78「全砲門開け!渾身のクロスカウンター」
【グローバルミュージック本社・戦略会議室】
モニターに映し出された数字を、四宮龍は静かに見つめていた。
『1日目 申込状況【20:45時点】』
1位 HANGOUT 28万人
2位 KING JOKER 24万人
3位 YOKONORI 21万人
4位 FAKE-3 9.3万人
5位 HEAVY SMILE 7.3万人
「さすがだな、鬼頭」
四宮が、振り返らずに言った。
「相手の裏をかいた、見事な戦略だ」
「恐れ入ります」
鬼頭麗香は、表情ひとつ変えずに応えた。
「彼女ならこう動くと読んでいました。付き合いも長いですから」
謙遜するでもなく、淡々と。
それが、この女の強さだった。
四宮は頷くと、ゆっくりと立ち上がった。
窓の方へと歩き、鬼頭たちに背を向ける。
眼下には、東京の夜景が広がっている。
無数の光が、まるで地上の星座のように瞬いていた。
「これはフェスの戦略、大人の戦いだ」
四宮が、ぼそりと呟いた。
「悪く思うな——」
その声は、誰に向けたものだったのか。
窓ガラスに映る四宮の表情は——どこか複雑そうに見えた。
鬼頭麗香は、その背中を見つめていた。
そして——誰にも聞こえない声で、呟く。
「鳳凰院セイラ……」
その名を口にする時、鬼頭の目がわずかに揺れた。
「あなたとこういうカタチで対立したくはなかったけど」
「これも、仕事なのよ」
鬼頭は、モニターに視線を戻した。
「今回のあなたには、データに基づく予測と戦略が足りなかった」
その声は、冷静だった。
「残念だったわね——銀河歌劇艦隊・艦長」
◆
【FAKE-3配信——残り15分】
画面の数字は、無慈悲に動き続けている。
『1日目 申込状況【20:45時点】』
1位 HANGOUT 29万人
2位 KING JOKER 26万人
3位 YOKONORI 23万人
4位 FAKE-3 9.8万人
5位 HEAVY SMILE 7.4万人
差は——埋まらないどころか、広がっている。
『だめだ、リスナーみんな申し込み終えてる』
『総力戦と動員力が仇になったか……』
『もし決勝出れなかったらどうなるん』
『三日目、誰を応援すればいいんだ……』
『まだ終わったわけじゃないだろ!』
『そうだよ!当日のパフォーマンスで挽回すればいい!』
【同接94万人】
セイラが、項垂れた。
「いや……このままグローバルミュージックの3組にチケットが偏ると、どんな良いパフォーマンスをしたとて、FAKE-3は沈むかもしれない」
その声は、震えていた。
「ごめん……アタシのせいだ」
「二日に分割しておけば、被害は最小限で済んだかも……」
『自分を責めないで艦長!』
『誰だって失敗はある!気にするなよ!』
『まだ結果はわかんないだろ!』
「くっそぉ!何年もかけて準備してきたのに——」
セイラの声が、裏返った。
「アタシのやってきた全部が、無駄だっていうのかよ……!」
私は、セイラの様子を見ていられなかった。
「セイラ!」
私は、声を張り上げた。
「まだ分かんないよ!諦めなければ、勝利の神様は見離さない!」
「だって……あんな偉そうに戦略立てて……こんな……」
「アタシの5年間は、なんだったんだよ……」
セイラの目から、涙がこぼれそうになっている。
私は——言葉を失った。
いつも強気で、不敵で、誰よりも先頭に立ってきたセイラが。
こんなに脆く崩れる姿を、初めて見た。
コメント欄も、重苦しい空気に包まれていた。
『艦長……』
『泣かないで……』
『俺たちがついてる……』
その時だった。
——突然、FAKE-3の数字が跳ね上がった。
『1日目 申込状況【20:50時点】』
1位 HANGOUT 29.4万人
2位 KING JOKER 26.3万人
3位 YOKONORI 24万人
4位 FAKE-3 18.6万人
5位 HEAVY SMILE 7.5万人
『え?』
『あれ?』
『ちょ』
『お?』
「——え?」
私の声が、裏返った。
「どういうこと? 突然10万人増えた!」
「ほんまや……一気に……」
シオンも、目を見開いている。
『なんだこれ!?』
『急に跳ねた!!』
『何が起きた!?』
コメント欄が、混乱で埋め尽くされる。
その時——モブの一人のコメントが、ひときわ大きく跳ねた。
『艦長!艦長!ライブ配信見て!』
「え? なんのライブだよ」
『銀河歌劇艦隊チャンネル!』
『ライブ配信してたみたいで!すごいことになってる!』
『同時中継繋いで!!』
「銀河歌劇艦隊……?」
セイラが、慌てて画面を切り替えた。
同時中継で、銀河歌劇艦隊のライブ配信につながる。
そこには——
三人のアバターが、並んでいた。
星野ルナ。登録者320万人。
其方アマネ。登録者268万人。
茜コハク。登録者233万人。
銀河歌劇艦隊——四天王の三人だった。
「いえーい!主砲命中⭐︎」
茜コハクが、ピースサインを掲げた。
「え……おまえら、なんで……」
セイラの声が、震えている。
「銀河歌劇艦隊——総勢830万人、参戦するでござる!」
星野ルナが、高らかに宣言した。
『うおおおおおお!!』
『四天王きたあああ!!』
『マスターズ本気出した!!』
コメント欄が、歓声で爆発する。
【同接98万人】
「え? どういうこと? いつの間に準備してたの?」
私は、混乱していた。
「やっほーYUICA⭐︎」
茜コハクが、手を振った。
「アマネが気づいてくれたからね〜。こっそり待機してたんだよ⭐︎」
「艦長の作戦を聞いた時——」
其方アマネが、静かに口を開いた。
「過去の鬼頭麗香の戦略データから予測して、1日目を狙われる危険性を察知しました」
「なので——カウンターにさらにカウンターを仕掛けるつもりで、ギリギリまで隠していたんです」
「アマネ……」
セイラの目から、涙がこぼれた。
「でも……なんで黙ってたんだよ。言ってくれれば——」
「言ったら、艦長は『自分でなんとかする』って言うでしょう?」
アマネが、静かに微笑んだ。
「いつもそうじゃないですか。全部一人で背負い込んで、私たちには何も言わないで」
「それは……」
「艦長」
星野ルナが、真剣な目でセイラを見つめた。
「アタシたちはずっと、艦長の背中を見て育ってきたでござる」
「5年間、艦長が一人で先頭に立って、道を切り開いてくれた」
「その背中を見て、アタシたちは強くなれたでござるよ」
ルナの声が、少し震えた。
「だから——今度はアタシたちが、艦長を支える番でござる」
「ルナ……」
「艦長はいつも『アタシがなんとかする』って言うけどさ〜」
茜コハクが、少し拗ねたように言った。
「たまには頼ってよ⭐︎ あたしたち、もう子供じゃないんだから」
「コハク……」
「艦長が育てたんですよ。日本一のユニット、銀河歌劇艦隊を」
アマネが、穏やかに言った。
「だから——艦長が困っている時に、なんとかするのがクルーの仕事です」
「おまえたち……」
セイラの声が、震えていた。
——5年間、ずっと一人で戦ってきたと思い込んでいた。
——誰にも頼らず、誰にも弱音を吐かず。
——完璧な艦長でいなければと、自分を追い込んできた。
でも——
気づかないうちに、この子たちは成長していた。
強くなっていた。
そして今——アタシを支えようとしてくれている。
「……バカだな、おまえら」
セイラが、涙を拭いながら笑った。
「みんなを巻き込んで、こんな勝手に動きやがって」
「それも艦長に似たんダヨー⭐︎」
コハクが、いたずらっぽく笑った。
「そうそう、勝手に動くのは艦長の専売特許でござろう?」
「うるさいな……」
でも——セイラの顔には、確かな笑顔があった。
『艦長泣いてる……』
『四天王の絆……』
『これが銀河歌劇艦隊……』
『俺も泣いてる』
「よし、みんな!残り10分だ!」
星野ルナが、声を張り上げた。
「全砲門開け! 銀河歌劇艦隊の底力、見せてやるでござるよ!」
「マスターズなめんな〜⭐︎ ぶちかませーーー!!」
茜コハクが、両手を振り上げた。
「おいコハク、分母がでかいって」
セイラが、涙を拭いながら苦笑した。
「撃てーーーーーー!!」
三人の声が揃う。
画面の数字が、さらに跳ね上がる。
『1日目 申込状況【20:53時点】』
1位 HANGOUT 29.4万人
2位 KING JOKER 26.3万人
3位 FAKE-3 25.5万人
4位 YOKONORI 24万人
5位 HEAVY SMILE 7.5万人
『3位浮上!!』
『まだ上がってる!!』
『いけるぞ!!』
【同接102万人】
◆
【グローバルミュージック本社・戦略会議室】
「FAKE-3が3位まで浮上! 終了5分前ですが、まだ勢いが止まりません!」
スタッフの声が、会議室に響いた。
「そんなバカな……」
他のスタッフたちも、驚愕の表情を浮かべている。
鬼頭麗香は——厳しい表情で、モニターを見つめていた。
「私としたことが……」
その声が、低くなる。
「其方アマネの存在を、見落としていたか」
其方アマネ。
銀河歌劇艦隊の頭脳であり、戦略立案の要。
マスターズ四天王がここまで躍進したのも、彼女のデータに基づく冷静沈着なプロモーション力によるものだということを、鬼頭は十分に理解していた。
現に、彼女の加入以後、銀河歌劇艦隊の登録者数は倍増している。
「今回は——」
四宮龍が、静かに呟いた。
「鳳凰院セイラの『実力』を、見誤ったということだな」
鬼頭が、四宮の方を見た。
「実力……ですか」
「ああ」
四宮が、モニターを見つめる。
「5年間……日本のVのトップを走り続け、重圧に耐える背中を仲間に見せ続けてきた」
「それこそが——彼女の『実力』だ」
四宮の顔には、どこか満足げな笑みが浮かんでいた。
「いいリーダーだな……」
「……四宮さん」
「面白い。これでこそ、戦い甲斐がある」
その目が、燃えている。
◆
【FAKE-3配信——21:00】
そして——
21時00分。
申し込み時間の終了を告げるアラームが、鳴り響いた。
『J-ROCKフェス2025 1日目チケット申込 最終結果』
1位 HANGOUT 31.8万人
2位 FAKE-3 31.5万人
3位 KING JOKER 27万人
4位 YOKONORI 25万人
5位 HEAVY SMILE 7.7万人
「——2位……!」
セイラの声が、震えた。
「ほぼ1位と並ぶ……31.5万人……」
『うおおおおおお!!』
『2位だ!!』
『逆転した!!』
『銀河歌劇艦隊すげえ!!』
【同接108万人】
コメント欄が、歓喜で埋め尽くされる。
モブたちとブタどもが、抱き合うように喜んでいる。
音っ子たちも、感動のコメントを流している。
『やった……やったよ……』
『みんなありがとう……』
『FAKE-3最高!!』
『銀河歌劇艦隊最高!!』
セイラが——力が抜けたように、椅子に座り込んだ。
「よかった……」
その声は、かすれていた。
「ありがとう……みんな……」
「礼を言うのは早いでござるよ、艦長」
星野ルナが、画面越しに笑った。
「そうだよ〜。本番はこれからじゃん⭐︎」
茜コハクが、ウインクした。
「でも……」
私は、ふと疑問を感じた。
「それにしても……銀河歌劇艦隊のリスナーさんたち、自分の推しじゃないFAKE-3のチケットを、よく申し込んでくれたよね」
「それは——」
星野ルナが、ニヤリと笑った。
「マスターズが、FAKE-3の1日目のチケットをゲットできた人に、四天王すべてのライブの特別優先チケットをプレゼントすることを了承してくれたからでござる」
「え? そんなこと……」
セイラが、驚いた表情を浮かべた。
「古谷部長が、すぐに動いてくれたんだよ〜⭐︎」
茜コハクが、嬉しそうに言った。
「『艦長を守るためなら、何でもする』って」
その時——
セイラのスマートフォンが、振動した。
画面を見ると——古谷部長からのLINEだった。
メッセージを開く。
そこには——
サムズアップのスタンプが、一つだけあった。
「古谷くん……」
セイラの声が、震えた。
「かっこいいこと、してんじゃないよ……」
涙が、頬を伝う。
——5年間、ずっと支えてくれていた。
——アタシが気づかないところで、みんなが動いてくれていた。
「ありがとう……ほんとに……」
『艦長泣いてる……』
『俺も泣いてる』
『みんな泣いてる』
『最高のチームだな……』
【同接112万人】
「さて——」
星野ルナが、声を張り上げた。
「これでチケット争奪戦は終わりでござる」
「あとは——本番のステージで、最高のパフォーマンスを見せるだけでござるよ」
「うん!」
茜コハクが、拳を握った。
「FAKE-3、頑張ってね⭐︎ あたしたちも、全力で応援するから!」
「ありがとう……」
セイラが、涙を拭いた。
「絶対に——最終日まで、勝ち上がってみせる」
私も、頷いた。
「うん。みんなの想いを、無駄にしない」
シオンも、小さく頷いた。
「うちも……全力で弾く」
三人の視線が、交わる。
そして——
「FAKE-3——」
セイラの声が、配信に響いた。
「J-ROCKフェス、絶対に勝つ!」
『うおおおおおお!!』
『FAKE-3!!』
『絶対勝て!!』
『最終日で会おう!!』
コメント欄が、歓声で埋め尽くされた。
チケット争奪戦——終了。
結果は、僅差の2位。
しかし——
私たちの戦いは、これからだ。
J-ROCKフェスまで、あと20日。
本当の決戦が——始まろうとしていた。
(つづく)
---
あとがき----------
四章中盤の山場「チケット争奪戦」、いかがでしたでしょうか。
この一連のエピソードで描きたかったのは、「一人で戦ってきた人間が、仲間に支えられる瞬間」でした。
さて、物語はいよいよJ-ROCKフェス本番へと向かいます。
チケット争奪戦は「前哨戦」に過ぎません。
シオンの前には、12年間の因縁を抱えたレイが待っています。
YUICAが投げかけた問い——「お前らは何を継いだ?」
その答えは、フェスのステージで出されることになります。
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
連載開始から約5ヶ月。気づけば77話、30万文字を超えました。
一章の「誤配信から始まった罵倒Vtuber」が、MCバトルを経て、ロックバンドとしてJ-ROCKフェスに挑む——我ながら、とんでもない旅路だなと思います。
でも、これは最初から決めていた道でした。
「Vtuberという偽物が、本物になる物語」
その革命の集大成が、この四章後半です。
最後まで、お付き合いいただければ幸いです。
【おまけ】
物語の中では登場しないFAKE-3の新曲も公開してますので是非
Glass Waltz / FAKE-3 (official MV)
米津玄師「JANE DOE」から受けた情緒・テーマ的インスピレーションをもとにFAKE-3のストーリーに再解釈したオリジナル楽曲です。
77話のセイラを読んだ後に聴くとグッとくるものがあるかもです。
https://youtu.be/FMHUMV4m9u4?si=XlER51TAdxIGarKk
Venom 罵倒配信 /FAKE-3
YUICAのアンチへの罵倒がメインのロックです。
当初の罵倒系Vtuberらしさが感じられるかも。
https://youtu.be/1gzE8Zm-LXE?si=QwYSAGNvnJcweZ4d




