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58「シオンの選択・逆襲の YUICA」

【シオンの家・地下スタジオ 夜11時】


 翌日の夜になって。

 ようやく、シオンと連絡がついた。

 

 そして私たちがシオンの家に集まった頃には、

 猶予時間は、残り12時間となっていた。


 地下スタジオ。白と青のギターが壁に立てかけられている。


 セイラは、ソファに座っていた。

 その表情は——いつもより、強張っている。


「セイラ、YUICA、来てくれて……ありがとう」


 シオンが、私たちを見る。


 セイラが、真剣な顔でシオンを見つめる・

 

「シオン、大事な話がある——」


 私は、セイラの隣に座った。

 シオンも、向かいの椅子に座った。


「昨日、グローバルミュージックの幹部に会った……」

「数年前からシオンをレーベルからデビューさせるための計画があったらしいな?」


 セイラがシオンを見据えて尋ねる。

 

「うん……お母さんが進めてた。でもうちは、拒否してた」


 シオンが応える。

 

「だろうな……」


 セイラが頷く。


「そもそも、今のシオンの状態じゃ、メジャーデビューは難しいでしょ……」


 私は静かに呟いた。

 

 ——ギターにトラウマを抱えてるシオンを一体誰が?何のために?

 

「その計画を盾に、今回のシオンのVtuberデビューを……とりやめるよう圧力をかけてきた」

 

 セイラが、静かに言う。


「もちろん抗議した。そんなものに正当性はないってな……」


「結果……シオンの意思を確認するように言われた」


「——その回答期限まで、あと12時間だ」


「つまり、今夜中に決断する必要がある」



 セイラの目が、鋭くなる。


 

「だが、シオンの意思を確認しろというのは、建前だろな……」

 

 私とシオンは、黙って頷いた。


「グローバルミュージックは、本気だ——いや、必死と言うべきかな」


 セイラが、スマートフォンの画面を見せる。

 そこには、契約解除予告の文書。


「シオンが計画を拒否した場合……マスターズとの、すべてのレーベル契約を解除すると正式に書面で送ってきた」


「つまり——」


 セイラの声が、沈む。


「拒否すれば銀河歌劇艦隊の、ルナもアマネもコハクも」

「1億再生以上の楽曲と、レーベルを失うってことになる」


 私は、息を呑んだ。


「それだけじゃない」


 セイラが、続ける。


「この計画の中心人物は四宮龍」


「シオンの父親の元相棒。今では音楽業界を牛耳る超大物……」


「彼を敵に回すことになる——」


「つまり、音楽業界の大帝国と、ガチで戦争になるってことだ」


「最悪、マスターズ自体が、業界から干される可能性もある」



 沈黙。


 

 シオンの顔が、蒼白になっていく。


「ごめん……全部、うちのせいや」

 

「まあ聞け——」


 セイラが、立ち上がった。


「アタシは、戦うことに決めた」


 その声は、強い。


「グローバルミュージックを敵に回しても」

「四宮龍と殴り合うことになっても」


「たとえ音楽業界全体と戦争になろうとも——」


 セイラが、拳を握る。


「シオンを、守る——FAKE-3を、守る」


「うちの社長も、決断を委ねてくれた。マスターズもアタシと心中する覚悟だ」 


「これが、アタシの選択だ」


 私は——セイラを見た。その目は、燃えている。


 でも——額は汗で濡れている。

 顔も火照り、体は、わずかにふらついている。


「セイラ……」


 私は、立ち上がる。


「ちょっと、待って—— 一人で決めないで」


「何をだ?」


 セイラが、私を見る。


「全部自分で背負わないでよ!あなたが、そこまで自分を犠牲にしてまで……やる意味があるの?」


「おまえ、何言ってんだよ——」


「今も、熱があるじゃないの。どうして無理ばっかりするのよ!」


 私の声が、強くなった。


「こんなもん、平気だって言ってるだろ!」


 セイラが、手を振る。そして声を張り上げる。


「この程度、アタシにとっちゃどってことない。こんなピンチは何度も乗り越えてきたんだよ!」

 

「何でもなくない!その結果、もう体は限界にきてるでしょうが!」


 私はいつになく、語気を強めて叫んだ。

 

 セイラが、驚いて私を見る。


「セイラ、あなたは——全部、背負おうとしてるでしょう!」


 私が、セイラに近づく。


「マスターズの他のメンバーのことも」

「会社全体のことも」

「業界との関係も」

「シオンのことも」


「——全部を自分が背負って守るって?」


「そんなの——」


 私の声が、震える。


「傲慢だよ。エゴだ!」


「そんなんじゃない!アタシは……」


 セイラが、私を見据える。


「アタシは、やれる!今までだって……耐えられた。だから——」


「やれないよ!」


 私が、叫ぶ。そしてセイラの手を握る。


「私は——あなたまで、失いたくない」


 セイラが、息を呑む。


「だから——冷静になって!もっと周りを見て、そして頼って!」


 私が、セイラを見つめる。


「もっと、信じてよ……私を」

「お願いだから一人で、戦わないで」


 セイラが、小さく笑った。


「……お前、いつから。そんなに強くなったんだ——」


「強くなんか、ないよ」


 私が、首を振る。


「怖いよ、すごく。でも——」


 私が、セイラの目を見る。


「あなたが傷つくのを見るのは、もっと怖い」


「無理して、笑って……倒れそうなのに、強がって」


「そんなの——もう、見てられないよ」


 私の涙が、止まらない。


 セイラは——何も言えなかった。


 ただ、私の手を握り返す。

 セイラが、黙り込む。


 そして——静かな声が、聞こえた。


 

「……ごめん」


 シオンだった。

 二人は、シオンを見る。


 シオンは——俯いたまま。


「ごめん、二人とも」


「シオン?」


 私が、シオンに近づく。


「全部——全部、うちのせいや」


 シオンの声が、震える。


「うちが、お父さんのことで意地になって、四宮に逆らい続けたから。あいつの計画を無視してVtuberになったから……」


 シオンが、顔を上げた。

 その目は、涙で濡れている。


「うちが——もっと、大人になればよかったんや」


「……」


 沈黙。


「そうか——みんなこうやって、大人になっていくんやな……」

 

 シオンの涙が、溢れる。


「うち、あの書類にサインする。だから……FAKE-3を」


「うち……FAKE-3を抜ける」


「ごめん——、全部うちが悪いんや」


「シオン!」

 

 私とセイラが、同時に叫ぶ。

 

 しかしシオンは、首を振る。


「うちは……二人を、セイラを守りたい!」


 その目には、強い意思と覚悟があった。

 

「これが……うちの意思や」


 私たちは、何も言えなかった。

 

 

 ◆



【一時間後】


 配信の準備が整った。


 機材をセットし終えた時——階段を降りる足音。


 私たちは、一斉に振り返った。


 母親——風間美津子が、姿を現した。


「お母さん……」


 シオンが、息を呑む。


「邪魔はしないわ」


 母親は、冷静に言う。


 そして、部屋の隅のソファに座った。


「あなたが、ちゃんと決断するのを見届けるだけ」


「自分が決めたことに最後まで、責任を持ちなさい」


 その表情は、固い。


 シオンは、俯いた。


「……はい」


 私とセイラは、母親を見る。

 彼女は、腕を組んで奥の小さなソファ座った。


 まるで娘を監視するように。でもその目には、何か迷いがあった。


「……配信、始めます」


 私が、機材を操作する。


 画面に、YUICA、シオン、セイラ。三人のアバターが映る。


 タイトル:【重大発表】FAKE-3からのお知らせ



 ◆



「今日は——告知したとおり」


 セイラが、口を開く。


「FAKE-3から重大な発表があります」


 コメント欄が、動き始める。


『どうした?こんな夜更けに』

『何かあったの?』

『大丈夫?良いニュースかな?』

『はじめて三人の顔が揃ってるけど』


「この度は……FAKE-3結成にあたり、多くの方面に……ご迷惑をおかけしました」


 セイラの声が、いつになく真面目で真剣だ。


「この場で、三人で、きちんと発表したいことがあります」


「質問は自由ですが、回答する内容はこちらで選ばせてください——」


 セイラが、カメラを見る。


「もちろん誠実に、お答えします」


 コメント欄が、ざわめく。


『質問って?』

『なんか謝罪会見みたいだな』

『え?何があったんだ……』

『嫌な予感しかしない』


 シオンが、小さく頷いた。


「あの……今日は、うちから、話させてもらいます」


 たどたどしい言葉。

 でも——その目には、確かな決意があった。


 セイラが、静かに頷く。

 私も、シオンを見守る。


「うち……FAKE-3に、入れて……嬉しかった」


 コメント欄が、静かになる。


『シオン……』

『頑張れ』

『応援してる』


「まだ、結成してすぐやけど……」


 シオンの声が、少しだけ大きくなる。


「自分の殻を、破れたんや」

「影から……出ることが、できた」


『泣ける』

『成長したね』

『ずっと見てたよ』


 温かいコメントが流れる。


「本当に……二人には、感謝してる」


 シオンが、私とセイラを見る。

 その目には、涙が浮かんでいる。


「YUICA、セイラ……ありがとう」


 私も、目頭が熱くなる。


「でも……これからは」


 シオンが、深呼吸する。


「あの、えっと……これから、うちは……三人のバンドは——」




 その時だった。



 

『【MusicFan2015】シオンって風間和志の娘らしいね』




 コメント欄に、その一文が流れた。


 ——え?


 シオンの動きが、止まる。

 

 一瞬の、静寂。


 そして——


『風間和志?』

『あの伝説のギタリストの!?』

『マジで!?』

『だから超絶上手いんだ!』

『本物じゃん!』

『すごすぎる!』

『Zyx'sのギタリストの娘!?』


 コメント欄が、一気に爆発した。


 シオンは、画面を見つめたまま——動けない。


『えー!それで納得!』

『天才の遺伝子か!』

『Shadow Guitarの正体はこれか!』

『でもなんで隠してたの?』

『Vtuberとして活動する理由は?』


 疑問が、次々と流れる。


 そして——


 秘密を明かしたアカウントが、さらにコメントした。


 

『【MusicFan2015】伝説のギタリストの娘がVtuberって正気?』


 

『いや、本当に風間和志の娘なの?』

『確認取れてるの?』

『本当なら凄いけど……』


 一般の視聴者は、まだ困惑している。


 しかし——


『【MusicFan2015】親父の名前に泥を塗るつもりか』

『【MusicFan2015】本物の音楽から逃げてVtuber?笑える』

『【MusicFan2015】風間和志のDNAが無駄になる』


 同じアカウントが、連続で攻撃的なコメントを投稿し始める。


『おい、それは言い過ぎだろ』

『シオン頑張ってるじゃん』

『何も知らないくせに』


 一般の視聴者が、シオンを庇い始める。


 しかし——


『【MusicFan2015】庇ってる奴らは黙れ。現実見ろよ』

『【MusicFan2015】伝説のギタリストの娘がバーチャルアイドル?』

『【MusicFan2015】恥ずかしくないのか?本物から逃げた負け犬になって』


 そのアカウントは、止まらない。


『それは違うだろ!』

『シオンは頑張ってる!』

『お前が黙れよ!』


 一般視聴者の反論が増える。


 でも——


『【MusicFan2015】お前らVtuber信者は盲目だな』

『【MusicFan2015】本物の音楽への冒涜だってわからないのか』

『【MusicFan2015】風間和志のファンとして許せない』


 さらにエスカレートしていく。


 明らかに——意図的だ。コイツはなんのためにやってる?


 シオンの手が、震え始めた。


『シオン、気にするな!』

『このコメ主おかしいよ!』

『荒らしは無視!』


 温かいコメントが、シオンを守ろうとする。


 でも——


『【MusicFan2015】この二人に唆されたんだろ?可哀想に』

『【MusicFan2015】YUICAとかいう三流ラッパーがシオンを利用してるだけ』

『【MusicFan2015】鳳凰院セイラも落ちたもんだな、こんな企画に手を出すなんて』


 私とセイラの名前まで出し始めた。


『お前いい加減にしろ!』

『通報した!』

『シオンを守れ!』


 コメント欄が、荒れている。


 でも——そのアカウントは止まらない。


『【MusicFan2015】Vtuberバンド?コミックバンド以下だよ』

『【MusicFan2015】本物のアーティストに失礼だと思わないのか』


 シオンの目から——静かに、涙が溢れた。


「う、うち……」


 声が、震えている。


「うちは……ただ……」


『【MusicFan2015】偽物は偽物。それが現実』

『【MusicFan2015】風間和志の娘としての責任を果たせ』

『【MusicFan2015】Vtuberなんかやめて本物の音楽をやれ』


『お前最低だな!』

『シオン泣かすな!』

『誰か止めろこいつ!』


 一般視聴者の怒りが爆発している。


 しかし——


 シオンの肩が、小刻みに震え始めた。


「ご、ごめんなさい……」


 小さな、小さな声。


「うち……やっぱり……」


 セイラが、前に出る。


「ちょっと待ってください——」


 セイラの拳が、震える。


「根拠のない誹謗中傷は——」


『【MusicFan2015】お前らは伝説を汚してるんだよ』


『通報してBANさせようぜ』

『この荒らし許せない!』


 一般視聴者が必死にシオンを守ろうとしている。


 奥のソファにいた母親も、堪らず立ち上がる。


「……志音」


 そいつのコメントは止まらない——


『【MusicFan2015】泣きたいのは、死んだ風間和志の方だろ』


 

 シオンが、顔を覆った。

 涙が、止まらない。



「お父さん……ごめん……」


 その言葉に——私の中で。


 何かが。


 プツリと。


 音を立てて。



 ——切れた。




「はあ?」




 低く、静かな声だった。


 セイラとシオンが——驚いて、私を見る。



『【MusicFan2015】今なんて?三流ラッパー』



 コメント欄も、一瞬止まる。


 私は——カメラに向き直った。



「おい。よくも私の仲間を傷つけたな」



 今度はゆっくりと、怒りを込めて言った。


『【MusicFan2015】本当のことを言われてキレてんのか?』


 そして——



「黙れ。クソ野郎。ぶっ飛ばされてえか?」



 その瞬間——


 コメント欄が、完全に止まった。


 セイラが、目を見開く。


「YUICA……お前……」


 シオンも、涙を拭いながら私を見ている。



『【MusicFan2015】視聴者にそんな口を聞いて許されると思ってんのか?』


  

「知るか。おまえこそ……覚悟はできてんだろうな?」


 

 私の中のマグマが、静かに——でも確実に煮えたぎる。


 コメント欄が、波打ったようにざわめき始める。


『ひさびさにYUICAが、お嬢がキレた』

『あーあ、これはもう止まらないわ』

『御愁傷様【MusicFan2015】』

『喧嘩売る相手を間違えたな』

『ブタども総出で見守っております」

『いけーお嬢!やっちまえ』


 

『【MusicFan2015】は?何言ってんだこいつ』


 

「お前が、何言ってんだよ」



 私は、画面に顔を近づける。

 そして——鋭く、画面を睨む。


「いいか、よく聞けよ——」


 私の声が、低く響く。


「てめえみたいなクソ野郎に——」


 私の拳が、震える。



「私の大事な仲間を——傷つける権利は、ねえんだよ」



 沈黙。


 長い、長い沈黙。


 そして——


『【MusicFan2015】権利?笑わせるな、これは正当な批判——』


「正当?気持ち悪い——」


 私が、笑う。


「お前のどこが正当なんだよ」

「匿名で、安全な場所から、一方的に攻撃して——」


 私の声が、だんだん大きくなる。


「それのどこが正当なんだ、なぁ?!答えろ」



『YUICA様……』

『これマジでキレてるよ』

『これは……相当危険だ』

『興奮してきたブヒ』

 


「いいか——」


 私が、カメラを睨みつける。


「今から私が——FAKE-3の重大発表をする」


「そこで黙って、正座して聞いとけ——クソカス」


 その言葉に——セイラが、息を呑む。


 シオンも、目を見開いている。


 そして——私は、深く息を吸い込んだ。



(つづく)



 次回——「フリースタイルで重大発表」


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