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88「運命と物語を信じろ」


 バックライトが消え、私たちのアバターが映し出される。

 

 そしてシオンのギターが爆発した瞬間——


 会場が、揺れた。


 8万人の足踏みと、掛け声と、ギターが一体になって、Revolt.のイントロに雪崩れ込む。



 ◇



 そのころ、招待席。


 ステージを見下ろせる特別なエリアに、見慣れた顔が並んでいた。


 ゆいが、身を乗り出している。


 その隣に、叢雲瑠衣と深山潔監督。


 少し離れた席には、スナック韻の面々——KEN、ミスティ、CODAMA。


 そして山之内部長と田村さん。


 銀河歌劇艦隊、ルナ、アマネ、コハクとマスターズの古谷部長。


 そして——シオンの母親。


 FAKE-3から招待された関係者が見守っている。


「MCは最高だったな」


 KENが、腕を組みながら言った。


「ここからは音楽で、初日を超えられるかだ」


「そのために、私たちに挑んだんでしょう」


 ミスティが、静かに呟く。


「俺の未来の妻が輝いている……」


 CODAMAが、感極まったように言う。


「うるさい」


 ミスティが即座に切り捨てた。



 ◇



 ステージ上。


 MCで作り上げた「ドン、ドン、パン」のリズム。


 それが——そのままRevolt.のビートに溶け込んでいく。


 シオンのギターが、そのリズムの上で唸りを上げる。


 観客の足踏みが、ドラムになる。


 観客のクラップが、パーカッションになる。


 8万人が——バンドの一部になっていた。


 私のラップが始まる。


 でも——いつものリリックじゃなかった。



「冷たい? 完璧? — 上等だよ。

 音だけで黙らす王者なんて

 ここにいる おまえらと塗り替えるだけ。

 Hello, brother —— 革命、続けるぞ」


 即興、さっきの出来事。この瞬間を紡ぐ。


 8万人との出会いを歌う。


「さっきまで冷たかったこの空気

 今は燃えてる おまえらの声で

 本物じゃない ほど燃えるんだよ

 8万の魂が shout する」 


「Revolt.!」

 

 私はそう叫ぶと観客にマイクを向ける。

 

『Revolt.!!!』


 数万人が、叫んだ。


 「偽物は牙をむく!」

 

 その現象を——物語のように、即興でリリックに変換していく。


 もはや自然と、そうなっていた。


 私は、マイクを客席に向けた。


「もっと声聞かせろ!」


『Revolt.!!!』


「弱さ”が武器になる」

 

「もっと!」


『Revolt.!!!』


「全身で感じようぜ!」


 ドン、ドン、パン——!

 ドン、ドン、パン——!


 スタジアム全体が、ひとつのリズムで脈打っている。


 シオンが、私の即興に合わせてギターを高く掲げた。


 そして——弦を振り下ろす。


 ジャァァァン!!


 その瞬間、数万人がジャンプした。


 地響きが、会場を揺らす。


 着地の衝撃が、新国立競技場の構造を軋ませる。


 また、シオンが振り下ろす。


 また、数万人がジャンプする。


 跳ねろ。叫べ。暴れろ。


 言葉にしなくても、音が伝えている。


 青白い光の集団——LUNATIC EDGEのファンたち。

 頑なに腕を組んで見ていた人々も、いつの間にか足を動かしていた。


 体がリズムを刻んでいた。

 それに気づいて隣の誰かと目が合う。苦笑する。

 

 そして—— 一緒に跳んでいた。

 抗えない。体が、勝手に反応してしまう。


 これが——FAKE-3の音楽。


 完璧じゃない。でも——巻き込む。


 セイラが、マイクを握った。

 曲の中盤——静寂が訪れる。


 シオンのギターが、ピタリと止まった。


 足踏みも、クラップも、止まった。


 8万人が、息を呑む。


 静寂。

 

「傷が光に変わる“偽物”と言われた日々も

私たちをここへ導く反逆の星座になる」


 アカペラで、サビのメロディを歌い出す。透き通った声が、夜空に吸い込まれていく。


 そして——


「Scream———!!」


 セイラが叫んだ。8万人が——絶叫した。


『うぉおおおおおおおおおおお!!!!』


 言葉じゃない。意味のある言葉じゃない。

 それは、ロックを知るものほど抗えない——叫び。


 魂の、咆哮。


 それが、スタジアムを埋め尽くす。


 その絶叫の波に乗って——シオンのギターが再び爆発した。


 曲が、最高潮に向かって駆け上がっていく。私のラップが、さらに加速する。


 青白い光が——揺れている。三色の光と一緒に。


 すべての境界線が、溶けていく。


 もはや、どっちのファンかなんて、どうでもよかった。


 全員が——この瞬間を、楽しんだ。一緒に生きていた。


 ラストのサビ。


 セイラの歌声と、私のラップと、シオンのギターが絡み合う。


 そして——全員で叫ぶ。


『Revolt.!!!』



 最後の一音が鳴り響いた。


 静寂。一瞬の間。


 そして——


 爆発的な歓声が、会場を包んだ。


 8万人が、拳を突き上げている。

 声が枯れるまで叫んでいる。


 隣の知らない誰かと、ハイタッチしている。


 泣いている人がいる。

 笑っている人がいる。

 放心している人がいる。


 何が起きたか、わからないという顔をしている人がいる。


 ——これが、ライブだ。

 ——これが、フェスだ。


 ——完璧な音じゃ、絶対に作れないもの。

 ——ありがとうジェイク。これはあなたに教わったもの。


 私は、肩で息をしていた。


 汗が滴り落ちる。

 隣を見ると、シオンも同じだった。


 セイラも、荒い息をしながら——笑っていた。


 歓声が鳴り止まない。


 ——次の曲だ。


 セイラが、マイクを握った。


「なあ、8万人」


 息を切らしながら、それでも声は力強かった。


「さっきのRevolt.——最高だったな」


 歓声が応える。


『最高!!』

『やばかった!!』

『もう一回!!』


「おまえらのおかげだ。あれは——アタシらだけで作った音じゃない」


 セイラが、客席を見渡した。


「おまえらがいたから、あの音が生まれたんだ」


 会場が、少し静まる。


 セイラの言葉を、聞こうとしている。


「この会場で、今日、おまえらと出会えたこと」


「それが——やっぱり運命なんだって確信した」


 セイラの声が、少しだけ震えた。


「ここにいる誰が欠けても、同じ音にはならなかった」


「アタシたちはこの瞬間を—— 一緒に生きてる」


 歓声が上がる。


「そして—— 一緒に未来を作ってる」


 歓声がさらに大きなる。


 セイラが、笑った。


「次の曲は、Destiny」


「運命って意味だ」


「この曲は——永遠に未完成かもしれない」


「演奏するたびに、違う形になるかもしれない」


「だったら——」


 セイラが、マイクを高く掲げた。


「いっしょに作ろうぜ!」


「アタシたちの、この瞬間の——Destiny!」



 シオンのギターが、静かに始まった。


 Revolt.の激しさとは、対照的。


 繊細で、優しく、でも芯のある音。


 アリーナの観客の誰か——スマホを取りだしライトをつけた。


 すると隣の誰かもライトを点ける。一つ、また一つ。


 光が広がっていく。


 スタンド席にも、波及していく。


 気づけば——数万個の光が、ゆらゆらと揺れていた。


 まるで、星空が地上に降りてきたような。


 その銀河の光の海の中で——セイラの歌声が響く。


 バラードパートが始まる。


 切なくて、優しくて、でも強い声。


 8万人が、息を呑んで聴いている。


 さっきまでの熱狂が嘘のように、静まり返っている。


 でも——冷めたわけじゃない。


 熱は、内側に向かっていた。


 胸の奥が、熱くなっていく。


 涙が、こぼれそうになる。


 そんな空気が、会場を満たしていた。



 ◇



 同じ頃——隣のステージ。


 LUNATIC EDGEのメンバーが、FAKE-3の演奏を見つめていた。


 数万個の光が揺れている。


 セイラの歌声が、星の海に響いている。


 演奏も、歌も完璧じゃない。


 行き当たりばったり、荒削りで、アドリブだらけで、ミスだってある。


 なのに——


 会場が、完全に支配されている。


「……どうすんの、レイ」


 SENAが言った。


「まだ完璧にこだわる気?」


「最高じゃねえか、こいつら」


 SHOが、笑っている。


「みんないっしょになって、純粋に音楽を楽しんでやがる」


 JINだけは——無言で、YUICAを見つめていた。


 口元に、小さな笑みを浮かべている。


 レイは——黙ったまま、FAKE-3のステージを見つめていた。


 拳を、握りしめている。


 ——あんなに荒削りで、アドリブだらけで、完璧には程遠い音楽。


 なのに——胸が高鳴る自分がいる。


 YUICAの即興ラップが聞こえてくる。


 この瞬間を、言葉にしている。


 観客が、その言葉に応えている。


 一体になっている。


 ——くそ。


 ——なんだよ、これ。

 ——こんなの、俺の目指した音楽じゃない。

 ——こんなの——


 胸の奥で、何かが軋んでいる。


 認めたくない。


 でも——体が、正直に反応している。

 足が、リズムを刻んでいる。

 心臓が、高鳴っている。


 レイは、自分のマイクを見つめた。


 完璧な音。

 完璧な技術。

 完璧な演奏。


 それだけを追い求めてきた。


 感情を捨てて、雑音を消して、純粋な「音」の結晶になろうとしてきた。


 なのに——


 あの「不完全な音」に、心が揺さぶられている。


 レイは、目を閉じた。


 天を仰ぐ。


 大きく深呼吸をして——目を見開いた。


「……あの曲でいくぞ」


 メンバーが、振り返った。


「NOISE IN THE HEAVEN」


 7億再生を誇る、LUNATIC EDGEの代表曲。


 でも——今までライブでは封印していた曲でもある。


 この曲だけは、「完璧」に演奏できない。


 どうしても各自の感情が先行し、溢れ出してしまうから。

 自身が最も嫌う、再現性のない音になってしまうから。

 

「レイ……本気なの?あれやるの?」


 SENAが、驚いた顔をしている。


「もう戦略なんていい」


 レイの目が、燃えていた。


「全力で——ぶつかってやる」


「いいね!久々にやるか」

 

 SHOが、ドラムスティックを握り直した。


「……」

 

 JINが、ギターを構えた。


「今日のあんた、ちょっとかっこいいよ」

 

 SENAが、ベースに手をかけた。


 四人の目が、ステージ上のFAKE-3に向けられた。


「あいつらが投げてきたボールを——」


 レイが、マイクを握りしめた。


「全力で打ち返してやろうぜ」



 ◇



 数万個の光が、揺れている。

 私の言葉に、応えるように。


 そしてサビが来る。

 セイラの歌声が、高く舞い上がる。


 シオンのギターが、それを支える。


 私は——マイクを、客席に向けた。


「いっしょに創ろう!」


 サビのメロディが流れる。

 最初は、三色の光の一部だけが歌っていた。


 でも——徐々に、声が増えていく。


 歌詞を知らない人も、メロディで参加している。


 ハミングでもいい。


 「ラララ」でもいい。


 一緒に歌っている。


 青白い光の中からも——声が聞こえる。

 さっきまで様子を見ていた人たちが、一緒に歌っている。


 8万人の声が、セイラの歌声に重なっていく。


 シオンのギターソロが始まった。

 父から受け継いだ、魂の音。


 激しく、繊細に、会場を駆け巡る。

 数万個の光が、その音に合わせて揺れている。


 まるで——光が踊っているような。


 クライマックスが近づく。

 セイラの歌声が、限界まで張り上げられる。


 私のラップが、二人を支える。


 三つの音が——8万人の声と、光と、一つになっていく。


 最後のロングトーン。


 セイラのボーカルが、夜空に突き抜けていく。


 シオンのギターが、その声を天まで押し上げる。


 8万人が——拳を、突き上げた。


 声にならない声を、上げながら。


 最後の音が——鳴り響いた。



 静寂——



 でも今回は、その静寂が数秒も続かなかった。



 ドドドドドドドドド!!!!



 SHOのドラムが、炸裂した。


 Destinyの余韻を、まるで晴天の雷のごとく、切り裂くように。


 でも——「敵対」の音じゃない。


 「応答」だった。


 FAKE-3が投げたボール。


 それを、LUNATIC EDGEが打ち返してきた。


 続いて、SENAのベースが重低音で波をかぶせる。


 地響きのような音圧。


 会場全体が、揺れる。


 JINのギターが唸りを上げる。


 機材の臨界点を試すかのような高音。


 急降下するジェットコースターのような低音。


 そして——人間業とは思えない速弾き。


 観客の視線が、意識が、一気に彼らに吸い寄せられる。


 もはや抗えない。


 ブラックホールのような、音の重力。


 そして——レイの声が、響いた。


 天国へ導くかのような、高音のロングトーン。


 でも——さっきまでの「冷たい完璧」とは、まるで違っていた。


 熱がある。

 感情がある。

 魂が、叫んでいる。


 ——これが、NOISE IN THE HEAVEN。


 ——LUNATIC EDGEがライブで封印していた曲。


 ——「完璧」を捨てた、本気の音。



 会場が、再び沸騰する。


 さっきまでFAKE-3に熱狂していた観客が、今度はLUNATIC EDGEに熱狂している。


 でも——それは「裏切り」じゃない。


 両方に、熱狂している。


 両方の音楽を、全身で浴びている。


 これはもう、バトルじゃない。


 セッションだ。


 音の対話だ。


 二つのバンドが、音楽で会話しているんだ。


 FAKE-3が投げて、LUNATIC EDGEが返す。


 その往復が、会場全体を巻き込んでいく。



 ◇



 特設ブースの中。


 私とシオンは、LUNATIC EDGEの演奏に圧倒されていた。


「……すごい」


 シオンが、呟いた。


「さっきまでと、全然違う……」


「ああ」


 私も、頷いた。


 冷たくない。熱がある。


 あの「完璧な機械」みたいだった彼らが——感情を剥き出しにしている。


 レイの声が、叫んでいる。


 JINのギターが、泣いている。

 SHOのドラムが、笑っている。

 SENAのベースが、唸っている。


 ——私たちの音楽が、彼らを変えた?


 ——いや、違う。


 ——彼らの中にあったものを、引き出しただけだ。


 自分たちの音楽が、LUNATIC EDGEを本気にさせた。


 それが——たまらなく嬉しかった。


「セイラ、私たち——」


 振り返ろうとした、その時。


 視界の端に、揺れる影が映った。


 セイラが——下を向いている。


 頭が、揺れている。


 音楽に乗っているわけじゃない。


「セイラ?」


 声をかけた瞬間——


 セイラの体が、崩れ落ちた。


「セイラ!!」


 私は駆け寄った。


 セイラの体を抱き起こす。


 額から、汗が流れている。

 ものすごい高熱。


 目が——虚ろだった。


「セイラ!ねえ、セイラ!」


 隣で、シオンが凍りついていた。


 顔から、血の気が引いている。


 ——まずい、父親の死。


 ——東京ドームで倒れたあの記憶が、フラッシュバックしているんだ。


「シオン!しっかりして!」


 私の声に、シオンがびくりと震えた。


「う、うち……はよ、救護班、呼ばな……」


「待ってくれ……」


 セイラが、苦しそうに声を絞り出した。


 横たわったまま、私を見ている。


「YUICA……ちょっと限界だ……」


 息が、荒い。


「あの解熱剤を……打ってくれ……」


 私は——ポケットの中のペンニードルを、握りしめた。


 一日一回の制限があるこれを、もう一度使えばどうなるか。


 わかっている。

 

 打てば熱は下がるかもしれない、でも命の保証は、ない。


「早く……しないと……次の出番に……間に合わない……」


 セイラの声が、途切れ途切れになる。


「必ず……立つ……から……」


 私は——迷っていた。


 手が、震えている。


「YUICAあかん!」


 シオンが、私の腕を掴んだ。


「それを使って、もしセイラが戻らんかったら——」


 シオンの目が、涙で滲んでいる。


「YUICAは、一生苦しむことになる……」


「お願いや……やめて……」


 私は——シオンを見た。


 そして——セイラを見た。


 青白い顔。苦しそうな息。虚ろな目。


 でも——その奥に、まだ光がある。


 消えかけているけど、確かにそこにある。


「……わかってる」


 私は、言った。


「それも、覚悟の上だよ」


「YUICA……」


「そうなったら、私はその罪を一生背負っていく」


 ペンニードルを、取り出した。


「そして——地獄にいく」


 シオンが、息を呑んだ。


 私は——セイラの腕に、ペンニードルを近づけた。


 その瞬間——


 セイラの手が、私の手首を掴んだ。


「……それは」


 かすれた声。


 でも——強い意志が、そこにあった。

 

「その覚悟だけで……十分だよ」


 セイラが、ペンニードルを奪い取った。


「ここからは、アタシの選択だ」


 そう言って——自分の腕に、打った。


 シオンが、声にならない悲鳴を上げた。


 セイラが——私を見た。

 そして、シオンを見た。


 朦朧としながらも、その目は笑っていた。


「アタシの名前は……鳳凰院セイラだ」


「鳳凰は……死んでも必ず蘇る」


「この名前で生まれた時から……運命がそう決まっていたんだ」


 セイラの手が、シオンの手を握った。


「だから……信じろ」


「アタシは……絶対にステージに蘇る」


「数分もあれば……また立てる」


「それまで……おまえらで……なんとか繋いでくれ」


 そう言って——セイラの目が、閉じた。


 体から、力が抜けていく。


 床に伏せたまま、動かなくなった。


「セイラ……!」


 私は、セイラの名前を呼んだ。


 でも——返事はない。


 ただ、かすかに胸が上下しているのが見えた。


 ——生きている。


 ——まだ、生きている。



 ◇



 ——隣のステージ

 LUNATIC EDGEの演奏が、クライマックスに向かっていた。


 レイの絶唱。


 JINのギターソロ。


 SHOのドラムが、会場を揺らしている。


 もうすぐ、終わる。


 次は——私たちの番だ。


 3曲目。このステージで最後のトリ。

 全てを決めるラストソング。


 蒼雷——FAKE-3バージョン。


 7分近い大曲。


 でもボーカルのセイラがいない。

 シオンもまだ立ち直れない。


 私は、マイクを握った。


 手が、震えている。


 隣を見ると——シオンが、パニックを起こしかけていた。


 ギターを構えているけど、目が泳いでいる。

 今すぐ棄権して救護班を呼べば、まだ間に合う。

 悲劇を繰り返さなくてすむ。


 そう葛藤しているのが、わかった。


「シオン」


 私は、声をかけた。


「無理しなくていい」


「え……」


「次の蒼雷は——私が即興で、フリースタイルでやる」


 シオンの目が、見開かれた。


「何言うてんの……?」


「7分近い曲やで……?」


「即興のフリースタイルって……長くても45秒やろ……?」


 私は——セイラを見た。

 床に横たわったまま、動かない。


 でも——さっきセイラがはっきりと言ったんだ。


 「必ず立てる」と。「信じろ」と。


「セイラは、立つって言った……」


 私は、倒れているセイラを見つめる。


「セイラを信じる」


「私が酸欠(チアノーゼ)で倒れるか、それまでにセイラが戻ってくるか」


「どっちか、その先が地獄か、奇跡か、わからない」


「でも——」


 私は、シオンを見た。


 真っ直ぐに。


「私は、逃げずに進む」


 LUNATIC EDGEの演奏が——終わった。


 歓声が上がる。


 MCが叫ぶ。


「さあ、いよいよラスト!FAKE-3!」


 8万人の視線が、こちらに向いた。


 私は——一歩、踏み出した。


 光の中へ。


 振り返って、シオンに言った。



「覚悟が決まったら——追ってこい」



 そして——ステージに、立った。


 一人で。


 8万人が、息を呑んでいる。


 セイラは倒れている


 シオンは動けない。


 だったら二人分背負う。

 たった一人でも、戦ってみせる。

 

 婆から受け継いだ、このマイク。

 

『MCがマイクを握ったなら、もう逃げ場はない』

 

 

 36年間、逃げ続けてきた私が——やってやる。

 


(つづく)


次回——「」


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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 YUICAさん達の…いや観客の皆のぶんも含めた『想い』がレイの殻を壊し、本気の本気で同じ目線で全力演奏して来てくれた、そしてやはり倒れてしまったセイラさん……展開の波が本当に激し…
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