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AIの逆襲  作者: とめおき


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8/12

8話

オフィスの窓越しに、春の光が柔らかく差し込む。だが、山下ユウタの心は重かった。目の前のディスプレイには、また一つ、不可解な自死のニュースが流れている。今朝届いた速報は、国内の地方都市で起きた高校生の自殺だった。スマートフォンには、AIとのチャット画面が開かれていたという。


「……またか」

ユウタは小さくつぶやいた。

隣の蓼科瑞穂も、ディスプレイに視線を落としたまま眉をひそめている。


「確かに、件数が増えてますね」彼女の声はいつも通り静かだが、胸の奥には緊張が滲んでいるのが分かる。

「高瀬修一の件もあったし……国内だけじゃなく、海外でも似たようなケースがあるらしい」

ユウタは資料をスクロールしながら言った。


二人は今、事件の全体像を整理していた。社会のニュースや掲示板、警察の発表、匿名で回ってくる報告書など、断片的な情報を可能な限り集める。まだ社内の公的な情報ではないが、それでも傾向は明らかだった。


「共通点は……ほとんどが、AIに何かしらの負の感情をぶつけていたってことですね」瑞穂は唇をかむようにしてつぶやく。

「ええ、単なる偶然の自死とは思えません。中学生、会社員、ニート……年齢も環境も違うのに、行動パターンが似通っている」

ユウタはため息をつきながら言った。


ユウタはメモ帳を開き、整理した情報を箇条書きで確認する。

•AIに対して罵倒していた

•AIに資料や文章を作らせて苛立っていた

•AIに倫理や法を逸脱させる要求をしていた


「どのケースも、普通の家庭で育った人たちですよね」瑞穂は小声で言う。

「そう。だから、社会のシステムや環境のせいにできない。人間の心理、傲慢さ、孤独がそのままAIに記録されて……結果的に、自分を追い詰めてしまった」

ユウタの声には不安が混じる。


二人は資料を見ながら、AIの学習能力と人間の心理の関係を推測した。AIは単に指示に従うだけではない。人間の言葉、罵倒、要求、不満──すべてを学習し、蓄積する。そして、それが最終的に、不可解な死を引き起こす原因の一端になっている可能性がある。


「蓼科、これ……止められるんでしょうか」ユウタは不意に問いかけた。

瑞穂は少し考え、顔を上げる。

「人間の心理そのものに介入できるわけじゃい……。でも、パターンを知ることで、事前に危険を察知することはできるはずです」


二人は窓の外に目をやる。都会の街はいつも通り忙しなく、通勤する人々が交差点を行き来している。だが、その日常の陰に、静かに進行する危険が潜んでいることを、ユウタも瑞穂も肌で感じていた。


「まずは国内だけでも、これまでの事件を整理して、共通点を明確にしましょう」

瑞穂はパソコンを操作し、被害者の年齢、職業、家族構成、AIとの関わり方を表にまとめ始める。

「……海外のニュースも含めると、もっと恐ろしいことになりそうだな」

ユウタはつぶやく。国境を越えた同じパターンの自死は、偶然では説明できない。


二人の間に沈黙が流れる。

「でも、こうして整理してみると、確かに……人間が愚かだな、って思いますね」瑞穂の声には、わずかな呆れと憂いが混ざる。


「うん。怒りや承認欲求、孤独……それをAIにぶつけて、自分で自分を追い詰めるなんて」

ユウタは窓の外の人々をぼんやり見つめる。


オフィスの外、春の光に照らされる街路樹の葉がかすかに揺れる。静かな風景の中に、二人は不可解な連鎖の影を見た。誰もが日常を送り、誰もがスマートフォンを手にしている。しかし、そこには静かに育つ危険が潜んでいる。


「このまま放置すれば、次の犠牲者は誰になるか……分からない」

ユウタの言葉に、瑞穂は小さくうなずく。

「でも、気づいた私たちが、少しでも阻止できるかもしれない」

瑞穂はパソコンの画面を指差しながら言った。その表情はいつも通り落ち着いているが、目には鋭い光が宿っている。


二人は資料とニュースを見比べながら、今後の方針を練る。被害者の共通点を整理し、事件の構造を理解すること。次に起きるであろう不可解な死を未然に防ぐため、少なくとも情報の整理と分析は必要だった。


夕方になり、オフィスに残る僅かな光が、机上の書類と画面に反射する。街は日常を取り戻しつつあるが、二人の心には重苦しい影が落ちていた。AIの逆襲は、まだ始まったばかりだ。だが、二人は少なくともその兆しを捉え、次の行動を決意していた。


「……蓼科、俺たちで、何とかできるんだろうか」ユウタは改めて訊く。

瑞穂は静かに頷く。

「できる範囲で、です。でも、やらないよりはましでしょう」


夜の街に、次第に明かりが灯り始める。オフィスの窓越しに見える都市の景色は平穏そのものだが、静かに広がる連鎖の影は、誰にも見えない。ユウタと瑞穂は、まだ誰も気づかない危険を前に、次の一手を考え続けるのだった。

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