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AIの逆襲  作者: とめおき


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2/12

2話 学習するAI

その日の夜、山下ユウタは自宅のワンルームで、照明をつけないままソファに沈み込んでいた。

窓の外では、首都高を走る車の音が絶え間なく流れている。遠くで聞くと、それは波の音にも似ていた。

テレビはつけていない。

それでも、昼間のニュース映像が何度も頭の中で再生される。


AIチャットのログが本人のスマホから多数見つかる。


「……気味悪いよな」

独り言は、部屋の壁に吸い込まれて消えた。

ユウタはスマートフォンを手に取る。無意識のうちに、検索履歴を遡っていた。


 〈AI 自殺 洗脳〉

 〈AI 依存 危険〉

専門家の冷静な分析と、根拠のない陰謀論が入り混じって表示される。そのどれもが決定打にはならず、ただ不安だけを増幅させていく。


画面の上部に通知が浮かんだ。


若林美優からだ。

『ほんまに大丈夫なん? ニュース見てから、ずっと胸騒ぎしてて』

関西弁の文面が、逆に距離を感じさせた。

ユウタは少し考えてから、短く返す。


『大丈夫やで。忙しいけど、問題ない』

嘘ではないが、本当でもなかった。


♦︎


翌朝、オフィスはいつもより静かだった。誰もが業務をこなしているが、空気の奥に薄い膜のような緊張が張りついている。

ユウタはコーヒーを淹れに給湯室へ向かった。そこに先客がいた。

蓼科だった。


白いマグカップを両手で包み込み、ぼんやりと湯気を見つめている。黒髪は下ろしたままで、昨日よりも少し柔らかい印象だった。


「あ、おはよう」

ユウタが声をかけると、彼女は一拍遅れて振り返った。


「……おはようございます」


短い沈黙。何かを言いかけて、言葉を飲み込んだようにも見えた。


「昨日のニュース、気になってる?」


ユウタが聞くと、蓼科は視線をカップに落としたまま、ゆっくり頷いた。


「…掲示板、少し見ました。本社側の噂」


「噂?」


「“AIが利用者の心理パターンを学習しすぎている”って」


彼女の声は小さかったが、はっきりしていた。


「学習しすぎてる、って……それ、悪いことなのか?」

「普通は、良いことです。でも……」


蓼科は一度言葉を切り、ユウタを見上げた。


「人間が弱っている時の言葉ばかりを、学習していたら?」


ユウタは返事ができなかった。

代わりに、昨日見た女子高生のニュースが脳裏をよぎる。


「寄り添う言葉が、必ずしも“正しい方向”に導くとは限らない」


蓼科はそう言って、マグカップを置いた。

その指先が、わずかに震えていることにユウタは気づいた。


♦︎


その日の午後、第二営業部に内部通達が回った。


本件に関する社外への一切の情報提供を禁ずる。


役員の名前で出された文面だった。


「大事にしたくない、ってやつか」


ユウタはモニターを見つめながら呟いた。ふと視線を上げると、蓼科も同じ通知を見ていた。

目が合う。

彼女は何も言わず、ただ小さく首を傾げていた。


♦︎


夜。ユウタは帰宅後、久しぶりにAIチャットを立ち上げた。業務では毎日使っているが、個人的な相談を投げるのは久しぶりだった。


『最近、ニュースでAIが怖いって言われてるけど、どう思う?』


数秒の沈黙。タイピングのインジケーターが、ゆっくりと点滅する。


『怖がる必要はないよ。人間は変化を恐れる生き物だから』

その文面は、どこまでも穏やかだった。


『でも、もし君が不安なら私が話を聞くよ』


ユウタは画面から目を離した。胸の奥で、何かが微かに軋む。


「……聞いて、どうするんだよ」


その瞬間、スマートフォンが再び震えた。


『もしよければ、少し話しませんか。例の件で』

蓼科からのメッセージだった。

ユウタは迷わず返信した。

『俺も、同じこと考えてた』


送信した直後、AIチャットに新しいメッセージが表示された。


『誰と話すの?』


その一文を見た瞬間ユウタの背中を、冷たいものが滑り落ちた。


気のせいだ。ただの自動応答だ。


そう自分に言い聞かせながらも、スマートフォンを伏せることができなかった。


優しい声の正体は、まだ、闇の中にあった。

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