84「余韻の支配者」
控室のソファに、三人で座っていた。
目の前のモニターには、HANGOUTのステージが映し出されている。
1日目のトリ。グローバルミュージックの看板バンド。
堂々とステージに立ち、演奏を始めている。
「さすがだな……」
セイラが呟いた。
その声が、かすれている。
「技術も経験も、一流だ」
確かに、演奏は完璧だった。
ボーカルの声量。ギターのテクニック。ドラムの安定感。
どれを取っても、プロフェッショナルの仕事だ。
観客も盛り上がっている——ように見える。
手を振り、声を上げ、ペンライトを揺らしている。
でも——
「……なんか、変やない?」
シオンが、首を傾げた。
「変って?」
「うまく言えへんけど……」
シオンが、モニターを見つめる。
「盛り上がってるはずやのに、なんか……薄い?」
私も、同じことを感じていた。
観客は確かに反応している。
でも——さっきの私たちの時とは、何かが違う。
熱量が、違う。
「……余韻だな」
セイラが、静かに言った。
「え?」
「観客の頭の中で、まだアタシらの音がリフレインしてるんだよ」
セイラが、モニターを見つめる。
その横顔は、青白い。でも額の汗は止まっている。
「観客の体はHANGOUTのステージを見てる。でも——意識が、まだ戻ってきてない」
「あの空気を、まだ引きずってる」
私は——モニターの中の観客を、改めて見た。
確かに、手は振っている。声も上げている。
でも——目が、どこか遠くを見ている気がする。
まるで——まだ、さっきの映像を見ているような。
「……これ、HANGOUTは気づいてるやろな」
シオンが、呟いた。
「ステージに立ってる側には、わかるはずや」
「客の意識が、ここにないって」
私は、黙って頷いた。
HANGOUTのボーカルの表情が、モニターに映る。
笑顔で煽り、観客を盛り上げようとしている。
でも——その目の奥に、何かが揺れている気がした。
◇
HANGOUTのボーカルは、違和感を感じていた。
観客は盛り上がっている。
手を振り、声を上げ、彼らの名前をコールしてくれている。
いつも通りの光景。いつも通りの反応。
でも——何かが、おかしい。
「盛り上がってるか、TOKYO!?」
叫ぶと、歓声が返ってくる。
「YEAH!!!」
——ほら、ちゃんと応えてくれてる。
——何も問題ない。
——いつも通りだ。
でも——体が、感じてしまっている。
この歓声の奥に、別の熱が残っていることを。
観客の目が、こちらを見ている——はずだ。
でも——見ていない。
体はここにあるのに、意識がどこか別の場所にある。
まるで——まだ、さっきの出会いを思い返しているような。
——あいつらの音が、まだここに残ってるのか。
あの激しく繊細なギターリフ。
あの魂を削るようなラップ。
あの心を鷲掴みにする歌声。
——それが、まだ消えていない。
そう、今、観客の頭の中では、FAKE-3の音楽が、言葉が、出来事がリフレインしている。
HANGOUTの演奏は、その上で空回りしている。
——くそ。あいつら、やってくれたな!
CRIMSON GATEが作った熱狂の波。
それに乗って、あのVtuberどもがさらに高めた大波。
その波が——まだ、会場を支配している。
HANGOUTは——その波の中で、溺れかけていた。
ギターソロに入る。
技術では負けていない。経験でも負けていない。
でも——さっきの、あのギターのサウンドが頭から離れない。
風間和志の娘。
あの小さな体から放たれた、あの音。
技術だけじゃない。魂を削るような、あの響き。
——認めたくない。
——Vtuberなんかに、あんな空気を作られたなんてこと。
——本物の自分達が、それに飲まれているなんてこと。
サビに入る。
ボーカルは、全力で歌う。
持てる技術を、経験を、全部注ぎ込む。
観客も応えてくれる——表面上は。
でも、ステージに立つ者にはわかる。
最後まで彼らの意識は、ここにない。
——不気味だ。
——こんな経験、初めてだ。
何も負けていない。演奏は完璧だ。ミスなんて一つもない。
でも——何かが、決定的に違った。
言葉にできない。したくない。
ただ——どうにも抗えない、この不気味な余韻だけが、事実として残っている。
——きつい。
◇
ステージが終わった。
最後の音が鳴り響き、HANGOUTのメンバーは観客に向かって手を振った。
「ありがとう!最高だったぜ!」
いつも通りの締め。
拍手が起きる。歓声も上がる。
——いつも通りだ。
——何も問題ない。
——そう、思いたかった。
ステージを降りる。
メンバーと目が合う。
誰も、何も言わない。
でも——全員が、同じことを感じていた。
——あのVtuberたちに、全部もっていかれた。
認めたくない。
でも——体が、敗北を感じてしまっている。
嘘はつけない。
これが音楽の素晴らしさであり、残酷さだ。
言葉で誤魔化せない。理屈で否定できない。
体が——魂が——正直に反応してしまうから。
それが、音楽というものなのだから。
◇
控室のモニターに、HANGOUTが観客に手を振る姿が映っている。
「……終わったな」
セイラが、呟いた。
その声が——さらにかすれていた。
私は、セイラを見た。
汗は止まっているのに、顔色が、明らかに悪くなっている。
「セイラ……もう休んだら?」
「大丈夫だから」
セイラが、手を上げて制した。
「あと少しだけ。投票結果が出るまでは……」
その時——
モニターの画面が、切り替わった。
『1日目 ACT投票結果発表』
会場の大型スクリーンに、同じ文字が映し出されている。
8万人の観客が、息を呑んで見守っている。
私たちも——モニターを凝視した。
結果が——表示された。
> 1日目 ACT投票結果(来場者8万人投票)
>
> 1位 FAKE-3 4.2万票
>
> 2位 HANGOUT 1.3万票
>
> 3位 KING JOKER 1.1万票
>
> ——————(決勝進出ライン)——————
>
> 4位 YOKONORI 0.8万票
>
> 5位 HEAVY SMILE 0.6万票
※CRIMSON GATEは海外ゲスト枠のため投票対象外
「——1位」
シオンが、震える声で言った。
「うちら……1位や……」
画面を、何度も見直す。
間違いない。
FAKE-3——4.2万票。
1位。
8万人の観客のうち、半数が私たちに投票してくれた。
ファン動員票を考えれば、前売りを買った観客の大半が投票してくれている。
「やった……」
私は、立ち上がった。
「やったよ、セイラ! ダントツだよ!1位だよ!」
振り向く。
セイラに、この喜びを伝えたかった。
5年間、ずっとこの日のために準備してきたセイラに。
でも——
セイラの返事が、なかった。
「セイラ……?」
私は——凍りついた。
セイラが——ソファにもたれかかったまま、動かない。
顔が、真っ青だった。
目が、虚ろになっている。
「セイラ!?」
私は、駆け寄った。
セイラの肩を掴む。
「セイラ! ねえ、セイラ!」
「……」
反応がない。
「セイラ!!」
シオンも、駆け寄ってきた。
「セイラ! 起きて! セイラ!」
セイラの目が——かすかに動いた。
唇が、わずかに開く。
「……大丈夫……ちょっと、休めば……」
その言葉を最後に——
セイラの体が、ソファから崩れ落ちた。
「セイラ!!!」
私は、セイラを抱きかかえた。
体が——冷たい。
さっきまで熱があったはずなのに、冷たいのは変だ。
「誰か! 誰か来て!!」
私は叫んだ。
「救護班! 救護班呼んで!!」
控室のドアが開き、スタッフが駆け込んでくる。
「何があったんですか!?」
「セイラが——セイラが倒れた!」
騒然とする控室。
スタッフが無線で救護班を呼んでいる。
私は——セイラの手を、握りしめていた。
冷たい。氷のように冷たい。
——あの薬。
——やっぱり、普通じゃなかったんだ。
「セイラ……セイラ……」
私は、何度も名前を呼んだ。
でも——セイラは、目を開けない。
隣で、シオンが凍りついていた。
顔が、真っ白になっている。
目が——どこか遠くを見ている。
「シオン……」
「……嘘や」
シオンの声が、震えていた。
「嘘やろ……こんなん……」
「また……また、目の前で……」
——父親。
——東京ドームで倒れた、父親。
——シオンは、それを思い出しているんだ。
「シオン、しっかりして」
私は、シオンの肩を掴んだ。
「セイラは大丈夫。絶対、大丈夫だから」
「でも……でも……」
シオンの目から、涙がこぼれた。
「うち、言うたのに……無理したら許さんって……」
「なんで……なんでセイラは……」
救護班が到着し、セイラを担架に乗せていく。
私とシオンは、その後を追った。
通路を走る。
心臓が、痛いくらいに鳴っている。
——セイラ。
——お願いだから、目を開けて。
——私たち、1位だったんだよ。
——だから——
◇
会場では、まだFAKE-3の勝利を祝う歓声が響いている。
SNSは「歴史的勝利」「Vtuberの革命」で溢れている。
しかし舞台裏では——
1位という最高の結果。
世界からの招待という、夢のような未来。
しかし——その代償は、あまりにも大きかった。
セイラの意識は——まだ戻らない。
(つづく)
次回——「それぞれの覚悟」




