっぽく笑い、私の髪をつまんだ。そのまま機嫌よさげにいじり回して、あ枝毛、なんてつぶやいている。


「僕らだって、結婚したら二人で社交界に出なければならないんだし。僕のチョコレートファッジちゃんはいつになったら甘やかな愛をささやいてくれるのか」


まだ二人で本格的に社交しているわけではないが、結婚したららぶらぶちゅっちゅ鴛鴦夫婦をアピールしなければならないのである。今は初々しい婚約者同士としてほほえましく見守られているが、今後もそうはいかない。


「がんばるわ、マイダーリン!スマートでナイスなあなたにふさわしくなるように!」


なんとかひねり出すと、彼はおかしそうに笑ってくれた。


「今日のところはスマートでナイスなダーリンとして許してあげよう。でも、来週の出征式でなんて言ってくれるか楽しみだなぁ」




____________________




日常会話をも情熱的に飾り立てるこの世界の人たちは、ともすればとても感情的な人ともいえる。


戦争は頻発し、どちらも引かないため長引き、数えきれない人が亡くなる。


我が国も、突如として隣国から戦争を仕掛けられた。隣国の辺境伯家から逃げた猟犬をこちらの国境警備兵が殺したから。愛犬を殺された辺境伯は怒り狂い、攻撃を仕掛けてきてそこから戦争が始まってしまった。愛犬なら逃がすな阿呆が!!と言ってやりたい。


私の婚約者は代々騎士の家系で、出征することが決まっている。辺境伯家のあん畜生。もし婚約者に何かあったら私が何を置いても、前世の知識無双でマシンガンを開発してでもぶち滅ぼしてやるわ。

そして出征式では婚約者への愛を声高らかにあらゆるラブ・ランゲージを用いて表現することが求められている。


どうしよう!!


月がきれいですね、が粋とされていたワビサビの感覚を持ち越すなんて、こんなのが異世界デバフになるなんて知らなかった。日本人じゃなくてラテン系を転生させればいいのに。宗教的に転生させられなかったのか?あ~~~ストレスで胃が痛い。


何はともあれまずは対策を考えないと。あらん限りの愛を伝えなければ。女神の加護がいくらあっても足りないのだから。それに失敗したら生家にも嫁ぎ先にも泥を塗ることになる。


もういっそ日本で流行っていた恋愛系のJPOPでも歌うのはどうだろうか。いやでも、ミュージカル転生じゃないのだから歌いだしたら怖いか。誰かの発言を丸パクリする?いやそれも不誠実では……そもそも愛のセリフって完全に個別特攻だからパクりにくいしなあ。


うだうだと悩む間も時間は過ぎる。

いっそモブフラッシュでもするか?いやでも戦争でぴりついてるときに軍事式典でモブフラッシュは無理無理。そういう文化もないし。


そうこうしているうちにもう明日が式典だ。愛。愛の言葉かぁ……。

あらん限りの愛で女神の加護を。婚約者のことは幼馴染としても婚約者としても大切だから女神の加護なんて本当にあるならあらん限りあげたいし。どうしよう。何も思い浮かばなさ過ぎてもう二徹している。


そして訪れた出征式。


朝から胃が痛いどころではなく朝食は抜いてしまった。結局三徹してしまいめまいもする気がする。最悪のコンディションである。


「あぁ、プリムローズ、僕らのエンジェル!エイデン君ならきっと大丈夫だよ。ほら、そんなに思い詰めないで子猫のようなお目目をみせてごらん?」


両親に心配をかけてしまいつつも、なんとか式典に参加する準備をする。考えがまとまらず、不安で何度も腕輪を撫でてしまう。


王城の大広間で開催された式は、形式上の式典は滞りなく終わった。今は婚約者や夫婦の時間である。そこかしこでわが不滅の太陽よ、だのマイバニラエッセンス、だの聞こえてくる。バニラエッセンスって何よ。手に手を取って涙ぐみながらまるでデュエットでも歌っているかのようなカップルもいれば、情熱的に見つめあい、詩集が数冊作れそうな勢いで語り合うご夫婦もいる。


私も、なんとかそれっぽいことを言ってあげないと。彼には絶対に無事に帰ってもらうのだから。何とか自信を奮い立たせて会場を進むと、後ろから声をかけられた。


飛び上がりそうになりながら振り向くと騎士服に身を包んだ婚約者。にやりと挑発するようにこちらを見下ろしている。


「私の愛らしいチョコレートチップマフィン、君のためならこの命も惜しくないよ。どうかこの哀れな愛の下僕に女神の祝福を祈ってくれないか?」


彼が手を取り、ひざまずく。


何とか何か言わなくては。あらん限りの愛を。緊張しすぎて耳に血が流れている音が聞こえて、頭がはちきれそうだ。目の前にいる婚約者以外目に入らない気もするし、会場全体が見える気もする。血が冷えて、口が動かない。


「プリムローズ?」


彼が心配そうに見上げてくる。琥珀色の瞳と、彼からもらった腕輪が視界に入る。近くにいる両親も怪訝な顔をしている。どうしよう!何かひねりだせ、私!


追い詰められた私は自分でもよくわからず、


「こ、これが私の愛の言葉ですわ!」


そう叫んで、彼の顔を掴み、ほぼ頭突きの勢いでキスした。


会場がシーンと静まり返っているのに気づいたのは顔を離したあとだった。

ぽかんと呆気に取られている彼の口に口紅がついてしまって、あらやだ拭いてあげないと、っていうかあれって血かしら?なんて慌てて拭くものをお願いしようと会場を見回した時だった。


やらかした~~~~~!!


婚約者でも公の場でガチキスはアウトだったわ~~~!慌てて視線だけ彼に戻すと、彼はにや~~~~っと笑い、いきなり私の腰を引き寄せる。おもわずのけぞるが、ろくに動いていない頭では状況を処理できず、されるがままだ。


「では、僕からも愛の言葉を」


「えっ!?ブッ」


いきなりお(・)返(・)し(・)をされると、周囲からマァ~~~~~!と感嘆なのか呆れなのかわからない声が上がる。目だけ動かして周囲の様子を見るが頭が地面と平行に傾けられていてよくわからない。っていうか長くない?なんだか意識が薄れてきたような気がする。あ、お母様と王妃様がにっこりしている。


「プリムローズ、僕の枯れない薔薇よ!君に勝利をささげると誓うよ」


ようやく終わった、と呆然としていると、耳にささやかれた。


「帰ってきたら覚えておいてね、プリムローズ、僕の妖精さん」


なんだかそれでいっぱいいっぱいになってしまい、気づくと目の前が真っ暗になってしまっていた。




____________________




その後、自室で目覚めると、私が気絶した後出征式ベストカップル賞を受賞したと知らされた。出征式ベストカップル賞って何?と思っているとどでかいハートの形のトロフィーが部屋に運び込まれた。婚約者の家にも同じものが届いているらしい。鈍い光を反射するセンスのない置物を見ていると、色々悩んでいたのがばからしくなってしまった。


その後まんじりともせず戦況を追う日々を過ごすかと思えば、婚約者が率いる騎士団が爆速で隣国の辺境伯を打ち取った知らせが届いた。こちらの被害はほぼなく、何なら婚約者はいくらかたくましくなって帰ってきた。女神さまの加護でもなんでも縋ってよかったのかもしれない。


そして、あれよあれよのうちに結婚式を挙げて結婚していた。彼がすごく積極的でぐいぐい準備を進めていたのは、あれかな、戦場で死を意識して、とか?幸せだから何でもいいけれど。


結婚しても私は相変わらず口(・)下(・)手(・)ではあるのだけれど、いまや夫となった彼は気にしていない。愛の言葉は大げさな美辞麗句を並べ立てるだけではないので。

恋人っていうより犬猫をほめるときっぽいね

私は犬をアプリコットパイちゃんとかパンパンパンプキンちゃんとか呼んでました


雰囲気で読んでね!

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