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59「フリースタイルで宣戦布告」


「なあ——」


 私の声が、低く響く。


「そこの——私らの音楽が『偽物』って言ってるやつら」


 画面を、睨みつける。


「あんたらだよ。見てるんだろ?」


 コメント欄が、止まる。

 

 私が、振り返る。



「シオン!ギター、持って」


「え……?」


 シオンが、戸惑いながらも、レスポールを手に取る。


「即興でやる。BPMは90から100で」


 私が、シオンの目を見る。


「考えるな、私のリリックを感じて、ビートで呼吸しろ」


「う、うん……」


 シオンが、ごくりと唾を飲み、震える手でギターを構える。

 

 ——なんだか……口調まで、婆に似てきたな。


 私は苦笑いを浮かべると——カメラに向き直った。



「いいか、聴け——」



 深く、息を吸い込む。


「弱さを吐き出す勇気こそ、本物なんだよ」


 そして——


「このバースで理解しな」


 私が、拳を握る。


「私たちからの重大発表——」


「あんたらへの、——挑戦状だ」



 シオンのギターが、鳴り始めた。


 BPM90。

 重く、確実なビート。


 ——最初は、不安定だった。

 震える指。迷う音色。


 でも——


 私は——ラップを始めた。



「影に隠れてた少女が今 光の中へ飛び出した

 偽物だって?笑わせんな 弱さ晒す勇気が本物さ

 親の名前?関係ねえ 自分の道を自分で選ぶ

 それが成長 それが証明 大人になるってそういうことだ」



 コメント欄が、動きを止める。

 

 ——その時。

 シオンのギターが、変わった。


 迷いが消え、音が太くなる。

 私のリズムを掴んだ。


 私も、シオンの音に乗る。


 二人の呼吸が——重なり始めた。



 次のリリックは、四宮龍へ向けたメッセージ。

 

 ——彼が本物なら、必ず届くはず。



「あんたらが証明した伝説 最初は何もない状態

 空っぽの手でも掴みたい 最後は超えてく存在

 あんたらの背中が描いた 未来を走るこの後輩

 夢を潰して笑うのは論外! 終わってるただの老害!」


「状態」「存在」「後輩」「論外」「老害」と韻がまるでバトンのように手渡されていく。


 韻はただ響きを揃える技法じゃない。

 意志が繋がっていくリズム。


 想いを、感情を、継承を波に乗せて紡ぐこと。


 それにシオンのギターが——応える。


 低音が唸る。高音が泣く。


 まるで、シオンの心が音になっているかのように。


 奥のソファで——母親が、息を呑む。


 私は、シオンを見た。

 シオンも、私を見ている。


 ——言葉はいらない。

 音で、リズムで、魂で繋がっている。


 この瞬間——

 私たちは、一つのバンドになった。



「継ぐって何だ?血か?名前か?形か?

 違うだろ 継ぐのは魂 想い 挑戦する心

 父と同じ道?それは継承じゃない 模倣だ

 魂継いで新しい道 それが本物の継承だ」



 シオンのギターが——叫んだ。


 まるでシオン自身が叫んでいるように。

 幼少の頃から抑え込んできた想いが、音になって溢れ出す。


 私の拳が、震える。

 シオンの指も、震えている。


 でも——


 私たちの音は、ブレない。


 セイラが、息を呑んで見守っている。


 そして母親の目からは、涙が溢れている。



「匿名で騒ぐな 群れて吠えるな 正々堂々出てこいよ

 J-ROCKフェス 舞台は決まった 逃げも隠れもしねえから

 本物なんだろ? 音楽語るなら ステージで証明してみせろ!


 炎上上等! これは挑戦状! 音の戦場で待ってるぜ」



 最後の強烈な三連韻のパッチラインが決まると同時に、

 シオンが——力強く、弦を弾いた。


 その音が、スタジオに響き渡る。


 そして——


 ギターの音が、止まった。


 沈黙。


 私とシオンは、見つめ合っている。


 二人とも、息が切れている。

 二人とも、汗をかいている。


 でも——


 二人とも、笑っていた。


 そして——静寂を切るようにコメントが動き始めた。




『……』

『やばいな』

『鳥肌立った』

『すげえ、即興なのかこれ』

『二人の呼吸やばかった』

『これが本物のセッションだ』


 コメント欄から、次々と感情が溢れ出す。

 


『【MusicFan2015】くだらない。所詮は——』



「まだ、喋んのか?おまえ」


 私が、画面を睨む。



「いいぜ。もっとはっきり言ってやる」



 私は、立ち上がった。


「その詰まった耳でよく聞け——」


 カメラを、真っ直ぐ見る。


「私たちFAKE-3は、J-ROCKフェスに出る」


 私の声が、静かに響く。


「お前らの音楽が本物っていうなら——」


 目を、細める。


「フェスで証明しろ」


「こっちは逃げも隠れもしない」


 拳を、握りしめる。


「うらでコソコソすんな、正々堂々出てこいよ」


「ここにいる数万の視聴者がみてんぞ」


 そして——


「本物なんだろ?——だったら、逃げんなよ」



『おおおおお』

『宣戦布告だ』

『これは熱い』

『絶対見に行く』



 コメント欄が、爆発する。


 その時——シオンが、立ち上がった。


「うちは——風間志音」


 その声は、もう震えていない。

 私とセイラが、シオンを見る。


「風間和志の、娘です」


 コメント欄が、一瞬止まる。


 そして——爆発した。


『きた!カミングアウト』

『本人が認めた!』

『シオン……!』


 でも——シオンは、止まらない。


「そこで聞いてますか?」


 シオンが、カメラを見る。


「うちは、FAKE-3のギタリストです」


 その声に、迷いはない。


「父の魂は——このギターに、いまも宿ってる」


 シオンの目に、強い光が宿る。


「だから、うちは……夢の続きを弾く」


「それをフェスで、ステージで証明してみせます」


 シオンが、ギターを握りしめる。


「それが——」


 その声が、スタジオに響く。


「うちの、意思……運命の『選択』や!」



 沈黙。


 そして——セイラが、笑った。


「……やれやれだな」


 セイラが、立ち上がる。


「もう、こうなったら——」


 私とシオンを見る。


「乗るしかないよな、このビッグウェーブに!」


 セイラの目が、燃える。


「偽物と本物の大戦争……」


 その声が、低く響く。


「上等じゃねえか!」


 セイラが、私たちの間に立つ。


「FAKE-3は——逃げも隠れもしない!」


「お互い、フェスで証明しようぜ!それでいいよな!」


「私たちが」

「アタシらが」

「うちらが」


「「「FAKE-3だ!」」」

 

 

 三人の声が、重なる。


 同時にコメント欄が、爆発した。


『Yesa!最高だ!』

『絶対応援するぞ!』

『FAKE-3!FAKE-3!FAKE-3!』

『これが本物の覚悟だ!』

『J-ROCKフェス絶対行く!』

『お前ら全員見に来い!』


 そして——


『【MusicFan2015】後悔するぞ』


 その一文だけを残して——


 MusicFan2015は、配信から消えた。




 こうして私たちの『重大発表』特別配信が、終わった。


 私たちは、しばらく何も言えなかった。




 

「……あのアンチはしっぽまいて逃げたか」



 沈黙を切るようにセイラが、呟く。


「ちがうね」


 私が、首を振る。


「準備してくると思う。本気で——」


 私の目が、鋭くなる。


「本気で音楽をやってる奴らが、ここまで言われて燃えないわけがないから」


「なら——」


 シオンが、ギターを構える。


「うちら、もっと強くならな」


「ああ」


 セイラが、頷く。


「今日から——」


 三人が、顔を見合わせる。


「地獄の特訓だ」



 その時——

 奥のソファから、小さな声が聞こえた。


「……志音」


 母親だった。

 シオンが、振り返る。


「お母さん……」


 母親の目から——涙が、溢れていた。


「あなた……」


 声が、震えている。


「本当に、強くなったわね」


 シオンが、息を呑む。


「……うん。二人のおかげだよ」


「もし和志さんが——お父さんが、見てたら……きっと喜んでる」


 母親が、顔を覆う。その肩が、震える。


「きっと、見てると思うわ」


 天井を見上げるシオンの目から、涙が溢れた。


「お母さんも……ずっと見守ってくれて、ありがとう」


 シオンが、母親に駆け寄る。

 二人が、抱き合う。

 彼女がゆっくりと、優しく志音の頭を撫でる。

 

 私とセイラは——

 静かに、その光景を見守った。


「……セイラ」


 私が、小さく呟く。


「私、またやっちゃったよ……ごめん」


「ああ、いかにもおまえらしいよ。地雷姫」


 セイラが、笑う。


「内情を暴露して、炎上でもさせる気かと心配してたけど——」

「まさか、やつらの音楽魂を煽って、本気を誘うとはな」


「おまえって、ほんと……すげぇわ」


 そういいながら、セイラは何度か頭を振る。


「でもこれで……音楽帝国に、宣戦布告したことになるな」


 ここにきてようやく私は、はっとする。


「そうだった。どうする?マスターズに戻って、私から謝ろうか……」


「何言ってんだ——マスターズなめんな」


「今頃あいつら、画面の前で抱き合ってガッツポーズしてるさ」



 セイラが、私を見る。


「あとは勝てばいいんだ。何が何でも」


 私は——頷いた。


「そうだね。なんだかんだMCバトルも、セイラにも勝ったからね……私は」


「おまえなぁ……ったく」



 そして私たちは、しばらく見つめ合った。



 沈黙。



「ねえ、セイラ。ちょっとは軽くなった?一緒に背負うのも悪くないでしょ」



 私は首を傾け、小さく微笑んだ。



「あは。まあまあかな」


  

 セイラがいつものようにケラケラと笑う。


 

 そして——三人で、拳を合わせる。


「FAKE-3で——」


 声が、重なる。


「革命を、起こす!」



 ◆



 その頃——都内某所。モニタが並ぶ会議室。

 大きなスクリーンに、先ほどの配信が映っている。


 YUICAのラップ。

 シオンの宣言。

 セイラの覚悟。


 部屋には、数名の人間がいた。

 鬼頭麗香と、そのスタッフたち。


 そして——


 奥の席に座る、一人の男。


 四宮龍。


 若い男性スタッフが、ノートPCを閉じた。


「言われた通り精一杯、煽ってみましたけど——」


 スタッフが、苦笑いする。


「逆効果でしたね……」


 鬼頭が、四宮の方を見る。


「四宮様……どうされますか?」


 その声は、静かだ。


「マスターズとの契約解除の準備は、できていますが」


 沈黙。


 四宮は——スクリーンを見つめたまま、動かない。


 そして——


「いや……何もしなくていい」


 低く、静かな声。


「……え?良いのですか?」


 鬼頭が、目を見開く。同時に、一瞬だけ安堵したような表情をみせる。


 すると四宮が、初めて——笑った。


「あのラッパー、YUICAといったか」


 その目に、光が宿る。


「面白いやつだ」


 そして、立ち上がる。


「久々に——ここが、疼いた」


 その手で、自分の胸の辺りをそっと触れる。

 そして握り拳をつくり、自分の目の前に掲げた。


 その様子に鬼頭とスタッフたちが、息を呑む。


「いいだろう……受けてやる」


 ——お前らの、偽物の逆襲を。本物が、ねじ伏せてやる。


 四宮が、鬼頭を見る。


「例のユニットを、J-ROCKフェスにエントリーしろ」


「……彼らを?米国ツアー直前ですよ?本気ですか?」


「ああ——俺もまだ耄碌したわけじゃない」

 

「MV2億再生が4曲。鳳凰院セイラの歌唱力と表現力は、音楽界でも数本の指に入る傑物だ」


「風間和志から学び研鑽された志音のギターは、技術だけならば世界に通用する」



「そして——あのYUICAのラップ」



 少しの沈黙。

 口元を抑えるその目が、鋭く光る。

 


「あの場面での即興……すべてを巻き込む呼吸と熱量……あいつが、最も厄介だ」



「——油断すれば、喰われるぞ」


 

 伝説のロックシンガー。四宮龍の目が、鋭くなる。


「あいつを全力で……仕留める。お前の望みどおり、ステージで——」

 

 その声が、会議室に響く。


「決着をつけてやろうじゃないか」


 そしてスクリーンに映る、三人の姿。


 四宮は——それを、静かに見つめていた。


「志音……」


 小さく、呟く。


「お前の選択が本物なら——」


 龍の目が、燃える。


「そいつらと証明してみせろ」



(つづく)



 次回——「本物の本気・地獄の試練」


 歌詞作りに悩むYUICA。

 送り込まれたのは過去最大の強敵。

 シオンを好きだったという人物がまさかの。

 そして”ゆい”が決めた覚悟と挑戦。


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