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76「チケット争奪戦〜配信者の真骨頂だ」


【グローバルミュージック本社・戦略会議室】


 都心を一望できる高層フロアの会議室。


 重厚な円卓を囲むように、十数名の幹部とスタッフが緊張した面持ちで座っている。


 中央の大型モニターには、J-ROCKフェスの公式ロゴと、チケット販売までのカウントダウンが表示されていた。


 『販売開始まで——あと6時間』


 その前に立つ女性が、淡々と報告を続けている。


 鬼頭麗香。グローバルミュージック戦略室部長。

 40代半ば。黒いスーツに身を包み、髪を後ろできっちりとまとめた姿は、相変わらず一切の隙がない。


「以上が、現時点でのMV再生数の推移です」


 鬼頭がタブレットを操作すると、グラフが切り替わった。


 『LUNATIC EDGE新曲「BAPTISM」——1億5600万再生』

 『FAKE-3「Destiny」——3億1100万再生』


 会議室の空気が、わずかに重くなる。


「……(ダブル)スコア、ですか」


 若手スタッフの一人が、苦々しげに呟いた。


「通常であれば、1億5000万は十分な数字です」


 鬼頭の声は、冷静だった。


「しかし、対抗としてぶつけた新曲MVが、相手の半分以下では——正直、想定外でした」


 その他の参加者も口々に敗戦の弁を述べる。

 

「まさかあの叢雲と深山潔がタッグを組むとはね……」

「しかも深山監督の新作映画の主題歌に抜擢……」 

「あらゆる想定外が重なったといったところですね」

 

 そんな中、円卓の奥——一人の男が、腕を組んだまま黙っている。


 四宮龍。


 かつてZyx’sのボーカルとして伝説を築いた、音楽界の重鎮。

 今はプロデューサーとして、数々のアーティストを世に送り出してきた。

 そんな四宮にとって、これは久しぶりの戦略的な敗北だった。

 

「四宮様——」


 鬼頭が、彼の方を見る。


「いかがいたしましょうか」


 沈黙。


 四宮は、モニターに映る数字をじっと見つめている。


 その目は——どこか、遠くを見ているようだった。


「……トータルでの差は?」


 低い声が、会議室に響く。


「はい。LUNATIC EDGEの総再生数は24億。対してFAKE-3は4億」


 鬼頭が、データを表示する。


「依然として6倍の差があります。ただし——」


「ただし?」


「この1ヶ月での伸び率を見ると、FAKE-3の成長速度は異常です」


 グラフが、急角度で上昇する曲線を描いている。


「映画タイアップの発表以降、海外からのアクセスが急増しています」


「特にボーカルの鳳凰院セイラは、FAKE-3以外でも単独で15億再生の実績を持っていますので油断は出来ません」


「フェスまでに、その差は縮まると」


「追いつかれることはないでしょう。しかし楽観は出来ない状況です」


 四宮が、小さく息をついた。


「鬼頭」


「はい」


「今夜のフェスチケット販売——どう見ている?」


 鬼頭は、一瞬だけ言葉を選んだ。


「正直に申し上げますと——」


 その視線が、モニターに向く。


「ファン数では、我々が圧倒的に有利です。LUNATIC EDGEのファンベースは世界規模。日本国内だけでも、数百万単位の熱狂的支持者がいます」


「対してFAKE-3は——Vtuberという特殊なファン層。熱量は高いですが、数では我々に及びません」


「おそらくチケット購入に動くユニークファンの数でいえば、二倍近く開きがあります」

 

「しかし——」


 鬼頭の声が、わずかに低くなる。


「彼女たちには、配信者としての『動員力』があります」


「動員力?」


「リスナーを、リアルタイムで行動させる力です」


 鬼頭がタブレットを操作する。


 画面に、YUICAの過去の配信データが表示された。


「このYUICAというVtuberが厄介ですね——配信が特段上手いというわけではないのですが……視聴者に『行動』を促す能力に長けています」


「MCバトル参戦の際も、わずか3分でチケットを完売させました」


「そして今回——」


 鬼頭の目が、鋭くなる。


「つまり彼女たちが本気で『チケット争奪戦』を仕掛けてきた場合、少々侮れない結果になる可能性があります」


 四宮が、椅子から立ち上がった。


「またYUICAか……面白い」


 その声には、不思議な響きがあった。


「数字で圧倒しても、まだ油断できないとうことだな」


「はい。彼女たちは――特にYUICAは何度も想定外を起こしてきています。今回もそれが起きないとは言い切れません」


 鬼頭が、言葉を選ぶ。


「つまり『常識外』の戦い方をしかけてくる可能性が」


 四宮が、窓の方へ歩いていく。


 眼下には、東京の街並みが広がっている。


「――彼女らとの戦いは、もう始まっているということだな」


 その背中が、語りかけた。


「ならばチケット販売で、FAKE-3の出鼻を挫く。それが我々の——」


 振り返る。


「——音楽業界の――先輩としての意地だ」


 会議室に、緊張が走る。


 鬼頭が部下に目配せをする。


「例の施策の準備は?」


「すでに、ファンクラブへの優先案内を昨夜から開始しました。今夜には滞りなく」


「あの鳳凰院セイラは、頭の回る人よ。勘付かれないように――動くのはギリギリのタイミングで」


 鬼頭の素早い対応を見つめながら四宮が、拳を握る。


「今夜20時か——」


 その目が、燃えている。


「悪く思うなよ」



 ◆



【同じ頃——シオン自宅・地下スタジオ】


 私たち三人は、防音壁に囲まれた地下スタジオに集まっていた。


 シオンのギターが壁に立てかけられ、セイラのマイクスタンドが隅に置かれている。

 ここ数週間、私たちが何度も練習を重ねてきた場所だ。


 今日は、練習じゃない。

 

 作戦会議だ。


「さて——」


 セイラが、ホワイトボードの前に立った。


「今夜20時から、J-ROCKフェスのチケット販売が始まる」


 マーカーを手に取り、図を描き始める。


「まず、基本的な仕組みを整理するぞ」


 セイラの字は、意外と綺麗だ。


『J-ROCKフェスティバル2025 チケット情報』

『会場:新国立競技場』

『キャパ:8万人』

『開催:3日間』


「フェス3日間を合わせた総チケット数は25万枚だ」


 セイラが、数字を書き込んでいく。


「このうち半数——約12万枚は、すでに前売りで販売済み」


「買ったのは出場バンドが確定する前だから、いわゆる『フェス好き』層だな」


「えーと……」


 私が首を傾げる。


「じゃあ、残りの半分が今夜の争奪戦ってこと?」


「そういうこと」


 セイラが頷く。


『残りチケット:約13万枚』

『1日目:4万枚(FAKE-3出場)』

『2日目:4万枚(LUNATIC EDGE出場)』

『3日目:5万枚(決勝ステージ)』


「この13万枚を、今夜一気に販売する」


「でも——」


 シオンが、小さく声を上げた。


「1人1枚しか買えへんのやろ?」


「ああ。フェス専用アプリのID制で、完全に1人1枚限定だ」


 セイラが、スマホを見せる。


「このアプリをインストールして、本人確認を済ませないと申し込みすらできない」


「転売対策……ってやつ?」


「そう。入場時にもアプリでの本人確認があるから、チケット転売は事実上不可能」


 なるほど。

 つまり、本当にフェスを観たい人だけが、チケットを手に入れられる仕組みになっているのか。


「しかも——」


 セイラが、続ける。


「販売方法も特殊だ」


 ホワイトボードに、図を追加する。


『販売方式:完全抽選制』

『申込開始:20:00〜21:00(1時間)』

『当選発表:21:30』


「サーバーダウン対策で、先着順じゃなく抽選制になってる」


「え、じゃあ早く申し込んでも意味ないの?」


「ない。20時から21時までの1時間、申し込みを受け付けて——その後、一斉に抽選」


 セイラが、マーカーで強調する。


「重要なのは、ここだ」


 彼女が書いた文字を、私は目で追った。


『抽選配分ルール:申込人数に応じてチケットを割当』


「……どういう意味?」


「説明するわ」


 セイラが、新しい図を描き始める。


「例えば、1日目のチケット4万枚を争うとする」


「FAKE-3ファンが20万人申し込んで、他のバンドのファンが合計80万人申し込んだとしよう」


「合計100万人で、4万枚を奪い合うわけだ」


 私は頷いた。


「この時——FAKE-3ファン20万人の申込に対して、何枚のチケットが割り当てられると思う?」


「えーと……」


 私は暗算を試みる。


「20万÷100万×4万だから……8000枚?」


「正解!」


 セイラが、数字を書き込む。


「つまり、申し込み人数の『比率』に応じて、チケットが各バンドのファンに配分されるんだ」


「あっ、そういうこと……!」


 私は、ようやく仕組みを理解した。


「より多くのファンが申し込めば、より多くのチケットが確保できるってことね」


「そう。単純な話——動員力がモノを言う」


 セイラが、腕を組む。


「申込の行動を起こすLUNATIC EDGEのファンは、少なく見積もっても100万人規模」


「こちらのファンは登録者数だけなら合計1000万人だが……全員がチケット買うわけじゃない」


「アタシのこれまでライブの数字から算出したところ、だいたい5%が購入行動を起こすファンの実数ってところだ」


 セイラの分析は、冷静で現実的だった。


「じゃあ実際にチケットを申し込んでくれるFAKE-3の戦力は最大50万人くらいってことか」


「つまりLUNATIC EDGEとガチンコでチケットを奪い合ったら、アタシたちは数で押し負ける」


「……そうやんな」


 シオンの声が、沈む。


「しかも——」


 セイラが、続ける。


「前にも説明したけど、最終日の3日目に出場できるのは、1日目と2日目それぞれの投票で3位以内に入った計6バンドだけだ」


 つまり——


 1日目に出場しても、投票で3位以内に入れなければ、最終日のステージには立てない。

 それは前にも聞いたので理解してる。


「LUNATIC EDGEは2日目出場。あいつらの実力なら、3位以内は確実」


「つまり——最終日には、必ずあいつらがいる」

「でも最終日に残れなければ、あいつらと勝負すらできないってことだ」

 

 私は、事態の深刻さを理解した。


「じゃあ、初日に投票できるチケットを多くゲット出来ないと試合になもらないってことか……」


 セイラが、頷く。

 

「そういうことだ」

 

「ただ、半分は純粋なフェスのファンだから、やってみないとわからないところはある」

「とはいえ票が読めるファンの存在はかなりでかいし、会場の盛り上がり方が全然違うんだよ」


「フェスやから、そこは大きいね」


「とにかく1日目で3位以内に入って、最終日であいつらと直接対決——それが、私たちの最低条件だ」


 重い沈黙が、スタジオに落ちた。


 そして——


 

「じゃあ、今夜のチケット販売は……」


 

 私が口を開く。


「私たちのファンを、1日目と3日目に均等に分散させて——」


「待て」


 セイラが、手を上げた。


「そう思うだろ?アタシも最初はそう考えてた」


「違うの?」


「ああ。アタシの作戦は——」


 セイラが、マーカーを握り直す。


 そして、大きな文字で書いた。


 『ここだ!3日目に、全リスナーパワーを投入する』


「……え?」


 私とシオンが、同時に声を上げた。


「ちょ、ちょっと待って!」


 私は、慌てて反論する。


「3日目って、最終日でしょ?私たちが出るのは1日目なのに——」


「なんで3日目にファンを集中させるの?」


 セイラが、私たちを見た。


 その目は——どこまでも冷静だった。


「理由は三つある」


 セイラが、指を立てる。


「まず一つ目——LUNATIC EDGEの購入力はアタシたちの二倍。分散すれば1日目は安心だが、三日目は数で負ける」


「そうか、LUNATIC EDGEのファンは二日目と三日目に別れてチケットを狙ってくるものね」


「うっ……たしかに三日目は確実に数で負けるやん」


 母数の差ってやつだ。こればっかりは蓄積の差だから埋めようがない。


「しかも、あいつらのファンは『音楽ファン』だ。フェスに行くことに慣れてる層が多い」


「対してアタシらのリスナーは——正直、『配信を見る』『Vのライブに参加する』ことには慣れてても、『ロックフェスに行く』ことには慣れてない奴も多い」


 セイラの分析は、容赦がなかった。


「だから、同じように二日に分散してしまうと——どうしても数で押し負ける可能性が高いんだよ」


「それは……そうかもしれないけど……」


 私は、まだ納得できなかった。


「でも、3日目に集中させたって——私たちが最終日に進めなかったら意味ないじゃん」


「そこが二つ目の理由だ」


 セイラが、私を見た。


「1日目は——アタシらの実力で勝負する」


「実力……?」


「アタシらは、合計4億再生を叩き出した。『Destiny』だけで3億を超えてる」


「この曲を聴きたい、このバンドを生で見たいと思ってくれる『新規ファン』は——確実に増えてるはずだ」


 セイラの声に、力が籠もる。

 

「幸い、LUNATIC EDGEのファンは1日目を購入しない」


「前売りチケットを買った4万人の中にも、『FAKE-3を見たい』と思ってくれる人間もいるかもしれないし、演奏に満足すれば忖度無しで投票してくれる可能性だってある」



「つまり——」


 セイラが、拳を握る。


「1日目は、『曲の力』と『ステージの力』で、新規ファンを掴む。そしてギリギリでもいいから3位以内に入って、最終日に進む」


「つまり勝つためには3日目——」


 セイラの目が、燃えた。


「そこに、全リスナーパワーをぶつけるしかないんだよ」


 私は、ようやくセイラの意図を理解した。


「……なるほど」


「——最終日のチケット争奪戦に全力でいけば、数でもLUNATIC EDGEに拮抗するってことか!」


「そうだよ。あいつらのファンとも、互角に張り合える」



 私は——セイラの作戦の全貌を、ようやく理解した。


 1日目は、実力勝負。

 3日目は、実力&ファンの勝負。


 それぞれの戦いに、それぞれの戦略で挑む。


「でも……」


 シオンが、小さく声を上げた。


「50万人も……本当に、動いてくれるやろか……」

 

「だって、1日目の方がチケット買える可能性高いわけやん」


 

「それが——三つ目」


 セイラが、ホワイトボードに最後の図を描いた。


「あとは、アタシらの戦力50万人をどうやって3日目へ誘導するか——」


 セイラが、笑った。



「アタシらVtuberは、配信のプロだ!そこだけは奴らより上なんだよ」


「つまりここからが、配信者の真骨頂だ」


 セイラが、私を見た。

 その目は——どこまでも真剣だった。


「YUICA」


「……なに」


「おまえの出番だ」


 私は——頷いた。


「わかってる」


 そう。


 これは、数字の勝負じゃない。


 リスナーの心を、どれだけ動かせるか。

 その一点だけが、勝敗を分ける。


「今夜——」


 私は、立ち上がった。


「最高の配信を、やるよ」


 セイラが、笑った。


「ああ。期待してる」


 シオンも、頷いた。


「うちも……できることは、なんでもやる」


 三人の視線が、交わる。


 窓の外では、夕陽が沈みかけている。


 チケット販売まで——あと4時間。


 私たちの、新しい戦いが始まろうとしていた。


(つづく)


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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 戦いは既に始まってる…って所ですね、当たり前の話ですが。此方の最終日に全力を注ぐという作戦、向こうに読まれてるか否かで話はだいぶ変わって来ますが…果たして? それでは今日はこの…
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