第六話「呪」
“なあ、なんでお前は薔薇が好きなの?”
“儚くて綺麗だから。まるで君みたいに美しい”
“やかましいわ”
“本当に理由知りたい?”
“無理に聞くつもりは無いけど、気になる”
“ただ、君に似た薔薇の花言葉が気に入ってしまっただけだよ。今度君にあげようか?”
“いらない。男から貰う薔薇なんて有難くねぇ”
“はは、そう言うと思った”
最近、おかしな夢ばかり見る。
忘れたいのに、忘れてはいけない昔の夢。
チクリ、と右の鎖骨に刻まれた黒い薔薇が疼いた。
皮膚に焼き付けられた呪いの紋様。じわりと鈍く、しかし確かに痛みが走る。
「……ねぇ、ランにぃ。ほんとに最近なにかあった? 元気ないよ?」
夕食の途中。急にエルがそう言った。
夢のせいだけじゃない。原因はわかっている。
だが、それをエルに言うことなんてできない。心配なんて、させたくない。
「大丈夫だよ。心配かけて悪い」
「そうじゃなくて……もう、ランにぃのわからず屋」
「そこまで怒らなくても」
「ランにぃのばーか!」
エルは怒ったように席を立ち、ダイニングを出て行ってしまった。
「……ランジェ」
「はは、なーちゃんまで俺に説教?」
「わかっておるのじゃろ。エルがどんな気持ちなのか」
「……少なくとも、今の原因をエルに言えるわけないだろ」
「ランジェの言いたいこと自体はわかるのじゃがなぁ……」
「それに、もう少し落ち着いたら……ちゃんと自分で言うから」
「……別にそれが悪いとは言わん。じゃがな、ランジェ」
なーちゃんは真剣な目で俺を見た。
「エルはいつまでも“かわいいだけの子ども”ではないのじゃよ」
「……わかってるよ」
「それならよいのじゃ。それより――それ、今日明日来るやつじゃろ」
なーちゃんは俺の鎖骨の黒い薔薇模様を指差した。
「その呪いの痛み、普通なら発狂するレベルのはずじゃが?」
「……慣れた」
「それは良くないのぉ。……じゃが、今はランジェが痛みに強くてよかったとすら思ってしまう。ちなみに何回目じゃ?」
「あー……四回目」
「……ペースが早いの」
「それは俺もそう思ってる」
「本来なら、半年に一度あるかないかじゃ。……儂が抑えるの手伝おうか?」
「いや、いい。これは俺への……罰だから」
「違うじゃろ。それは……ただの“呪い”じゃ」
「神を殺した、な」
「じゃが、それは――!」
「いいんだよ。もう、今更気にしてない」
「……なんとかならんのか?」
「無理だろ。どうしようもない。知ってるだろ、神の呪いを解けるのは“呪いをかけた神”だけ。
そいつは俺が殺した……一生解けないよ。解くつもりもない」
「……そうか。儂がどうこうできるものではないし、止めることもせん。……ごちそうさまでした」
なーちゃんは手を合わせて立ち上がり、食器を下げる。部屋を出る前に、ふと振り返った。
「無理には言わん。じゃが……エルには、きちんと話すんじゃな」
「……あぁ、そのうちな」
「それでよいのじゃ」
優しく笑って、なーちゃんは部屋を出ていった。
その夜。
灯りを消した暗い部屋の中で、俺は声を押し殺していた。
右の鎖骨に刻まれた黒い薔薇の呪いは、今や首から胸、腹、腕へ――どす黒い蔓のように全身へ広がっている。
焼けつくような痛み。
肉の内側から燃やされるような熱。
骨の奥にまで響くような鋭い疼き。
気を失いそうになるほど強烈な痛みが、波のように押し寄せてくる。
それでも俺は――声を出さない。
エルに気づかれないように。
助けを呼ばないように。
ただ耐える。
これは罰だ。俺が背負うべきものだ。
「……ランジェ……助けられなくて、すまない……」
薄い壁越しに、なーちゃんのかすれた声が聞こえた。隣の部屋で、彼女も眠れずにいたのだろう。
いつもそうだ。なーちゃんは自分を責めてばかりだ。助けられることはあっても、助けてやれない――そう言って。
違うのに。本当は、そんなこと望んでいないのに。
同じ頃。
エルは、ランジェの部屋の扉の前に立っていた。微かな息遣い。押し殺した苦しみ。
扉越しでも、ランジェがどれほど痛みに耐えているのか分かる。
「……ランにぃ」
そっと扉に手を当てる。
「ランにぃが私のせいで傷ついてるの、知ってるよ……神を殺したのも、呪われたのも……全部、私のためでしょ?」
エルは静かに目を伏せた。
いつも見せる可愛らしい妹の顔ではなく、
どこか深い影を帯びた大人の表情で――微笑んだ。
「私、本当は知ってるの。全部。全部……ねぇ、ランにぃ、大好きだよ」
その笑みは、優しくて、美しくて、そして――どこか壊れそうだった。
ランジェの痛みを、彼以上に知っている者の微笑み。
三人の想いが交わらないまま、夜だけが深まっていった。




