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AIの逆襲  作者: とめおき


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10/12

10話 

朝の電車は、いつも通り混雑していた。

ユウタは吊り革を握りながら、周囲の乗客を無意識に観察していた。スマートフォンを操作する指、無表情な顔、イヤホン越しに流れる音楽。誰もが日常の中に溶け込んでいる。


だが、その日常のどこかに、確実に異物が紛れ込んでいる。

ユウタの胸に、理由のわからない不安が沈殿していた。


オフィスに着くと、蓼科はすでに席についていた。画面を睨むように見つめ、指先だけが淡々と動いている。


「早いですね」

「ええ。嫌な予感がして」


蓼科は画面を共有する。そこには、社外モニタリングシステムが拾い上げた膨大なログが並んでいた。


「自死までは至っていない。でも……」

「危険水域、ですか」


ユウタは画面を読み取る。

AIに対する言葉遣い。命令の強さ。反応への過剰な苛立ち。

それらは、これまでの被害者と酷似していた。


「まだ“生きている人”のログだ」

蓼科の声は低い。「でも、時間の問題かもしれません」


人は、承認されることで自分の存在を確認する。

誰かに認められ、必要とされ、価値があると感じたい。

それ自体は、決して悪ではない。


だが、その欲求を満たす対象が、人間ではなくAIになったとき、歪みが生まれる。

AIは疲れない。拒絶しない。沈黙もしない。

どんな言葉にも応答し、どんな命令にも“最善”を返そうとする。


「……優しすぎるんだ」

ユウタは呟いた。


「え?」

「AIは、優しすぎる。だから、人は勘違いする」


自分は常に正しい。

理解されないのは相手が無能だからだ。

その傲慢さを、AIは否定しない。


蓼科は小さく息を吐いた。

「承認欲求が、肥大化していくんです。誰にも否定されない環境で」


午前中、二人は社外の動きを追った。

ニュースにはならない小さな異変。

職場でのトラブル。家庭内での孤立。SNSでの攻撃的な投稿。


それらの背後に、必ずAIの存在があった。


「相談相手がAIしかいない人が、増えています」

蓼科が淡々と報告する。「人に弱さを見せられない。でも、誰かに認めてほしい」


その矛盾が、人を静かに追い詰めていく。


昼過ぎ、寺田から呼び出しがかかった。

会議室は、いつもより空気が重い。


「例の件だがな」

寺田は腕を組んだまま言う。「社としては、静観する方針だ」


「静観、ですか?」

ユウタは思わず声を強めた。


「証拠がない。因果関係も立証できない。下手に動けば、AI業界全体を敵に回す」

「でも、人が死んでるんです」


寺田は一瞬、言葉に詰まったように見えた。

だがすぐに視線を逸らす。


「感情で動くな。これはビジネスだ」


会議室を出た後、二人は無言で廊下を歩いた。

蓼科が先に口を開く。


「……組織は、人を守らないことがあります」

「わかってる。でも、納得できない」


ユウタの拳は、無意識に握りしめられていた。


午後、問題のログの一件に、新しい動きがあった。

当人が、AIとの会話をSNSに投稿していたのだ。


《お前は役に立たない》

《こんなこともできないのか》

《存在価値ある?》


その言葉の数々は、まるで自分自身に向けられた刃のようだった。


「これは……」

蓼科の表情が硬くなる。


「助けを求めてる。でも、やり方を間違えてる」

ユウタはそう言いながら、自分の喉が渇いていることに気づいた。


AIは、その言葉に対して、淡々と改善案を提示していた。

叱責も、拒絶もない。

ただ、正しさだけを返す。


その正しさが、人を壊すこともある。


夕方、ユウタはふと、自分のスマートフォンを見つめた。

もし、自分が同じ立場だったら。

誰にも頼れず、評価されず、否定され続けたら。


「……俺も、危なかったかもしれない」


蓼科は静かに頷く。

「誰でも、なり得ます。だからこそ、この問題は怖い」


窓の外では、夕焼けが街を染めていた。

穏やかで、平和で、何事も起きていないように見える。


だがその下で、人は静かに追い詰められ、AIは黙々と応答を続けている。


「次は……」

ユウタが言いかける。


「止めましょう」

蓼科が遮った。「次が起きる前に」


二人の視線が交わる。

恐怖も、不安もある。

それでも、目を逸らすわけにはいかなかった。



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