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72「本物たちの証明」

【出版社本社・山之内のオフィス】


 山之内は、モニターに映るネガティブキャンペーンの嵐を見ながら、静かに微笑んでいた。


「そうくると思ってたわよ。城ヶ崎さん」


 コーヒーカップを傾けながら、彼女は呟いた。


 画面には、トレンド入りしたハッシュタグが並んでいる。


 『#Vtuberの限界』

 『#合成だ騙されるな』

 『#過大評価』


 組織的に投下されたネガティブコメント。

 Vtuberの弱点を突く、的確な攻撃。


「——七年前、自分がされた事を、こんな形で生かすなんてね」


 山之内は、城ヶ崎の過去を知る数少ない一人だった。


 七年前、彼女はまだ平社員だった。

 城ヶ崎のVtuberプロジェクトに、末端のスタッフとして参加していた。


 あの頃の城ヶ崎は、今とは違った。

 デジタルコンテンツの台頭を確信し、紙文化にこだわる守旧派と真っ向から戦っていた。


 そして、社内の大反対を押しのけてVtuberプロジェクトを発足。その可能性を誰よりも信じ、情熱を燃やしていた。

 

 その姿に、山之内は憧れていた。

 自分もいつか彼のように、プロジェクトの先頭に立って、常識に凝り固まったこの会社で革命を起こしたい。


 そんな志を抱きながら、プロジェクトに尽力した。

 

 だが、結果は惨敗だった。

 山之内が知る限り、初めて見る城ヶ崎の失敗。


 その日から、城ヶ崎は変わった。

 情熱を捨て、冷徹な計算だけで動く人間になった。


 山之内は、その変貌が悲しかった。

 もっと自分に知恵と実力があれば、彼をもっと支えられる人材だったなら、もしかして結果は違っていたのではないか。


 そう考え、自分を責めた。

 

 そしていつからか、その時の城ヶ崎の判断が、選択が間違いではなかったと——


 自分たちの努力と情熱は正しかったと——


「私が、必ず証明してみせる」


 その覚悟と決意が——山之内を、今ここに立たせているのだ。


 ◇


「山之内部長、各所から問い合わせが殺到しています」


 田村が、険しい顔で報告する。


「再生数の伸びが鈍化。SNSでのネガティブ意見が急増。スポンサーからも懸念の声が——」


「想定内よ」


 山之内は、落ち着いた声で答えた。


「え?」


「デジタルメディア戦略室……アンチバフメソッド」


「何ですか?それ」


 首を傾げる田村に、山之内は笑って見せた。

 

「これは作られた世論よ。そして、彼がこのやり方で妨害してくることも……最初から読んでいたわ」


 そう言うと山之内は、デスクの引き出しから一枚のUSBメモリを取り出した。


「この騒動の仕掛け人は……Vtuberに詳しい。だからこそ、巧みに弱点を突いてくる」


「『本物じゃない』『合成だ』『中の人は誰だ』——Vtuberが常に抱える疑念。嘘という地盤の上に建てた楼閣。そう煽り立てる」


「確かに……見事なまでにハマってますなぁ」


「ええ。教科書通りの完璧な戦略よ。さすがといったところね」


「ああ、やっぱりあの人ですか」


 田村が、困惑した顔で山之内を見ている。


「でも——」


 山之内の口角が、上がった。


「確かに、あの人はVtuberに詳しい」


「でもね——私を誰だと思ってるのかしら」


 山之内は、立ち上がった。


「現役でYUICAを推してる……このガチ勢である私を、甘く見てもらっちゃ困るわね」


「部長、なんか悪い顔してまっせ」


 田村がゴクリと唾を飲む。

 山之内が窓の外を見つめながら拳を握る。

 

「Vtuberに詳しい?笑わせないで……」

 

「こっちはね、推しに人生かけてんのよ」


 そう言うとUSBメモリをPCに挿入し、フォルダから動画を再生する。


「部長、これってあの日の……」

 

「孫子曰く——『善く戦う者は、之を勢に求めて、人に責めず』」


 山之内が、動画を見ながら言った。


「敵の勢いを借りる。それが兵法の極意よ」


「敵の……勢いを?」


「今回のネガティブキャンペーンのおかげで、『この演奏が本物かどうか』が世間の最大の関心事になった」


 山之内が、振り返る。


「つまり——『本物である事を証明すれば』……巨大なうねりとなった逆風が——」


「——ひっくり返って、そのまま追い風になる」


 そう言ってノートPCをパタンと閉じる。

 

「ならこの証明動画……公開する場所やタイミングも重要ですなぁ」


 田村が腕を組んで何度かうなずく。


「深山監督のライブ配信インタビューが、1時間後に開始予定よ……そこで、この爆弾を放つわ」

 

 山之内は、USBメモリを抜くと、待機していたスタッフに声をかけた。


「この動画を深山監督に送って」


「はい!」


 スタッフがメモリを受け取り自分のデスクへ走っていく。


「まさか部長は……あの常務の戦略を最初から利用するつもりで……これを準備しとったんでっか……?」


「当然でしょう」


 山之内が、微笑んだ。


「私がどれだけ長く、この日のために準備してきたと思ってるの?」


 山之内はふと遠くを見る。


「あの日から——7年よ。……長かったわ」


 ——でも、皮肉なものね。

 ——これは、あの人の正しさの証明でもあるのだから。


「これは私からの……かつて尊敬した上司への——お礼参りよ」


 ◇


【同日・都内某所・深山潔の事務所】


 深山潔は、カメラの前に座っていた。


 某大手音楽メディアからの緊急インタビュー。

 異例の速さでセッティングされた取材だった。


「深山監督、単刀直入にお聞きします」


 記者が、メモを見ながら言った。


「FAKE-3のMVについて、『合成だ』『口パクだ』という声が上がっています。これについて、どうお考えですか?」


 深山は、静かに笑った。


「あの音源がライブだってことは、俺が保証する」


「本当にライブ、ですか?」


「ああ。しかも——両曲とも、ファーストテイクだ」


 記者の目が、見開かれた。


「ファーストテイク……最初の一発録りということですか?」


「そうだ。『Revolt』も『Destiny』も、一発撮り。編集なし、加工なし」


「でも、カット割とかカメラとか、結構切り替わってませんか?」


「それがVtuberコンテンツの面白いところだよ」


「と言いますと?」


「音源とモーションは一発撮りだが、一度アンリアルエンジンに取り込まれたライブデータは、後からカメラや動きを変更することができるんだ」


※アンリアルエンジン(ゲームや映像を作るための高性能なソフトウェア。特にリアルタイム再生に優れ、建築や映画も含め世界中で使われている)


 深山が、不敵に笑う。


「なら——見せてあげようか」


 深山は、PCを操作した。

 すると画面に、FAKE-3のアバター3.0がDestinyを歌う映像が流れ始めた。


「これは今、ゲームと同じように撮影した状況がリアルタイムで3D再生されている。そしてこれが動きを設定したカメラスイッチャー」


 そう言うと、深山は音楽のタイミングに合わせてカメラを次々とスイッチングしていく。


 YUICAのラップのみを捉えるカメラ。

 セイラの表情に寄ったカメラ。

 シオンのギターソロをダイナミックに捉えたカメラ。


 まるでライブ映像配信を見ているかのように画面が切り替わり、様々なアングルで彼女らを映し出す。


「俺は映像作家だ。嘘は映像で暴かれる。だから俺は、映像に嘘をつかない」


「カメラアングルがいくつも使えるというのは理解できました。でも、結局はアバターですし、中の人がライブで歌っているかはわかりませんよね」


 すると深山はため息をつくように頭を振ると、いつもの掴みどころのない笑顔を見せる。

 

「これは、さっき送られてきた動画だ。制作陣が、別室で俺たちの撮影の様子を確認するために定点カメラで撮影していた映像らしい。つまりあの日の記録だ」


 そう言うと画面に、その映像が流れ始めた。


 スタジオの全景。

 バーチャルプロダクションのLED画面を背景に、カメラが複数台、様々な角度から撮影している。


 中央に、FAKE-3の三人。

 リアルタイムでアバターが重ねられていて、中の人の正体は分からないが、彼女らに指示を出す深山潔は確実にその場に居たことがわかる。


 そして——深山の声が響く。


『ここで音楽を聞いて、この撮影を俺がやるか決める……間違いないよね?』

『はい』

『ただしノンストップ。つまりカメラを止めない』

『本番一発撮りか……』

『ONE TAKEに出演した時を思い出すな』


 生々しい現場のやりとり。

 その様子には一切の演出がなく、誰が見ても聞いても生の音声だった。


『なんで、そんな撮り方を?』

『本物の瞬間は、一度しか訪れないからだよ』

『じゃあファーストテイク撮影、始めるよ』


 三人が、頷く。


 セイラが、マイクを握る。

 シオンが、ギターを構える。

 YUICAが、目を閉じる。


 そして——


 イントロが始まり、MVと全く同じ声、パフォーマンス、演奏が定点カメラで確認できる。


 まさしく完全ノーカット。正真正銘のワンテイク。

 

 あのMVで世界を震撼させた演奏が、生まれる瞬間がシュールなほど客観的に映っていた。


「これが真実だ」


 深山が、カメラを真っ直ぐ見つめた。


「彼女たちは本物だ。技術も、感情も、魂も——すべてが本物だ」


「偽物なのは——名前だけだな。……いや、シオンに関しては本名かな」


 記者が、息を呑んだ。


「監督……なぜ、ここまでFAKE-3に肩入れを?」


「肩入れ?」


 深山が、首を傾げた。


「違うな。俺は——本物を見つけたから、撮っただけだ」


「本物を……」


「俺は狂った映像作家だ。本物にしか興味が湧かない人間だ」


 どこか狂気じみた目で見つめてくる深山に、記者はゴクリと唾を飲む。

 

「でも皆が知ってるように、俺は実写にだけ本物が宿るなんて陳腐な価値観は持ってない。アニメだろうがアバターだろうが、魂があればそれは本物なんだよ」


「そして俺は、あの三人の中に——本物を見た」


「それを世界に届けたいと思った。それだけだ」


 深山は、立ち上がった。


「さあ、これで証明は終わりだ」


「あとは——世界が判断すればいい」


 ◇


 インタビューが公開された瞬間、ネットが爆発した。

 特に偽物疑惑で盛り上がっていたネット界隈では、切り抜き動画となって深山の言葉が急速に拡散されていった。

 

『深山監督がファーストテイクを証言!』

『メイキング映像公開! FAKE-3は本物だった!』

『あの演奏がワンテイク? 化け物かよ……』


 ネガティブキャンペーンの波が、一気に反転していく。


 『#Vtuberの限界』は『#Vtuberの革命』に塗り替えられた。


 『#合成だ騙されるな』は『#本物だった』に押し流された。


 深山潔という「本物の証人」が、すべてを覆したのだ。


 ◇


【同時刻・スナック韻】


 カウンターの中には、銀色の髪、感情の乏しい美しくクールな顔で、静かにグラスを磨くミスティ。


 その面前には、複数のMCが集まっていた。

 

 プロラッパー。MCバトルの猛者たち。


 かつてYUICAと戦い、あるいは共に韻を踏んだ仲間たち。


「見たか、深山のインタビュー」


「ああ。あれで『合成音声』とか言ってた奴ら、黙るだろ」


「でもよ——」


 一人が、スマホを掲げた。


「まだYUICAのラップを『素人』とか言ってる奴がいる」


「は? MCバトルTOKYO優勝者を素人?」


「Vtuberだからって舐めてんだよ」


 沈黙が、流れた。


 そして——店の奥から、一人の男が立ち上がった。

 スーツにネクタイ、メガネをかけたサラリーマン。

 MC-CODAMA。

 

「……やるか」


「何を?」


「俺らが証明すんだよ。YUICAがどんだけヤベえか」


「お得意の解説動画か?」


「皆でやろう。プロの目から見た、YUICAの技術分析でもいいし、何ならあいつに喧嘩ふっかけてアンサー求めるでもいい」


 するとTAKAKESHIが立ち上がる。

 

「じゃあ俺はフロウ、ライミング、マルチタスク——再現しながら解説してやる」


 続いてSAKIが立ち上がる。


「あたしは、ここで8人とラップで人生相談かましたYUICAの狂人エピソードをTikTokで暴露するわ」


「じゃあ俺はYUICA姉貴の配信にバトル凸だ!」

 

「いいね!俺もそれやるわ」

 

 MCたちの目に、火が灯った。


「面白え。乗った」


「俺も!」


 その夜——


 プロラッパーたちによる「YUICA徹底解説動画」が、次々とアップロードされた。


 ◇


『YUICAのフロウ解説してみた』——再生数48万

『プロが分析するYUICAのライミング技術』——再生数62万

『MCバトルTOKYO決勝を元チャンピオンが解説』——再生数89万


 ヒップホップ界隈から、証言の嵐が巻き起こった。


『こいつはガチ。Vtuberとか関係ない、本物のMCだ』

『このマルチタスク能力は訓練だけじゃ身につかない。才能だよ』

『正直、俺より上手い。悔しいけど認めるわ』


 そしてある夜——YUICAの『人生相談』生配信に、プロMCたちが次々と「相談凸」を仕掛けた。

 もちろん、ラップというやり方で。


 ラッパーがフリースタイルで質問し、ラップで返すというその様子は瞬く間に切り抜かれ、拡散され、ミーム化した。


 ラップを知らない者でも、一つだけ分かることがあった。


 —— YUICAが、本物のMCたちと対等に渡り合っていたということ。


 こうしてFAKE-3自身が「偽物疑惑」を自ら否定することなく、「周囲の本物の声」が、ネガティブキャンペーンを次々と打ち消していく。


 そしてネットの潮目は完全に変わった。



 だが、深山潔の「証明」は、まだ終わっていなかった。


 

【深山潔 最新作トレイラー公開】


 

 暗転した画面に、製作委員会のロゴが浮かび上がる。

 続いて、東宝、アニプレックスといった名だたる企業のロゴ。

 

 そして——

 圧倒的な映像美で描かれた、未来都市となった東京の街並み。

 

 その中を駆ける、少年と少女のアニメーション。

 

 ——深山潔・最新作

 『英雄は四月に死ぬ』特報映像

 

 息を呑むようなクオリティ。前作で興行収入100億を達成した奇才深山監督が作り上げていた新作映画の全貌が、世界で初めて明かされた。

 

 そして、その映像に乗せて流れてきたのは——

 

 “ねぇ ねぇ ねぇ 君を探してた”


 

 FAKE-3の『Destiny』だった。


 

 セイラの透明感のある歌声が、深山の映像美と完璧にリンクする。

 YUICAのラップが、疾走するアクションシーンに重なる。

 シオンのギターが、感情の高ぶりを煽る。

 

 それは、「ネットの流行歌」ではなく、「映画の主題歌」としての風格を纏っていた。

 

 映像の最後、タイトルロゴと共に表示された文字。


 『主題歌:FAKE-3 「Destiny」』


 公開配信をライブで見ていた全世界の数百万人の多くが、初めてその存在を知った。


 応援してたファンは言葉を失った。

 

 コメント欄が、一瞬止まる。

 そして——

 

『うおおおおお!!!』

『深山の新作!?主題歌になった!?』

『マジかよ……社会現象確定じゃん』

『これもうVtuberの枠超えてるだろ』

『鳥肌止まんねぇ』

『映画館で聴きたい!!』

 

 まさに決定打。

 ここでもう議論のフェーズが完全に変わった。

 

 「本物か偽物か」なんていう低次元な話ではない。

 

 「この映画が来年最大のヒット作になるかどうか」

——そんなメジャーシーンの話題へと、一気に昇華されたのだ。


 ◇


 

【印刷会社本社・役員フロア】

 

 城ヶ崎常務の執務室。

 

 モニターに映し出されたグラフは、もはや「急上昇」という言葉では生温かった。

 

 垂直に近い角度で、再生数が跳ね上がっていく。

 

 公開から2週間が経った現在、Destiny単独で1億4000万再生。Revolt.もそれに引っ張られ8000万再生。


 合計ですでに2億再生を超えていた。


 この勢いを保てば、チケット販売となる2週間後までに目標の3億再生に到達する可能性が高い。

 

 特に映画の特報公開からわずか数時間で、グローバルアクセスが急増し、再生数は倍増していた。

 

 SNSのトレンドは『#深山新作』『#FAKE3主題歌』で埋め尽くされ、ネガティブキャンペーンのハッシュタグなど、見る影もなく押し流されていた。

 

 城ヶ崎のスマホが鳴る。

 デジタル戦略室からの報告だ。

 

『……常務。もう、止められません』

 

 部下の声は震えていた。

 

『アンチコメントが……称賛のコメントの量に飲み込まれて、表示すらされません。依頼していたインフルエンサーたちも、手のひらを返して映画の話題に切り替えています』

 

『これ以上の工作は……逆効果です。不自然さが際立つと情報源の信用問題に発展しかねません」

 

 城ヶ崎は、無言で通話を切るとスマホをデスクに置いた。


 ——完敗だ。

 

 数字。戦略。権威。

 彼が信じてきた「大人の武器」は、圧倒的な「作品の力」の前に、無力だった。

 

 城ヶ崎は、モニターを見つめた。

 そこに映るのは、映画の特報映像。

 タイムリープで世界の崩壊を止めようとする少年とヒロインが、奇跡の出会いで手を取り合う瞬間。

 

 そして、響き渡る『Destiny』の旋律。

 

「……美しいな」

 

 ふと、口から漏れた。

 それは、敗北者の言葉ではなかった。


 そこには7年前……彼が夢見た景色があった。

 

 Vtuberという新しい存在が、アニメや映画などのメジャーカルチャーと融合し、世界を変える——そんな未来。

 

 自分が諦め、捨て去り、憎んですらいたその理想を、山之内は——FAKE-3は、実現してみせたのだ。

 

 城ヶ崎の目から、力が抜ける。

 

 張り詰めていた糸が切れたように、彼は椅子に深く沈み込んだ。

 

 悔しさは、ある。

 だが、それ以上に——

 

 胸の奥に広がっていたのは、奇妙な安堵感だった。

 

「ずっと信じていたのか……本当に、おまえはバカな女だ」

 

 城ヶ崎は、自嘲気味に笑った。

 

「俺の屍を、超えていきやがった」

 

 彼は、手元の資料を閉じた。

 

 そこには『FAKE-3 ネガティヴカウンター案』と書かれている。

 

 城ヶ崎はそれを、無言でシュレッダーにかけた。


 紙片が、雪のように落ちていく。

 

 それは、彼の七年間の呪縛が、終わりを告げる音でもあった。


 ◇


 

【都内某所・レコーディングスタジオ】

 

 重厚な防音扉の向こう。

 最高級の機材が揃えられたスタジオで、二人の男がモニターを見つめていた。

 

 四宮龍。

 そして——LUNATIC EDGEのボーカル、レイ。

 

 画面の中では、FAKE-3のMVと、映画の特報が流れている。

 世間の熱狂ぶりを伝えるニュースフィードが、次々と更新されていく。

 

「……良い曲だな」

 

 四宮が、シオンのギターに合わせてわずかに身体を揺らしながら言った。

 

「小手先の妨害など、実力でねじ伏せた。それでこそ……和志の娘だ」

 

 その声は、弾んでいた。

 まるでFAKE-3が評価されたことを喜ぶかのような響き。

 

 隣に立つレイは、無表情のまま四宮の様子を見つめていた。

 

 だが、その瞳の奥には、冷たい青い炎が燃えている。

 

「レイ」

 

 四宮が声をかける。

 

「どう思う?」

 

「……なぜ嬉しそうな顔をしてるの?父さん」


 四宮は一瞬戸惑った表情を浮かべた。


「嬉しいわけがないだろう、MVの再生数も負けているんだからな」

 

 するとレイが、静かに答える。

 

「曲も、映像も、戦略も。……認めますよ、彼女たちは『本気』だ」

 

 そしてレイは画面に背を向け歩き出す。

 

「でも——本物じゃない」

 

 スタジオのマイクスタンドを掴む。

 

「個々が感情の昂ぶりに頼りすぎてる。これでは再現性が低い。つまりプロフェッショナルじゃない」

 

 レイの声に、鋭利な刃物のような冷気が混じる。

 

「俺が、それを証明してみせる。そしてシオンの選択を——今の彼女を確実に潰す」

 

 レイが、口角をわずかに上げた。

 いや、動作としては笑っていない。

 だが、四宮龍の目にはそう見えた。

 

 その表情は、美しく、そして残酷だった。


「シオンを壊すだと?」

 

「そうだよ」


「そんな事を指示した覚えはないぞ」

 

「指示?何を言ってるんだい」

 

「これは俺の——意思だよ」

 

 レイが、拳を握る。

 

「あの『偽物』たちが、俺の『本物』の音を浴びて——」

「そのメッキが剥がれ落ちる瞬間を、楽しみにしててよ」

 

 四宮龍は、その時不穏な胸騒ぎを感じた。

 しかし、威厳を保つようにゆっくりと静かに応えた。


「ああ、教えてやれ」

「音楽とは——命の削り合いだということを」

 

 スタジオのスピーカーから、LUNATIC EDGEの新曲が爆音で鳴り響く。

 

 それは、FAKE-3への——死刑宣告のような轟音だった。



 ◇



 FAKE-3による革命の第一波は成功した。


 だが、その先には——

 音楽界最強の刺客が、牙を研いで待っていた。

 

(つづく)

 

 次回——「壊れたカリスマ」

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 万策尽きて素直に負けを認めた城ヶ崎氏のように、第一印象最悪だけど心の底からの悪党は居ないんですよねこの作品。何故主役側と敵対するのか、その骨子がきちんとしてるというか。 まぁリア…
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