あとがき
まず、四章にわたるこの長編を最後まで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございます。
『フェイクスター/YUICA』、全90話、48万字の物語がここに完結しました。
コメントをくださった方。星をつけてくださった方。レビューを書いてくださった方。黙って最後まで読み続けてくださった方。毎話更新のたびに、すぐにハートを押してくださった方。
皆さんがいなければ、この物語は完成しませんでした。
作中の美咲が「ブタども」に支えられたように、ボクもまた、皆さんに支えられてここまで来ました。
心から、感謝しています。
ここまで読まれた皆さんは、余韻を楽しんでいる最中かもしれません。
このあとがきは、監督コメンタリーに近い内容です。
なので、気持ちが落ち着いたあとに、答え合わせの感覚でゆっくり読んでもらえたら幸いです。
『この物語の「設計」について』
今だから正直に告白します。
この物語は、最終話から逆算して書かれました。
8万人の前で、36歳の陰キャが「革命の歌」を歌う。自らではなく、人々に求められ、読者に呼ばれて歌う。天才たちがバックに回り、敵だった者たちが演奏し、会場全体が彼女の一色に染まる——唯一の華となって咲く。
あの光景を「必然」として描くために、48万字を積み上げました。
その証として、主人公の名前に初めから答えを埋め込んでいました。
YUICA「唯華」——唯一の華として咲く。
美咲(美しく咲く華)と唯(唯一の存在)。姉妹の名前を合わせた時、初めて意味が完成する。
単純なのに読者は最後まで気が付かない(はず)。
最終話でゆいがその意味を語る瞬間——最初から答えがあった。あれは、この物語の最後にしてもっとも距離のある伏線の「種明かし」でした。
そしてもう一つ。
彼女をあの舞台へ導く存在として、「鳳凰院セイラ」というヒロインを創りました。
鳳凰——死と再生を司る霊鳥。
炎の様に燃える瞳を持つセイラは何度も倒れ、何度も立ち上がった。高熱で意識を失っても、ステージに蘇った。
まさに「鳳凰」の名の通りに。
MC婆の死で、風真和志の死で、まさかセイラもという不安が読者の中には埋め込まれたと思います(最後まで不安がらせた方々はすみません)。
でもその名前の通り、彼女は絶対に死なない存在でした(要所で当人がそう言ってたはずです)。
つまり倒れても必ず立ち上がるという結末の答えが、その名に込めてありました。
蒼雷で倒れて逝った風真和志の想いを、セイラが蒼雷で継ぎ復活する。
この場面は、約束されていました。
そして対極に配置したのが「四宮龍」という存在です。
四神における龍と鳳凰。陰と陽。支配と再生。
これも名前に宿したヒントです。
この対立構造の中で、美咲たち「偽物」が「本物」を超えていく——それが、物語の骨格でした。
そして主人公、田中美咲(YUICA)という人間。
36歳、独身、陰キャ、恋愛経験なし。
会社では空気、家では一人。人生を諦めて、ただ息をしているだけ。
正直に言えば——今のボクは美咲とは違うタイプの人間かもしれないです。でも思春期まではかなり近い思考でした。
だからこそ、彼女を書けたのかもしれない。
そして、世界のどこかにいる「美咲」に、この物語を届けたかった。
世界に馴染めない感覚。「何者にもなれない」という焦燥。自分なんかいなくてもいいんじゃないかという虚無。
そんな人に、言葉を届けたかった。
「完璧じゃなくていい」「不完全でも、生きていていい」と。
本作では、美咲を最後まで「自分を認められない」人間として描きました。
8万人の前で戦い抜いた後でさえ、彼女は「私なんか」と思って舞台を去ろうとする。
低い自己肯定感は、簡単には変わらない。それが人間のリアルだから。
でも——物語が、読者がそれを許さなかった。
周囲が彼女を呼び戻した。仲間が、ファンが、かつての敵さえもが。
そしてあの瞬間、皆さんも YUICAを呼び止めたのではないでしょうか。
もし今のボク自身を投影した存在がいるとすれば——それはセイラでした。
導き手として生まれ、最終話まで、倒れるまで止まれなかった彼女。
「アタシはYUICAを見たことないステージへ必ず連れていく」と約束し、命を削ってでもそれを果たそうとした彼女。
鳳凰院セイラを書きながら、特別な共感を覚えました。
そして——辛かった。
セイラが倒れるたびに、ボクも一緒に倒れていた気がします。
彼女が立ち上がるたびに、ボクも一緒に立ち上がっていた。
そんな気がします。
『自分で自分を救えなくても、誰かが救ってくれる。』
太宰治の『人間失格』は、自己破壊の美学でした。世界に馴染めない人間が、誰にも救われず、静かに沈んでいく。
ボクはその先を見たかった。
沈みかけた人間が、誰かに見つけてもらい、もう一度浮かび上がる瞬間を。
それが「人間失格」への、ボクなりの応答です。
「人間再資格」——不完全なまま、それでも生きていいという物語。
『 MCバトルへの挑戦——止まれなかった理由』
第二章のMCバトル編。
正直に告白します。
あれは——この最終話のために、必要な挑戦でした。
最終話で美咲が8万人の前で歌う、ラップを披露する。その説得力を持たせるためには、どうしても「美咲が本物のMCと戦い、成長する過程」を描く必要があった。
でも、迷いました。
その時は第一章でジャンル週間4位をキープするなど、読者も増えていた。
ここでMCバトルという全く違うジャンルに踏み込めば、読者が離れるのは目に見えていた。
実際、読者は減りました。
それでも——止まれなかった。
セイラが「最終話まで倒れても止まれない」と決意したように、ボクも止まれなかった。
今思えば、それは連載作品としては失敗だったかもしれない。
読者の期待に応え、好みやジャンルを守り、安定した更新を続ける——それが本来は「正しい」選択だったのかもしれない。
でも、この選択は「作品として」正しかった。
書き終えた今、そう信じています。
MCバトル編があったから、美咲の最終話での姿に説得力が生まれた。
「ご都合主義」ではなく「必然」として、彼女はあの舞台に立てた。
『VTuberという「仮面」』
なぜ主人公をVTuberにしたのか。
それは——仮面があるからこそ、本音が言えるという逆説を描きたかったからです。
最初は田中美咲は、素顔では何も言えなかった。
でもYUICAという仮面を被った瞬間、言葉が溢れ出した。罵倒という形で。ラップという形で。歌という形で。
「偽物」の姿だからこそ、「本物」の感情が出せた。
これは現代を生きる多くの人に通じる真実だと思っています。
SNSのアカウント、匿名の投稿、アバターの姿——「本当の自分」ではない何かを纏うことで、初めて「本当の自分」を表現できる。
VTuberとは、その究極の形であり、モチーフでした。
顔も名前も隠している。でも、魂は本物。
全員が「偽物」であり、全員が「本物」。
その境界線を溶かすことが、この物語の最終目標でした。
『音楽小説として——WEB小説だからできた革命』
本作では、実際に楽曲を制作しました。
「フェイクスター」「Revolt.」「Destiny」「蒼雷」——作中で描かれる曲を、歌詞を現実の音として存在させたかった。
小説を読み、YouTubeで音楽を聴き、また小説に戻る。
この体験は、紙の本では絶対にできない。
WEB小説だからこそ可能な、新しい物語の形。
ボクはそれを「小説の革命」として実行したかった。
文字だけでは伝わらない熱量がある。
でも、音楽だけでは伝わらない物語がある。
両方が重なった時、初めて届くものがある——それがボクの信じる「音楽小説」の形です。
そしてもう一つ、挑戦したことがあります。
『文字で、音を奏でること。』
ありがたいことに、読者の方々から「音が聞こえる」「映像が浮かぶ」という感想を何度もいただきました。
それは——ボクが持てる技術のすべてを注ぎ込んだ結果です。
ライブシーンの臨場感。MCバトルの緊張感。フェスの熱狂。
文字だけで、読者の脳内に「音」を鳴らす。
音と映像が浮かび、まるでリアルにその場に居たような体験をする。
本業として映像作品を作ってきた経験、音楽への理解、そして何より「この瞬間を伝えたい」という執念。
それらを全部使って、48万字の中に書き切りました。
『家族の再生、人間の再生』
美咲とゆいの姉妹。
セイラと、彼女を見守り続けた銀河歌劇艦隊の「家族」。
シオンと、亡き父・風間和志の記憶。
レイと四宮龍の、歪んでしまった親子関係。
城ヶ崎と山之内の、7年越しの因縁。
この物語には、たくさんの「家族」が登場します。
血の繋がりだけが家族ではない。
画面の向こうで応援し続けるファンも、共に戦う仲間も、かつての敵さえも——
「見つけ合い、支え合う関係」が、家族になる。
美咲は、ゆいに見つけてもらった。
セイラに引き上げてもらった。
シオンと支え合った。
ブタどもに愛された。
その全部が、彼女を「再生」させた。
人間は、一人では再生できない。
誰かに見つけてもらって、初めて立ち上がれる。
それを書きたかったんです。
『 読むたびに変わる景色』
この物語には、たくさんの伏線を埋め込みました。
一度読んだだけでは気づかないもの。
二度目に読んで「そういうことか」と膝を打つもの。
たとえば——
◇「唯華」という名前の意味。
最終話を知ってから第一話を読み返すと、「YUICA」という名前の響きが変わるはずです。
◇鳳凰と龍の対立構造。
セイラと四宮の関係が、単なる「敵対」ではなく「陰陽」だったと気づいた時、物語の見え方が変わるはずです。
◇蒼雷という曲名の意味。
シオン(志音)と「蒼い雷」の関係。「死の呪い」だった曲が、父が娘の誕生を待ちながら書いた、「生の祈り」だったという真実。
そして——
「敵だと思っていた者が、実はずっと味方だったという構造」
JINがフェイクスターのロックバージョンを密かに作っていたこと。
実は、これと同じ構造がセイラにもCODAMAにも当てはまります。
この物語は、円環として設計されています。
「敵が味方になる」「偽物が本物になる」「失ったものが還ってくる」——
同じモチーフが、螺旋のように繰り返されながら、少しずつ高みへと昇っていく。
そして最終話で、すべての螺旋が一点に収束する。
それに気づいた時——二度目の景色は、まったく違うものになるはずです。
消費されて終わるのではなく、何度も読み返したくなる物語。
10年後に本棚から取り出して、また最初から読みたくなる物語。
そういう作品を、目指したかった。
最後に
物語は終わりましたが、美咲たちの人生は続きます。
LAに行くのかもしれない。新しい曲を作るのかもしれない。また壁にぶつかるのかもしれない。
でも、それはもうボクが書くことではありません。
ここから先は——皆さんの想像の中で、彼女たちを生かしてください。
そして——
もし、この物語があなたの心に何か残したなら。
どうか、星やレビューで、その光を灯してください。
あなたの一言が、この物語を誰かに届ける力になります。
フェイクスターは、皆さんの光で輝く物語です。
美咲が ——YUICAがブタどもに支えられて立ち上がったように——
この物語も、皆さんの声で、もう一度立ち上がれるかもしれない。
まだ見ぬ美咲に届くかもしれない。
最後に、美咲の言葉を借りて終わりにします。
「ここからは、あなたの革命だ」
完璧じゃなくていい。
泣いてもいい。崩れてもいい。
不完全なまま、進んでください。
あなたの物語は、今日も続いているから。
2025年 大晦日 月亭脱兎




