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63「神曲・降臨」

【三日後・シオンの自宅地下スタジオ】


 広々とした防音スタジオに、四人が集まっていた。


 美咲、ゆい、セイラ、シオン。


 FAKE-3のメンバーとプロデューサーが揃っている。


 壁一面に貼られた吸音材。中央の高性能スピーカーシステム。ここなら、どれだけ大音量で音楽を流しても外には漏れない。


 全員の視線が、ミキサー卓の上に置かれたゆいのスマホに注がれている。


「……まだ、来ない?」


 セイラが緊張した声で聞く。


「うん……でも、流唯くんは必ず守ってくれるはず」


 ゆいが答える。その声も、少し震えていた。


 三日前、叢雲流唯は「三日で仕上げる」と約束した。今日がその三日目。午前中には必ず送ると言っていたが、普通に考えてそんな短時間でラップとロックが融合した楽曲を仕上げるなど至難の業だ。


 本当に間に合うのか、誰もが不安に想っていた。


「今だに信じられないんだが。あの叢雲がこんな無茶苦茶な企画に応じるなんてな……」


 セイラがゆいの顔を見つめる。


 

「そうだよね……あたしだって同じ心境だからね」

 

「でも、ほんまに大丈夫かな……」


 

 シオンが小さく呟く。

 

「だな、三日で曲を作るなんて……本当に可能なのか?」


 セイラが不安そうな顔で呟いた。

 

「叢雲を信じよう」


 私が言った。


「ゆいの運命が呼び寄せた……天才作曲家だから」


 そして——


 ピロン。


 スマホの通知音が鳴った。


 四人が同時に息を呑む。


「来た……!」


 ゆいが震える手でスマホを取る。


 ラインのメッセージ。送り主:叢雲流唯。


『お待たせ。完成したよ』


 その下に、二つの音声ファイルのリンクが添付されている。


「ふ……二つ?」


 セイラが目を見開く。


「なんで二曲あるんだ……」


 その瞬間——


 ピロリロリロ……


 ゆいのスマホが震えた。音声着信。叢雲流唯からだった。


「あれ?流唯くんから!?」


 ゆいが慌てて通話ボタンを押す。スピーカーモードにして、四人が聞けるようにする。


『やあ、ゆいちゃん。みんないる?』


 懐かしい、優しい声がスタジオに響く。


「うん!みんないるよ!スピーカーで聞いてるよ」


『初めまして、FAKE-3の皆さん。なんとか間に合ったよ』


「ねえ、流唯くん、なんか2曲送られてきてるんだけど、間違った?」


 ゆいが慌てて確認する。


 叢雲の声が、少し真剣になる。


『いや合ってる……フェスは2曲構成だと聞いた。だから、2曲作った』


「え……!」


 四人が息を呑む。


『ひとつ目は「Destiny・孤独の星」——ゆいちゃんの企画を軸に、お姉さんの歌詞を活かせるよう構成した』


 叢雲の声に、確信が宿る。


『メロウな導入から入って、YUICAのラップパートへ自然に流れる。そしてセイラの歌唱力が映えるサビへと展開していく。すぐにでもボーカルを入れられる状態になってる』


『ふたつ目は「Revolt・反乱の星」——こっちは歌詞なしのインストだ』


『でも、ボーカル、ラップ、ギターそれぞれのパートを明確に意識して作曲した。君たち3人の個性が重なり合い、グラデーションしていくように構成してある』

 

 叢雲の声が、力強くなる。


『このRevoltは、君たちFAKE-3のテーマソングを意識した革命の歌だ。オープニングで観客を殴り飛ばす曲だ』


『そしてDestinyは、君たちの運命の歌。最後に観客の魂を奪う曲だ』


『1曲目で掴んで、2曲目で酔わせる。これが僕なりの答えだ』


 沈黙。


 四人が、スピーカーから聞こえる声に聞き入っている。


『Revoltの歌詞は……YUICAに任せたい』


 私の心臓が跳ねた。


『Destinyの歌詞は……素晴らしかった。久々に心が躍ったよ』

 

『だから今度は僕からのオーダーだ。このRevoltに……君の言葉を、魂を注入してほしい』


『二つで一つ。これがFAKE-3の革命になる』


 沈黙。


 四人が、言葉を失っている。


「三日で……二曲……?しかもあの叢雲が作曲したってことでしょ」


 私の声が震える。

 

 当然だ。業界でも引っ張りだこの叢雲から、二曲も同時に提供されたアーティストなど前代未聞だ。しかもたった三日間で作らせたのだ。


『いや。正確には二日半かな……2曲目の前に少しだけ仮眠したからね』


 ——いや、それで二日半って。つまり不眠不休で作ったってことでしょ。


「全然寝てないじゃない!無理させてごめん!」


 ゆいが電話越しに頭を下げる。

 

 すると叢雲が少し笑う。


『でも……楽しかったよ。こんなに夢中になって作ったのは久しぶりだ』


『ゆいちゃんのお姉さん……いや、YUICA。あなたの歌詞……本当に素晴らしかった』


『歌詞の魂の叫びに引っ張られるように、曲も自然に生まれた。だからそんなに苦労しなかったよ』


 ゆいの目から、涙が溢れた。


「流唯くん……ありがとう、ほんとうに……」


『じゃあ、みんなで聴いてみて。感想、待ってるから』


「うん……必ず」


『それじゃ、またね』


 通話が切れた。


 四人は、顔を見合わせた。


「……天才って、実在するんだな」


 セイラが呆然となって天を仰ぐ。

 

 シオンが呟いた。


「うん。ほんまもんの……天才や」


 

 ◇



「よし!じゃあまず……Destinyから聴こう」


 ゆいが言った。


「お姉ちゃんの歌詞が、どうなったか……」


 シオンがミキサー卓を操作する。スマホをケーブルで接続し、スピーカーに繋ぐ。


「音量……上げるで」


 シオンが確認する。


「このスタジオなら、どれだけ大きくしても大丈夫やから」


 四人は、スピーカーの前に座った。ソファに並んで。


 それぞれの手には、美咲が書いた歌詞が印刷された紙。


「……いくよ」


 ゆいが、再生ボタンを押した。


 

 ——ねぇ ねぇ ねぇ



 最初のリフレインが、スタジオに響き渡った。


 私の心臓が跳ねた。


 優しく、でも切なく響く旋律が、空間全体を包み込む。


 ゆいが涙声で、呟く。


「これ……あの時、部室で流れた旋律に似てる——」


 それを聞いて私は確信した。

 

 ——そうか、叢雲がゆいのために作ろうとしていた曲が、今完成された形で蘇っているんだ。


 繊細なピアノの旋律に、ギターが重なる。そこに温かみのあるベースラインが加わり——


 音が、物語を紡ぎ始める。


 

 "ほしが落ちた夜 あなたに出会った

 broken soul × lonely heart

 光の海で 見つけた truth"



 私は手元の歌詞を目で追った。


 ここはセイラの、メロウな出だしを意識して書いた言葉。それが音楽に乗って、美しく響いてくる。


 なんだか胸が熱くなる。


 そこから徐々にビートが強くなり——


 

 "銀河を越えて あなたに届く love song

 星と星が重なる 奇跡の timing

 欠けた魂 あなたとなら shining

 You and I — align in the sky, like lightning"



 ——ここは私のラップパート。私とセイラの運命の物語。

 

 ——欠けた者同士が、出会った奇跡。


 リズムが心地よく体を揺らす。言葉が自然に流れていく。


 

 "でもあなたは見抜いてたんだ

 仮面の下の傷に気づいてた

 裸になって 呟いた言葉

 胸を刺して涙が溢れた"



 私は、セイラを見た。セイラも、私を見ていた。


 その目は、涙で濡れていた。


 そして——音が急激に開ける。


 サビだ。



 "銀河を渡る lonely star 素顔を隠したまま

 眩しすぎるその瞳に 心ごと焦がされた

 壊れていいよ 夜を越えて

 ねぇ ねぇ ねぇ 君を探してた"



 セイラの歌唱力を活かした、力強い独唱パート。


 特徴的なリフレイン「ねぇ ねぇ ねぇ 君を探してた」が、スタジオ全体を震わせる。


 セイラの目が、大きく見開かれた。その手が、震えている。


 曲は流れ続ける。


 Verse2では、さらに深い感情が込められていく。


 

 "触れたその手に 迷いがほどけ

 冷たい世界が 少しずつ溶けて

 何も言わずに そばにいた夜

 あのぬくもりが 生きる理由になる"


 

 セイラの呼吸が、乱れている。私も、同じだった。


 この歌詞は——あの日の夜の、私たちのこと。



 "あまたの視線の前で

 私たちは裸になった

 言葉の奥にある優しさ

 痛みを抱きしめ合った"



 ——水槽のメダカの視線の前で語り合った時間。


 ——お互いの痛みを知った日。


 そして、ブリッジから私の長いラップパートへ。


 心の叫びの言葉が、激しく、情熱的に響く。



 "見上げた空の隙間に 君の面影

 触れたいけど 怖くて逸らす視線

 心の裏 隠した火種

 一瞬で燃える 理性を焦がす"



 セイラの手が、胸を押さえた。その目から、涙が溢れている。



 "何も言えずに 息を呑む夜

 君の鼓動が 胸を叩いてる

 静けさの中で 名前を呼ぶたび

 この身が誰かに 染まっていくたび"



 ここで私からセイラへとバトンが渡される。

 

 

 "壊したくない でも奪いたい

 矛盾した愛が 止まらない

 「君」と「僕」の境界線

 炎となって 今、越えてく"



 セイラの顔が、歪んだ。涙が、止まらない。


 そして——最後のサビ。


 音が一気に高まり、全ての感情が爆発する。



 "銀河を渡る lonely star 素顔を隠したまま

 眩しすぎるその瞳に 心ごと焦がされた

 壊れていいよ 夜を越えて

 ねぇ ねぇ ねぇ 君を探してた


 ねぇ ねぇ ねぇ 君を見つけた

 ねぇ ねぇ ねぇ 呼び合うように


 透明な嘘を脱ぎ捨てて

 今日も誰かを照らしてる"



 最後のリフレイン。


 音が徐々に静かになり——


 ピアノの余韻だけが、スタジオに残る。


 曲が終わった。


 

 静寂が戻る。


 

 四人は——誰も動けなかった。


 ただ、涙が流れている。


 

 そして——


 

「……やめろよ」


 セイラの声が震えた。


「やめろよ、YUICA」


 セイラが顔を上げる。その目は、涙でぐしゃぐしゃだった。


「これ以上……これ以上、アタシに……」


 セイラの声が、詰まる。


「おまえのこと好きにさせて……どうすんだよ」


 ——え?


 私の心臓が、激しく打った。


「もう十分だろ……こんな……こんな曲、歌わされたら……」


 セイラが両手で顔を覆う。


「アタシ、もう……おまえなしじゃ生きていけなくなるだろうが……」


 その言葉が、私の胸を貫いた。


「セイラ……」


 私も涙が溢れる。


「あたしも……同じだよ」


 セイラが、顔を上げた。


「YUICA……」


「あなたがいなかったら……私、今ここにいない」


 私は立ち上がり、セイラに近づいた。


「あなたが、私を見つけてくれた」

「あなたが、私の居場所を教えてくれた」


「だから……」


 私はセイラを抱きしめた。


「ありがとう……セイラ」


 セイラも、私を抱きしめ返してくれた。


「YUICA……ずるいぞ、おまえ……」


 二人で、泣いた。


 言葉はいらなかった。

 

 この曲が、全てを語っていた。


 私たちの出会いが、運命だったこと。


 お互いが、お互いを必要としていたこと。


 これからも、ずっと一緒にいたいこと。


 その隣で——


 ゆいとシオンも、泣いていた。


「……うちも」


 シオンが小さく呟く。


「うちも……二人に出会えて、よかった」


「同じや……」


 するとゆいが私の肩に頭を重ねる。私はその手を握る。


「そして、ゆいが、この居場所を作ってくれた」

 

「私たちが、ここに集まったのは……」

「互いが求めて引き寄せた——『Destiny』だったんだよ」


 そして四人で、抱き合った。


 FAKE-3。


 偽物の、でも本物の絆。


 それが、この曲に込められていた。




 しばらく泣いた後。


 ゆいが顔を上げた。


「もう一曲……聴こう」


 目は赤く腫れているけれど、その表情は真剣だった。


「Revolt!FAKE-3……革命の音」


 シオンがミキサー卓に向かう。


「……音量、もっと上げるで」


 シオンの手が、フェーダーを上げていく。


「この曲は……爆音で聴かなあかん気がする」


 四人は、スピーカーの前に立った。


 今度は、歌詞がない。完全なインストゥルメンタル。


「……いくで」


 シオンが、再生ボタンを押した。


 

 ◇



 始まりは、ギターのチューニングのような音。それが徐々に上がっていく。

 

 ——ドンッ!


 いきなりのアタック。爆音が、スタジオ全体を揺らした。


 激しいドラムビートが、床から伝わってくる。


 そして一瞬でメロウになり——おそらくセイラの導入パート。


 うねるベースラインが、空気を震わせる。


 そして——急激な転調。


 おそらくこのリズムはラップパート。


 しばらく走ると、ギターのリフが体を貫いた。


「うわ……!」


 シオンの目が見開かれる。


「これ……やばい……!」


 曲は、容赦なく疾走する。


 ボーカルパートのメロディ。ラップパートのビート。


「このラップパート……すごくいい」


 私が叫ぶ。


 ビートが、体を揺さぶる。言葉を乗せたくなる。魂を叩きつけたくなる。


「でここから……アタシがクロスするわけだ……!」


 セイラも叫ぶ。


 メロディが、心を掴む。声を張り上げたくなる。全力で歌いたくなる。


 そして突如割り込んでくるギターソロ。


 全てが、完璧に配置されている。


「うち……うちのソロギターパートあるんや……!」

 

 シオンが震えている。その目は、輝いていた。

 

「このギターソロに途中で重なってくる効果音は、アタシにロングトーンで入れって意図だな」


「うん、これならギリうちでもソロでいける絶妙な感じや……!」


「怖いけど、でも……弾きたい……!」

「なんかアタシら、叢雲に挑戦されてるみたいだな」

「まさにFAKE-3の個性が合わさったテーマ曲だね」

  

 そう、この曲はパワフルで挑戦的で、三人の魂が一つになる感じがする。


 なぜなら、それぞれのパートがグラデーションしていて、流れるように絡み合わなければ成立しないからだ。


 これが——Revolt!(反抗)。


 FAKE-3の音楽。革命の音。


 曲が終わった。


 四人は、呆然としていた。


「……なんだ、これやばいわ。Destinyとのシンパシーっていうか」


 セイラが呟く。


「まさに、新しいロックやね……」


「1曲目で殴って、2曲目で泣かせる……たしかにそうなってる」


 私が震える声で言う。


「完璧な構成だ……ここまでとは」


「ボーカルも、ラップも、ギターも、全部がお互いを高め合ってるね……」


 シオンが頷く。


「天才や……ほんまに。この二曲を三日であげるなんて……」


 ゆいが、スマホを見つめる。その目には、涙と笑顔があった。


「流唯くん……ありがとう」




 私は堪らなくなって立ち上がった。


 

「今からこの曲に……歌詞をつける!この感覚がまだ新しいうちにやりたい」


 三人が、私を見る。


「このRevolt……私たちFAKE-3の、反逆の歌だ」


 私の目が、燃えている。


「叢雲が……いいえ、この曲が、何を求めているか……明確に伝わった。もうわかった」


「お姉ちゃん……今からって」


 ゆいが心配そうに見る。


「徹夜になるかもしれない……でも、やる」


「で、でも昨日もほぼ徹夜だったでしょ!」


 ゆいが心配そうに叫ぶ。

 

 それでも私は、ノートを開く。


「叢雲が三日で二曲作ってくれたんだ」


「私が一晩で歌詞を書けないわけがない」


 セイラが立ち上がる。


「……手伝うよ」


「え?」


「アタシも、この曲に想いを込めたい」


 シオンも立ち上がる。


「うちも……手伝いたい」


 ゆいが微笑む。


「じゃあ、みんなでやろう」


「FAKE-3の革命の歌を」


 四人が、私の前に集まる。


 それぞれの想いを、言葉にするために。


 ——偽物だと言われてきた、私たちの物語を。


 ——今、歌にする。


 夜が、更けていく。


 スタジオに、ノートを書き殴る音だけが響いていた。



(つづく)



 次回——「反抗と運命の歌」〜まったなしのMV作成。



 


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