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53「本当のセイラの歌声」

 シオンがギターを抱え込んだまま、震えている。


「ソロを一緒に歌うって……どういうこと?」


 その声は、かすれていた。


 セイラが、ゆっくりとシオンに近づく。


 そして——膝をついた。


 シオンと同じ目線まで、身を屈める。


「なあ、シオン……おまえ、アタシのこと苦手なんだって?」


 優しい声。


「……はい。あんまり好きじゃないです」


「それでいいよ」


「……え?」


「おまえのさっきの演奏、すごかったよ」


「……でも、崩壊しました」


「うん。崩壊したな」


 セイラは否定しない。


「でもな、崩壊する前までは素晴らしい出来だった」


「……」


「おまえは弾けるんだよ。ただ——一人で弾くのが、怖いだけだ」


「……そんな簡単に……前向きになれないよ……あんたとは違う」


 シオンが、顔を上げる。涙で濡れた顔。


「かもな」


 セイラが頷く。


「だから、おまえはアタシを嫌いなままでいい。むしろその感情を、アタシの声に負けないようにぶつけてこい」


 セイラが微笑む。


「アタシのソロに負けない様に。さあ、もういっかい最初から弾いてみてくれ」


「……でも、どうせソロで崩壊するし」


「いいや、させない。今度は、ソロじゃない」


 セイラが立ち上がる。


「さあ、もういっかい、『蒼雷』を弾いてくれ」


「でも……」


「ビビってんのか?それでも風間和志の娘か?」


 そして——セイラが、挑発するように言った。


「そのブーツと、胸パッドみたいに、おまえのギターも盛ってるんか?」


「……違う!」


 シオンの声が、初めて大きくなった。


「うちのギターは、本物や!」


「大きな声、出るじゃねえか……ほら」


 セイラが手を差し伸べる。


 シオンは——その手を、震えながら掴んだ。


 そして、立ち上がる。


「わかった……弾く」


 深呼吸。


「やっぱり……アンタは好きになれへん」


 小さな声。でも、確かな決意。


 それを聞いてセイラはかすかに笑った。


 ——なんて強くて、悲しい瞳をしてるんだろう。


 私は、セイラを見ていて時々心配になることがある。


 何か生き急いでいるような、いつか突然、燃え尽きて消えてしまいそうな瞳。


 でもここは、セイラに一旦任せよう。私の直感がそう告げていた。



 ◆



 シオンがギターを構え直す。


 深呼吸。


 そして——弦を弾いた。


 『蒼雷』のイントロが、再び響く。


 その音は、さっきよりも少しだけ——震えていた。


 でも、止まらない。


 シオンは、弾き続ける。


 そして——


 サビから入るこの曲の冒頭を、セイラが歌い始めた。


「蒼雷よ 今 落ちて来い」

「この胸を撃ち抜いて」

「青天を裂く閃光よ」

「すべてを変えてくれ」


 ——え?


 シオンは、驚いて顔を上げた。


 ——これが……鳳凰院セイラの声?


 そんな表情をしていた。


 分かる。


 私だって、鳳凰院セイラの歌といえば、もっとポップで、激しく、張り上げた声しか知らない。


 でも——今歌っているセイラは、まるで別人だった。


「暗闇に手を伸ばし 何かを探してた」

「祈りさえ届かない夜に ただ震えていた」


 メロディに入ると、さらに透き通るような、高く澄んだ声になった。


 まるで讃美歌のような、祈りとも言うべき歌声が『蒼雷』の歌詞の世界観に共鳴していた。


 それは——まるで、天から降り注ぐ光のような。


 ——これが、本当のセイラなんだ。


 私は息を呑んでいた。


 艦長としての完璧な仮面じゃない。


 リーダーとしての計算された歌声じゃない。


 今——彼女は、素の自分で歌っている。


 そしてその声には、どこか悲しみがあった。孤独があった。


 そして——誰かを救いたいという、強い祈りがあった。


 私はあらためて確信した。


 セイラもまた、ずっと一人で戦ってきたんだということを。


 シオンは——弾き続けた。


 セイラの声に導かれるように。



「見えない明日に 手を伸ばしても」

「掴めるのは 不安だけだったのに」

「闇を裂く前兆 空が震えてる」



 ギターの音と、歌声が——溶け合っていく。


 シオンにとってそれは初めての感覚だった。


 初めて、誰かと一緒に演奏している。


 お父さんが死んでから——ずっと一人だった。


 ずっと偉大な父親の陰に隠れて一人で弾いてきた。


 ——でも今は隣に、誰かがいる。



 そして——

 ソロパートが、来た。



 シオンの指が、一瞬止まりそうになる。


 でも。


 セイラの声が、変化した。


 歌詞が消え——


 純粋な「音」になった。


「whoooo——————」


 ハイトーンボイス。楽器のような、声。


 それは、ギターのキーに完璧に合わせて——変化していく。


 Eマイナー、Gメジャー、Dメジャー——


 コード進行に沿って、音程が変わる。


 まるで、もう一本のギターのように。


 これは——スキャットでも、ハミングでもない。


 楽器としての声。


 ボーカリストが持つ、最高難度の技術。


 ギターの音域に合わせて、声のキーを瞬時に変える。


 しかも——ロングトーンで。


 それは息継ぎなしで、長く伸ばし続ける。

 肺活量の限界に挑むような、過酷な技術。



(シオンの視点)



 ——すごい。


 うちのギターが、裏に回った。


 セイラの声が、前に出ていく。


 でもそれは——うちを消してるんやない。


 うちを、支えてる。


 ソロの感情が、和らいでいく。


 お父さんの死の記憶が——セイラの声に、包まれていく。


 ——怖くない。


 うちは——弾ける。


 指が、動く。


 ピッキング、ビブラート、タッピング——


 シオンの音が、指が、すべてが、流れるように、ギターが——走り出す。


 感情が、乗る。


「hoooo————」


 セイラの声が、さらに高くなる。


 キーが、一段階上がる。


 ギターも、それに合わせて加速する。


 ——共鳴。


 ギターと声が、互いを高め合う。


 シオンのギターが、セイラの声を引き上げる。


 セイラの声が、シオンのギターを支える。


 それは——まるで、二人で天を目指すような。


「oooo————」


 セイラの声が、さらに上がる。もう一段階。


 ギターも、限界を超える。


 天を突き抜けるような、高音。


「————………」


 セイラの肺活量が、限界に達する。


 でも——止まらない。


 ギターも、止まらない。


 二つの音が、一つになる。


 人間とギターが——


 音となって——


 祈り合う。


 そして——


 最後の一音。


 ギターと声が、同時に——


 鳴り止んだ。



 ◆



 沈黙。


 まるで雷が落ちた後のように……スタジオに、余韻が広がる。


 セイラが、膝をつく。


「ハア、ハア、ハア……」


 息が、切れている。


 手が、震えている。


 喉が、焼けている。


 あれは——本当に命を削る歌い方だった。


 普通の人間には不可能な、肺活量の限界を超えた技術。


「だ、大丈夫?セイラ」


「へーき……へーき。これくらい……」


 笑顔を作るが、その額には大粒の汗。


 シオンは——ギターを抱いたまま、立ち尽くしている。


 そして——ゆっくりと、顔を上げた。


 涙が、頬を伝っている。


 でも——それは、悲しみの涙じゃなかった。


「弾けた……初めて」


 小さな声。


「ソロ、弾けた……」


 その声が、震える。


「一人やなかったら……弾けるんや……!」


 シオンが、セイラを見る。


「……セイラ……あ、あり」


 オドオドしているシオンに、セイラは荒い息のまま——微笑んだ。


「ほら、できるじゃねえか……クソガキ」


「はあ?クソガキ?……うっさいババァ!」


「はあ?ババア?アタシはまだ31だぞ!この中でババァはYUICAだろが!」


「ちょ……なんで私に飛び火させるわけ?」


「YUICAさん!うち、やっぱこの人、嫌いや!」


 そして——


 この日、シオンが——初めて、笑った。


 本当の笑顔で。


 私は、二人に近づく。


「すごかったよ……二人とも」


 シオンが、涙を拭う。


「でも……結局これやとギターソロやないから……まだフェイクやね」


「フェイクでもいいんだよ」


 セイラが断言する。


「全部完璧な奴なんて、面白くないだろ」


「そんな、フェイクスターの三人で——J-ROCKフェスを……制覇するんだ」


 シオンが——小さく、頷いた。


「……うち、頑張る。もっと練習して上手くなる」


 ——もう十分上手いんだけどな。

 それより、この二人と並んで……私が大丈夫なのか心配だよ。


 そして——セイラがシオンの肩を叩く。


「なあシオン……おまえ、ひとつ大事なこと忘れてないか?」


「え……何?」


「アタシらはVtuberバンドで……デビューするって理解してるよな?」


 シオンが、私の顔を見る。


「うん……YUICAさんには伝えたけど、もうアバターも作ってるから、それは大丈夫やで」


 するとセイラが呆れたように首をすくめる。


「全然わかってないなおまえは」


「Vtuberといえば、配信だろうが!」


「え……うち、そんな、ぜんぜん喋られへんし」


「だーめ……明日からVtuberシオンとして配信デビューだ!」


「えーーーーーーーーーーーー!?」


 膝をつき、ガタガタ震えながら床を見つめるシオン。


 それを見て私とセイラは、

 お互い顔を見合わせて——


 笑った。


「がんばろうシオン!私がコツを教えてあげるから」


 こうして——


 Vtuber三人のロックバンドが、動き始めた。



(つづく)


 次回——「シオンのVtuberデビュー」


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