06「最強のプロデューサー」
気がついたら私は、その場で土下座していた。
「ごめん!ごめん……」
私の声が震えている。
「私の弱さが……私の勝手な行動が、こんな取り返しのつかないことを……」
涙がポロポロと落ちる。
「姉として最低なことをした。ゆいを裏切って、ゆいの大切なものを奪って……」
「本当にごめんなさい!」
私は頭を上げることができなかった。ゆいの表情を見るのが怖い。
「……」
ゆいの沈黙が続く。
これは相当怒っている。
——当然だ。
2年間の努力を数日で台無しにしたんだから。
32万人という数字が、私の罪の重さを物語っている。
「……お姉ちゃん」
ゆいがゆっくりと口を開いた。
「ねえ、顔を上げて」
恐る恐る顔を上げると、ゆいが私をじっと見つめていた。
その表情は、まだ読めない。
「お姉ちゃん……楽しかった?」
「え?」
予想外の質問に、私は言葉を失った。
「配信、楽しかった?正直に答えて」
ゆいの目は真剣だった。
私は迷った。
正直に答えていいのだろうか。
でも、ゆいの目を見ていると、嘘はつけなかった。
「……楽しかった」
私の声が震える。
「生まれて初めて……生きてる実感があった」
「人に感謝されて、役に立ててる気がして……でも!」
私は再び頭を下げようとした。
「でも、ゆいの夢を奪ってしまった。2年間の努力を無駄にして……」
その時だった。
ゆいが突然泣き出した。
「え?ゆい?」
ゆいが私をぎゅっと抱きしめる。
「良かった……お姉ちゃんが楽しそうで、本当に良かった」
「ゆい?どういうこと?」
ゆいの涙が私の肩に落ちる。
「ずっと心配だったの。お姉ちゃんのことが」
「え?」
「両親が亡くなってから、お姉ちゃんずっと無理して、会社も辞めちゃって」
「人付き合いも避けて、後ろ向きだったでしょ……」
そう、かつて私は大手企業に勤めていた。
でも、両親の死で、家族私が守らなきゃって必死になってて、気がついたら身体を壊して……退職した。
今は、出版社のアルバイトで、なんとか生活している状態だった。
ゆいが私から少し離れ、涙を拭いながら話し続ける。
「今のお姉ちゃんの、後ろ向きな性格、自己肯定感の低さを、ずっと心配してた」
「そうだったんだ……」
「じつはね、Vtuberを始めた理由……」
ゆいが真っ直ぐ私の目を見つめる。
「お姉ちゃんを、一生養いたいって思ったからなの!」
「え?」
私は言葉を失った。
「ずっと守ってくれてたお姉ちゃんを、今度はあたしが守る番だと思って」
「だから、有名になってお金稼いで、お姉ちゃんに楽をさせてあげたかったの」
ゆいの声が震えている。
涙が止まらない。
「でも、あたしには才能がなかっんだよ。2年やっても全然ダメで……」
「ゆい……」
「最初から決めてたの。20代でダメなら引退するって」
ゆいがにっこりと笑う。
でも、その笑顔は少し寂しそうだった。
「あたしも来月で30歳。だからもうYUICA♡に戻るつもりはないよ」
「そんな……」
私は立ち上がり、ゆいを抱きしめた。
「ごめんね、あなたの夢を奪って……こんな変な状態にしちゃって」
「いいんだよ。あたしの最期の配信……たった5人だったし」
「お姉ちゃんの動画見て、自分じゃ絶対無理だったって気づかされたよ」
涙が溢れてくる。
「そうか……じゃあ一緒にYUICA♡アカウントを閉じよう」
それが私達の、姉妹の最後のケジメだと思った。
「何言ってんの?」
ゆいが私を見上げる。
「え?」
「この続きは……お姉ちゃんがやるんだよ!」
「えええ?!」
「あたしはもう諦めたけど、お姉ちゃんはこれからよ!」
ゆいの目がキラキラと輝いている。
「お姉ちゃんが輝いてるのを見て、本当に嬉しかった」
「でも……」
「楽しかったんでしょ!やりたいんでしょ!?素直になってよ」
「……うん」
「お姉ちゃんにはね、あたしじゃ出せない36年間の、溜まりに溜まった長女の重みがあるんだよ」
ゆいが私の手を握る。
「相談者を本気で守ろうとするあの正義感。芯を突いた説得力。全部あれはお姉ちゃんだからできたことだよ」
「でも、でも私なんて……」
「でも、じゃない!32万人がお姉ちゃんを選んだの。あたしじゃダメなの!」
ゆいが立ち上がり、私の肩に手を置く。
「あたしの新しい夢は、もう決めてるの!」
「……そうなの?」
「お姉ちゃんを世界一のVtuberにすること」
「ゆい……って。え?」
「清純派アイドル系なんて、もう飽和状態よ。でもお姉ちゃんの毒舌相談系は唯一無二」
「ちょっと……まって」
「あたしの読みでは、世界を獲れると思うんだ!」
ゆいの表情が真剣になる。
(読みってあなた二年で2000人しか……)
「目標は登録者500万人、月収1000万円。絶対に達成してみせる!」
「世界一なんて、そんな……私には絶対無理だよ!」
「Vtuberは日本が産んだ文化だよ!日本でトップになればおのずと世界一は見えてくるの!」
ゆいが私の手を強く握る。
「お姉ちゃんは配信に集中して。あたしが全部サポートする」
「企業案件への対応、メンバー限定配信の企画、他のVtuberとのコラボ戦略、メディア展開……全部あたしがやる」
「でも、ゆい、今まで出来なかったのに……」
「違う!」
「自分で演じるのと、プロデュースするのとでは、使う才能がまったく違うの!」
ゆいが力強く首を振る。
「お姉ちゃんとあたしが組めば、絶対出来る!」
私の目から涙がポロポロと流れる。
「わかったよ(意味がわかんないけど)」
「……お姉ちゃん頑張るよ」
「よろしくお姉ちゃん!」
ゆいがにっこりと笑う。
私は人生で初めて、大きな目標を持った。
「うん……ゆいと一緒なら、頑張れる気がしてきた」
「それじゃあ、早速始めましょうか」
ゆいがスマートフォンを取り出す。
「まず、企業からの案件メールに返信しなきゃ。放置しすぎよ、お姉ちゃん」
「あ、ごめん……どう返事していいかわからなくて」
「大丈夫、テンプレートを作る。それと、メンバー限定配信の企画も考えないと」
ゆいが急に仕事モードになる。
「今日の配信の準備もしましょう。待機人数、もう6万人超えてるみたいだよ」
「ろ、6万人!?」
「そう東京ドームより多いからね。だから責任重大よ」
ゆいが私の肩を叩く。
「でも安心して。あたしがついてる」
私は改めて、妹の頼もしさを感じた。
「ゆい……本当にありがとう」
「お礼は世界一のVtuberになってから言って」
ゆいがウインクする。
「それじゃあ、YUICA♡ちゃん。改めてよろしくお願いします」
「こちらこそ、ゆいプロデューサー」
私たちは笑顔で握手を交わした。
——これが、私たちの新しいスタートだった。
ピロン♪
スマートフォンの通知音が響く。
「あ、また企業からメールが……」
ゆいが画面を確認する。
「大手Vtuber事務所からの正式オファーね。年収保証付きで所属の打診」
「え、そんなのまで……」
「独立路線で行くか、事務所に所属するか……」
ゆいが考え込む表情を見せる。
「これは重要な判断になりそうね」
私たちの挑戦は、まだ始まったばかりだった。
(つづく)
——大手事務所からの誘い!姉妹の選択とは!?
次話「無知な姉、日本一のVtuberを罵倒する」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
本作の主人公「美咲とゆい」
この正反対な姉妹の物語は、ここから本格的に始まります。
次回からは……お姉ちゃんこと「美咲」の無知が炸裂し、V業界を震撼させる大騒動に発展します。
また、今後はキャラクターの過去や心境をより深く掘り下げた間話も挿入予定です。
陰キャ36歳喪女姉と、超陽キャな妹の挑戦は、まだ始まったばかり。
どうぞお付き合いください。