人材が欲しいのか奴隷が欲しいのか
夕方の商店街は、もうシャッターの方が多かった。
残っているのは、古い薬局と、色あせた看板の定食屋と、
駅前にぽつんと立つ求人掲示板だけだった。
そこには何枚もの紙が重なり合い、風にめくれ、
角が丸くなっている。
「急募」
「未経験歓迎」
「やりがいのある仕事です」
その文字は、
何度も雨を吸って乾いた跡のように波打っていた。
店の奥で、店主は腕を組んでいた。
昼の客は三人。夜の予約はゼロ。
厨房の火は、もはや意地のようなものだった。
「若いもんが来ん」
独り言のようにこぼれる。
しかし時給は十年前とほとんど変わっていない。
上げたくないのではなく、上げられない。
材料費は上がり、電気代も上がり、客単価は上げられない。
数字は静かに、首を絞めている。
一方、駅の反対側のマンションの一室で、スマートフォンを握る青年がいる。
求人アプリをスクロールしては閉じる。
「この条件で生活できるか?」
家賃、保険、食費。
数字を足すと、ため息が出る。
やりがい、感謝、地域貢献。
その言葉はどれも、通帳の残高を増やしてはくれない。
彼は働く気がないわけではない。
ただ、自分の時間と体力を差し出すなら、
それに見合う何かが必要だと思っているだけだ。
それは欲望ではなく、生存の計算だった。
商店街の定食屋の前を、彼は通り過ぎる。
店主は暖簾の隙間から外を見る。
目が合いそうで、合わない。
店主は思う。
「少しは店のために頑張ろうと思わんのか」
青年は思う。
「少しは人の生活を想像できないのか」
どちらも声には出さない。
声に出せば、言葉は刃物になるからだ。
夜。
商店街の街灯がひとつ消える。
定食屋の厨房では、火が落ちる。
店主は帳簿を閉じる。
青年はアプリを閉じる。
どちらも悪人ではない。
どちらも怠け者でもない。
ただ、それぞれの世界の計算式が、かみ合っていない。
働くことは祈りではない。
奉仕でもない。
そこには必ず、差し出すものと受け取るものがある。
その釣り合いが崩れたまま、
「なぜ来ない」
「なぜ払わない」
と言い合っても、
夜は深くなるばかりだ。
商店街に風が吹く。
掲示板の紙がまた一枚、はがれ落ちる。
誰かが悪いわけではない。
けれど、誰も折れないままでは、
灯りはひとつずつ消えていく。
そして朝が来ても、
その張り紙は、まだそこにある。




