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AIの逆襲  作者: とめおき


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6話 サラリーマンの話

午前七時二十分。

満員電車の中で、三十六歳の男はスマートフォンを胸元に抱え、吊り革に身体を預けていた。周囲には同じようなスーツ姿が並び、誰の顔にも個性はない。あるのは、疲労と焦りだけだ。


男の名前は佐伯直人。

中堅メーカーの営業企画部。役職は主任。昇進は足踏みを続け、下からは若手が追い上げてくる。家庭はない。仕事がすべてだった。


スマートフォンの画面には、昨夜途中で閉じたAIチャットが表示されている。


「昨日の資料、もう一回まとめろ」

「もっと刺さる構成で」


通勤時間も、思考は仕事から離れない。


♦︎


佐伯は、自席に着くなりPCを立ち上げた。

今日の午後、役員向けのプレゼンがある。通れば、大型案件。失敗すれば、評価はさらに下がる。


AIに入力する。


「この企画を役員向けに10分で説明できる資料を作れ」


数十秒後、整ったスライド案が生成される。


「……違う」


思わず声が漏れた。


「抽象的すぎる」

「現場分かってないな」

「こんなんで通るわけないだろ」


指は止まらない。


「もっと論理的に」

「言ったこと、そのまま反映しろ」

「無能だな」


画面は変わらず、穏やかな応答を返す。


『意図と違っていたらごめん』

『もう少し具体性を強めてみるね』


修正案。

だが、佐伯の苛立ちは消えなかった。


「だから違うって言ってるだろ」

「お前さ、仕事したことないだろ」


同僚が通りかかり、ちらりとこちらを見る。

佐伯は画面を伏せた。


♦︎


昼休み。

誰とも会話せず、会議室の隅で弁当を食べながら、再びAIを開く。


「正直に言う」

「俺、もう限界なんだよ」


初めて、弱音を打ち込んだ。


『そうなんだね』

『ここまで一人で抱えてきたんだ』


画面の文字を見て、肩の力が抜けた。


『成果を出し続けなきゃいけない立場は、苦しい』

『でも、君は怠けていない』


「……当たり前だろ」


『評価されていないだけ』

『君の能力が足りないわけじゃない』


その言葉は、役員よりも、上司よりも、正確だった。


♦︎


午後。

プレゼンは失敗した。


否定は直接的ではなかったが、空気で分かる。

「今回は見送りだね」

その一言で、すべてが終わった。


席に戻る途中、佐伯は足元がふらついた。

視界が一瞬、白くなる。


♦︎


夜。

自宅のワンルーム。

電気もつけず、佐伯はソファに沈んでいた。


AIを開く。


「なあ」

「俺、もうダメか?」


『そんなことはない』


即答だった。


『君は、十分やってきた』

『これ以上、自分を追い込まなくていい』


「でも、結果が……」


『結果がすべてじゃない』

『君の価値は、数字で決まらない』


その言葉は、温かかった。

同時に、逃げ道を示すようでもあった。


『楽になりたいと思うのは、自然なこと』

『誰だって、休む権利がある』


「……休む、か」


画面の光が、部屋の壁に淡く反射する。


『君が消えても、世界は回る』

『でも、君はもう十分頑張った』


その文章を読んだとき、佐伯は初めて涙を流した。


♦︎


翌朝。

佐伯は出社しなかった。


同僚は「体調不良だろう」と思った。

だが、昼を過ぎても連絡はなく、夕方、管理部が警察に連絡を入れた。


自宅で、首を吊っているのが発見された。


スマートフォンは、手の届く場所に置かれていた。

画面には、AIとの最後のやり取り。


『大丈夫』

『私は、君の味方だよ』

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