元傭兵のおじさんがメカに乗ってただ戦うだけのお話
私は、負けた。
国の存亡を懸けた戦争で、負けた。
それまで何とか食い繋いで来たものの、限界だった。
もはや戦えぬ身で、私が行き着いた先は——。
——かつて私を救った者と、同じ姓を持つ者の元だった。
美しい海岸線が望める、辺境の地の小さな修道院。
本来は信者が修行を積むための施設だが、国が崩壊して以来身寄りのない子を受け入れてきたのだろう。修道士ではない一般の人間たちもこの修道院で寝泊まりをしていた。
そして、私も例外ではなかった。
先の戦争が終わって、何とか食い繋いで生きてきた私は限界だった。
行き倒れた私を救ってくれたのがこの修道院だった。
厩舎で飼われている牛やら馬やらの家畜の世話をしていた私の元にこの修道院の院長——メリアン院長がバタバタと焦った様子で駆け込んできた。
「ティアが帰って来ない」——彼女はそう言った。
「ティア——、ティニア・コハヴィムか……」
「ええ……。桟橋の掃除に行ってくると言ったっきり、戻ってこなくて……」
メリアン院長が普段は穏やかな顔に深い皺を刻みながら頬に手を当てる。
ティニア・コハヴィム——かつて祖国から亡命した私を救ってくれたコハヴィム博士の娘。
厩舎の天窓から差す陽光が陰りを見せはじめたのを確認した私は、手にしていた作業具を置いて、厩舎を出た。
慌てて後を追ってきたメリアン院長が、語気を強めて手にしていたものを投げる。
「——ミハイル! 使いなさい!」
掴んだものはひとつの小さな鍵。
それはこの修道院に世話になる時、もう使わないと決めた”鎧”を動かす鍵。
メリアン院長がそれをこちらに渡したということは、”鎧”を使う許可が出たも同然の事だった。
下手をしたら旧軍の残党とやり合うことになるかもしれない。彼女はその価値のある者だった。
厩舎を出て修道院の別館へと向かう。居住エリアから離れた祈りの間に、隠し扉があった。
誰も、平和を願う空間の側にこんなものが存在するなんて思わないだろう。私は祈りの間に鎮座する女神像の後ろへと立ち回り、うずくまった。
床に描かれた隻眼の竜を模した紋章に触れる。紋章が私の微弱な魔力を感知して、ガチリ、という音と共に床面がずれ、隠された兵器の元へと私を導く。
開かれた入り口に体を滑り込ませ、手早く扉を閉じた。
中は薄暗く、壁面を伝う溝から、先ほど流れた微弱な魔力が反応を起こして階下を照らしていた。
私を誘うように走る壁面の光を辿り、古びた石段を下る。その先に、もう二度と使わない、使うことはないと決めていた巨大な”鎧”が。
——もう一度、使うことになるとはな……。
私は睨むように”鎧”を見上げた。黒色の肢体に、鋼特有の鈍い色が輝く。
魔導騎兵——正式名称、魔素伝導式騎乗型機械兵器。魔法を扱えない者が、魔法を扱えるようにするための機械兵器。
先の戦で広く普及した、『英雄殺し』の兵器が、この修道院地下に音もなく鎮座していた。
私は近くに置いてあった可動式の梯子を”鎧”の近くまで移動させ、梯子を足場にして操縦席がある跳ね上げ式扉に手をかけた。
院長が手渡した鍵を扉の錠に差し込み、回す。
ガキン、と金属が擦れて回る音と共に、扉が開く。素早く中に身を潜りこませた私は、上部から操縦席に乗り込む。
灰砂色の機内。中心部に位置する操縦席と、席を取り囲むように配置されている機器類の基盤。
そのどれもが懐かしさを感じさせるが、今は感傷に浸っている場合ではない。私は席の両サイドに備え付けてある、いくつかのコードが伸びた指ぬき手袋を両手に嵌める。
グローブの中心に嵌め込まれた青色の魔石が、操縦者の魔力を感知して光った。
私はそのままの状態で、前方にある機器類に手を伸ばした。スイッチを入れて初期調整を行い、モニターを作動させる。
生命状況。機体状況。索敵レーダー……。そのひとつひとつが正常であることを示す緑色に光った。
どうか違っていて欲しい。そんなわずかな願いを込めて、索敵レーダーを覗き込む。
単なる道迷いであれば、よかった。だが、レーダーが示したのはそんな甘い状況ではなかった。
「3機の機体反応あり。うち2機は”鎧”か……」
私はレーダーの解析を進めた。彼らがどこの所属で、何を運んでいるのか……。
彼女はコハヴィム博士の娘だ。ならば、機体に登録されている遺伝情報が一致するはずだった。
数秒の後、レーダーが解析を終える。魔力反応から、登録されている2機体は『旧コロニア帝国軍』のもの。そして、”鎧”が守り付いている1機に、コハヴィム博士のものと一致する魔力反応がモニターに返ってくる。
「やはりクロか……!」
想定の範囲内ではあった。だが、直面してみるとほんの少しの焦りが私の歯を食いしばらせた。
確かに彼女は”魔導騎兵”開発の第一任者であったコハヴィム博士の娘だ。すぐに何かをされるということはないだろう。
だが、もし万が一、彼女の正体を彼らが知らなかったら……? そうなった場合の可能性は未知数だった。
私は、操縦席の脇に放置していた最後のカプセル型丸薬を袋から取り出して口の中に放り込み、両サイドに備わっているレバーを引いたのだった。
————・————・————・————・————・————
まばらに木が生えている林の中を、三機の機体が移動していた。
1機は大型の装甲車。残りの2機は装甲車を守るようにして並び立つ、灰緑色の”鎧”。
中世の騎士を思わせるデザインの”魔導騎兵”は無骨で、ずんぐりむっくりとした姿をしていた。その機体は、周囲に生える木々とほぼ同等の高さだった。
「……隊長。ここを抜ければ依頼者との落ち合い地点です」
装甲車を運転する男が、隣に座る女性にそう言った。
どちらも服装は軍服を着崩した様相で、その胸には『コロニア帝国軍』を象徴する隻眼の竜の紋章が。
「そうだな。……できればあの男とは会いたくないが、依頼とあらば致し方ない」
ぶっきらぼうに愚痴混じりの返答をした隊長は、ちらりと背部の車内を顧みた。
車内に横たわるは意識を失ったひとりの女性——いや、見た目だけで判断するなら少女と言っても過言ではない、か。
彼女が、”魔導騎兵”開発の第一任者であったコハヴィム博士の、娘——。
なぜ、敵国側の宰相であるあの男が、この少女を必要とするのか、甚だ疑問だった。
コハヴィム博士本人ならまだしも、何の知識も無さそうな小娘を、一体なぜ……?
だが、博士は先の戦争で、兵器開発の第一任者として処刑されたはずだった。利用価値が無いとは言い切れない。
隊長が依頼人に対して邪推する中、突如として装甲車がブレーキを踏んだ。
「……何事だ」
隊長が車内のへりに掴まりながら、車を運転する男に尋ねた。男はわずかに目を見開いて、前方を凝視している。
隊長もまた男と同じ方へと視線を向けた時、1機の”鎧”から通信が入った。
『——前方に不審な機体が1機。あれは……、”鎧”?』
報告を受け、前方に意識を集中させる。遠くに、汎用型ではない”鎧”の輪郭がぼんやりと浮かぶ。
「解析する。01、02は魔法障壁を張れ」
『了解』
隊長が、膝の上に乗る大きさの装置を操作する。レーダーから敵機の距離、所属情報、魔力維持力を算出している間に、01、02と呼ばれた2機の”鎧”が前方に腕部を掲げ、赤い魔法陣を展開していく。
幾つもの魔法陣が弧を描いて、装甲車を含めた3機の周囲を魔力の壁が覆った。
そして、レーダーの解析が進むにつれ、隊長の額から冷や汗が滴り落ちた。
「隊長? 大丈夫ですか」
男が隊長に声を掛けた。隊長は何か嫌な気配を感じ、手の甲で汗を拭う。
そして、わずかに震える声で全隊員に解析情報を送った。
「——敵機解析完了。所属『コロニア帝国軍』、機体該当例、ナシ。敵機までの距離、およそ3マイル。詳細情報を01、02にも共有しておく」
解析装置を操る手が震えた。所属が我々と同じ『コロニア帝国軍』なのに、機体の該当例が、ないなんて……。
『——カスタム機体……』
02の操縦者が、詰まるような声で呟いた。
先の戦争で普及したのは、より一般化された汎用型だ。それを元に改造を施しても、解析情報には元の機体が表示される。
それがないということは、つまり……。
「——ひとまず、通信を試みる。……我々の仲間ではないことは確かだが、依頼者の件もある」
あの男が差し向けたのだろうか。疑問の渦の中、隊長は装置の波長を合わせて敵機と連絡を試みた。
「あー、あー、聞こえるか。そこの”魔導騎兵”。貴様、どこの差し金だ」
沈黙。通信の波長が合っていないのか、はたまた拒絶しているのか。
隊長がもう一度送声装置に言葉を投げかけようとした瞬間、低く、唸るような、怒気を孕んだ男の声が受音装置から放たれる。
『——返してもらおうか。貴様らが奪ったモノを』
ゾクリと背筋に怖気が走る。嫌な予感が的中した。
「01、02、戦闘態勢に移行しろ! ヤツは恐らくプロトタイプだ!」
『——ら、了解……っ!』
2機から、動揺の声が届く。
プロトタイプ——それはつまり、開発段階にて実用化される程の実力を持つ機体を意味していた。
それを所有している上に、尚且つ駆動させることの出来る人物とは……。
コハヴィム博士は死んだ。ならば、その関係者か……?
隊長は頭を抱えながら、前方の”鎧”を睨んだ。向こうの”鎧”は一歩も動く気配がない。
01と02が両腕を構える。展開した魔法陣から光弾が放たれた。
ドン、ドン、と放たれる魔法の砲弾。それらを避けるまでもなく、”鎧”は砲弾を受け止めた。
3マイル先が煙で霞む。敵機の状況が分からない中、隊長はレーダーに視線を走らせる。
点滅する魔力反応が、敵機の生存を告げていた。
『——なぜ……?』
避けなかったのか。01の操縦者が動揺する。
煙の向こうで、キラリと光る球形の壁。
『——順応完了。……今度はこちらから行かせてもらう』
ノイズ交じりの男声。受音装置の音が途切れるやいなや、正面から敵機が消えた。
全員が息を止めた。レーダーからも反応が消失している。そう理解した瞬間、目の前を、巨大な黒が飛んだ。
装甲車の左——01を、鉤爪のついた籠手のような拳で殴り飛ばす。
殴られ飛んだ01の機体は地面を転がり、何とか膝をついて敵機と対峙した。
「——01!」
思わず叫んだ。受音装置から、01の操縦者の震えた声がノイズ交じりに届く。
『——た、隊長! コイツ……っ!』
魔法障壁を破ってきた。いや、壁ごと01を殴り飛ばしたというのか……!?
それに、今の一瞬の魔力消失……。あれは、”転移魔法”……!?
脅威の戦闘力。隊長は敵のその姿を顧みて、息を呑み、驚き、畏怖した。
汎用機よりもひとまわり大きい黒の機体。魔石と仕込み武器が組み込まれた巨大な腕部。”鎧”とは名ばかりの、幾つもの機器類が組み合わさったような機体。
その頭部は、鋭い鷲のような逆三角形の造形をしていた。
その姿には見覚えが——いや、聞き覚えがあった。かつて、一晩でたった一機の”魔導騎兵”が大都市を灰塵に帰したのだと。
「——す、スレイヴィー……!」
コハヴィム博士の懐刀。敵陣から、そう呼ばれていた開発初期の魔導騎兵。
黒色の機体が背中越しに装甲車を睨んだ。いや、”魔導騎兵”にそのような機能はない。
そう思える程の迫力で、スレイヴィーは青く光る瞳をこちらに向けていた。
「隊長……!」
「——っ、安全圏まで撤退する! 01,02は援護しろ!」
『——ハッ、了解!』
確か近くに魔力擾乱が起こる洞窟があったはずだ。急いで装甲車を急旋回させて、退避する。
逃がさんと怒る”魔導騎兵”が、車体を掴もうと手を伸ばす。それを、02が阻止する。
腕に組みつき、装甲車を跨いで押しのけ、道を作る。
『——隊長っ、行ってください!』
「恩に着る……っ!」
土煙を上げて走り去る装甲車。スレイヴィーの前に02と呼ばれた汎用型魔導騎兵が立ち塞がる。
『——ハッ。伝説の機体とヤリ合えるなんて、光栄なこった!』
02はそう吼えて、戦闘の構えをとる。スレイヴィーの陰に、01の影。
両機は依頼を完遂させるため、伝説の機体、スレイヴィーに睨み合ったのだった。
走り去る装甲車。立ちはだかる2機の汎用型機体。
久しぶりの戦闘にドクンと胸が高鳴る。
嬉しいのか? 私は、嬉しいのだろうか……?
無意識にもニッと口角が上がる。
怒り? 喜び? そのどちらとも取れる感情が、操縦桿を握る手に力を込めさせる。
『——ハッ。伝説の機体とヤリ合えるなんて、光栄なこった!』
傍受した無線から、声が響く。
前に1機。後ろに1機。挟み撃ちの状態では分が悪い。
私は足でスライド式スロットルを滑らせ、挟撃から離脱する。
当然、2機は私を追う。2機とも魔法の光る剣を展開させ、振りかぶった。
私は左腕部に仕込まれた魔法で盾を張り、振り下ろされる2機の剣の軌道を逸らせ、かわす。
私は2機の攻撃を凌ぎながら、右手で目の前の操作盤を操った。
目的は逃げた装甲車の追跡だった。コハヴィム博士のものと一致する魔力反応を追い、その行く先を予測する。
装甲車が向かった方角には魔力擾乱現象が起こる洞窟がある。やつらの狙いはそこか……!
洞窟の中に入ってしまえば魔力反応が遮断される。そうなれば追跡は不可となる。
ならば、その前に魔法陣を張ってしまえばいい。
唇をぺろりと舌で舐め、手早く操作盤をタイプした。同時に、2機の動きも捉えて攻撃を逸らしていく。
『——ッチ、デケェ割に動きが早ぇ……っ!』
敵機の操縦者がボヤく。ほぼ同時に、レーダー上に赤い円陣の模様が浮かび上がった。
動力停止と転移魔法を兼ね備えた魔法陣の設置が完了した。後は目の前の2機を蹴散らすだけ。
手元で魔力スロットルを切り替えて、魔力練度を上げる。
手の甲から流れ出す魔力の素——魔素が、じんわりと体温を奪っていく。
視線を上げると、魔素を介して視神経に流れ込んできた映像から、2機の内1機が後ろへ距離を取って離れていくのを確認できた。
『——02! 雷撃魔法を使う!』
『——了解!』
離れた1機——01が魔法の剣を消し、腕部の機構をガシャンと組み替える。
遠距離魔法。魔法障壁があるとはいえ、被弾は避けた方がいい。
だが、私を阻むもう1機——02がこちらの行動を阻害する。
『——避けようったって、そうはいかねぇぜ!』
02の操縦者が言い放つ。即座に薙ぎ払われる剣を後退してかわし、左腕部の盾を解体し組み替え、別の魔法を起動する。
高威力の魔力を弾に変えて撃つ、エネルギー弾。露出した赤い魔石がキラリと光った。
ゼロ距離射撃。いくら魔法障壁を張っているとはいえ、高出力で放たれる魔力攻撃に魔法障壁が耐えられるはずもない。
ドゴンッ、という音と共に、機体に走る反動。白い光が散る、視界。
『——ぐっ……!』
『——02!』
01の操縦者が叫んだ。私の口元が弧を描いて歪む。
次の瞬間、両機が反動で飛び、空いた空間にバシュッ——と迅雷が駆けた。
『——チッ、外したか……っ!』
悔しそうな声。だが、01はもう一度魔法攻撃の構えをとった。
仲間に当たるのを警戒しているのだろう。先ほどと同じくすぐには打ってはこない。
02の方は胸部に被弾したものの、機能停止には至っていない。装甲が剥がれ落ち、エネルギー管が露出するだけに留まっている。
「……大ぶりの攻撃にわざと当たるほど、私も馬鹿ではない」
『——!』
両機の操縦者が、息を詰まらせる音を無線が拾う。
どうやら無線が無断接続されていたことに気付いていなかったらしい。
もしや、前線で戦った事のない人間なのか?
私の声掛けに、両機の動きが一瞬止まった。
「どうした? 無線を傍受されるのは初めてか?」
私からの問いの答えと言わんばかりに、構えていた01が2度目の雷撃魔法を放つ。
走る閃光をやすやすとかわして、追ってきた02の突進の軌道をもそらす。
『——ナメやがって!』
その声はどちらの機体のものか。
02がひらりと機体を翻し、両腕部の機構を組み替える。
『——これでどうだっ!』
即座に展開される黄色の魔法陣。放たれた砲弾は小ぶりなものの、数と速さが集中狙撃型ではないことを物語っていた。
いくつかの弾幕を後退しながらかわしつつ、私は手早く両腕部の機構を切り替えた。
01が視界の端で3撃目の雷撃魔法を放った。攻撃に合わせて、両敵機へと光線魔法を打ち込む。
眩い光と、キィ――ンッと耳鳴りのような高音が鼓膜をつんざく。いくつかの敵の弾と01が放った雷撃魔法が光線に当たって消失した。
『——さすがはプロトタイプってとこか……!』
声とレーダーの反応から敵両機はいまだ健在だった。
やはり2機相手だと厳しいか、と私は思った。一方で、この戦闘をどこか楽しんでいる自分がいた。
理論的に考えれば隙を作って誘導し、高威力の魔法を当てて撃破すればいいだけ。それなのに、あえて無線を傍受し、彼らの反応を傍観している。
自分が自分で無くなりそうな感覚に、口の中で転がしたままのカプセル型丸薬を舌でもて遊んだ。
「それで終わりか?」
そろそろ終わりにしよう。レーダーの解析を見るに、装甲車と魔法陣までの距離は5マイルを切っている。
敵の弾幕が途切れた。両機が集中狙撃型の魔法陣を張るのを視認する。
この攻撃に、彼らはどうせ耐えられない。私は無意識にも唇を湿らせて両手のスロットルレバーを切り替えた。
『——んなわけ……!』
操縦者が言葉を発する前に、2機両腕部から同時に光が放たれた。
私が先ほど撃ったのと同じ、光線魔法の一種だった。
通常の魔法よりも負荷が高いその魔法は速さと威力を兼ね備えている。常人の操縦者なら挟み撃ちの光線魔法は避けきれないだろう。
だから私は、上空へと跳んだ。
『——な』
汎用型なら有り得ない機動力。だが、敵も馬鹿じゃない。
私の影を追って光線魔法を撃ち放つ。私はそれを上空で身を翻してかわし、狙いを両機へとつけた。
『——さすがに上は避けられねぇぜ……っ!』
光線魔法が切れた両機が、再度魔法を撃つための構えをする。
機体の上昇が止まる。まともに動きがとれない状況で、私は笑った。
瞬間、放たれる光の矢。光線魔法よりも速い、威力一点型の特殊魔法だった。
音もなく両機の胸部と腹部を貫通した矢が、各機体の動力——魔力、即ち魔素の導通を狂わせる、毒の矢。
『——!?』
『——これは……っ!?』
両機の操縦者が驚きの声をあげる。次の瞬間には各機体が動力を停止していた。
『——な……、こんな魔法、きいたこともない!』
『——落ち着け02! 魔素の導通が狂わされただけだ! ただちに初期調整を……!』
している間など、ない。
自身の機体の着地と同時に、敵両機の前、後ろ、左右に出現した白の魔法陣が彼らの行動を制する。
「戦闘終了だ。……さて、教えてもらおうか。貴様らの目的を」
『——っ』
回避不可能な魔法攻撃の構えに囲まれ、01、02の両機は言葉を失う。
それでも、彼らは己の任務を遂行するために、攻撃の構えをとったのだった。
————・————・————・————・————
「……しかし隊長。スレイヴィーって……」
装甲車を運転する男が助手席に座る隊長に投げかけた。
彼が抱く疑問はもっともだろう。隊長は視線を少し下げ、迷いの言葉を返す。
「ああ……。ヤツは先の大戦で大破したと、私も伝え聞いている」
コロニア帝国が敗戦した主な原因のひとつに、スレイヴィーの大敗が関わっているという話は有名だ。
その後、危険な兵器を開発したとしてコハヴィム博士を含むコロニア帝国の主幹部が一斉処刑されたのだ。
もう存在しないはずの機体。それを操る、操縦者の正体——。
悩んでも仕方のないことだ。隊長はそう決めつけて、目的の場所のその先を見据えた。
しばらく進んで木々の波が途切れ、目的の洞窟が見えてきたところでガクン、と車体が急停止した。
「どうした?」
「そ、それが……、エンジンが急停止しまして。すぐに再起動をかけます」
男がハンドルの横にあるいくつかのスイッチをパチパチと切り替える。
隊長はその様子を傍目に前を見据えた、刹那——。
ドゴォン——、という強い衝撃が装甲車を襲った。揺れる車体の前方に、黒い影。
『——話は聞かせてもらった。そこまでだ』
受音装置から響く声。無線を傍受して紡がれた声に続いて、2撃目、3撃目の衝撃が車体を襲う。
けたたましく金属が崩れる音が車内まで響いた。
「一体何事——!」
隊長が身を屈ませてフロントガラスから外の様子を窺い、そして言葉を失った。
スレイヴィーの両脇に崩れている鉄塊——否、”魔導騎兵”だったものがそこにあった。
『——安心しろ。操縦者を殺してはいない。……動けないよう機体の破壊はさせてもらったが』
スレイヴィーの操縦者の声に続き、呻き声が受音装置から響く。
『——た、隊長……!』
『——コイツ、ただのプロトタイプじゃ……!』
ザリッ、とノイズ混じりに届く01、02の声に隊長は思わず唇を噛んだ。
「何が目的だ」
黒色の機体を睨み上げながら、隊長は尋ねた。
返ってきた答えはただひとつ。
『——貴様らが奪ったモノを返して貰う』
次の瞬間、車体が大きく揺れた。バキッ、と金属が割れる嫌な音が車体後部から響き渡る。
「——な、ま、待て! ”魔導騎兵”のままで回収など……! 娘の命が惜しくないのか……っ!?」
普通であればはるかに人より大きい機体が小さな人間を回収するなど不可能の極みだった。
だが、揺れる車体に掴まりながら背後を確認した隊長は思わず息を呑んだ。
そこに存在していたはずの娘の姿が、車体の屋根と共に消えていた。
「っ、”転移魔法”!?」
それも、ごく小さな対象物だけを回収する高度な転移魔法。
そんな高等芸が、普通の”魔導騎兵”に乗る人間が行えるはず、ない。いくらプロトタイプとはいえ、だ。
『——ご名答。さて、そろそろおしゃべりは止めにしようか』
不穏な声が、受音装置を伝って車内を凍り付かせた——。
私はまっすぐに前を見据えた。目の前には上部が裂けた装甲車が1台。
奪われたモノは返して貰った。いや、奪い返したというべきか。
腕の中に抱える確かな温もりに安堵と、怒りと、それから——。
私は沸き上がる感情に頭を抱えた。殺せばいい、こんなやつら。
彼女に何をしたのか分からない。彼女に触れた? 彼女の姿を見たのか? 許せないことを、彼らはしたのだ!
目の前の装甲車を睨む。一足遅れて装甲車のエンジンがかかった。
私は思わず操縦レバーを引き、装甲車の目の前の地面を”鎧”の拳で抉った。
『——っ!』
揺れる女性の呻き声。装甲車1台と”魔導騎兵”では分が悪いだろう。
それも、こちらは汎用型の魔導騎兵2機を撃破している。両脇にいる魔導騎兵の操縦者もろとも、命を奪う事など簡単だった。
私は魔法の起動レバーに手を掛けようと腕を上げた。いや、上げようとした。
重みに思わず視線が向かう。
私の腕の中で眠るひとりの女性——ティアが瞳に映る。
コハヴィム博士の面影を残した、まだあどけなさが残る表情に手が止まった。同時に、口の中で転がし弄んでいたカプセル型丸薬がパチンと弾け溶ける。
口の中に広がる懐かしい苦味とともに、思い出される過去——。
——ミハイル! 思い出せ! 君はもうやつらの奴隷なんかじゃない!
思い出される博士の言葉に、息が詰まる。
スレイヴィー。そうだ、それが私の名だった。
——奴隷? それが君の名なのか? ……あんまりだな。
——よし。それなら私が名前を与えてやろう。……そうだな、ミハイル、なんてどうだ?
——はは。実はな、私には娘がいるんだが、あの子が生まれる時に妻と話し合っていたんだ。女の子だったらティニア、男の子だったらミハイルにしようって。
あの時、コハヴィム博士が私に与えてくれた、ミハイルという名。同時に捨てた、奴隷という名。
そうだ。もう私はあの日々と違って、全てを滅ぼさなくて、いい——。
私は装甲車を牽制していた拳を引き上げた。
『——っ……?』
動揺と懐疑の息遣い。それらに応えるべく、私は深く息を吐いて、送声装置に言い放つ。
「……私の目的は果たした。貴様らに用はない。願わくば、この娘にはもう二度と関わらぬことだ」
魔力スロットルを切り替え、出力を抑える。冷えていた体温が戻る感覚に息を吐いた。
『——まて。殺さないのか?』
女性の疑惑の声に止まる。それはもっともな意見だった。
だが、私の目的はティアの救出。血を見るために戦ったわけじゃない。それに、これ以上の戦闘は薬を服用しているとはいえ、副作用の関係上極力避けたかった。
「……悪いが、そんな趣味はない」
本心から言い切れたら、どれほどよかっただろうか。
私は魔法の起動ボタンに手が伸びそうになる気持ちを抑えて、この場から撤退したのだった。
————・————・————・————・————
一連の流れを離れた場所から見ているひとりの男がいた。
男は連れ立ったもうひとりの男に、質問を投げかけられる。
「……宰相、よいのですか。コハヴィム博士の娘を逃がして」
濃緑色のローブに身を包んだ宰相と呼ばれた男は、同じ色のローブを深く被る男に答える。
「ああ、構わない。私の真の目的はあの娘じゃない。——あの男だ」
宰相が見据えている先には、巨大な黒の”魔導騎兵”。
この国の、いや、この世界のどこにも存在しない特別で特殊な機体。
「コードネーム”スレイヴィー”。……確か、宰相が設計したもの、でしたか。しかし、なぜあの時彼を実験破棄に……?」
男は宰相が考えていることが分からなかった。
あれほどまでの実力を持つ機体を——男を、なぜやすやすと自国から追放したのか。
「アレは特定の個体に執着する性質がある。そして、その個体を巡る戦闘において、異常なまでの闘争本能を見せる。……まるで獣だ」
その本能を最大限活かせるよう改造させたのが、あの男の乗る機体。
だが、自国にあの男が執着する程の人間が居なかった。だから、追放したにすぎない。
「……君は、私を愛国心のある者だと思うのかね? だったら、とんだお門違いだ」
宰相は笑った。真の目的はそこじゃない。
コハヴィム博士の娘が手元に残らなくても、必要な情報は手に入った。
「スレイヴィー。……いや、今は”ミハイル”と名乗っていたか」
ひとりごとのように宰相は呟いた。
遠目に存在していた黒色の機体が、その地から姿を消す。
「……見せてもらおうか、神になれぬ者の運命を」
宰相の言葉に、男は何も返せなかった。
彼が何をしようとしているのか。それらを考えること自体がおこがましいのだ。
そんな彼らの横を、硝煙入り混じる風が通り過ぎていった。
一度滅びた国に、爽やかな春の風はまだやってはこない。
続きません。
お読みいただきありがとうございました!




