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08「最強のバケモノを攻略せよ」


 私の血の気が完全に引いた。


「420万人って……」


 震える声で数字を反復する。


 つまり登録者数40万人の私が、420万人に喧嘩を売ったのだ。


 数字だけなら10倍以上の格差だけど、そこに到達するまでの難易度は天文学的差がある。


 これはもう、蟻が象に宣戦布告したようなものだ。


「ゆい……わ、わ、わたわたし」


「とりあえずお姉ちゃん……とんでもないことしちゃったね」


 私の肩を叩いたゆいの顔も青い。

 でも、その目の奥に何か光るものが見えた。



【翌朝】


 案の定、ネットは大騒ぎになっていた。


『毒舌お嬢様、あの艦長を完全論破!ブタども絶頂で感動の嵐』

『最強新人 vs V界の帝王、世紀の頂上決戦へ』

『YUICA♡「私のブタに手を出すな」発言で業界激震』

『【速報】艦長ガチギレ?無名Vtuberとの場外乱闘勃発』


「うわあああ……しにたい」


 私は布団に潜り込んでガタガタと震えていた。


 SNSのトレンドには

 「#艦長vsYUICA♡」

 「#V界頂上と底辺の決戦」

 「#ブタども守護神」が並んでいる。


 まさかあの罵倒が、こんな大事になるなんて思ってもみなかった。


「ゆい、今からSNSで艦長さんに謝罪してくる!」


「すみませんでした、知りませんでしたって!」


 布団からカメにように、スマートフォンに手を伸ばそうとした時、ゆいが私の手を掴んだ。


「待って!落ち着いて」


「え?」


「……これはチャンスなんだよ。お姉ちゃん」


 ゆいの目がキラキラと輝いている。


「チャンス?何が?どこが?」


「考えてみて。うちらレベルのVがあの艦長とコラボするなんて通常あり得ないんだよ」


「でもこれってコラボなの?罵倒してお互いにキレて……ほとんどブレイキング○ウンじゃん」

 

「目立てば勝ち。まあ、似たようなもんでしょ」

 

「は?何言ってんの?相手は日本一なんだよ」

 

「ねえ、お姉ちゃん。実際に艦長とやりあってみて、どんな印象だった?」

 

「えっと……彼女のトークスキルや語彙力は独特だった。あと反応の速さが尋常じゃなかった。多分あれはバケモノなんだよ!」


「確かに……トークの実力も、知名度もVtuberとしての性能はすべて負けてるねぇ」


「でしょ?!昨夜はラッキーストライクなだけだよ。無知ブーストはもう使えないよ!」

 

 私は再び布団に潜り込んで現実逃避を試みる。


『ひつじが10匹、20匹、420万匹。うわぁぁぁぁ』


「大丈夫だから穴から出てきて。お姉ちゃん」


「ほらこっちきて、艦長について説明するから。ねぇ」


 ゆいがノートパソコンを開いて、鳳凰院セイラのチャンネルを表示する。


 私はお布団をかぶったまま、のそのそと移動し画面をみた。


「艦長はね、日本のトップのVなのに、実はすごく面倒見がいい人なの」


「え?でもあんなに偉そうだったよ?」


「それがお約束なのよ。不定期で気になる新人Vtuberのところに突然現れて、わざと煽るプロレスを仕掛けるの」


「プロレスってそういう意味だったんだ……」


 なにも理解せず、中学生みたいとか煽ってしまった自分が痛い。


 ゆいが動画を再生する。そこには艦長が他の新人Vtuberと絡んでいる様子が映っていた。


「ほら、艦長が威圧的に煽ったあと、新人が『すみません!』『失礼しました!』ってひれ伏す」

「すると艦長が『よろしい、我が配下にしてやろう』って言うの」


「そしたら新人は知名度アップ、艦長は威厳保持でWin-Win。これが業界のお決まりなのよねぇ」


 私は画面を見つめながら、だんだん状況が理解できてきた。


「ようは、艦長がお姉ちゃんに何らかの興味を示したってことは間違いないの」


「つまり……私はそのお約束を知らずに……」


「本気で反抗しちゃったのよ。しかも『ブタ以下』って罵倒までして。そんなVtuber前代未聞だよ」


 ゆいが苦笑いする。私は絶望している。


「今までは艦長の存在が偉大すぎて、プロレスに乗ってこない人なんていなかった。むしろ名誉なことだからねぇ」


「うわあ……やっぱ私、とんでもないことしちゃった」


「でもね、聞いて」


 ゆいの目が野心的に輝く。


「だからこそチャンスなのよ。今や話題性では完全にこっちが上。艦長の土俵でもし勝てば一気にトップ層に食い込める」


「仮に負けても『日本一相手によく戦った』で評価される。どっちに転んでも悪くない」


 ゆいが私の肩を掴む。


「あとね、お姉ちゃんの罵倒には『ブタども』を守るためっていう正義があったわけ」


「あれは計算では絶対に出せない。リスナーとの固い絆は、時に無敵のVtuberを作り出すこともあるの」


 絆って言ったって、まだ1週間程度しか深まってないじゃないか。

 でも私の心がざわついた。確かに昨日、艦長がブタどもを馬鹿にした時は本気で腹が立った。


 ——でも、それって単に私がムキになっただけじゃ……


「あ、そうそう」


 ゆいが急に深刻な顔になる。


「実はもう一つ、やばい話があるの」


「え?まだ何かあるの?」


「鳳凰院セイラって……」


 ゆいがメールボックスを開く。そこには昨日見た大手事務所からのオファーメールが表示されている。


「昨日オファーを打診してきた国内最大のライバー事務所『マスターズ』の……幹部でエースなのよ」


「ひええええええ!?」


 私は頭を抱えた。


「てことで、事務所の看板に喧嘩売っちゃったわけだから……『マスターズ』入りは無理かもねぇ」


「やってしまった……ここにきて全ロスしてるやん」

 

「まあこれで、独立路線が確定したってことで、逆によかったんじゃない?」


 ゆいがあっけらかんと言う。


「考えてみてよ。その『マスターズ』に所属したVが、艦長相手に罵倒配信なんてできたと思う?」


「それは……」


「絶対に事務所から止められてたでしょ。『もう少し丁寧に』『炎上しないように』って」


 確かにそうかもしれない。


「それに」


 ゆいがにっこりと笑う。


「あの日の艦長……なんだかんだ楽しんでたと思う。デビューしてた頃の破天荒さが蘇ったみたいに見えた」


「それっていいことなの?」

 

「うん!ガチの本気の艦長と戦えるなんて、滅多にないチャンスよ」


 むしろ最悪じゃないかそれ!


 私はどうするか迷った。でも、ゆいの目を見ていると、不思議と勇気が湧いてきた。


 ——そうだ。昨日の配信、私も楽しかった。


 理不尽なことを言われて、はっきりと「違う」と言えた。ブタどもを守れた。


 あれが偽物だったなんて思いたくない。


「わかったよ……こうなったらダメもとでやってみる」


「よし!じゃあ作戦会議よ!」


 ゆいがノートパソコンを開く。


「まず相手を知ることから始めましょう」



【作戦会議開始】



 私がすぐに理解できるように、ゆいが画面に資料を表示している。


「鳳凰院セイラ、登録者数420万人、デビュー5年目。歌、ダンス、トーク、すべてが超一流」


「特に歌唱力は業界でもトップクラス。ライブ配信では毎回50万人超えの同接を記録」


 ——これはガチの天才だ、ていうか神だ。あまりにも自分とは格が違いすぎる。


「でも」


 ゆいが画面をスクロールする。


「艦長にも弱点はあるの」


「え……このバケモノに弱点?」


「責任感と設定愛が強すぎること。特に『銀河歌劇艦隊』の世界観を否定されるとたまに激昂する」


「昨日も『痛々しい』って言われて、完全に冷静さを失ってたでしょ?」


 確かに。最初は余裕の態度だったのに、だんだんトーンが落ちて口調が荒くなっていった。


「それと、艦長は基本的に『上から目線』でキャラを作ってる。でもお姉ちゃんは対等に喧嘩を売ったわよねぇ?」


「この手のコミュニケーションは艦長にとっても初めての体験のはず。だから経験のアドバンテージが生かせない」


「なるほど……彼女もあの場で頭脳をフル回転してたのね」


「そう。あと、艦長とのバトルで重要なのは」


 ゆいが私を見つめる。


「お姉ちゃんの武器『素人感』よ!」


「素人感?」


 なんなのそれ……むしろ弱点でしょうが。


「うん。業界の常識を知らない、計算しない、純粋な反応」


「これは艦長にはマネも計算もできない。5年間プロとしてやってきた人には、もう出せない魅力よ」


 なるほど。つまり予測不可能な私の「無知」が武器になるということか。


「でも、どうやって戦うの?私ってば歌も踊りもできないよ?」


「だからお姉ちゃんの土俵に引きずり込むのよ」


「私の土俵?相手の土俵なのに?(意味がわからん)」


「人生相談」


 ゆいがにやりと笑う。


「艦長に人生相談で対決させるの」


「え?」


「艦長のキャラは『銀河の頂点』でしょ?でも人生相談って、等身大の人間性が問われるジャンルよ」


「キャラを崩さずに真摯な相談に乗れるかどうか……これは素を出せない艦長にとって難しいゲームになる」


 ——なるほど、確かに昨日の艦長は「我が配下になれ」とか「銀河がどうとか」ばっかりだった。


「逆にお姉ちゃんは、相談者の心に寄り添うのが得意でしょ?」


「そうなのかな……」


「間違いないよ。昨日だって、後輩の話で相談者をちゃんと励ましてた」


 ああそうだった……後輩にビシッと威嚇しろってアドバイスした直後に、先輩に噛み付く後輩な私って一体。

 なんか、また死にたくなってきた。

 

「つまり『人生相談』は、いろんな面で艦長に不利なんだよ」

「まあ、恐ろしく器用な人だから油断はできないけどね」


 ゆいの分析を聞いていると、だんだんいい勝負が出来るような気がしてきた。


 ——でも、本当に私で大丈夫なんだろうか。


「ねえ、ゆい」


「何?」


「『人生相談』ていうこっちの得意分野で対決して、もし負けたら……私たちどうなるの?」


「んー、その場合は登録者は増えないし、この勢いも失速するでしょうね」

「つまり、艦長の燃料になって喰われるねぇ」


 ゆいがあっさりと言う。


「でももし、あの艦長と対等に戦ってパワー喰えたら……100万人超が見えてくるよ」

「その時、YUICA♡はトップ層の仲間入りだよ」


 ゆいが私の手を握る。


「お姉ちゃんなら絶対に負けない」


「なんで?」


「だって、本物だもん」


「本物?」


「計算じゃない。演技じゃない。心の底から湧き出る絶望や感情が作ったモンスター」

 

「それに勝てる人間なんていないよ」


 ゆいの言葉が胸に響く。


 ——そうだ。私は演技なんてしてない。


 本当にムカついたから怒った。本当にブタどもが大切だから守った。


 それだけだ。


「わかった。やってみる」


「よし!人生相談なら絶対勝てる!」


 ゆいが自信満々に言う。


「後は、艦長からの連絡を待つだけね。きっと向こうも対戦内容を考えてるんだろうけど」


「まあ日本のトップだからね。色々調整とか大変だと思うよ〜」


 その時だった。


 私たちの知らないところで、とんでもない会議が始まろうとしていた——


(つづく)


 ——次回「ついに艦長が動き出す。その時、銀河歌劇艦隊に集結したのは……」

 


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