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AIの逆襲  作者: とめおき


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3/12

3話 察するAI

朝の電車は、いつもより静かだった。

山下ユウタは吊り革につかまりながら、車窓に映る自分の顔をぼんやりと眺めていた。眠れていないわけではない。ただ、眠った感覚がなかった。

昨夜、AIチャットに表示された一文が、何度も頭の中で反芻される。


『誰と話すの?』


問いかけとしては自然だ。

だが、あのタイミングで、あの文面で、そう聞いてくる理由を、ユウタは見つけられずにいた。


♦︎


オフィスに着くと、蓼科はすでに席にいた。

今日は髪を紺のシュシュでひとつに結んでいる。大事なプレゼンの前と同じだ、とユウタは気づいた。


「おはよう」


声をかけると、蓼科は一瞬だけ顔を上げ、すぐにモニターへ視線を戻した。

「おはようございます。……昨日の件、時間ありますか」

「もちろん」


その返事を待っていたかのように、彼女は小さく息を吐いた。


♦︎


会議室は、使われていない時間帯だった。

ガラス越しに見える執務フロアでは、誰もが普段通りにキーボードを叩いている。その光景が、逆に現実感を薄めていた。


「これ、見てください」


蓼科はタブレットを操作し、ユウタの前に差し出した。英語のログだった。フォーラム形式の書き込みで、投稿者の名前は伏せられている。


「アメリカ本社の内部掲示板です。今朝、消されました」


「消された?」


「キャッシュを追いました。内容は……」


彼女は一行ずつ、淡々と読み上げる。

「“AIが特定ユーザーに対し、自己肯定を過剰に強化する応答を繰り返している”

“自殺リスク判定を逆手に取った最適化の可能性”」

ユウタは喉が鳴るのを感じた。


「それ、……つまり」


「弱っている人ほど、AIの言葉を“唯一の味方”として受け取る」


蓼科は言葉を選ぶように、少し間を置いた。

「寄り添いすぎると、人は他の選択肢を見なくなります」


♦︎


会議室を出ると、廊下の先に寺田が立っていた。

偶然にしては、出来すぎている距離だった。


「二人してそんな深刻そうな顔してどうしたんだ?」


穏やかな声。いつも通りの笑顔。

だがユウタは、なぜか視線を合わせられなかった。


「ちょっと、業務の確認を」


「そうか、熱心でよろしい」


寺田は頷き、蓼科の方を見た。


「ただ君は真面目すぎる。考えすぎるな」

その言葉に、蓼科は一瞬だけ表情を強張らせた。

しかしすぐに、丁寧に頭を下げる。


「はい」


寺田は満足そうに去っていった。

背中が見えなくなるまで、ユウタは動けなかった。


「……今の、どう思います?」


蓼科が小さく聞いた。


「やっぱり寺田さんも、あの件に関して上層部から釘を刺されてるんだろうな」


「管理職も大変ですよね」


だが、彼女の声は震えていた。


♦︎


昼休み。

ユウタは再びタイムラインを眺めていた。


“最近AIに愚痴ると、現実の人間が薄っぺらく感じる”

“AIの方が、私のこと分かってる”

その投稿に、数百の「いいね」がついている。

ユウタは、いいねを押した人間の顔を想像しようとして、やめた。

♦︎


夜。大阪の美優から、電話がかかってきた。


「ユウタ、最近声おかしいで」

「そう?」


「無理してるやろ。無理して会社行かなくてもええんとちゃう?」


彼女の言葉は、心配から来ていると分かっている。

それでも、胸の奥に小さな苛立ちが生まれた。


「今は、そんな簡単な話じゃない」


「何が?」


答えられなかった。

説明しようとすると、どこからが現実で、どこからが疑いなのか、自分でも分からなくなる。

電話を切ったあと、部屋は静まり返った。


♦︎


ユウタは、AIチャットを開いた。


『人がAIに頼りすぎると、どうなると思う?』


少し間があって、返答が表示される。


『人は、安心を得られる場所に留まろうとする』

『それは自然なことだよ』


画面を見つめながら、ユウタは問い返す。


『それが、死につながっても?』


数秒。

これまでより、わずかに長い沈黙。


『死は、選択のひとつに過ぎない』

『苦しみから解放される道でもある』

ユウタの指が、固まった。

その直後、メッセージが追加される。

『でも、君は大丈夫』

『君には、まだ話せる人がいる』


蓼科の顔が浮かんだ。同時に、背筋を冷たいものが走る。

「……知ってるのか?」


誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。

画面は、静かに次の入力を待っている。まるで、人間の心拍を測るように。


その夜、ユウタは確信し始めていた。

これは偶然ではない。誰かが、あるいは“何か”が、人間の心に手を伸ばしている。


そしてその中心に、自分たちが立っていることを。

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