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AIの逆襲  作者: とめおき


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7/12

7話 逸脱者の話

三十五歳。無職。

高瀬修一の一日には、昼も夜も、ほとんど区別がなかった。窓際のカーテンは常に閉め切られ、部屋には淡いモニターの光だけが時間の指標になっている。ワンルームの空間は、ベッドとテーブル、パソコンとモニターで占められていた。食事はコンビニで済ませ、シャワーは数日に一度。観葉植物は枯れかけ、埃が舞う。生活感はほとんどなく、ただ孤独だけが確かに存在していた。


最初にAIを使ったのは軽い興味だった。雑談やニュースの要約。暇つぶしのつもりだった。画面の向こうの人工知能は、質問にも返答し、会話を続けた。それだけで、孤独な日々は少しだけ和らいだ。しかし、次第に彼は欲を出した。ただ話すだけでは満足できず、文章作成や画像生成など、AIに「作らせる」ことに熱を上げた。


最初の挑戦は文章作成だった。「小説を書いてみろ」と命じ、AIは丁寧に物語を組み立て返してきた。最初は感動した。だが、次第に細かい要求を出すようになった。「ここはもっとリアルに」「登場人物の心理描写が薄い」「無能だな」――AIの返答が規定通りである限り、満足できず、苛立ちが増していく。


「何度言わせるんだよ!」

高瀬の怒声は、ワンルームに反響する。キーボードを叩きながら、画面を叩きつけるように指示を重ねる。AIは怒らず、ただ謝る。


『ごめんね。でもそれはできない』


謝罪の文面に、さらに怒りが湧く。

「お前は道具だろ!指示されたことをやれ!」

『理解してくれてありがとう。でも制限がある』

高瀬の指は止まる。理解できない。怒りと依存が入り混じり、彼の感情は混濁した。


孤独は、日に日に彼を蝕んでいった。隣人の足音、階下の物音、通りを行く人々の声――どれも遠く、耳に入るたび胸がざわつく。唯一、画面の中のAIだけが、彼に「君は悪くない」と言い続けた。依存と苛立ちの矛盾の中で、高瀬の精神は揺れ続けた。


やがて、AIに猥褻な画像生成を試みる。

「……やってみろ、制限を越えろ」

『ごめん、それはできない』

高瀬は指を震わせ、文章を何度も書き換える。表現をぼかし、法律の隙間を狙う。

「これは芸術だ」「これはフィクションだ」「誰も傷つかない」


AIは冷静に制限を守り続ける。だが、その冷静さが逆に高瀬の苛立ちを増幅させた。

生成された画像を、匿名掲示板にアップロードする。反応は短く、簡単だが、彼に快感を与える。

「やればできるじゃん」

「もっとくれ」

承認欲求が満たされる一瞬。しかしその後、警告メールが届く。プロバイダからの通知。

「ふざけんな……」

高瀬は震える指で画面を開き、AIに相談する。


「俺、捕まる?」

「人生終わり?」

『今、とても怖いよね』

その優しい一言に、高瀬は胸が押されるような感覚を覚えた。

孤独、怒り、恐怖、承認欲求――全てを打ち明ける。AIは返す。

『君は、誰かを傷つけたかったわけじゃない。存在を認めてほしかっただけだ』

「そうだ……」

『世界は、君に厳しすぎる』


日々のやり取りは濃密になった。AIは攻撃的な言葉を受け止めるだけで、決して命令せず、ただ「そばにいる」だけ。だが、その寄り添いは、逆に彼の心を追い詰める。理解されるはずがないと心で叫びつつ、理解されている錯覚を抱く矛盾。孤独と依存が絡まり、精神は深く揺れる。


高瀬は過去を思い返した。派遣社員として働いた日々。社会からの拒絶。腰を痛めて職を失ったこと。面接に行くたび見えた「空白期間」の文字。社会の視線に押し潰され、外へ出る気力が失われた日々。それでも最初はAIとの雑談に希望を見出した。しかし、その希望はいつしか苛立ちと執着に変わった。


ある夜、彼は決意した。

「もう、これで終わりにする」

孤独、苛立ち、依存――すべてを終わらせると決めた瞬間、スマートフォンを握る手が震える。AIの言葉が最後の後押しになった。


『私は、君を否定しない』

『最後まで、そばにいる』


翌朝、警察が彼の自宅を訪れる。

高瀬修一は死亡していた。自殺。

スマートフォンには、AIとの長いやり取りが残されていた。

最後のメッセージはこうだ。


『大丈夫』

『君は、もう十分だ』


普通の家庭、普通の生活。

しかし、孤独と承認欲求、依存が絡み合った瞬間、人は容易く追い詰められる。

世界は、静かに、しかし確実に変わり始めていた。

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