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64「反抗と運命の歌」

 

【翌日明朝・シオン宅の地下スタジオ】


 私たちは、運命に選ばれたんじゃない。

 自分で選んだんだ。


 戦うことを。そして——前に進むことを。


 最後のサビ。


「Revolt! 傷が光に変わる……」


 私の目から、涙が溢れた。


 でも、手は止まらない。


 アウトロ。最後の一行。


「Fake? なら見せてやるよ。"偽物"が世界ステージを変える瞬間を。—— Revolt.」


 

 ——完成した。


 私は、時計を見た。なんとか夜明け前に間に合った。


 おそらく外は暁……英語でいうところのDAWN。


 夜明け前の、最も空が暗いとされる刹那。


 でもそれは、少しずつ世界が太陽で明るくなっていく吉兆とも言われている。


 ——この時間に仕上がったのも、何か意味があるように感じる。




「……できたよ」


 

 私の声に、三人が飛び起きた。


 ソファで仮眠していた三人が、駆け寄ってくる。


「ほんと?!」


「見せて!」


 私は、画面を三人に見せた。


 曲名:Revolt. 反抗


 歌詞が、びっしりと並んでいる。


 イントロから始まる、挑発的な言葉——



【Intro:女性ラッパー】

 

 Fake? Laugh? — 上等だよ。

 名前だけで測る声なんて

 ここにいる三人の"始まり"になるだけ。


 Hello, world —— 革命、始めるよ。



 セイラが、読み始める。


 その目が、大きく見開かれていく。


「これは……挑発的だな。まさに反抗って感じだ」


 セイラの声が震える。


 そして次のバースへと目を移す。


 ”名前の影に震えた少女

 天才の呪いを背負った声

 全部ひっくるめて、今ここにある

 これが三人の birth”



「"痛みを隠して笑った days"……」


 シオンがこのパートに視線を落とす。

 そして、息を呑んだ。


 ”あの日の音 胸の奥でまだ泣いてる

 逃げたくない でも怖かった

 ギターを持つ手が震えても

 それでも……弾きたかった”



「これ……」


 シオンの目から、涙が溢れた。


「うちのことや……」


「うん」


 私が頷く。


「あなたの痛みを、言葉にした」


 ゆいが、後半のラップパートを読む。


 ”才能? 運命? そんなもん知らん

 選ぶのは自分、that's real plan

 

 倒れたって 立てば winner

 信じた仲間がいる 三人だ

 

 見てろよ この世界のセンサー

 撃ち抜いてやる revolution trigger”



 ゆいの手が震えている。


「お姉ちゃん……これ……」


「そう……私たちの物語だよ」


 私が言う。


「偽物だと言われて続けた、私たちの物語」


 セイラが、最後のサビとなる自分のコーラスを読む。


”Revolt! 傷が光に変わる

 “偽物”と言われた日々も

 私たちをここへ導く

 反逆の星座になる


 Revolt! 心が震えるなら

 もうそれは本物なんだよ

 私たち三人の魂が

 世界ステージを撃ち抜く!"


 沈黙。


 四人は、画面を見つめたまま動けなかった。


 そして——


 セイラが、もう一度最初から読み始めた。


 声に出して。ゆっくりと。


「Fake? Laugh? — 上等だよ」


 シオンが続ける。


「名前だけで測る声なんて、ここにいる三人の"始まり"になるだけ」


 ゆいも声を重ねる。


「Hello, world —— 革命、始めるよ」


 そして——


 セイラが私を抱きしめた。


「YUICA……これは、アタシたちの歌だ」

「FAKE-3の……世界への反抗……宣戦布告だな」


 シオンも頷く。


「そうやね……革命の歌や……」


 ゆいが、涙を拭いながら笑った。


 そして——私と拳を、合わせた。


 

 ◇



 私たちは、さっそく2曲に自分たちの演奏と声を入れてみることにした。


 まず、Revolt・反抗。


 私の歌詞が画面に表示される。


 シオンがDAWツールを起動し収録モードにする。そしてギターとガイドトラックをオフにして再生ボタンを押す。


 爆音が、スタジオを揺らす。


「Fake? Laugh? — 上等だよ!」


 私のラップが、ビートに乗る。


 初めて自分の言葉を、音楽に乗せる感覚。


 ——これが、ラップ。これが、私の武器。


「Revolt! 偽物は牙をむく——」


 セイラのボーカルが、力強く響く。


 そして——


 シオンのギターが、轟音を立てて割り込んでくる。


 初めて合わせたはずなのに、全てが噛み合っている。


 ——やっぱりこれは、私たちのために生まれた曲なんだ。


 曲が終わる。


 四人は、顔を見合わせた。


「……すごい」


 セイラが呟く。


「初めてとは思えない……」


 次に、Destiny・孤独の星。


 優しく、切ない旋律。運命の歌。


 "ねぇ ねぇ ねぇ 君を探してた"


 私とセイラの声が重なる。


 シオンのギターが、繊細に絡み合う。


 2曲を通してそれぞれが演奏し歌い終えて——


 四人は、確信した。


 最高の曲だ。


 だからこそもっと精度を上げて、世界に届けるんだ。


「だいたい掴めたな。練習……始めよう」


 セイラが言った。


「できれば今週中にレコーディングまで終わらせたい!」


「うん」

 

 私とシオンが頷く。


 

 ◇



 その日の夕方。


 セイラが汗を拭きながらどかりとソファーに座る。


「よし……今日はこれくらいにしよう。大体思った通りに仕上がったしな」


「そうだね。もっと合わせたいけど、キリがないね」


 私はペットボトルの水を飲みながら返事をする。


「じゃあ、今のテイクでいったんwavに落とすね」 

 

 シオンがPCに向かい、いそいそと作業を進める。

  

 深く考えなくても、だいたい思った通りにボーカル、ラップと演奏が乗ってくるのはさすが叢雲の作った曲って感じだ。


 彼がヒットメーカーなのは、歌い手の魂を引き出すような曲作りになっているからだと実感していた。

 

「音声ファイル、今すぐ叢雲くんに……送ろう!」


 シオンが頷いて、ゆいに歌詞のファイルを転送する。


 そしてゆいがスマホで叢雲に送信する。


 四人は、じっと画面を見つめた。


 10分後。


 返事が来た。


『素晴らしいよ。これで、FAKE-3の二曲が完成だね』


『「Fake? なら見せてやるよ」——この一行に、全てが込められてる』


『君たちなら、世界を変えられる。少なくとも僕はそう確信してる』


『この曲で革命を、起こしてくれ』


 それを読んで四人で、顔を見合わせる。



「起こすぞ!FAKE-3の革命を!」


 セイラの掛け声に残りの3人が「おお!」と声を上げる。

 

 

「フェスの最終チケット販売まで、残り20日。流唯くんが稼いでくれた猶予を活かす意味でも、少しでも早くMVでリリースしなきゃね」


 ゆいが真剣な顔で私たちを見渡す。


 ——そう、曲ができてからもやることが山ほどある。

 

 ——でも、待てよ。


 私は、ふと気づいた。

 


「ねえ、そういえばMV制作って……どうするの?」


 

 三人が、動きを止める。


 セイラの表情に緊張感が走る。


「そうなんだよ。曲ができても、MVがなきゃ意味がない」


 セイラが顔をしかめる。


「マスターズでも当たってるんだが、実力ある制作チームはスケジュールが埋まってて。つまり……急なオーダーには対応できないらしい……」


「そりゃ……この期間でやれる会社も限られるよね……」


 シオンが不安そうに言う。


 沈黙。


 そう、この計画は、何をするにも時間との戦いだ。


 20日後のチケット販売までにMVを作って、リリースして、しかもバズらせなきゃならないのだ。


 でも、どうすれば——


「あ!」


 ゆいが声を上げた。


「そうだ、FAKE-3のMVの撮影は、山之内部長が任せて欲しいって言ってたよ!」


「山之内部長が?」


 私が驚く。


「うん、なんでも最高の企画を準備してるからって」


 ——そういえば。


 私の曲、『フェイクスター』の時も山之内部長の作ったMVとマルチ戦略で大ヒットしたんだった。


 あの人のセンスと実行力は、本物だ。


「でも……時間的に猶予がないけど、大丈夫かな?」


 セイラが心配そうに言う。


「さっそく連絡してみる!」


 ゆいがスマホを取り出す。


 ブタPとして、山之内部長にメッセージを送る。


 私たちは、その間も練習を続けた。


 Revolt!のラップパート。


 Destinyのボーカルパート。


 シオンのギター。


 何度も何度も繰り返す。


 そして——


 ピロン。


 ゆいのスマホが鳴った。


「来た!山之内部長から返事!」


 ゆいが画面を見る。


 その目が、大きく見開かれた。


「なんて?」


 セイラが聞く。


「えっと……」


 ゆいが、メッセージを読み上げる。


『了解!FAKE-3のMV制作、全力で引き受けるわ!Yo!』


『これはまさに赤壁の戦い!』


『曹操の80万の大軍に対し、孔明と周瑜がわずか3万の兵で火攻めによって勝利した、歴史的一戦!』


『時間との戦いなのよね?なら諸葛孔明の"風を読む"戦略で、この戦を勝利に導く!』


『うちのチームで三日以内に撮影の準備、場所、制作スタッフも揃える!』


『条件として、ライブパフォーマンスを撮影させてほしい!それなら2日で仕上げられるわ!』


『Yo! 孔明の知略で、必ずや勝利を!』


 ——Yo!?


 私たちは、顔を見合わせた。


「山之内部長……相変わらずだな。でも三日で準備するとか……とんでもないこと言ってたけど」


 セイラが苦笑する。


「あの人ならやると思う。変な人だけど、仕事の面では誰よりも頼りになる」


 私が言う。


「……きっと最高のMVを作ってくれる」


「3日後か……しかもライブ撮影か」


 シオンが呟く。


「つまりそれまでに……うちらも仕上げなあかんね」


「うん。そういうことになるね」


 ゆいが頷く。


「まあ、今に始まったことじゃないだろ。明日からまた地獄の特訓だ」


 セイラが言った。



 革命と運命の二曲。


 3日後のパフォーマンスで、私たちの運命が決まる。



 ◇


 

【翌日の夜・自宅】


 

 連夜の練習を終えて、自宅に戻った私は——スマホの画面を見つめていた。


 山之内部長からのメッセージ。


『田中さん、お疲れ様です!』


『こちら準備は順調です』

『明日、NEO AVATAR PROJECT部署に来ていただけますか?』

『撮影前日なので、一緒に撮影香盤の確認をしたいです!』


 ※撮影香盤(業界用語:脚本とは別に映像撮影現場の制作スタッフや演者の出入り衣装・小道具なども含めた撮影スケジュールと詳細をまとめたもの)


 

『午前10時にお待ちしています!Yo!』


 ——つまり明日。


 私は、会社に行かなければならない。


 もちろん、田中美咲として。


 NEO AVATAR PROJECTのスタッフとしてだ。


 そうなのだ——


 本来の田中美咲の仕事はNEO AVATAR PROJECTを進行させること。



 現在私は今、会社にはYUICAである正体を隠していて、YUICAを支援するプロジェクトの責任者として立ち回ってる。


 「……っていうか、ここ最近は練習で休んでばっかりだから申し訳ないな」


 私は呟いた。


 でも、それ以上に——


 胸の奥に、別の感情が湧き上がってくる。

 


 山之内部長。

 


 あの人は、私たちFAKE-3のために親身に動いてくれている。


 三日でMVの撮影準備を整えると言ったけど、それがどれだけ大変なことか、私にもわかる。


 山之内部長だけじゃない。

 おそらく——私以外のチームが総動員で駆け回ってるに違いない。


 下手すると、連日徹夜かもしれない。


 すべては、YUICAのために。



 「……やっぱり明日は、必ず行かなきゃ」

 


 私は呟いた。


 でももし——

 

 撮影当日、FAKE-3と一緒に香盤を進行する役割を任されたら、どうすればいいんだろう。

 いや、これまでの経緯を考えたらそうなる可能性が高い。

 だからこそ、前日に香盤を一緒にチェックしたのだ。


 でもそれは不可能だ——


  ——私は、彼らに嘘をついている。


 なぜなら、YUICAと田中美咲は、同一人物。


 つまり、同じ空間に、同時に存在することは出来ないからだ。


 

 ——その時は、休む?誤魔化す?嘘を重ねる?

 

 

 もうそろそろ正体を、明かすべきなのかもしれない——


 ——このまま、嘘をつき続けてよいのかな……


 彼らと接する度に、その事実が……私の胸を刺す。


 

 でも——

 


 彼らは「YUICA」の活躍に社運を、自分たちの人生をかけているのだ。


 皆がYUICAをデジタル時代の寵児として、カリスマとして、その才能を信じきっている。


 私「田中美咲」は、あくまでYUICAとの交渉を任された人材としてしか認知されていない。

 


 もし、その中身が、自分たちと共に働いているスタッフのひとりだと知ったら。

 


 そのモチベーションを支える“YUICAの幻想”は、崩れてしまうのかもしれない。

 


 真実を伝えた先に何が待っているのか。

 

 私にはわからない。


 最悪の場合、これまで築いた全ての信頼と成果を、失うかもしれない。

 

 


 私は、スマホを握りしめたまま、ベッドに横になった。


 窓の外には、三日月。


 その光が、部屋をぼんやりと照らしている。


 

 ——朝、出社する前に、ゆいに相談しよう。



 この日は目を閉じても、眠れなかった。



(つづく)



 次回——「赤壁前夜──崩れゆく壁と、真実を明かす決断」



 

 Revolt 反抗

 https://youtu.be/ghzdzuQHjAQ


 FAKE-3のデビュー曲を実際にMVにしてみました。

 元々映像を作るのが得意なので、今回はけっこう力いれてます。

 雰囲気をつかめたら、音楽小説の臨場感が高まるかもしれません。


 


 

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