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75「屍の告白と七年の返礼」


【出版社本社・大会議室前】


 私は、山之内部長と田村さんと合流した。


「美咲ちゃん、緊張してる?」


 田村さんが、いつもの柔らかい笑顔で聞いてくる。


「……してないって言ったら、嘘になりますね」


「大丈夫よ。今回は数字が全部を語ってくれる」


 山之内部長が、静かに言った。


 その目には、七年分の覚悟が宿っている。


「さあ行きましょう」


 重厚な扉が、開かれた。



 ◇



 大会議室は、すでに人で埋まっていた。


 社長をはじめ、錚々たる顔ぶれ。

 役員たちの視線が、入室した私たちに集まる。


 自分たちの席に向かう途中——城ヶ崎常務の脇を通った。


 山之内部長は、一瞥もせずそのまま通り過ぎる。


 城ヶ崎常務が、私の顔を見た。


 一瞬、目が合う。


 そして——何事もなかったように、顔をそらした。


 私は、その横顔を見つめながら思った。


 ——今日で、終わりにしてやる。


 席に着く。報告会が始まった。



 ◇



 山之内部長が、立ち上がった。


「NEO AVATAR PROJECTの成果報告を行います」


 モニターに、数字が映し出される。


「MV二曲——『Revolt.』と『Destiny』。合計再生数は、本日までに目標の三億再生に到達しました!」


 会議室が、わずかにざわめく。


「一ヶ月という期限内での達成です。約束通り、プロジェクトの継続を、この役員会にて正式に承認お願いいたします」


 山之内部長の声は、静かだが力強い。


「まず——この成果が示すものについて、お話しさせてください」


 彼女は、一歩前に出た。


「私たちが目指すべきは、単なる数字ではありません」


「重要なのは——この出版社が、デジタルメディア時代においてどう生き残るか。そして、どう文化を創造していくかです」


 山之内部長の目が、役員たちを見渡す。


「Vtuberというコンテンツは、まだ黎明期にあります。しかし、その可能性は計り知れない」


「彼女たち——YUICAとFAKE-3は、私たちにそれを証明してくれました」


「一ヶ月で三億再生。これは日本の音楽コンテンツとしては稀有であり、前代未聞の数字です」


「しかも——組織的なネガティブキャンペーンを受けながら、です」


 その言葉に、会議室の空気が張り詰めた。


 城ヶ崎常務の表情は、変わらない。


「私たちは、この成功を足がかりに、さらなる展開を目指します」


「出版社が自らデジタルメディアとなり、新しい文化を発信していく——その第一歩が、今ここにあります」


 山之内部長が、深く一礼した。


「以上です」


 沈黙。


 そして——城ヶ崎派閥と呼ばれる役員の一人、佐伯部長が手を挙げた。



 ◇



「確かに、今回は運良く成功したようですが」


 佐伯部長の声には、明らかな皮肉が混じっている。


「デジタルコンテンツは、賞味期限も早い。動画、小説、漫画——さまざまなコンテンツが素人やプロを問わず、毎日恐ろしい速さで生産され、消費されている」


 彼は、書類をめくりながら続けた。


「つまり、そんな消費財のようなコンテンツが、数年後も必要とされるか疑問がありますね。本当に投資に値するのでしょうか」


 山之内部長が、応じる。


「そういう懸念があるのは理解しています。今は混沌の時期でしょう」


「しかし——そんな中から、輝く光を掬い上げることにこそ、我々の存在価値があるのではないでしょうか」


「私たちがその目を磨き、時代を変革するような文化やコンテンツが誕生する可能性に賭け投資する。それが、我々出版社の使命だと考えます」


 

 すると、もう一人の城ヶ崎派——山添部長も手を挙げた。


 

「数字を追い求めることに執着するデジタルコンテンツの未来に、私は共感を持てません」


 山添部長の声は、硬い。


「今やほぼ全てのプラットフォームが、アクセス数を得ることが主目的となっている。発信者もリワードを優先する。その結果、デジタルコンテンツはどんどんテンプレート化しているではないですか」


「SNSを調査しても、配信者や作家、そして視聴者も含め、数字の話題ばかりだ」


「これを純粋に文化と言えるのか? 五年後、十年後に振り返っても読みたくなる、触れたくなる——そんなコンテンツを残していくことこそ、我々出版の人間がやるべき仕事ではないのですか?」


 山之内部長は、静かに頷いた。


「おっしゃる通り、模倣やテンプレート的な作品が生まれる土壌は存在します」


「しかし——それはデジタルに限ったことではない。どんな時代も、どんなメディアやコンテンツにおいても起こりうる事象です」


「重要なのは、我々メディアを扱う側が、数値だけを重視する罠に陥らないこと」


 山之内部長の目が、鋭くなった。


「もちろんVtuberコンテンツにもテンプレートはあります」


「しかし——私たちが推すYUICAは、FAKE-3は、唯一無二です」


「どんな主流にも属さない。常識に当てはまらない。悪い言い方をすれば、欠陥だらけのアーティスト」


「でも——それが多くの人々の心を鷲掴みにするのも事実なのです」


「一ヶ月で三億再生という前代未聞の結果を得たのは、その個性ゆえです」


 会議室が、静まり返った。


 

 その時——私は、手を挙げていた。



 ◇



「発言を、よろしいでしょうか」


 社長が、頷いた。


「田中くんだったね。許可する」


 私は、立ち上がった。


 心臓が、激しく打っている。

 でも——声は、震えなかった。


「私たちのチームは、失敗すれば解散というリスクを背負って戦いました」


 会議室の視線が、私に集まる。


 

「そして結果として——それに打ち勝った」


 沈黙。


 私は、城ヶ崎常務の方を向いた。


「であれば——同じく『失敗する』と踏んで、そのリスクを背負った側も、しっかりケジメをつけてもらわないと——」


「——釣り合いませんよね……城ヶ崎常務」


 

 会議室に、緊張が走った。


 

「あなた、私に言いましたよね」


 私の声が、低くなる。


「『このネズミ』と」


「そして——もし三億再生を突破したら、ここで土下座すると」


 

 沈黙。


 

 城ヶ崎常務は、無表情で私を見つめている。


「あの約束……果たしていただけますよね」


 会議室が一気にざわめく。


「だれだあの女性社員は?」

「常務に土下座しろだろ?!」

「そんなこと、ゆるされるのか」

「そんな口約束を守る必要なんてない」

 

 会議室に動揺が走る中、沈黙していた城ヶ崎常務が、立ち上がった。


 その瞬間、周囲の空気が、凍りついた。


 

「まさか……」

「どうするつもりだ」

「反論するんだろう」


 城ヶ崎派の役員たちが、慌てて口を開こうとする。


「城ヶ崎常務、こんなの相手にする必要は——」


 佐伯部長が止めようと立ち上がり熱弁する。


「そもそも、二曲で三億再生という結果には納得できません。本来は一曲で達成すべきで、MVも二つになってコストも二倍かかっている」


「私は、この合わせ技で達成したことを成果とは安易に認められません」


 

 すると山之内部長が、静かに応じた。


 

「ほう……一曲で三億再生なら、納得されると?」


「数字が全てではないとはいえ、数字は嘘をつきませんからね」


 

 佐伯部長が、胸を張る。



 山之内部長の口角が、わずかに上がった。


「では——こちらをご覧ください」


 彼女がノートPCを操作すると、モニターにYouTubeの画面が映し出された。


 MVの再生数。


 最新の数字——


 『Revolt.』——1億2300万再生。


 そして——


 『Destiny』——3億800万再生。


 会議室が、ざわめいた。


「会議が始まる直前に『Destiny』単独で三億再生を突破しました」


 山之内部長の声は、静かだが、どこか勝ち誇っている。


「合計は——四億三千万再生」


 彼女は、佐伯部長を見た。


「さて……数字は嘘をついていませんけれども」


「納得されましたか?」


 

 佐伯部長の顔が、蒼白になった。


 

 沈黙。


 

 その時——城ヶ崎常務が、口を開いた。



 ◇



「……話させてくれ」


 城ヶ崎常務の声は、低く、そして静かだった。


 会議室の全員が、彼を見た。


「……七年前。

 

 私は当時、デジタル部門で——

この会社で初めてのVtuberプロジェクトを立ち上げた」



 会議室に、驚きの空気が広がる。



「デジタルコンテンツの台頭を確信し、紙文化にこだわる守旧派と真っ向から戦った。社内の大反対を押しのけて、プロジェクトを発足させた」


 城ヶ崎常務の声が、かすれる。


「その可能性を——誰よりも信じていた」


「……しかし、結果は惨敗だった」


 沈黙。


「私は、失敗した。そして——変わった」


「今までにないコンテンツを生み出すという情熱を捨て、冷徹な計算だけで動く人間になった」


 城ヶ崎常務が、山之内部長を見た。


「山之内は——あの時のプロジェクトのスタッフだったな」


 山之内部長の目が、わずかに揺れる。


「私が諦めた計画を、彼女は七年間、ずっと追い続けていた」


「そして——今日、成し遂げた」


 城ヶ崎常務が、深く息を吐いた。


「今回のネガティブキャンペーン……あれは、私の指示だ」


 会議室が、ざわめいた。


「山之内の暴走を、止めようとした。希望を早めに打ち砕き、最小限の損失で済むように……」


「……いや、違うな。これは嘘だ」


 城ヶ崎常務の声が、震える。


「私は——山之内が、眩しかったんだと思う」


「夢を見続けている。可能性を信じている。情熱だけで突き進もうとしている」


「その姿が——かつての自分を思い出させて、辛かった」


 城ヶ崎常務が、私を見た。


「田中美咲……。君の名前は以前から知っていたよ」

「あの日は、失礼なことを言って悪かった」


 

「私の目が曇っていた。何も見えていなかった。でもやっと見えてきた——」


 

「君が、そうだったんだな」


 

 私は、城ヶ崎常務を真っ直ぐ見返した。

 あの当時のVtuberを見出したってことは、かなりの眼力と先見を持った人だ。

 優秀だったはず。


 おそらく彼は今、私がYUICAだと気づいている。


 やっと、目から鱗が落ちたのだろうか。

 でも、もう遅い。

 

 

「どんな事情があるにせよ——一度発した言葉は、取り消せませんよ。常務」


「私たちは、生きるか死ぬかを潜り抜けて、今ここに立ってるんです」


「あなたも、ケジメをつけてください」


「逃げた自分に。

 

七年前のあなたに。


そして——山之内部長に」


 

 城ヶ崎常務は、何も言わなかった。


 ただ——静かに歩き出した。


 山之内部長の席の近くへ。


 そして——静かに、膝をついた。


 会議室に、沈黙が落ちる。


「城ヶ崎常務……!」


 役員や部下たちが驚愕する中——城ヶ崎常務の額が、床についた。



 床に額が触れた瞬間——

 会議室から、一切の呼吸音が消えた。

 

 だれも動けない。

 だれも言葉を発せない。



 常務の、土下座。



 だが——その姿に、屈辱の色はなかった。



「約束通りだ」



 低く、しかし澄んだ声。


 山之内部長が、静かに言った。



「城ヶ崎さん、頭を上げてください」


「私は——そんな謝罪をいただくために、頑張ってきたわけじゃありません」



 城ヶ崎常務が、顔を上げる。


「これは、謝罪でもあり——」


 その目には、七年ぶりの光が宿っていた。


「私の過去を証明してくれた……君への、返礼だ」


 そういうと再び、床に頭をつけた。

 

 ——なぜだろう。私にはその絵が美しく見えた。


 山之内部長は、何も言わなかった。


 ただ、静かに微笑んでいた。


 その目に、うっすらと涙が滲んでいる。


「……お帰りなさい、城ヶ崎さん」


 七年間、凍りついていた男の心が——今、溶け始めていた。



 社長が、静かに立ち上がった。


「……城ヶ崎くん、山之内くん。そして田中くん」


「君たちの覚悟は、よくわかった」


「皆さんに私からもお願いしたい。NEO AVATAR PROJECT——全会一致で、継続を承認してほしい」



 こうしてプロジェクトは、全会一致で承認された。




 ◇



 報告会が終わった後——私は、会議室の外で山之内部長と二人きりになった。


「美咲さん……ありがとう」


 山之内部長の声が、震えている。


「あなたがいなければ——この日は、来なかった」


「いえ……私は、何も」


「謙遜しないで」


「7年前、私はあの人の背中を見ていたわ」


「誰よりも先を見ていた人。誰よりも早く走ろうとした人。

そして——誰よりも深く、傷ついた人。

私がここまで来られたのは、あの背中があったから」



 山之内部長が、私の手を握った。


「あなたが——YUICAが、私たちを導いてくれた。夢を叶えてくれた」


「七年間、信じ続けてよかった——」


 その目から、涙がこぼれた。


「本当に……ありがとう」


 私は——何も言えなかった。


 ただ、山之内部長の手を、握り返した。


 窓の外では、東京の空が青く晴れ渡っていた。



 ◇



【同日・午後・都内某病院】


 一方その頃——セイラは、病院にいた。


 診察室。白衣の医師が、カルテを見ながら眉をひそめている。


「鳳凰院さん……この解熱剤は……最後の砦です。これ以上強い薬は、医者として処方できない」


「ありがとうございます。前のはほとんど効かなくなって困ってたんですよ」


 明るく答えるセイラに医者は真面目な顔をする。


「……徐々に効かなくなるのは、あなたの常習性のせいです」


「やめられない、とまらないってやつですね。あはは」


「ふざけないでください!」


 医師の声が、厳しくなる。


「これはペンニードル型の解熱消炎剤。本来は発作的症状を抑えるための命綱です、普通の解熱では処方されないものです。こんなものを使い続けたら——」


「わかってます。十分わかってますから」


 セイラが、医師の言葉を遮った。


「でも——今は、止まれないんです。止まるわけにはいかない」


「鳳凰院さん——」


「あと少しなんです。もう少しで、親友とあのステージに立てる」


 セイラの目が、真剣になる。


「J-ROCKフェスまで、あと三週間。そこまでは——絶対に、止まらない」


 医師が、深いため息をついた。


「……わかりました。ただし、条件があります」


「条件?」


「ペンニードル解熱消炎剤を使うのは1日に一回だけと約束してください。あなたの体型体格からしてもそれが限界量です」


「ちなみに二回使うと……どうなるんです?



「——おそらくショック状態に陥り、気を失います」


「失った後は?」


「運が良ければ薬が効いて数分後に目が醒めるかもしれません。しかし最悪の場合——」


「命の保障はできません」


 医師が、セイラを真っ直ぐ見た。



 ——やっぱりそうか。覚悟はしていたけど。



「たとえライブ中であっても……絶対にやめてください。命より大切なものなどないです」


 セイラは、しばらく黙っていた。


 そして——静かに、頷いた。


「……わかりました。大丈夫ですよ。そこまでバカじゃないですから」

 

「その時は熱出したまま歌いますよ。あはは」


 

 医師が、苦笑した。


「本当に——あなたは頑固な患者さんです」


「褒め言葉ですよね。それ」


 セイラが、立ち上がる。


「先生、ありがとう。あと三週間——がんばるんで」


 診察室を出る。


 廊下を歩きながら、セイラは窓の外を見た。


 ——あと三週間。


 ——そこまでは、絶対に倒れない。


 その決意を胸に——セイラは、病院を後にした。


 そしてYUICAとシオンにメッセージを送る。



『明日のフェスチケット販売前に話がある』


YUICA『どうしたの?』

シオン『なんなん?』


『アタシらのリスナー1000万パワーで、チケット争奪大作戦をやるぞ』


(つづく)



次回……「これが配信者の真骨頂じゃ」


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