表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

91/93

90「伝説の誕生」


「……またせたな、クソガキ」


 その声が——会場に響いた瞬間。


 8万人が、息を呑んだ。


 シオンが振り返る。

 私も、顔を上げる。


 そこに——立っていた。


 鳳凰院セイラ。


 顔は蒼白。汗が滴り落ちている。足は震えている。

 でも——その目には、炎が宿っていた。


「艦長!」


 最前列から、悲鳴のような声が上がった。


「セイラ!」

「嘘だろ……」

「立った……立ってる……!」


 会場が——爆発した。


 歓声。絶叫。涙。

 8万人の感情が、一気に噴き出す。


「セイラ!セイラ!セイラ!」


 大合唱が、夜空を震わせる。


 セイラが、私を見た。


 私は——何も言えなかった。

 ただ、頷いた。


 セイラが、8万人に向き直った。


「待たせたな——みんな」


 その声が、会場に響く。


 シオンのギターが、再び動き始めた。


 蒼雷の後半。

 ここからは、本来のFAKE-3アレンジだ。


 セイラが——歌い始めた。


 その声は、完璧じゃなかった。

 掠れていた。震えていた。

 高音が出し切れない箇所もあった。


 でも——


 魂が、込められていた。


 『蒼雷よ 今 落ちて来い

 So Lightning My Lightning

 この胸を撃ち抜いて すべてを変えてくれ』


 原曲の歌詞に、セイラの感情が乗る。


 5年間——孤独に戦い続けた女の、叫び。


 仲間を得て、ここに立っている喜び。


 そのすべてが——声に込められていた。


「やばい……」


 最前列で、誰かが呟いた。


「泣ける……」


 観客の中で、涙を拭う人が増えていく。


 セイラは——歌いながら、客席を見渡した。


 8万人が——泣いていた。


 赤いペンライトが、激しく揺れる。


「艦長!」

「セイラ!」

「ずっとついていく!」

「愛してる!」


 セイラが——笑った。


 涙を流しながら、笑った。


「……ありがとな」


「お前らが——アタシの宝だ」


 そして——後半のサビに入る。


 ◇


 舞台袖で、レイは立ち尽くしていた。


 ——何だ、これは。


 心臓が、おかしな音を立てている。

 

 FAKE-3の三曲目は滅茶苦茶だった。

 YUICAのラップは最後、震えていた。

 崩れながら、歌っていた。


 そして——シオンがギターソロを弾けた。


 あいつ、止まらなかった。


 セイラが倒れて、YUICAが限界を超たあと——シオンは弾き続けた。


 予定より遥かに長いソロ。

 父親のフレーズを、完璧に再現しながら。

 途中確実に崩れていた。

 でも立ち直った、いや——父すら超えようとしていた。


 ——なんでだよ。


 俺は完璧を求めてきた。

 一音の狂いもない演奏。

 再現可能な精度。

 それこそが「本物」だと信じてきた。


 なのに——


 なのに——目が離せなかった。

 心が、震えた。


 そして——倒れていたセイラが立ち上ったあの瞬間。


 俺は——自分の目を疑った。

 顔は蒼白。足は震えている。

 明らかに限界を超えている。


 なのに——今、歌っている。


 完璧じゃない。掠れた声。震える音程。


 なのに——俺が今まで聴いた、どんな歌より美しい。


 ——なぜだ。

 

 完璧じゃないのに。

 行き当たりばったりなのに。

 ボロボロなのに。


 ——ああ。


 レイは、自分の頬が濡れていることに気づいた。


 ——そうか。

 ——これが、音楽だったか。


 俺は——何のために、感情を殺してきたんだ。


 俺が捨てたもの。

 こいつらは、まだ持っている。


 いや——


 こいつらは、それを武器にしている。


 不完全さを。弱さを。人間であることを。


 


 ——俺の負けだよ。シオン。




 レイは細く笑い、静かに目を閉じた。



 ◇



 蒼雷が、クライマックスに向かっていく。


 シオンのギターが咆哮する。

 セイラの声が、夜空に響き渡る。

 私のコーラスが、二人を支える。


 三人の音が——一つになっていく。


 『蒼雷よ 今 落ちて来い

 So Lightning My Lightning

 臆病な過去を焼き払え

 俺を 生まれ変わらせてくれ』


 最後のサビ。


 セイラが——全身全霊で歌い上げる。


 声が枯れそうになる。

 足が崩れそうになる。


 でも——止まらない。


 シオンのギターが、セイラを支える。

 私の声が、二人を包む。


 三人で——最後の音を紡ぐ。


 そして——



 最後の一音が、スタジアムに消えていった。



 静寂。


 一瞬の、完全な静寂。


 8万人が、息を止めていた。


 そして——


 爆発した。


 歓声。絶叫。涙。拍手。


 すべてが混ざり合って、会場を揺らす。


「FAKE-3!」

「FAKE-3!」

「FAKE-3!」


 大合唱が、夜空を震わせる。


 私たちは——ステージの上で、立ち尽くしていた。


 いや——立っているのがやっとだった。


 セイラは、膝をついた。

 シオンは、ギターを抱えたまま座り込んだ。

 私も——足が震えて、立っていられなかった。


 でも——笑っていた。


 三人とも、ボロボロで、泣きながら、笑っていた。



 ◇



 招待席。


 深山潔が、涙を拭っていた。


「……すげえもん見ちまった」


 隣のスタッフも、泣いている。


「これ……映画になりますよ」


「ああ……そん時は俺が撮る。絶対に」


 深山は、ステージを見つめた。


「あいつら……本物だ」


 KENが、立ち上がっていた。


「……バケモノだ」


 隣のCODAMAも、呆然としている。


「YUICAの酸欠フリースタイル……シオンの覚醒ソロ……セイラの復活……」


「全部、あり得ないことが起きた」


 ミスティが、涙を拭いた。


「これが……あいつらの革命なんだね」


 KENは、静かに頷いた。


「ああ。俺たちは——その瞬間に立ち会ったんだ」


 ◇


 歓声が、鳴り止まない。


 でも——まだ、終わりじゃない。


 J-ROCKフェス2025。

 最終日の、最後の審判が残っている。


 キング・オブ・フェスの発表。


 電光掲示板が、点滅し始めた。


 会場が——静まり返る。


 8万人が、息を呑んで見守っている。



 私たちは、ステージの上で待っていた。


 セイラは、私の肩を借りてやっと立っている。

 シオンは、ギターを杖代わりにして立っている。

 私も、足が震えて今にも崩れそうだ。


 ボロボロだった。

 三人とも、限界を超えていた。


 でも——立っていた。


 最後の瞬間を、見届けるために。


 正直、勝敗なんて、どうでもよかった。

 もう、十分だった。

 ここまで来れただけで、奇跡だった。


 でも——結果は、必ず出る。


 それが、勝負の世界だ。


 


 隣のステージで、LUNATIC EDGEのメンバーも待っていた。


 JIN、SHO、SENA——三人とも、緊張した面持ちで電光掲示板を見つめている。


 レイだけが——違った。


 彼は、FAKE-3を見ていた。


 ボロボロの三人。立っているのがやっとの三人。


 でも——その目は、輝いていた。


 ——俺たちは、あいつらに勝てるのか。


 レイは、自分に問いかけた。


 ——技術なら、俺たちが上だ。

 ——完成度なら、俺たちが上だ。


 ——でも。


 ——あいつらには、俺にないものがあった。


 ——魂を削って、心を震わせる音楽の原点が。


 レイは——静かに、目を閉じた。




 電光掲示板の点滅が、止まった。


 数字が、表示される。


 会場が——息を止めた。


 私も、息を止めた。


 心臓が、壊れそうなくらい鳴っている。



 LUNATIC EDGE——3.7万票。


 会場から、どよめきが起きる。

 

 フェス決勝の歴代最高。圧倒的な高得点だ。


 ——やっぱり、か。


 私は、覚悟した。

 これだけの点数を出されたら、勝てるわけがない。


 でも——それでいい。

 ここまで来れただけで、十分だ。


 私たちは、最高のパフォーマンスをした。

 それだけは、胸を張って言える。



 次の数字が、表示される。


 FAKE-3——


 私は、目を閉じた。


 ——結果がどうであれ、受け入れよう。

 ——トラブルだらけだった。

 ——でも私たちは、やり切った。


 会場が——静まり返っている。


 誰も、声を出さない。


 祈るような空気が、会場を包んでいた。


 数字が——表示された。



 FAKE-3——の得点、3.9万票。



 一瞬、何が起きたか分からなかった。


 3.9万。


 0.2上回っている。


 ——え?


 私は、目を見開いた。


 電光掲示板を、二度見した。三度見した。


 間違いない。


 3.9万。


 僅差——0.2ポイント差。


 ——勝っている。


 静寂が——爆発に変わった。


「え?FAKE-3!」

「勝った……」

「勝った!」

「勝ったぞ!」

「うおおおおおお!」


 8万人の絶叫が、轟音となってスタジアムを震わせる。


 私は——立っていられなかった。


 膝から、崩れ落ちた。


 セイラも、シオンも、同じだった。


 三人で——ステージの上で、崩れ落ちた。



 信じられなかった。


 Vtuberが——日本最大のロックフェスで、頂点に立った。


 「偽物」たちが——「本物」たちを、超えた。


 しかも——僅差で。


 技術では負けていた。

 完成度では負けていた。


 でも——何かが、私たちを押し上げた。


 私の酸欠フリースタイル。

 シオンの覚醒ソロ。

 セイラの奇跡の復活。


 その「何か」が——0.2ポイント差を、生み出した。



 私は——泣いていた。


 声を上げて、泣いていた。


 隣で、セイラも泣いていた。


 シオンも、ギターを抱きしめて泣いていた。


 三人で——抱き合って、泣いた。


「勝った……」


 セイラの声が、震えていた。


「勝ったんだ……アタシたち……」


「うん……」


 私は、頷いた。


「勝った……」


 言葉が、出てこなかった。


 ただ——涙が、溢れ続けた。




 8万人の歓声が、鳴り止まない。


「FAKE-3」コールと拍手が、スタジアムに響き渡る。


 私たちは——ステージの上で、泣き続けていた。


 ボロボロで、立ち上がれなくて。


 でも——最高に、幸せだった。



 J-ROCKフェス2025。

 

 決勝歴代最高得点3.9万。

 

 キング・オブ・フェス——FAKE-3。


 「偽物」たちの革命が——歴史に刻まれた瞬間だった。


 8万人の歓声が、まだ鳴り止まない。


 FAKE-3コールが、ずっと響き続けている。


 もう、立ち上がる力も残っていなかった。


 その時だった。


 アンコールの声が、会場を包み始めた。


「アンコール!」

「アンコール!」

「アンコール!」


 最初は数百人だった。


 それが数千人になり、数万人になり——


 やがて8万人の大合唱となって、スタジアムに響き渡った。


 私は、セイラと顔を見合わせた。


 彼女の顔色は、まだ蒼白だった。

 限界なんて、とっくに超えている。

 私だって、まだ足が震えて立てない。


 そして何より——


 用意していた曲は、すべて演奏し終えていた。

 アンコールに応える曲が、ない。


「……ごめん」


 セイラが、小さく呟いた。


「ちょっと休まないと、さすがに声が出ない……」


「わかってる。私もだから」


 私は、彼女の手を握った。


「もう十分だよ。十分すぎる」


 アンコールの声は、鳴り止まない。

 8万人の期待が、プレッシャーとなって押し寄せてくる。


 ——応えたい。

 ——でも、応えられない。


 その時だった。


 ステージ袖から——一人の男が歩いてきた。


 黒いジャケット。

 鋭い目。

 そして——さっきまで、私たちの「敵」だった顔。


 レイ。


 LUNATIC EDGEのボーカル。


 私は、呆然と彼を見上げた。


 敗者が、勝者のステージに上がってくる。

 あり得ない光景だった。


 観客がざわめく。

 困惑と、驚きと、そして——期待。


 レイは、私の横を通り過ぎた。

 その目が、一瞬だけ私を見た。


 感情のない目——だと、思っていた。

 でも違った。

 その奥に、何かが揺れていた。


 レイは、ステージ中央に立った。

 マイクを握る。


 8万人が、息を呑んだ。


「——俺たちは、負けた」


 その声が、静寂を切り裂いた。


「FAKE-3に。『偽物』たちに」


 自嘲するような、でもどこか晴れやかな声。


「悔しいか? ああ、悔しいよ」

「でも——それ以上に」


 レイの目が、シオンを捉えた。


「俺は今夜、思い出したんだ」

「音楽って、何だったのかを」


 会場が、静まり返る。


「勝ち負けじゃない。本物も偽物も関係ない」

「誰かの心を震わせられるかどうか——それだけだ」


 レイの声が、震えた。


「俺は、ずっと忘れてた」

「12年間——ずっと」


 そして——レイは、シオンに向かって叫んだ。


「だから、アンコール、やらせてくれ!」

「FAKE-3の声が回復するまで、俺が繋ぐ!」


 観客がどよめく。


「曲は——Zxy'sの『蒼雷』」


 その言葉に、会場がざわついた。


 四宮龍と風間和志の伝説のバンド、Zxy'sの最後となった曲。

 レイとシオンの——父親たちの曲。


 レイが、シオンに手を差し伸べた。


「シオン!」


 その名前が、8万人の前に響き渡った。


「一緒に弾いてくれ!」

「俺たちの——親父たちの曲を!」


 会場が——静まり返った。


 8万人の視線が、シオンに集中する。


 シオンが私を見る。


 私は静かに頷いた。


「いっといで、シオン」

 

 セイラも頷く。


「少し休んだら合流するから、頼んだぜシオン」


 するとシオンは——立ち上がった。

 ギターを抱きしめて、震えていた。


 レイの手が、差し伸べられている。


 12年前と——同じように。


 あの日、約束した。

 いつか二人で、ステージに立とう。

 父さんたちみたいに。


 その約束が——今、果たされようとしている。


 シオンの目から、涙が溢れた。


 そしてついに——


 シオンとレイの二人が、並んでステージに立たった。

 


(つづく)



 連続公開——最終話「唯華——私たちの革命」へ



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ