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50「隠れた天才ギタリストを探せ」


【新宿・歌舞伎町 午後8時】


 夜の歌舞伎町は、いつもと変わらず騒がしかった。

 ネオンが煌めき、酔客が行き交い、どこからか笑い声が聞こえてくる。


 私とゆいは、あの薄暗い路地へと足を向けた。


「久しぶりだね、ここ」


 ゆいが呟く。


「うん……」


 路地の奥。古びた雑居ビルの地下へと続く階段。

 その入り口に、小さな看板が掲げられている。


『スナック韻』


 電気がついている。


 初めてここに来た時のことを思い出す。


 ラップのラの字も知らなくて、ただCODAMAに誘われるまま、ゆいと一緒にきた。

 あの時は、まさか自分がMCバトルに出て優勝するとは、思ってもみなかった。


 階段を降りる。

 一歩、また一歩。


 扉の前に、『本日貸切』のプレートがかかっている。


 ——ああ、そうか。

 事前に連絡していたから仲間が気を利かせたのだろうか。


「じゃあ、行こうか」


 ゆいが言う。私は深呼吸して、扉を開けた。


 ——懐かしい匂い。


 タバコと酒と、微かに香る婆さんの香水。

 店の中には、見覚えのある顔が並んでいた。


「YoYo、YUICA!」


 KENが最初に声をかけてくれた。

 互いの拳を合わせるヒップホップ流の挨拶。


「久しぶり!ブラザー」

「おお、来たか!」

「婆の葬式……以来だな!」


 カズ、タケ、RIZE、SAKI、TAKESHI、JUN——

 MCバトルでお世話になった常連たちが、次々と声をかけてくれる。


「決勝は感動したよYUICA!」

「次のバトルも出るんだろ?」

  

 ふとカウンターを見る。そこにには、見覚えのある銀髪の女性が立っていた。

 

 ——ミスティだ。


「……いらっしゃい、YUICA」


 静かに、でも嬉しそうに微笑む。


 今、スナック韻は婆の意志を継いで、一部の常連たちによって共同経営されている。


 それがKEN、カズ、タケ、そしてミスティの四人。


 婆がいなくなっても、この場所は生きている。


「ミスティ……ありがとう。ここを続けてくれて」


「……うん。婆さんとの思い出の場所だから。みんなで守って行こうって」


 その言葉に、胸が熱くなる。


 そして——


「話すのは決勝以来だな……YUICA」


 奥の席から、見覚えのある男が立ち上がった。


「CODAMA……」


 決勝で戦った相手。最強の兄弟子。

 あの激しいバトルの記憶が蘇る。


「久しぶり。元気そうだな」


「うん……CODAMAもね」


「あれからも配信、見てるぜ。相変わらず毒舌全開だな」

「……あれから誰も俺のことを責めないし、ほんといいリスナー達だよな」


「まあね、ブタどもは私の誇りだから」


「それって、俺も入ってる?」


 CODAMAが笑う。

 あの日の敵意はもうない。むしろ、戦友のよう空気さえ感じる。


「ところでさ、YUICA」


 CODAMAが急に真面目な顔になる。


「俺の告白、どうなってんの?……いつ返事くれるの?」


「はあ?」


 思わず大きな声が出た。


「あれはブタどもを煽るために言ってたんでしょうが!」


「いや……そうだけど、内容は本音だったんだが」


「……え」


 一瞬、頭が真っ白になる。


「っていうか敗者のくせに何を言ってるのよ!」


「敗者!? ひっでぇ!」


 CODAMAが胸に手を当てて大げさに倒れる真似をする。


「じゃあさ!もっかいバトルして決めようぜ!俺が勝ったらデートな!」


「なんでそうなるのよ!ていうかバトルで恋愛決めるな!」


 カズが笑いながら仲裁に入る。


「まあまあ、二人とも。そんなことより——」


 KENがカウンターに肘をつく。


「YUICAは俺たちに、なんか相談があって来たんだろ?」


 ああ、そうだった。


 私は咳払いをして、真面目な顔になった。


「実は……相談があって」


 全員の視線が私に集まる。


「私、ロックバンドを組むことになったの」


「ロックバンド!?YUICAが?」


 元ロッカーだったRIZEが驚いた声を上げる。


「そう。J-ROCKフェスティバルに、Vtuberバンドで出場するんだ」


 一瞬、店内が静まり返った。


 そして——


「マジか!?」

「J-ROCK!?あの日本最大の!?」

「Vtuberで!?」


 どよめきが広がる。


「おいおい、本気か?」


 タケが唸る。


「本気です。ラッパーとして私が参加して、ボーカルは艦長……鳳凰院セイラ」


「あの日本一Vtuberの?」


「まあ、今どきロックにラッパーを加えるバンドは多いからな」


 カズが言う。


「リンキン・パークとか、世界的バンドだし」

「日本でもワンオクとかな。むしろラップが入ってる方が売れる時代だ」


 タケが続ける。


「そうなんだ……じゃあ私がラッパーで参加しても、おかしくないってことですよね」


「いや、YUICAはもはや本職のラッパーだろ。MCバトル優勝者なんだから。むしろ強力なユニットだよ」


 CODAMAがニヤリと笑う。


「ありがとう。あ、で、相談は——ギタリストを探してるんだけど、ぜんぜん見つからなくて」


 KENが腕を組む。


「おいおい。リードギターがいないとロックバンドが成立しないだろ……大丈夫なのか?」


「そこで相談なんだけど……」


 私は深呼吸した。


「みなさんの知り合いで、Vtuberギタリストになってくれる人、いないかな」


 再び、静寂。


 そして——


「え、マジで言ってる?」

「おまえ……それ、今から探すのか?」


 各自が額に手を当てた。

 

 呆れ顔でKENが尋ねる。

 

「今年のフェスに出るんだよな?2ヶ月後の」


「時間が無いのはわかってるけど。

 もう止まれない——意地でも探すしかないです!」


「……わかった。じゃあ総動員で探そう」



 ◆



 ——それから、一時間後。


「だめだ、全滅」


 最もギタリストの友人が多いRIZEが首を振る。


「5人に声かけたけど、全員断られた。理由は『Vtuberはちょっと』」


「私もだめだった」


 SAKIも肩を落とす。


「やっぱVtuberになるって条件がハードル高いみたい。キャリアに傷がつくってさ」


 次々と報告が入る。

 どれも、同じような内容だった。


「俺の知り合いも、『顔出せないのは無理』って」


「ギタリストって、基本的に目立ちたがり屋だからなぁ」


 絶望的な空気が流れる。


 ——やっぱり、そんなに簡単じゃないよね。


「あとは……KENさんの友人の娘だけが頼りだね」


 ゆいが言う。


「ああ、あの子な」


 KENが頷く。


「Vtuberの推し活してる女子大生。親譲りでギターテクニックはプロレベル」


「それ、完璧じゃないですか!」


 私の声が弾む。


「ああ、完璧だった——過去形だけどな」


「……え?」


「さっき連絡が来てさ。来月から1年間、ロスに留学するらしい」


 KENが苦笑する。


「今回のJ-ROCKには間に合わない」


「そんな……」


「Vtuberが好きってだけで希少だったのに、惜しいことしたな」


 完全に、行き詰まった。

 私はカウンターにうつ伏せた。


「そもそも、ギタリストとVtuberって組み合わせがなぁ」


 タケが言う。


「だな。他のポジションより遥かにハードルが高い」


「やっぱりそうですよね……」


「ラッパーにはラップがある。ボーカルには歌がある。でも——」


 KENが続ける。


「ギターは演奏だけだ。パフォーマンスを見せられなきゃ、音だけで魅せる必要がある。そんなのを引き受ける物好きは、そうそういないと思うぞ」


「ですよね。一番目立ちたいポジションなのに……Vtuberになるのって矛盾してますもんね」


 諦めかけた、その時だった。


 カウンターでグラスを磨いていたミスティが、ボソリと呟いた。


「……Shadow(シャドウ) Guitar(ギター)って、知ってる?」


「え?」


 聞き慣れない名前だった。


「なにそれ?」


「もしかして、あの演奏してる影と音だけ公開してるやつ?」


 RIZEが反応する。


「あ、俺もそれ見たことある。めちゃくちゃ上手いよなあの人」


「Shadow Guitarは……」


 ミスティが静かに頷く。


「登録者45万人の天才ギタリスト。でも影と音だけで、顔も声もいっさい出さない」


「ああ、あの人か」


 KENも知っているようだ。


「確かに実力はすごいが——まったく素性がわからないからな」


「……そうボクも、ずっと気になってたんだ。何者なんだろうって」


 そう言うと、ミスティが私を見る。


「……ボク、チャンネル登録してるから、演奏見てみる?」


 ミスティがスマホを取り出す。

 みんなが集まってくる。


 YouTubeアプリを開く。

 

『Shadow Guitar』チャンネルを開く。


 そして、再生。



 ◆



 画面には、白い壁にギターを演奏する人物の影だけが映っていた。


 強い照明で浮かび上がる、黒く濃い影。

 身長は170cmほどありそう。

 細いウエスト、大きな胸、長い足——スタイル抜群の女性だと分かる。


 そして、ギターが鳴った。


 ——すごい。


 クラシック、ジャズ、メタル、フュージョン。

 あらゆるジャンルを、完璧なテクニックで弾きこなしている。


 速弾きも、繊細な音色も、自在に操る。


「かなり上手いな……」

「プロだろ、これ」

「テクからして30代のベテランギタリストじゃないか?」


 常連たちが次々と評価する。


 でも、私は——何か、違和感を覚えた。


「……この音、寂しい」


 思わず、口に出していた。


「ん?」


 KENが振り返る。


「技術は完璧。でも……心が、閉じてるような」


「そうか?変なところを気にするんだな」


 するとCODAMAが笑う。


「いや、YUICAが言ってる意味、わかる気がする」


「確かに、完璧すぎるんだよ。ミスがない。でも——魂が、どこか遠いっていうか……なんか陰なんだよな」


「そう……それ」


 私は画面を見つめる。


「何かを抑えてる」


「抑える?」


「技術は完璧。でも、どこか遠慮がある。特にソロパートでも、主張しすぎない。まるで……音楽の裏側に隠れようとしてるみたい」


 CODAMAが腕を組む。


「……そうだよな、確かに。この実力なら、もっと前に出てもいいのに、遠慮してる感じだな」


「それに……音色が、孤独」


 私は言葉を選ぶ。


「たしかに……孤独な感じがする」


 ミスティが共感するように呟く。


「音色がすごく綺麗だけど、独りよがりでどこか寂しい。誰とも演奏したがらない人の音みたい……」


「……ボクもこういう声出してたから、分かる」


 ミスティの意見に、店内が静まり返る。


 私は続ける。


「私も……誰にも本音を言えなかった時の声。一人で、ずっと抱え込んでた時の声と同じかもしれない」


 ゆいが、私の手を握った。


「この人、きっと—— ずっと一人で、弾いてるんじゃないかな」


 KENが深く息を吐く。


「……君はすごいなYUICA。あながち間違ってないかもしれない」


「そうなんですか?」


「ああ、この人、音楽関係者の間でも全く連絡が取れない謎の人物として有名らしい」

「視聴者のコメントにも、一切返信しないしな」


 KENが再び腕を組んで首を振る。


「ボクも、気になって一度DMを送ったことあるけど、まったく反応なしだったよ」


 ミスティが言う。


「音楽関係者がコンタクト取っても返事しないんじゃ、そもそもオファーするの無理なんじゃないか?」


 タケが首を振る。


 ——でも。


 私の直感が、何かを告げている。


「この人……ギターは上手いけど、目立ちたくないんだと思う。だから、私が求めてる人物かもしれない」


「なんでそう思うんだ?」


 CODAMAが聞く。


「だって……私がそうだったから」


 私は壁に掲げられた婆の写真を見つめる。


 バッグに入れて持ってきていた、黒と銀色の婆から受け継いだマイクを取り出す。


 マイクを握ると——「止まるな、歌え」

 婆の声が、脳裏に囁く。


「ちょっと、DM送ってみる。YUICAとして」


 私はスマホを取り出した。


「おいおい、さすがに返事こないって」


 カズが言う。


「でも……やってみないとわからない」


 YUICAのアカウントでログイン。

 Shadow Guitarのチャンネルを開く。

 そして、DMの作成画面。


 ——何を書けばいい?


 指が、震える。


 でも、思ったままを書くしかない。


————


はじめまして。VtuberのYUICAです。

突然のご連絡、失礼します。


あなたの演奏、素晴らしいですね。

特に、音色が——とても綺麗です。


実は、お願いがあります。

私と一緒に、バンドを組みませんか?

Vtuberのロックバンドで、J-ROCKフェスに出ます。


あなたのように上手なギタリストにこんなお願いをするのは失礼だとわかってます。

目立てないし、きっと叩かれます。きっと笑われます。


でも——

あなたの音を、もっと多くの人に聴いてほしい。

私と一緒に戦ってほしいです。


返信、待ってます。


YUICA

————

 

 一度、深呼吸。

 そして——送信ボタンを押した。


「送った」


「フェスまでに返事が来るといいけどな——」


 KENが言いかけた、その時。


 ピロン。


 通知音が鳴った。


「……え?」


 画面を見る。


 DMの返信————嘘でしょ。


「どうした?YUICA」


「……返信、来た」


「は?」


 店内が、一瞬で静まり返る。

 私は震える手で、メッセージを開く。


————

はじめまして。Shadow Guitarです。

詳しくお話を聞かせてください。

————


 たった、二行。


 でも——


「返信来たああああああ!!」


 私が叫ぶ。


「なんで?マジかよ!」

「YUICA、お前すげぇ!」

「どうやったんだ!何が起こった?」


 店内が爆発する。


「お姉ちゃん、やったね!」


 ゆいが抱きついてくる。


「う、うん……でも、まだ分からないよ」


「大丈夫!お姉ちゃんの直感、当たるから」


「……そうかな」


「うん。だって、お姉ちゃんは——隠れてる人の気持ち、分かるもん」


 ミスティが、静かに微笑んでいた。


「……婆さん、見てる?」


 小さく呟く。


 私は再びスマホを見る。


 Shadow Guitarからの返信。


 ——これが、始まり。


 新しい仲間との出会いの、始まり。


「じゃあ、早速返信しないと」


 指を動かす。


————

ありがとうございます!


詳しくお話ししたいです。

明日オンライン通話とかできますか?


YUICA

————


 送信。

 そして——

 また、すぐに返信が来た。


————

大丈夫です。


でも、顔は出せません。

声も、あまり出したくないです。

それでもいいですか?


Shadow Guitar

————


 ——やっぱり。

 この人も、何かを抱えてる。


————

全然大丈夫です!

明日の夜、お時間ありますか?


YUICA

————


返信を待つ。30秒。1分。そして——

 

————

できれば、『人生相談』の形式で、YUICAとお話しがしたいです。


Shadow Guitar

————


「人生相談方式……って、まさかリスナーなの?」


 私は思わず叫んでいた。


「マジか!CODAMAパターンか?」

「だから返事してきたんか!」

「YUICA、お前、陰キャの星なんだな!」


 常連たちが盛り上がる。



————

わかりました。

では、明日のYUICAの配信が終わった後で、

プライベートチャンネルで話しましょう。


YUICA

————



 その後、Shadow Guitarからの承諾でやりとりを終えた。


 ——なんか漫画みたいな展開だ。まあ……今に始まったことではないけど。


 CODAMAが私の肩を叩く。


「……よかったな。でも——J-ROCKへの道は前途多難だぞ」


「MCバトルの時みたいに、また叩かれるぞ。『Vtuberが調子乗るな』って」


「……分かってる。でも——命のレールは止まらないんでしょ?……CODAMA」


 私は婆のマイクを握りしめる。


「……そうだな。うん……なら、頼みがある」


 CODAMAの表情が、変わった。


「決まったらチケット、一枚くれ。お前のロックフェス、絶対に見に行く。どんなアウェイでも応援する」


 その言葉が、胸に響く。

 

「……うん約束する」


「じゃあ、俺たちも行くぜ!」

「当然だろ!」

「スナック韻、総出で応援だ!」


 常連たちが次々と声を上げる。


 KENが、私の肩をポンポンと叩いた。


「YUICA。お前は、本当に——止まらないな」


「……はい」


「婆さんも、喜んでるよ」


 その言葉に、涙が出そうになる。


 ミスティがカウンター越しに、小さく頷いた。


「……頑張って」


「うん」


 私はスマホを見つめる。


 Shadow Guitarからのメッセージ。


 ——明日の夜。

 ——どんな人なんだろう。

 ——どんな声なんだろう。

 ——そして、どんな想いで、影の中で弾いてきたんだろう。


 不安と期待が、同時に押し寄せる。


 でも——


 私は、進むしかない。


 婆が託した炎を、絶やさないために。


 セイラと交わした約束を、果たすために。


 そして——


 247万人のブタどもを、裏切らないために。


「ゆい、帰ろう」


「うん!」


 私たちは、スナック韻を後にした。


 新宿の夜に、再び飲み込まれていく。

 でも今は、足取りが軽い。


 ——明日。


 ——念願のギタリストに、会える。


(つづく)



 ──次回「影からの人生相談」


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