74「憤怒のYUICA〜嵐の前の静けさ」
レイの投稿は、火種だった。
『J-ROCKフェスで会おう。俺が「本物」を教えてやる。——特に、シオン。お前にはな。』
この一言で、鎮火しかけていたアンチたちが息を吹き返した。
『やっぱりVtuberは偽物』
『本物のミュージシャンに喧嘩売るから』
『LUNATIC EDGEに潰されろ』
『シオンとかいうの、レイに名指しされてて草』
前回の仕掛けられたネガティブキャンペーンとは違う、生々しい悪意。
「本物」の権威を持つレイが発言したことで、アンチたちは正当性を得たかのように暴れ始めた。
そして——レイは、さらに追い打ちをかけた。
二度目の投稿。
『補足しておく。志音——いや、「シオン」か。彼女は俺と、彼女の父親との約束を忘れて、Vtuberに逃げた。MV見たけど、ギターソロもボーカルのコーラスに助けられてる。全然ダメだ。だからフェスで引導を渡してやる。——これは俺なりの、ケジメだから。』
この投稿が、決定打になった。
『レイが技術的にダメ出ししてるwww』
『ギターソロ助けられてるの事実じゃん』
『シオン、メンタル持つの?』
『約束忘れて逃げたとか最低だな』
『Vtuberに逃げたwww』
レイの言葉は、ただの煽りではなかった。
「内部事情を知る者」としての、具体的な指摘。
それがアンチたちに「根拠」を与え、攻撃はより陰湿に、より的確に、シオンを狙い撃ちにした。
【松濤・シオン自宅 地下スタジオ】
シオンは、スマホを握りしめたまま動けなかった。
画面には、レイの投稿。そして、無数のリプライ。
『約束忘れて逃げた』
『ギターソロ助けられてる』
『技術も全然ダメ』
——全部、本当のことや。
シオンの手が、震える。
レイの言葉は、誰よりも深く刺さった。
他人の悪意なら、まだ耐えられる。
でも——レイは、知っている。
あの日の約束を。父の死を。そして、シオンが何から逃げてきたのかを。
その「知っている人間」からの言葉だから、逃げ場がない。
私とセイラはシオンの隣に立っていた。
「シオン」
セイラが最初に声をかけた。
「……ごめん。またうちのせいで、FAKE-3が叩かれてる」
シオンの声が、かすれた。
「おまえのせいじゃないって」
セイラが、静かに首を振る。
「でもあいつ……なんであそこまでやるんだ?」
「レイは……うちを憎んでるんや」
「あの日……あのライブの前に、レイと約束したんや。……15年後、二人でZyx'sの跡を継いで、一緒にステージに立とうって……」
「……その約束を、守られへんかったから」
シオンの目は涙ぐんでいる。
でも彼女は、涙をこぼさないように必死に耐えている。
「そう逃げた……その通りや。うち、四宮のおじさんからの誘いも、レイの励ましも、全部無視してきた……」
「お前は——逃げたわけじゃないだろ……」
セイラが、シオンの方を掴んだ。
「完璧になっていくレイに、今のままの自分じゃ、ふさわしくないって思ってたんだろ」
シオンが、小さく頷いた。
「……うん。ギターソロが弾けへんままじゃ、迷惑になるから……」
「……お父さんらの代わりなんて、出来へんて思ったから」
シオンが顔をあげて天井を見つめる。
そうやって涙が落ちるのを必死で堪えてる。
「……レイはどんどん上手くなっていくのに、うちは止まったままで……何度やってもギターソロが止まってしまうから……」
「だったら!お前は悪くないだろうが!」
セイラの声が、強くなる。
「あいつが勝手に暴走してるだけだ。お前のせいじゃないのに」
「でも、レイが言ってることは——本当だから……」
「関係ない……」
私の声が、二人の会話を遮った。
低く、静かで——そして、怒りに満ちていた。
「YUICA……?」
「私は、あいつを許さない」
自分でもわかる。私は怒っている。
たぶん目も、据わっている。
「あいつは、シオンを傷つけた。事情を知ってるくせに、わざと抉った」
「でも、それはうちのせいでも——」
「関係ないって……言っただろ」
「でも」
「シオン。ちょっと黙ってな」
私はスマホを操作しはじめる。
「おい、何する気だ」
セイラが眉をひそめる。
「生配信を告知する」
「は?今から?」
「シオン、このPC借りるよ」
「YUICA……」
「あの親子に、言ってやらなきゃ気が済まない」
【1時間後 YUICA 緊急生配信】
深夜の突然の配信。
通知を見たブタどもと野次馬が、続々と集まってくる。
——同接数12万人。
『え、こんな時間に何事?』
『なんかあった?まさかレイの?』
『あちゃ、YUICAの表情がやばい』
『初手から怒ってますやん……』
『正座して聞きますのでどうぞ!』
私は、YUICAはカメラを真っ直ぐ見つめた。
「見た?LUNATIC EDGEの投稿」
『見た見た』
『シオンちゃんボロクソ言われてた』
『アンチ暴れてるね』
『まあ怒るよね、お嬢の性格からして』
「はい、怒ってます」
私の声が、低くなる。
「こう見えて、自分が何か言われるのって全然平気なんだよね」
「実際に36歳の独女だし、陰キャだし、素人だし、すぐキレるし、人間的にも未熟だと思うし」
『だれもそこまで言ってない』
『あなたの自己肯定感は、ほんと終わってますよね』
『まあ口は悪いけど。でもそれがいい』
『でも本当は優しいの知ってるし』
『確かに、最近ディスられてキレてるのは見たことないね』
「でも——」
私の目に、炎が灯る。
「仲間に手を出されたなら、話は別なんだよ」
『おっおっおっブヒ』
『来た来た来た』
『檄怒りモードYUICAか!』
『おいおい茶化すな、これマジのパターンよ』
『久々に見たこの顔』
『おれ、漏れそう』
「四宮龍。レイ。聞いてるか」
もはや敬語が、消えていた。
「お前ら、シオンのこと……よく知ってるよな?」
『うわぁ、口調変わった』
『やばい本気だ、こえぇぇ』
『おれのYUICA戻ってきた』
『あかんやつだこれ』
「『約束忘れて逃げた』?『全然ダメ』?——よくもそんなことが言えたな」
私の声が、低く震える。怒りがこもる。
「シオンはな——父親が目の前で死んだんだよ」
沈黙。
「11歳の子供が、5万人の観客の前で、父親が倒れるのを見たんだ」
「彼は燃え尽きた?……でもな、そんなの子供にはわかんないんだよ……」
「四宮龍……あんたもその場にいた。わかってんだろ」
「レイ、お前もそこにいたんだろ」
『……』
『重い』
『YUICAの言葉刺さる』
「シオンは好きで隠れたじゃねえだろ!」
「苦しんで、苦しんで……それでも今立ち上がって、また音楽をやろうとしてる。どれだけの勇気がいるか、わかるか」
「わかるのか?いや——分かってんだよな!」
「なのにお前は——『ソロが弾けない』?『全然ダメ』?『引導を渡す』?」
私は、カメラを覗き込むように近づく。
YUICAの顔が画面いっぱいになり、その燃えるピンク色の瞳が視聴者を睨む。
「風間和志は本物だった。ステージですべての魂を燃やした……なのにお前らは」
「何が『完璧』だよ?」
「何が『本物』だよ?」
『うおおおお、美しい』
『ブチギレYUICAや……最高です』
『言ってやれ!俺の代わりに言ってくれ!』
『何を言ってもブタは支えます』
『いけぇ!お嬢、ぶちかませ!』
「——そんなもんのために、あの人は死んだのか?」
「違うだろ!」
「あの人が命をかけて残したものって——そんな陳腐な価値観じゃねえだろ!」
私の拳が、震えている。
脳裏に、婆の後ろ姿がフラッシュバックする。
「違うだろうが……」
『継ぐのは技術じゃない、魂だ』婆の言葉がよぎる。
「あの人は、音楽を愛してた」
「伝えたいものがあったから、最後までステージを降りずに、全力で弾いたんだよ」
「残った奴が、その想いを継がないなら——」
「私たちは、何のために生きてるんだ!」
「何のために、生き残ってるんだよ!」
『泣ける……』
『YUICAの言葉重い』
『お嬢が言うと、効くわ』
『四宮親子聞いてるか』
「シオンは継いでる。不完全でも、傷だらけでも、それでもまた音を出そうとしてる」
「お前らこそ……『完璧』の殻に閉じこもって、何を継いだ?」
「血筋か?技術か?権威か?——そこに魂はあるのかよ……」
長い沈黙。
コメント欄も、止まった。
「ふざけんな……」
「いいかレイ、一度発した言葉と時間は、戻らない」
「だったら、私からも言ってやる」
私は再び、カメラを睨みつけた。
「フェスで待っとけ」
「『本物』が何か——私らが教えてやる」
『やっちまえYUICA!!』
『FAKE-3!FAKE-3!』
『ブヒイイイイイ!!』
その時——
「待って」
シオンが、YUICAの隣に立った。
「うちも……ちょっと言っていいかな」
『シオンちゃん!?』
『来た』
『泣きそう』
シオンの手は震えている。でも、目は真っ直ぐカメラを見ていた。
「レイ……聞いてくれてる?」
「うちは、ずっと逃げてた。あんたからも、約束からも」
「ほんま……ごめんな……」
シオンの声が、かすれる。
「でも——うちは今、ここにおる」
「FAKE-3で、お父さんの音を継ごうとしてる」
「うち、あの日から止まったままやけど……あんたは技術も、実績も完璧やと思う」
シオンの目に、光が宿る。
「でもあの日、あれから、あんたは何を継いだん?」
「あんたのいう『完璧な本物』の中に、あんたの魂はあるん?」
「あんたが正しいなら……うちにそれを見せてよ」
「ステージで……J-ROCKで!」
「それだけや……」
『シオンちゃん……』
『成長してる』
『二人とも泣かせにくる』
セイラが、後ろから歩み出た。
「アタシにも言わせろ」
『キター!艦長!!』
『三人揃った!!』
『おお!FAKE-3だ!」
「四宮龍が育てたLUNATIC EDGE。そしてレイ」
「お前らが『本物』だってのは認めてやる。技術も、実績も、確かに本物だ」
「でもな——」
セイラが、不敵に笑った。
「『偽物』が『本物』を喰ったら、どうなるんだ?」
「これはダーウィンだ。生物の、進化の戦いだ」
「どっちが最後に生き残るか——」
「——フェスを楽しみにしとけよ」
『艦長の煽りスキル健在』
『これは宣戦布告』
『J-ROCKフェス絶対見る』
三人が、カメラの前に並んだ。
私は、最後に言った。
「偽物だ?本物だ?ガタガタうるせえんだよ」
「私たちは、何からも逃げない」
「不完全でも、傷だらけでも、震えながらでも、ステージに立って証明してやる」
「それでもまだ騒ぐなら——」
「覚悟しとけよ」
こうして、配信は終了した。
【同時刻・赤坂・四宮龍の個人スタジオ】
四宮龍は、スマホの画面を見つめていた。
YUICAの配信。その録画が、リピートされている。
『生き残った奴が、それを継がないなら——何のために生きてるんだ!』
その言葉が、胸を抉る。
——俺は、魂を継いだのかだと?
四宮の手が、震えた。
隣室で、レイも画面を見ていた。
その顔には、何の表情も浮かんでいない。
だが——その目だけが、わずかに揺れていた。
『あんたは、何を継いだん?』『あんたの魂はあるん?』
シオンの声が、脳裏に響く。
沈黙。
空間に、空調の音だけが耳鳴りのように響いている。
その夜——
レイのSNSは、沈黙した。
結局反論も、何も投稿しなかった。
あれだけ勢いづいていたアンチたちも、急速に静まり返った。
まるでYUICAの言葉が、すべてを焼き尽くしたかのように。
『#YUICAの逆襲』
『#魂を継げ』
『#J_ROCKフェス決戦』
ハッシュタグはトレンドに残り続けたが、それに対する反論は——驚くほど少なかった。
ネットの住人たちは、その沈黙の意味を様々に推測した。
『無視してるんじゃね?』
『いや、刺さったんだろ。あれは効いてる』
『四宮龍、和志のこと言われたら何も言えないだろ』
『レイも黙ってるってことは……病んでるかもな』
答えは、誰にもわからない。
ただ——嵐の前の静けさのように、世論は数日間、不気味なほど静かになった。
配信から5日後。
私の叫びは、MVの再生数も加速させた。
『YUICAの言葉聞いて、もう一回聴きたくなった』
『シオンのギター、泣けてくる』
『FAKE-3応援する。フェスで見届ける』
そして——静かに、その瞬間は訪れた。
『Destiny』——2億1000万再生。
『Revolt.』——9200万再生。
合計——3億200万再生。
ついに目標達成。
【その日の朝・田中家】
私はスマホの画面を見つめていた。
合計3億再生突破。
その数字が、現実のものとは思えなかった。
ゆいが、後ろから覗き込む。
「お姉ちゃん……やったね」
「……うん」
声が、かすれた。
「さっき流唯くんから、おめでとうってメッセージ来てたよ」
「うん。お礼伝えといて。彼の曲のおかげだからね」
二人で、しばらく画面を見つめていた。
涙が出そうになったけど、堪えた。
まだ、終わってない。
◇
二日後、私は自分が勤める出版社に向かっていた。
なぜなら今日は——NEO AVATAR PROJECTの成果を評価する社内成果報告会。
社長をはじめとした会社の全役員と、あの城ヶ崎常務も出席する。
私も今日は、出席を許されている。
大会議の前の広間にある椅子に座り、窓から見える、朝の東京の景色をぼんやりと眺めていた。
もう結果はわかっている、私たちの大勝利。
不可能と言われた1ヶ月で3億再生を、達成したのだから。
もちろん自分ひとりの成果じゃない。
深山監督が、叢雲が、山之内部長が、田村さんが——そしてメンバーみんなが信じて賭けてくれた革命。
そう、全員で成し遂げたんだ。
でも——
今日はそれだけじゃ、おさまらない。
私は、あの日のことを思い出す。
城ヶ崎常務が、山之内部長を見下すように言った言葉。
NEO AVATARを潰そうとした、あの冷たい目。
そして——私と城ヶ崎との、あの約束。
『3億を超えたら、山之内部長に土下座してくださいね』
私の拳が、握りしめられる。
——城ヶ崎にどんな事情があったかは知らない。
そんなことは関係ない。
大切な仲間たちを陥れようとしたケジメは、きっちりつけてもらう。
——さあ、行こう。
——最後の仕上げだ。
(つづく)
次回——「屍の告白と七年の返礼」




