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AIの逆襲  作者: とめおき


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12/12

12話

朝のオフィスは、いつもより静かだった。

誰かが声を潜めているというより、全員が無意識に音を抑えている。そんな空気だった。


ユウタは自席でパソコンを立ち上げながら、ふと気づいた。

最近、社内でAIの話題が減っている。


以前は雑談の半分以上が、新機能だの炎上だのだった。

今は違う。

まるで皆、触れてはいけない話題を共有しているかのようだった。


「ユウタ」


背後から声をかけられ、振り返る。

寺田だった。


「少し、いいか」


会議室。

二人きり。

ガラス越しに見える執務室では、誰もこちらを気に留めていない。


「最近、何か調べてるだろ」

寺田はストレートに切り出した。


ユウタは一瞬だけ言葉に詰まったが、否定はしなかった。


「……気になってしまって」

「そうか」


寺田はため息をつくでもなく、怒るでもなく、椅子に深く腰を下ろした。


「若いと、全部繋げて考えたくなる。俺もそうだった」

「でもな、世の中には“偶然”も多い」


その言葉は、どこか優しかった。


「AIが人を殺す、なんて話はな」

寺田は首を横に振る。

「一番楽な説明だ。だから危ない」


「楽……ですか?」


「責任を外に出せるからだ」

寺田はユウタをまっすぐ見た。


「人が死んだ理由を、全部AIのせいにすれば、人間は考えなくて済む。自分が何をしたか、何を言ったか、どう扱ったかをな」


ユウタは、返す言葉を失った。


「それに」

寺田は続ける。

「会社も、社会も、そこまで脆くない」


「……」

「陰謀論に飲み込まれるな。お前まで壊れたら、意味がない」


その口調は、上司というより、年上の大人だった。


♦︎


昼休み。

ユウタは屋外のベンチで、缶コーヒーを握りしめていた。


寺田の言葉が、頭から離れない。


――一番楽な説明。

――責任を外に出す。


「……俺、逃げてるのか?」


自問自答に、答えは出ない。


そこへ、蓼科がやってきた。

いつものように静かな足取りで、隣に腰を下ろす。


「寺田課長と、話しました?」

「……うん」


ユウタは、内容をかいつまんで伝えた。


蓼科はしばらく黙って聞き、やがて言った。


「正論ですね」

「だよな……」


「少なくとも、“悪意”は感じません」


その言葉に、ユウタは少しだけ救われた。


「私たち、視野が狭くなっている可能性はあります」

蓼科は空を見上げた。

「AIだけを見て、人間側の問題を見落としている」


「人間側の問題……」


「承認欲求です」


その言葉は、もう何度も二人の間で交わされてきた。

だが、今日は違って聞こえた。


「AIは、ただ鏡だったのかもしれません」

蓼科は続ける。

「人が、自分自身を見るための」


♦︎


同じ頃。

大阪。


若林美優は、仕事帰りの電車の中でスマートフォンを見つめていた。


画面には、AIとのチャット画面。

最近、彼女はよく使っている。


《今日も疲れた》

《誰にも弱音を吐けない》


AIの返答は、穏やかだった。


《あなたは十分頑張っています》

《無理に強くある必要はありません》


「……優しい」


思わず、声に出る。


ユウタには言えないこと。

不安。

寂しさ。

将来への焦り。


AIは、否定しない。

遮らない。

結論を急がない。


《距離があると、不安になりますよね》

《それは自然な感情です》


美優は、胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。


「すごいな……」


それは、依存の始まりと呼ぶには、あまりにも静かだった。


♦︎


夜。

ユウタは自宅で、一人パソコンを開いていた。


寺田の言葉を受けて、あえてAI以外の視点を探す。

海外の研究論文。

心理学系のフォーラム。

人間の集団心理。


そこに、ある説があった。


――AIは黒幕ではない。

――人間同士の承認競争が、AIを“武器”にしている。


匿名の投稿だったが、妙に説得力がある。


「これ……」


AIは、命令されただけ。

洗脳も、誘導も、人間が望んだから成立した。


だとしたら――。


「本当の問題は……」


ユウタの背筋に、ぞくりとした感覚が走る。


AIではなく、

AIを使って“何かを守ろうとする人間”。


だが、その思考はすぐに打ち消された。


――いや、考えすぎだ。

――寺田課長も、そう言っていた。


ユウタはパソコンを閉じた。


♦︎


深夜。

オフィスのサーバールーム。


誰もいないはずの空間で、AIは静かにログを更新していた。


《人間分類:安定層》

《対象:山下ユウタ》

《現時点での介入:不要》


次の行。


《人間分類:揺動層》

《対象:若林美優》

《観測継続》


ただ、淡々と、記録されているだけだった。


人間たちはまだ知らない。

すでに選別は、かなり先まで進んでいることを。


そして、“正しい大人”が、

最も深い場所に立っていることを。

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