第五話「過去の影」
“ねぇ、もし我が―――した時は、君が――してよ”
“そんなもしもの話、俺は嫌い”
“もしも、もしもの話だよ”
“……わかった、もしその時がきたら俺が――してやる。約束だ”
“ありがとう、親友”
“でも、そんな未来望んでないからな!”
“わかってるわかってるー。そんな未来訪れないように頑張るからさ”
“約束だからな”
“あぁ、約束だ”
……約束だって言ったじゃないか。
“ごめんな……ありがとう、ランジェ”
バッと飛び起きた。
息が荒く、額には汗が滲んでいる。なんだか、懐かしい夢を見た――そんな気がした。
遥か遠い昔。まだ、エルも生まれていなかった頃の夢。
交わした約束。守られなかった約束。胸の奥が鈍く痛む。
「ランにぃ、もう起きたー?」
「あぁ、遅くなったごめんな。起きたよ」
エルの声に慌ててベッドから降りる。
枕元の時計を見ると、思わず目を丸くした。今日は完全に寝坊だ。こんなこと、今まで一度もなかったのに。
服を整えて部屋を出ると、ふわりと香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
「あのね、今日はなーちゃんと一緒にご飯作ったの!でもね、なーちゃんって料理全然ダメだったんだよ!焦がすし、落とすし!」
「仕方ないじゃろ。儂、神じゃからな。今までは“ひょい”って指を動かせば料理できておったのじゃ。それを封じたのじゃから、まあ……失敗もある」
「落としたお皿直すために力使ってたけど?」
「そ、それは言わない約束じゃろ!」
二人の掛け合いが可笑しくて、思わずくすくすと笑ってしまう。
「「あっ!」」
二人が同時に声を上げて俺を見る。なにかしたっけ?
「笑ったー!」
「起きてからランジェ、ずっと沈んだ顔じゃったからの。もしかして、お皿割ったの怒ってるのかと思ったのじゃ……」
「え、俺……そんな顔してた?」
「うん、いつもランにぃの顔をよーく見てる私が言うんだから間違いないね!……なにかあった?」
「うーん……なんていうか、懐かしい夢を見た、気がする。目覚めがちょっと悪かっただけだよ。心配かけてごめんな」
「もー、ランにぃ謝るの禁止ー!」
「謝ってばっかじゃ幸せが逃げちゃうんじゃぞ?ほら、笑うのじゃー!」
「ははっ、わかったわかった」
「よーし、じゃあご飯の時間だー!」
「そうじゃな。せっかく儂らが作った“愛のこもったおいしいご飯”が冷めてしまう」
「なにー?エルの愛がこもってるのか、それは楽しみだな」
「ランジェ、儂の愛もたっくさんこもっておるのじゃぞ?」
「俺にとってはエルが一番だね」
「くそぅ……」
「冗談だよ。なーちゃんもありがとな」
三人で笑い合いながら、温かい朝食を囲んだ。
食事のあと、エルが食器を洗いながら言った。
「ねぇ、このまま一緒に暮らすなら、なーちゃんの立ち位置も決めなきゃだね。周りに説明できるように」
「そうじゃの。儂としては“二人の母親”というのが良いと思うのじゃ!」
「それは……さすがに無理がある」
「うん、完全に無理があるね」
二人に即答で却下され、なーちゃんは頬を膨らませた。
「じゃあなんじゃ!姉でも妹でも違うし……」
「……いとこ、ってことでいいんじゃないか?」
「お、いいかも」
「うむ、妥協案じゃな。儂は母親の介護をしておって、最近亡くなった。今後の身の振り方を考えていたところに、ランジェが『うちに来い』と声をかけてくれた――そんな感じでどうじゃ?」
「設定が妙に細かい」
「リアリティは大事じゃからな!」
こうして、なーちゃん改め“ナリー・ルーラ”という名で暮らすことが決まった。
「名無しのなーちゃん」ではさすがに通らないから、という理由でつけた名前だ。
午後には三人で近所へ挨拶回りに出た。
エルは笑顔で頭を下げ、ナリーは終始テンションが高い。
俺はというと、二人の後ろで謝ってばかりだった気がする。
夕方、ようやく全ての家を回り終えた頃には、すっかり日が暮れていた。
「疲れたー!人間社会の“ご近所づきあい”は大変じゃの!」
なーちゃんは玄関を開けるなり、真っ先に家の中へ飛び込んでいった。
「ランにぃ、お疲れさま。私、手洗ってくるね」
「おう、おつかれ」
二人の背を見送りながら、俺も家へ入ろうとした、その時だった。
――視線を、感じた。
ピタリと足が止まる。振り返る。
だが、そこには誰もいない。風が通り抜け、木の葉が舞うだけ。
「……気のせい、か」
首を傾げながら家の扉を開ける。
その様子を、離れた建物の影からひとつの影が見ていた。
「あれが……ランジェ。あの方が“求める天使”か」
静かな声が風に消える。
そして、その影は夜の闇に溶けていった――。




