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91「私たちの革命」最終話

 シオンとレイが、並んでステージに立った。


 8万人が、息を呑んで見守っている。


 12年前——東京ドームで、二人の父親の最後となった伝説。


 

 『蒼雷』。


 

 Zxy's最大のヒット曲にして、日本ロック史に刻まれた名曲。


 その旋律が——今、子供たちの手で蘇ろうとしている。



「……遅いぞ」


「……うるさい」


 たった一言ずつ。


 でも——12年分の想いが、その一言に込められていた。


 シオンが、ギターを構えた。

 父の形見。蒼いレスポール。


 レイが、マイクを握った。


「——行くぞ」


 最初の一音が——広大なスタジアムに、響き渡った。


「蒼雷よ 今 落ちて来い

 So lightning, my lightning」

 

 レイの声が、響く。


 『暗闘に手を伸ばし 何かを探してた

 祈りさえ届かない夜に ただ震えていた』


 四宮龍ではなく、息子が歌っている。

 父とは違う声。でも——同じ魂が宿っている。


 シオンのギターが、唸る。

 風間和志のフレーズを、娘が奏でている。


 二人の音が——重なる。


 その瞬間——会場の空気が、変わった。


「うそみたいだ……」


 最前列で、誰かが呟いた。


「Zxy'sだ……」


「Zxy'sが、蘇ってる……」


 観客たちが、息を呑む。


 レイとシオン。

 四宮龍と風間和志の子供たち。


 その二人が奏でる蒼雷は——まるで12年前の伝説が蘇ったかのようだった。


 いや——それ以上だった。


 父親たちの技術を受け継ぎながら、そこに自分たちの魂を乗せている。


 過去の再現じゃない。

 新しい蒼雷が、生まれている。


 『見えない明日に 手を伸ばしても

掴めるのは 不安だけだったのに

  闇を裂く前兆 空が震えてる』


 レイの声が、スタジアムに響き渡る。

 シオンのギターが、それを支える。


 8万人が——立ち上がっていた。


 涙を流す者。

 声も出せずに震えている者。


 誰もが——この瞬間を、目撃していた。


 伝説が、更新される瞬間を。



 ◇



 関係者席で、四宮龍は立ち尽くしていた。


 涙が、止まらなかった。


 ——和志。


 ——見てるか。


 目の前で起きていることが、信じられなかった。


 シオンが弾いている。

 和志の娘が、和志のギターで、和志のソロを弾いている。


 そしてレイが歌っている。

 俺の息子が、俺のパートを、魂を込めて歌っている。


 あの頃と同じ歌詞。

 でも、声は違う。俺の声じゃない。美しいレイの声だ。

 そしてギターは、シオンならではの繊細さだ。


 ——たしかに、俺たちより上手いかもな、和志。


 龍の頬を、涙が伝った。


 『もう戻れない場所がある

 それでも前だけを見ていたい

 遠い空の向こうで 光が呼んでいる』


 和志が書いた歌詞だ。

 あいつはいつも、そうやって生きていた。


 そして——その魂が、今、子供たちに受け継がれている。


 俺がやろうとして、できなかったこと。

 導こうとして、壊してしまったもの。


 それが今——俺の手を離れた瞬間に、花開いている。


 ——和志。


 ——お前の娘は、お前を超えたよ。


 ——レイも俺を超えて、やっと「人間」に戻れた。


 ——だいぶ遠回りしたよ。12年かかっちまった。


 龍は、スタジアムから見える空を見上げた。

 


 ——ああ、そうだな。


 最高の子供達だよ。




 ◇



 ステージ袖で、私とセイラは二人の姿を見つめていた。


 シオンとレイが奏でる蒼雷。


 それは——完璧だった。いやそれ以上だ。


「リミッターが外れたシオンって……すげえな」


 セイラが、呟いた。


「うん……私たちのギターなのが信じられない」


 私も、頷いた。


 二人の音が、完全に調和している。


 レイの力強い声と、シオンの繊細なギター。


 まるで——ずっと一緒に演奏してきたかのように。


「12年間、離れてたのにな」


 セイラが、小さく笑った。


「音楽って、すげえよ」


「うん……」


 私は、二人の背中を見つめていた。


 ——本物だ。


 ——これが、本物の音楽だ。


「で、セイラ。体は本当に大丈夫なの?」


 私は、隣のセイラに尋ねた。


「ああ、なんとかね」


「あの注射、二度使うと死ぬ可能性もあったんでしょ」


「……二度使えばな」


 セイラが、ブーツの紐を震える手で緩める。

 そして、その隙間から何かを取り出した。


 ペンニードル。


 ——未使用?どういうこと?


「アタシのはまだ使ってないから」


「……へ?」


「だから言ったろ、絶対復活できるって」


 状況を理解した。そして一瞬、言葉にならなかった。


「ふ、ふっざけんな!」


 私は、思わず叫んだ。


「取り出す暇が無かったんだよ」


「殺しちゃうかと思ったんだぞ!」


「おまえにそんなリスク背負わせるわけないだろ。誰だと思ってるんだ」


「昨日休んだから、今日はこれ無しでもいけそうな気がしてたんだよ」


「でも、歌うとやっぱ無理だったな」


 あっけらかんとしてるセイラ。

 私は呆れを通り越して笑うしかなかった。

 力が抜けて、立ち上がれそうにない。


「もう、あんたって人は」


「嘘はついてないだろうが」


「そうだけど……」


「さて、そろそろ行けそうだ」


 セイラが、ゆっくりと立ち上がった。


「え……行くの?」


「当たり前だろ。アタシら勝者へのアンコールだぞ。あいつらだけに任せておけるか」


 セイラが、ステージへ歩き出した。


 私は——立ち上がれなかった。


「YUICA、来ないのか?」


 セイラが、振り返った。


「私は……もうちょっと休む」


 ——あの二人の蒼雷に、私のラップなんて入る余地はない。


 セイラが、少しだけ微笑んだ。


「……そうか」


「じゃあ、行ってくる」


 そう言って——セイラは、ステージへ歩いていった。



 ◇



 セイラが、シオンとレイの間に立った。


 三人が——並んだ。


 8万人から、歓声が上がる。


 そして——セイラの声が、重なった。


 レイのリードボーカルに、セイラのハーモニーが加わる。

 シオンのギターが、二人の声を支える。


 『蒼雷よ 今 落ちて来い

 So Lightning My Lightning

 この胸を撃ち抜いて すべてを変えてくれ』


 私は——舞台袖で、一人見つめていた。


 三人の天才が、本物が、一つになっている。


 レイの変幻自在で力強い声。

 セイラの透き通る声。

 シオンの魂を込めたギター。


 それが——完璧に調和している。


 ——ああ。


 ——なんて美しい音だろう。


 そこには——本当に私が入る余地なんてなかった。


 8万人が、息を止めていた。


 感動で泣いている者。

 拳を突き上げて叫ぶ者。

 ただただ、音楽に身を委ねている者。


 私は——その光景を、見つめていた。


 ——これでいいんだ。


 ——最後に咲くのは、天才たちでいい。



 蒼雷が、終わった。


 8万人の歓声が、スタジアムを震わせる。


 三人が、肩で息をしながら立っている。


 最高のパフォーマンスだった。


 伝説を超える、新しい伝説が生まれた瞬間だった。


 

 ——私の物語は、ここで終わり。


 ——三人の背中を見送って、静かに幕を閉じる。


 ——それが、私らしい終わり方だ。


 婆のマイクを、見つめた。


 ——婆。


 ——私、ちゃんとやれたかな。

 ——偽物のまま、ここまで来れたよ。


 ——もう十分だよね。これで。

 

 私は——会場に手を振る三人の背中を見つめながら、静かに踵を返そうとした。


 

 その時だった。

 


「YUICA!」



 観客の誰かが、叫んだ。



 最初は、一人だった。


 でも——それは、波紋のように広がっていった。


「YUICA!」

「YUICA!」


 数十人になり、数百人になり——


「YUICA!」

「YUICA!」

「YUICA!」


 やがて、8万人の大合唱になった。


「YUICA!アンコール!」

「歌ってYUICA!」

「YUICAを出せ!」


 私は——立ち尽くしていた。


 帰ろうとしていた足が、止まった。


 ——え?

 ——私?


 蒼雷が終わったばかりだ。

 シオンとレイとセイラの、完璧な演奏が終わったばかりだ。


 なのに——観客は、私を呼んでいる。


「YUICA!」

「YUICA!」

「YUICA!」

「YUICA!」


 8万人の声が、スタジアムを震わせている。


 私は——動けなかった。


 ——なんで。

 ——なんで私なんかを。

 ——あんな完璧な音楽の後に。


 ——私みたいな偽物を。


 セイラが、私を見た。


「おい、YUICA!」


「みんな、お前を呼んでるぞ!」


 シオンも叫んだ。


「YUICA!出番だよ」


 そしてレイまでもが、口を開いた。


「……主役がどこいくんだ」


 私は——三人を見た。


 天才たち。本物たち。

 私とは違う、選ばれた人間たち。


 その彼らが——私を、ステージに呼んでいる。


「でも」


 私は、首を振った。


「私に歌える曲なんて——」


 その時——LUNATIC EDGEのSHOが叫んだ。


「あるだろ!フェイクスター!あの曲なら俺も叩けるぜ!」


 SENAも叫んだ。


「あたしもいけるよ!2億再生のフェイクスター・ロックバージョン!」


 JINが、珍しく口を開いた。


「あのロックバージョン……作ったの、俺だから」


 私は、目を見開いた。


「え……?」


 レイが、苦笑した。


「こいつ、YUICAのファンでさ。匿名でアレンジ投稿してたんだよ」


 ——だから、ロックバージョンて、やたらクオリティが高かったのか。


「……恥ずかしいから黙ってた」


 JINが、視線を逸らしながら言った。


「でも今なら……弾ける。堂々と」


 シオンが、ギターを構えた。


「もちろん、うちも弾けるで」


 セイラが、マイクを握り直した。


「じゃあ、あたしらボーカル組は、バックコーラスだな」


 私は困惑していた。


「トリが私みたいな凡人で……本当にいいの?」


 レイが呆れた顔をする。


「シオン……あれ本気で言ってんのか?」


「いつもあんな感じや」


 シオンが苦笑いする。

 

「嫌味かよ……凹むわ」


 SHOが項垂れる。


「まったく、変わんねえな」


 そう言うと——セイラは、私の目を真っ直ぐ見た。


「さあ、センターに立てよYUICA」


「みんな、おまえを待ってるんだよ」



 私は——ゆっくりと、ステージ中央に歩いていった。



 8万人の視線が、私に集中する。


「YUICA!」

「YUICA!」

「YUICA!」


 大合唱の中で、私は立っていた。


 ——みんな。

 ——本当に、私の歌なんて聴きたいの?


 その時——アリーナの一角で、動きがあった。


 ピンク色のペンライトが、灯った。


 最初は、数百本。


「お嬢!約束だよ!」

「YUICA色にステージを染めよう!」

「俺たちの夢だから!」

 

 ブタどもだ。私を追って、ここまでついてきた変態たち。


 その光が——広がっていく。


 隣の人へ。その隣へ。


 赤や青や緑だったペンライトが、次々とピンク色に変わっていく。


 まるで——花が咲いていくように。


 アリーナから、スタンドへ。

 スタンドから、二階席へ。


 気づいた時には——


 8万人のペンライトが、すべてピンク一色に染まっていた。


 私は——息を呑んだ。


 見たことのない景色。


 スタジアム全体に、巨大なYUICA色の花が咲いている様に見えた。


 しかもそれは——私のために、灯された光だった。


 セイラの声が、耳元で響いた。


「約束したよな」


 振り返ると、セイラが笑っていた。


「見たことない景色を、一緒に見ようって」


 私は——頷いた。


「うん」


 声が、震えた。


「見えてる。今——見えてるよ」



 ◇



 招待席で、ゆいは涙を流していた。


「YUICA!」

「YUICA!」

「YUICA!」



 ——お姉ちゃん。


 8万人が、お姉ちゃんを呼んでいる。

 8万人が、お姉ちゃんのためにペンライトを振っている。


 隣に座っていた叢雲瑠衣が、静かに尋ねた。


「ねえ、ゆいちゃん」


「なに?」


「YUICAって名前、どういう意味なの?」


 ゆいは——ステージを見つめながら、答えた。


「昔、お父さんとお母さんに聞いたことがあるの」


「私たち姉妹の名前の意味」


 瑠衣が、黙って聞いている。


「お姉ちゃんの『美咲』は——『美しく咲く華』になってほしいって」


「私の『唯』は——『唯一の存在』になってほしいって」


「だから——」


 ゆいは、涙を拭った。


「二人の名前を合わせて、『唯華(ユイカ)』」


「『唯一の華となって咲く』」


「それが——YUICAの意味なの」


 瑠衣が、息を呑んだ。


 ゆいは——ステージ上の姉を見つめた。


 ——お父さん、お母さん。


 ——見てる?


 ——唯華(ユイカ)が今、8万人の前で咲いてるよ。


 ——お姉ちゃんが、二人の願いを叶えたんだよ。



 ◇



 私は——8万人のピンク色の海を見つめていた。


 婆のマイクを、握りしめながら。


 シオンが、イントロを弾き始めた。


 フェイクスター『私の、革命』——私のデビュー曲で、唯一のもち歌。


 これはJINが匿名でアレンジした、二億再生のロックバージョン。


 SHOのドラムが響く。SENAのベースが唸る。


 セイラとレイのコーラスが重なる。


 私は——最後のMCを、始めた。


「みんな——聴いてくれ」


 8万人が、静まり返る。


「一年前の私は——何もなかった」


 声が、震える。


「36歳、独身、陰キャで、恋愛経験もなし」

「会社では空気、家では一人」

「人生を諦めて、ただ息をしてるだけだった」


 ピンク色の光が、揺れている。


「でも——変われた」

「妹がいた。仲間ができた。ブタどもが集まった」


 笑いと歓声が、混じる。


「偽物だって笑われた」

「Vtuberなんてって馬鹿にされた」

「でも——私は」


 婆のマイクを、握りしめる。


「このマイクは——私に言葉の力を教えてくれた人の形見だ」


「みんなで一緒に、ここまで来た」


 涙が、溢れた。


「——ありがとう」


「私を見つけてくれて」


「私を信じてくれて」


「私と一緒に、ここまで来てくれて」


 8万人から——歓声が上がる。



「だから、みんなのために歌う」



 私は——深く息を吸った。


 そして——宣言した。


「聴いてください」


「フェイクスター——」


「私の……」


 

 ——いや。


 


「私たちの——革命」










——完——







フェイクスター/ YUICA(唯華)

私たちの、革命

----------------------------------------------------


【歌詞 / Lyrics】


Yo, Yo, ライトの下で笑うたび

どこかで泣いてた偽物フェイクスター

でもこの声がまだ響くなら

それが私のリアルなんだ


三十六歳 独女 陰キャ

それが私の名刺だ

夢を諦めたアカウント

拾って始めた配信だ


「お前は偽物」って罵られても

この声がまだ響くなら 

それが私のリアル

逃げることが生き延びる術だった

でも今は——逃げない


このマイクが今も震えてる

あなたの声が立てと囁く

信じたのはただひとつ

本気ならきっと届く

偽物スターでも光るなら

完璧じゃなくていいんだ

涙の跡が証明ショウメイ——


あの人がいなくてやっと気づいた

強さは勝つことじゃなくて残すこと

一人で泣いても戦っても

このマイクだけは離さなかった


コメント欄の罵声も今じゃメロディ

「お前は偽物」ありがとう

その言葉がなきゃ

ここまでは来れなかった

ブタどもの声が私の勇気になった


ねぇ Everybody

もう痛みは 歌になった

もう誰も 泣かなくていい世界

これが私の——革命


ねぇ Everybody

完璧じゃなくていい

泣いてもいい 崩れてもいい


不完全が 美しい——

偽物フェイクスターの 私が証明


とまらずに——歌い続ける

これが——私たちの 革命なんだよ




ここからは あなたの 革命だ——




------------------------------------------------

【FAKE-3】

YUICA(ボーカル / ラップ)

鳳凰院セイラ(ボーカル)

風間シオン(ギター)


【Support Musicians】

LUNATIC EDGE

- RAYコーラス

- JIN(ギター / アレンジ)

- SHOドラム

- SENAベース



著作:月亭脱兎



全ての読者に感謝を。

ありがとう。



◇エンドロールとして

フェイクスター (Rock version)

私たちの革命 ・YUICA

https://youtu.be/lu19pnyPL6E








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