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54「高すぎる理想と低すぎる自己肯定感」

【シオン邸・地下スタジオ 翌日・午後5時】


 私とセイラは、シオンの地下スタジオに再び足を踏み入れていた。


 今日の目的は、シオンのVtuberアバターの最終確認。

 そして、初配信に向けた打ち合わせだ。


「じゃあ……見せます」


 シオンは小さな声で言うと、PCのキーボードを叩いた。


 モニターに、3Dアバターが表示される。


 その瞬間——


「おい……おまえ盛りすぎだろこれ!」


 セイラが叫んだ。


 画面には、青いボブカットが特徴の長身でスタイル抜群の女性アバターが映し出されていた。

 身長は優に170cm以上ありそう。

 胸は豊満で、ウエストは細く、足は長い。


 まるでモデルのような、完璧すぎるプロポーション。


「だ、だって……」


 シオンが俯きながら呟く。


「Shadow Guitarの衣装着たら……こうなるやん」


「あのな……3Dアバターってのは”中の人”の動きを正確に反映するんだよ!」

「特にライブはリアルタイムだから一切の補正が効かない」


 セイラが画面を指差す。


「胸はともかく身長差ありすぎだ!おまえのクソガキ体型と違い過ぎてトラッキングがガタガタになるわ!」


※トラッキング〜演者の動きをモーションカメラで解析し、同じ動きをアバターに伝える技術。モーションキャプチャとも言う。



「問題ない!」


 シオンが珍しく強い口調で言い返す。


「このブーツとパッドのままやるから!」


「は?」


「ていうか……うちは、ずっとこの格好で練習してきたから、演奏だってやりやすいの!」


 ——あぁ、そうか。

 シオンは普段から、シークレットブーツと胸パッドで身長と体型を偽装している。むしろ、その姿に合わせたアバターの方が慣れてるし自然なのか。


 ——でもなんで、Shadow Guitarをこんな盛り盛り体型で始めたんだろう。


「ねえ……シオン。なんでこの身長にこだわるの?」


 私は静かに尋ねた。


 シオンの動きが、止まった。


 長い沈黙。


 そして——小さく、震える声で。


「……話します」


 ◆


 

 シオンは椅子に座り、膝の上で手を組んだ。


 その小さな背中が、さらに小さく見える。


「小学5年生のとき、まだ大阪にいたんですけど……」

「人生で初めて、人前でギターを弾いたんです」


 静かな声。


「地域の音楽祭でした……うち、父から習ってたからギターにはかなり自信があって、人前で演奏して評価が聞きたいって思って」


 シオンの指が、震える。

 

「演奏は……上手く弾けたんです。ミスもなく、完璧に」


 ——良かったじゃない。ならなぜ?


 そう言いかけて、私は口を閉じた。

 シオンの表情が、あまりにも暗いから。


「でも……拍手ももらって上手いって褒めてもらったんだけど、その時、誰かが——」


 声が、さらに小さくなる。


「『ギターが歩いてる』って叫んで」


 ——え?


「『あれ?人おらんくない?』」

「『てかギターが勝手に弾いとったん?!』」


「そんな悪ノリで、広場が……笑い声で埋まったんです」

 

 シオンの目から、涙が一筋流れた。

 

「関西やから、叫んだ人は笑いをとろうとしただけやって分かってます……でも」


 私の胸が、締め付けられる。


「うちは、傷ついた……」


 シオンが顔を上げる。その目は、真っ赤だった。


「みんな演奏のことは忘れて、笑ってて……」


 膝に上の手を握るシオンの手が震えている。


「うちの見た目が小さいせいで、演奏を無かったことにされたのが……悔しくて」


 セイラが、息を呑む。


 私も——言葉が出ない。


「だから、あの日から……見た目に嘘をつくようになった」


 シオンが拳を握りしめる。

 

「だから!うちは、このアバターで人前に立ちたいねん!」


「ギターだけを、音楽だけを聴かせるために!」


 沈黙が、スタジオを支配する。


 セイラが——やがて、静かに言った。


「……分かった」


「え……?」


 シオンが顔を上げる。


「そのモデル、使えばいいよ」


 セイラの声は、優しかった。

 

 しかし暗い空気を引き裂くように、シオンの背中を叩き突然大声でハッパをかける。


「だったらもう小鹿みたいに震えんじゃねえぞ!クソガキ!ただでさえ厚底靴で不安定なんだからな!」


 シオンは一瞬驚いたような表情を見せた後、負けじと大声で返す。


「うっさい!やったるわ!パワハラババァ!」


 ◆

 

 その後、ミーティングを重ね、Vtuberのキャラ名はシオンのままで行くことになった。


 私たちのユニット名は、揉めに揉めたがセイラが「めんどくせぇ。ならもう“FAKE-3”でいいだろ」と投げやりに言った名前が採用された。


 そして私とセイラのXでユニット名と新メンバーのデビューを告知。


 新メンバーの正体がShadow Guitarということを明かしたこともあり想定以上に大バズりしていた。


 よってシオンが今日の配信でVtuberデビューするシナリオはもはや不可避となっていた。


 


「で、でも……」


 シオンが立ち上がり、部屋の中を行ったり来たりし始める。


「うち、なんもしゃべれへん……どうすれば……」


 そして、私の方を見た。


「ねえYUICA!同じ陰キャでしょ、最初はどうやったのかアドバイスしてよ!」


 ——来た。やはり頼りにされてる。

 

 シオンに敬語をやめさせたので、彼女の言葉遣いがだいぶフレンドリーになっている。


 でも——


「……私の初配信はね」


 私は目を逸らす。


「じつは、ミスクリックで誤配信だったから、覚悟なんてする時間もなかったから……分からない」


「え……」


「もし私が、今のシオンの立場だったら……」


「だったら?」


 シオンが藁にもすがりそうな目で私の言葉を待っている。

 私は小さく呟く。


「そうだね、トイレに篭って出てこない」


 シオンの動きが止まる。


 そして——


「ああ……頼みの綱が、こんなダメ人間だったなんて」


 シオンは机にうつ伏せになり、頭を抱えて震え出した。



「ごめんなさい、生きててごめんなさい」


 私も床にうずくまって震え出す。



「何やってんだよ!このクソ陰キャどもが!」


 セイラが床をドンドンと踏み叩く。


「さっさと気合いいれろや!」


 でも私たちは震えるばかり。


「あ、そういえば……私ってば配信中ずっとパニックだったけど」


 私は床から顔を上げる。


「何を言ってもコメントで『面白い』って言われたよ」


「ブタどもは、お前を盲信しすぎなんだよ」


 セイラが呆れた顔をする。



「な、なんで……」


 シオンが少しだけ顔を上げる。


「普通のVtuberはおらんの?なんなんこのメンバー……」


「……おいおい。アタシは初配信からバッチリだったけど?」


 セイラが腕を組む。


「そうだよ!セイラは日本一でしょ!」


 私が立ち上がる。


「こんな時こそ!何か的確なアドバイスしてよ!」


「うるせえ!!この地雷コンビめ」


 セイラが叫ぶ。

 

「こちとら天才なんだよ!」

 

「おまえらみたいなコミュ障の気持ちなんてわかるか!アタシは心理カウンセラーじゃねえぞ!」


 三人の陰キャ(内1人は陽キャもどき)が、地下スタジオで右往左往していた。


 ◆


 ピピピピピ——


 タイマーの音が鳴る。


 配信開始まで、残り3分。


 シオンの顔が、みるみる青ざめていく。


「う、うぅ……ああぁぁやだよぉぉ」


 両手が、ガタガタと震え出す。


「おい!何で指がブルってんだよ!」


 セイラが肩を掴む。


「ギターなら弾けてるだろ!45万人も見てる前で!」


「しゃ、しゃべるのは無理や……」


 シオンが震える声で言う。


「うちのギターは”言葉”やけど、この“口”は違うねん……!」


 ——そうか。

 シオンにとって、ギターは言葉の代わり。

 でも口で喋ることは、まったく別のことなんだ。

 と、当たり前の思考しか浮かばない。


 残り1分30秒。


 シオンの震えが、さらに激しくなる。


「無理……無理や……」


 ——このままじゃ、配信できない。


 私は——セイラを見た。

 セイラも、私を見た。


 そして——私たちは、同時に頷いた。


「……よし。先輩がなんとかしてやる!」


 私は立ち上がる。


「セイラ、私にアイデアがある!」


「ほう!さすがアタシが認めた親友だけはある」


 セイラがニヤリと笑う。


「で、どうするYUICA」


「あの日の再現だよ!」


 私は——配信ボタンに手を伸ばした。

 

「出たとこ勝負だ!!」

「ちょ、ちょっと待っ——」


 シオンの制止を無視して——


 カチッ。


 配信開始ボタンを押す。


 画面に、「配信中」の文字が表示される。


 そして——


 シオンのアバター、青い髪に長身美女が、画面に映し出された。


 マイクがONになっている。


「あ……あ……」


 シオンの声が、全国に流れる。

 

「こ、こん、こんばん……は。シオンです……」

 

 コメント欄が、動き出す。


『うぉぉ!Shadow Guitarがしゃべった!』

『わ!新メンバーかっこいいね!』

『天才ギタリストキターーーーー!!!』

『うぉぉ初めて声聴いた!見た目より声可愛い」

『待って待ってめちゃくちゃスタイル良くない?!』


 視聴者数が、一気に跳ね上がる。


 5000人、3万人、5万人——


 シオンは——完全に、フリーズしていた。


 その目は虚ろで、体は石のように固まっている。

 漫画なら作画崩壊ってところだ。


 そして——


 震える声で、呟いた。


「……うち死ぬ……もうやめて……殺して……」


 マイクは、すべてを拾っている。


「むりむりむりむりむり無理……」


 その反応にコメント欄が、爆発した。


『関西人?』

『!?!?!?』

『ガチ陰だ!』

『かわいい』

『守りたい』

『ギャップ萌え……』

『これは初回から神回だ』

『この配信で陰キャ100人救われた』


 同時視聴者数は、10万人を突破している。


 シオンは——震えながら、画面を見た。


「……うわぁぁ、うちの声が、きもいぃぃ……うううぅぅ吐きそう……」


 私は、シオンの手を握った。

 温かくて、小さくて、震えている手。


「大丈夫だよシオン。リスナーが支えてくれる!」


 私が声を出すと、セイラも続く。


「みんな〜!シオンを頼むぞ!」


 するとコメント欄が爆発。


『うぉぉ! YUICAと艦長も隣に居るの?!』

『なんて贅沢な初配信!』

『シオン!全力で応援する』

『はい推し決定です』


 その様子を見てセイラが——PCに向かって、静かに手を合わせている。


 合掌。


 配信は——始まったばかりだった。


(つづく)


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