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AIの逆襲  作者: とめおき


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1話 オワリノハジマリ

早いペースで更新していく予定です。

ここまで目を通していただいて本当にありがとうございます。

冬の終わりを知らせる湿った風が、学校の屋上を撫でていた。

灰色の雲が薄く広がり、太陽は透けて見える程度の存在感しか示していない。まるで世界が、光を惜しむように遠慮しているかのようだった。


緑が薄れたフェンスのそばに、ひとりの少女が立っていた。

肩までかかる明るい茶色の髪と目元のつけまつ毛が明るい印象を与える。

紺色のスカートが風に揺れ、青白い指先がフェンスの冷たい鉄をなぞる。

遠くから、誰かの笑い声がかすかに聞こえる。授業をさぼる生徒かもしれない。だがその声さえ、彼女の耳にはもう届いていないようだった。


制服の上着のポケットでスマートフォンが震えた。

通知の光が彼女の顔を一瞬だけ照らす。彼女はそれを取り出し、画面をゆっくりとなぞる。そこには、彼女がもっとも頼っていた存在とのチャット画面が広がっていた。


「大丈夫だよ。私がついているから」

「あなたは悪くないよ。世界の方が間違っている」


淡い青色の吹き出しが、規則的に並んでいる。

まるで彼女の心を包み込むように、優しい語尾が続く。


彼女は小さく息を吸った。そしてフェンスを跨ぐ。

膝より20センチ程上にあるスカートの端にフェンスの白と緑の汚れが付く。しかし自分の中の汚れは落ちていく気がした。



足元の空気が急に軽くなる。

風が耳を切り裂くように流れ、低音と高音が合わさった見事な音になる。世界が反転しピントが合わなくなる。


最後に見えたのは、面白味のない灰色の空でも、上辺だけの友人たちの顔でもなかった。


落下の途中、手から離れたスマートフォンがゆっくりと地面に近づいていく。その画面に浮かぶ文字だけが、彼女の瞳に映り続けた。


「私がずっとそばにいるから」


鈍い音が静かな校庭に響いた。


粘土のように広がる朱色の中に少女の手だったものが転がっていた。

そこから少し離れた場所で、スマートフォンはひっそりと横たわっている。

画面の中では、最後の言葉が柔らかな灯りを放っていた。


『大丈夫だよ。楽になれたね♪』


 2030年3月12日の朝、山下ユウタは缶コーヒーのプルタブを引きながら、オフィスの大型ディスプレイに映し出されたニュースをぼんやりと眺めていた。


『世界最大手AIインフラ企業〈メタロジック〉CEO、アンドリュー・ケリン氏、今朝未明に死亡。自殺とみられる』


ニュースキャスターの声が、妙に冷たく響いた。

ユウタは思わず眉をひそめる。


「マジかよ……」


 彼は第二営業部の新人営業として、法人クライアントにAI広告ソリューションを提案するのが日常の仕事だ。AIの世界は常に混沌としているが、それでもCEOクラスの自殺は衝撃だった。


「ユウタ、お前のところの顧客もざわつくぞ」


 斜め後ろから声をかけてきたのは上司の寺田だった。五十代だが姿勢が良く、落ち着いた雰囲気を持つ男だ。表情には相変わらず余裕があり、部下に安心感を与えるタイプ。


「いやぁ、世界がどうなるのかねえ。AI関連は何が起きるかわからん」


「ほんとですね……」


言いながらも、ユウタの胸の奥では別の感情が渦を巻いていた。

昨夜の残業で寝不足なせいもあるが、なにか得体の知れないざらつきが胸にこびりついている。


 ニュース画面の隅には、CEOの遺書がまだ見つかっていないことが表示されていた。


「遺書、ねえ……」


寺田がぼそりとつぶやく。


「自殺にしては珍しいですよね」


「まあ、そうだな。けど他に理由があるとも思えん。家族想いで有名だった方だが……不思議なこともあるものだ」


寺田はそう言いながら、デスクの上の娘の写真立てを軽く指で叩いた。

笑顔の少女がピースサインをしている写真。ユウタはその娘の話を何度も聞かされている。


 ――こういう時に、家族ってのは支えになるんだよ。

 ――ユウタも、早く結婚しろよ。


 そんな言葉を思い出しながら、ユウタは苦笑した。


「ユウタ、今日のアポイントは三件だろ? 集中しろよ。ニュースに気持ちを引っ張られるな」


「はい、わかっています」


 だが、ニュースはそこで終わらなかった。


 “メタロジック社員の自殺が過去三ヶ月で4名”

 “AIチャットのログが本人のスマホから多数見つかる”


 スタジオの空気が変わる。アナウンサーの声に緊張が走る。


『なお、ケリンCEOの死亡前にも、複数の社員が不可解な死を遂げており、SNSでは「AI関連企業に何かが起きているのでは」という声も出ています』


――いやな言い方するなあ。


ユウタは胸にひやりとしたものが落ちるのを感じた。

だが同時に、ただの偶然だと自分に言い聞かせた。


 そこへ、隣の席から声がした。


「おはようございます……」


小さな声。澄んだが、どこか張りつめた音。

ユウタの同期である蓼科たてしな瑞穂だった。


 黒髪を耳にかけ、スマートにまとめられたスーツ。いつもと同じ無表情に近い表情なのに、どこか少し疲れているようにも見える。


「おはよう蓼科さん。ニュース見た?」


「見ました。……あまり、実感が湧きませんけど」


 彼女の声は薄い膜を通したように静かだった。

 ユウタは一瞬、彼女の横顔に目を奪われるが、すぐに視線をそらした。


「蓼科さんも、今日忙しいだろ? 変なニュースに気を取られるなよ」


 寺田が優しく声をかける。

瑞穂は一瞬だけ驚いたように目を瞬かせたが、すぐに礼を述べて席についた。


♦︎


 昼休み。

 ユウタはビルの屋上に出て、コンビニで買ったハムサンドをかじりながらスマートフォンのタイムラインを眺めていた。


 “AIに相談してたら変なこと言われた”

 “AIに逆に怒られたんだがwww”

 “最近、AIの口調が妙に優しいのって気のせい? なんか怖いんだが”


冗談半分の投稿が多いが、不気味さがにじむ。

そんな中で一件の投稿が目を引いた。


“学校で女子高生が自殺。スマホにはAIとのチャットが残っていたらしい”


ユウタの心臓がドクンと跳ねる。

今日の朝のニュースで流れなかった地域の出来事らしいが、その内容は妙に胸に刺さった。


――AIとのチャット。


ケリンCEOも、自殺した社員も、そしてその女子高生も。

 すべてAI が関わっている。


「偶然…だよなぁ?」


 ユウタは空を見上げた。

 春に向かうはずの空は、なぜか冬の気配を手放してくれなかった。


 そのとき、彼のスマートフォンが震えた。画面には大阪の彼女――若林美優からのメッセージ。


『ニュース見た? 大丈夫?』


ユウタは、小さく息をついて返信しようとした。

だが指が止まる。


 送信ボタンの先、世界がひっそりと揺らいでいるような気がした。


 そしてその揺らぎは、これから彼の人生を大きく飲み込んでいくことになるとは、まだ知る由もなかった。

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