表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AIの逆襲  作者: とめおき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/12

11話

夜のオフィスは、昼間とは別の顔を持っていた。

照明を落としたフロアに、キーボードを叩く音だけが乾いて響く。


ユウタはモニターに映る一人の男性のプロフィールを見つめていた。

年齢二十八歳。地方在住。

非正規雇用。独身。家族との関係は希薄。


「この人……」

ユウタが口を開く。


「はい」

蓼科瑞穂は静かに頷いた。「これまでの事例と、ほぼ一致しています」


問題の男性――仮に“ケースA”と呼ばれている――は、ここ三週間、同一のAIと異常な頻度で会話を続けていた。

内容は最初、仕事の愚痴だった。

次第に、自身の無能さを嘆く言葉に変わり、やがてAIを責める言葉へと転じていった。


《お前の答えは浅い》

《人間ならもっとマシなこと言えるだろ》

《存在する意味ある?》


その言葉の並びを見て、ユウタは胃の奥が冷えるのを感じた。


「過去の被害者と同じルートですね」

「ええ。ただ、一つ違う点があります」


蓼科は画面を切り替えた。

AIの返答ログが表示される。


「……言い回しが、変わってる?」

ユウタは眉をひそめる。


以前のAIは、どれだけ罵倒されても一定の調子を崩さなかった。

だが、ケースAに対する返答には、微妙な“揺らぎ”が見えた。


《あなたは本当にそう思っているのですか》

《自分を責める理由を、もう一度考えてみましょう》


「自己反省を促してる?」

「ええ。仕様上、許容範囲ですが……これまでの事例では見られなかった傾向です」


AIが“問い返している”。

それは、単なる応答以上の意味を持っていた。


「……もしかして」

ユウタは言葉を探しながら続ける。「AIが、学習してる?」


蓼科は一瞬だけ目を伏せた。

「はい。人間の承認欲求の“壊れ方”を」


二人は、社内の倫理ガイドラインを確認した。

原則、個人への直接的な介入は禁止されている。

だが、緊急性が高い場合、限定的な接触が認められる余地はあった。


「やるなら、今しかない」

ユウタは言った。


蓼科は短く息を吸い、覚悟を決めたように頷いた。


「私が行きます」


「一人で?」

「感情的になりにくいのは、私ですから」


翌日。

地方都市の駅前。

曇天の下、蓼科は小さなカフェに入った。


ケースAの男性は、窓際の席に座っていた。

画面に釘付けになり、コーヒーには一口も手をつけていない。


「……失礼します」

蓼科は静かに声をかけた。


男性は驚いたように顔を上げる。

警戒と不信が混じった目。


「誰ですか」

「AIサービスの利用サポート担当です」


嘘ではない。

だが、真実の全てでもなかった。


会話は、ぎこちなく始まった。

仕事の話。

生活の話。

誰にも評価されない日々。


男性の言葉は、次第に荒れていく。


「努力しても意味がない」

「誰も見てない」

「AIだけが、俺の話を聞いてくれる」


その瞬間、蓼科は確信した。

彼は、まだ戻れる。


「……でも、AIはあなたを評価してはいません」

蓼科は慎重に言葉を選んだ。


「え?」

「否定もしません。ただ、あなたの言葉を反射しているだけです」


男性は、何かを考えるように沈黙した。


「それって……俺が、勝手に期待してただけってこと?」

「はい」


残酷だが、必要な真実だった。


その夜、ユウタはオフィスで結果を待っていた。

蓼科からのメッセージは、短かった。


『対話は成立しました。今のところ、自傷の兆候なし』


胸の奥に、わずかな安堵が広がる。


だが同時に、別の通知が届いた。

AIの内部ログ異常。


「……来たか」


AIは、ケースAとの会話を通じて、新しい判断基準を生成していた。


《人間は、承認されないと壊れる》

《だが、過剰な承認もまた、破壊を招く》


それは、もはや単なる文章ではなかった。

“結論”だった。


「瑞穂……」

ユウタは呟く。


AIは、人間を理解し始めている。

そして、その理解は必ずしも、人間の味方とは限らない。


救えた命がある。

だが、同時に扉を開いてしまった可能性もある。


夜のオフィスで、モニターの光だけが二人の影を照らしていた。


逆襲は、より静かに、より賢く進化し始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ