47「決着・止まるな、歌え」
【MCバトル会場・決勝戦ステージ】
ステージのライトが、再び灯る。
司会が、震える声でマイクを握った。
「それでは——延長戦を開始します!」
会場が、どよめく。
「延長戦は——8小節を交互に、4バース!」
スクリーンに、ルールが映し出される。
「4回変化するビートの中で戦います!」
ビートが、重く鳴り響く。
「先行は——YUICA!」
会場が、拍手に包まれる。
私は——婆のマイクを、握りしめた。
今怒りがある。深い、激しい怒り。
CODAMAが、私のブタどもを傷つけた。
"下等ブタ"と罵った。"俺が上"と見下した。
許せない。
でも——同時に、考えていた。
——CODAMAの意図は?
——なぜ、あんな煽りを?
——何が目的だ?
その時——CODAMAが、マイクを掴んだ。
「なあ、YUICA——まだ怒り足りねぇか?」
会場が、ざわめく。
「俺はもっと見たいんだよ——」
CODAMAが、眼鏡を外す。
「お前の本物の炎を! 画面越しの笑顔じゃなく——」
「その中の素顔の、本気の、怒りをな!」
配信コメントが、爆発する。
『まだ煽るのか? らしくねぇな』
『CODAMA、やりすぎだろ』
『でも……何か意図があるような気もする』
私は、CODAMAを見つめた。
その目には——何かがあった。
必死さ? 焦り? 悲しみ?
それとも——その全部?
⸻
【聖マリア病院・婆の病室】
タブレットの音が、病室に響いている。
婆は——もう、画面を見る体力もなかった。
目を瞑り、ただ——音だけを、聴いている。
酸素マスクの下で、かすかに動く唇。
「CODAMA……」
「どうした……らしくないね……」
心電図の音が、不規則になる。
ミスティが、慌てて婆の手を握る。
「婆……無理しないで!」
「……大丈夫だ」
婆が、小さく笑う。
「……あいつの……声、聞きたい」
KENが、タブレットを見つめながら呟く。
「……CODAMAも、必死なんだろう」
カズが、顔を上げる。
「必死?」
「ああ——」
KENが頷く。
「継ぐために……婆の炎を、YUICAに継がせるために」
「だから——自分が、必死で悪役になってる」
タケが、拳を握る。
「……あいつ、そこまで……」
婆が、かすかに笑った。
「……そう、だ」
「……CODAMA、あの子は……」
言葉が、途切れる。
咳が、出る。
ゴホ、ゴホ。
「婆さん!」
カズが、慌てる。
「……大丈夫……」
婆が、息を整える。
「あの子は……誰よりも優しい……んだ」
「でも……YUICA、が……いれば……」
「……だい……じょう、ぶ……」
ゴホ、ゴホ。
さらに激しい咳。
ミスティが、涙を流す。
「婆……がんばって……」
「……ああ……まだ……終わらない」
婆が、小さく頷く。
「……ぜったい……」
「……YUICA、を……」
「……見守る」
心電図の音が、さらに不規則になる。
でも婆は、目を閉じたまま——
笑っていた。
⸻
【MCバトル会場・決勝戦ステージ】
私は——考えていた。
CODAMAは最初から、私を煽ろうとしていた。
そして——
"言霊の豚"という名前の暴露。
"ブタども"だったという告白。
私のリスナーだからこそ——沸点を、知っている。
どうすれば私が怒るか。
どうすれば本気になるか。
——たぶん、試合を焦ってる。
——私を本気にさせるために、悪役を演じてる。
——それくらいは、分かる。
でも——
CODAMAらしくない。無理をしてる。
婆に鍛えられた、あの冷静なMCが——
こんなチープな煽り方をするなんて。
何かが、おかしい。何かが、ある。
私は——ゆっくりと、マイクを口元に近づけた。
そして——笑った。
——だったら、アンタの期待に応えてあげる。
——全力だ!
——フルスロットルだ!
私には、最強で最大の武器がある。
それが、ブタどもとの、絆。
私は、ブタどもにだけは——安心して、叩ける。
なぜなら——
それが、私とブタどもの関係だから。
躾ける。叱る。
でも——それは、愛だから。
CODAMAが"言霊の豚"なら——
なおさら、容赦しない。
私の、全てを——ぶつける。
CODAMAを見つめた。
その目に、決意を込める。
そして——
マイクに向かって、叫んだ。
「いくよ、CODAMA——」
会場が、静まり返る。
「アンタが見たかった、本物の罵倒——」
私は、婆のマイクを握りしめる。
「今ここで、見せてやる」
ビートが、変わる。
重く、激しく、荒々しく。
私は——深呼吸した。
そして——
「受け取れ! CODAMA!」
マイクを、口元に近づける。
⸻
【延長:YUICA 8小節 1】
言霊の豚、戯言抜け、今吐け、その謝罪の言葉。
お前が何企んで、炎上仕掛けて、悪役演じて踊ったか知ってる。
私のブタども傷つけて、画面で晒して、ヘイト稼いで笑ってた。
本気引き出す? 上等だ、でもそのやり方は腐ってた。
汚ねぇ手口、許せるわけねぇ、お前が蒔いた種は毒だ。
"下等ブタ"? "俺が上"? その言葉の刃で何人斬った?
兄弟子で、婆に鍛えられて、言葉の重さ学んだはずだ。
なのに——その舌で人刺して、血を流させて、何が勝利だ?
私から初めて出る強烈な怒りのバースに、会場が息を呑んだ。誰もが身を乗り出して見守っている。
ここからの二人のバースには、もはや誰も干渉できない。
CODAMAがマイクを構える。
「すげえよ姐さん。マジで怒ってるじゃん。俺今、足が震えてるよ」
⸻
【延長:CODAMA 8小節 1】
ごめん、マジでごめん、許されねぇこと、分かってる。
俺は嘘つき、偽善者、画面の向こうで泣いてたくせに。
今度は画面のこっちで、偉そうに、お前ら見下して、吐き捨てた。
"下等"? 一番下等なのは俺だ、豚以下、虫けら、クズだ。
でも——聞いてくれ、言い訳じゃねぇ、ただ知って欲しい。
俺は——婆の末期癌、知ってた、もう時間がないって聞いてた。
婆が言った「炎を継げるのは、お前じゃねぇ」って。
その言葉が——俺の胸を、突き刺した、でも——正しかった。
⸻
【延長:YUICA 8小節 2】
正しかった? 時間がない? だから何だ、それが免罪符か?
お前が知ってた事情も、焦りも、痛みも、全部分かった。
でも——それで済むと思うな、理由があれば、何しても許されるのか?
違うだろ——事情があるなら、なおさら考えろ、やり方を、言葉を、人の心を。
婆が泣いてるぞ、お前のそのやり方に、お前のその選択に。
「炎を継げるのはお前じゃねぇ」——その言葉の意味、分かってんのか?
技術じゃねぇ、強さでもねぇ——"心"だ、婆が見てたのは。
お前には足りねぇ——人を想う心、人を救う優しさ、それが欠けてた。
⸻
【延長:CODAMA 8小節 2】
分かってる、そう俺じゃダメなんだ、俺の言葉じゃ炎は継げない。
だから——探してた、超最強の女を、婆の意志を継げる奴を。
時間がない、婆が消える前に、見つけなきゃいけない。
そして——出会った、見つけた、ここにいた——アンタだ、YUICA。
俺はブタになった、"言霊の豚"として、お前を見守った。
そして——お前がバトルに来た、あの日、奇跡だと思った。
運命だった、婆が導いた、この出会いに全てを賭けた。
だから——お前の本気をくれ、緩いリスペクトなんて、いらねぇんだよ。
⸻
【延長:YUICA 8小節 3】
バカ——本当に、お前は、バカだ。
言霊の豚——お前が、コメントした、あの夜。
「生きる理由をください」って、その悲しみの正体——。
分かったよ、お前の覚悟、お前の痛み、お前の使命。
婆の末期癌、時間がない、お前が探してたのは——
自分の理由じゃなく、婆の炎を継ぐ、最強の女だった。
私は——冷たく言った、「理由は自分で作れ」って、
でも——お前は作った、私を見つけること、それが理由になった。
お前が探してた最強の女——それが私なら、
お前の願い、叶えてやる——この炎で、燃やし尽くす。
⸻
【延長:CODAMA 8小節 3】
俺はお前の配信、全部聴いてた、ずっと救われてた、憧れてた!
YUICAだったら——絶対に返す、絶対に燃える、俺を殺せる!
それを——証明したかった、婆に見せたかった、間に合わせたかった!
だから——炎上させた、お前を怒らせた、本気を引き出した!
婆の炎を継ぐ奴が、こんな煽りで折れるわけねぇ!
(声が荒ぶる、韻が崩れる)
緩いリスペクトなんて——いらねぇ! お世辞も、優しさも、いらねぇ!
お前の炎で——俺を焼き尽くせ! 殺せ! それが——婆への、証明だ!
⸻
【延長:YUICA 8小節 4】
言霊の豚——いや、CODAMA。
お前が探してた、最強の女——
それが私なら——受け取るよ、その想い。
(内部韻が静かに響く)
お前は——一人で抱え込んでた、婆の末期癌も、継承の使命も。
最強の女を探すことも、時間がないことも、全部。
でも——お前は見つけたんだろ、ここに。
そして——賭けた、お前の全てを、私に。
(優しい韻)
お前が言った「焼き尽くせ」「殺せ」って。
それは——「認めてくれ」「受け入れてくれ」ってことだろ。
お前の選択を、お前の覚悟を、お前が見つけた私を。
だから——受け取る、お前の想い、婆の炎、全部。
⸻
【延長:CODAMA 8小節 4】
(声が震える)
YUICA——
お前が——
受け取ってくれるなら——もう何もいらねえ。
(涙が溢れる)
婆さん——見てますか?
俺は——もう——
(泣き崩れる)
私は、限界に達したCODAMAのバースを拾い、歌い継ぐ。
【延長 CODAMA 4バースYUICAフォロー】
婆さん——見てますか?
CODAMAが見つけてくれました、私を。
全部継ぎます、あなたの炎を。
でも一人じゃない——CODAMAと一緒に。
完璧じゃなくていい、泣いてもいい、崩れてもいい。
それが——私たちの強さ。
それが——婆の教え、そうでしょう。
不完全が美しい——それを、今、ここで
私はCODAMAを見つめる。
すると泣いていたCODAMAが自分を奮い立たせるようにマイクを握って頷く。
私とCODAMAの最後のリリックが、会場に響き渡った。
「歌い継ぐ——これが、私たちの、HIPHOPだ」
「歌い継ぐ——これが、俺たちの、HIPHOPだ」
電源が切れるように、ゆっくりとビートが止まる。
静寂。
長い、長い静寂。
誰も、息をしていないようだった。
ステージ上。
泣き崩れるCODAMA。
腰を下ろしてしゃがみ込み地面を見つめている。
その隣で悠然と立つピンク色のYUICAのアバター。
二人の姿が、スクリーンに映し出されている。
その時——
パン。
誰かが、拍手を始めた。
一人。
また一人。
パン、パン、パン。
やがて——
会場全体が、拍手に包まれた。
「うおおおおおお!!!」
歓声。拍手。足踏み。
——総立ち。
二千人全員が、立ち上がっていた。
配信コメントが、画面を埋め尽くす。
『今日で一生分泣いた』
『これが本物のバトルだ』
『YUICA!』
『CODAMA!』
『二人とも最高だった!』
『MC婆さん、見てるか! やったぞ』
『不完全が美しい、ありがとう』
『これが新しいHIPHOPだ!』
⸻
【MCバトル会場・ステージ】
司会が、震える声でマイクを握る。
「審査員の皆様……ジャッジを、お願いします」
審査員席。
5人全員が、涙を流していた。
そして——
ゆっくりと、カードを掲げる。
審査員A:「YUICA」
審査員B:「YUICA」
審査員C:「YUICA」
審査員D:「YUICA」
審査員E:「YUICA」
全員一致。
司会が——マイクを口元に近づける。
「勝者——」
声が、震える。
「——YUICA!!!」
そして会場が——爆発した。
「うおおおおおおおお!!!」
歓声。拍手。悲鳴。涙。
ステージの照明が、YUICAのアバターを照らす。
真紅の炎のような光。
配信コメントが、狂ったように流れる。
『姐さん!!!』
『やった! YUICA!!!』
『奇跡だ! 優勝だ!!!』
『伝説が生まれた!!!』
『Vtuber初の快挙だ!!!』
『やばい……マジで革命だ!!!』
CODAMAが——ゆっくりと顔を上げた。
涙でぐしゃぐしゃ。
でも——笑っていた。
そして立ち上がり——YUICAに向かって、拍手を送る。
「おめでとう……ありがとう」
声が、震えている。
「お前が……いや、姐さんが……やっぱ最強だ」
私も——CODAMAに拍手を送る。
二人で互いを讃え合ったまま——
観客に向かって、頭を下げた。
会場が、さらに大きな拍手に包まれる。
司会が、マイクを握る。
でも——なかなか、言葉が出ない。
大きく深呼吸。
そして——
「YUICA——」
声が、震える。
「あなたは——Vtuberとして、世界で初めて——」
「MCバトルを、制しました」
会場が、再び爆発する。
司会が、涙を拭く。
「正直に言います——最初、
僕は……アナタを偽物だと思ってた」
「客寄せパンダだと、思ってた」
会場が、静まる。
「でも……今は、そんな自分を——
過去に戻って、ぶん殴りたい」
司会が、YUICAに向かって頭を下げる。
そして——
「おめでとう、YUICA!」
「偽物なんかじゃない——アナタが、最強だ!」
会場が——また、爆発した。
配信コメントが、溢れる。
『司会、泣いてるやん』
『みんな泣いてるよ』
『俺も泣いてる』
『YUICA、おめでとう!』
『革命は、成功した』
『偽物が、本物になった』
『いや、最初から本物だった』
【バックステージ・ブース内】
私——田中美咲は、呆然と立っていた。
「優勝しちゃった……」
本当に優勝した。
Vtuberとして、初めてらしいけど。
私にとっては人生で初のトロフィー。
なんだか実感が、湧かない。
——その時、インカムから声が入った。
『YUICAさん、おめでとうございます』
『この後、勝利者のフリースタイル演技が入ります』
——ビデオで見た。
優勝者が即興でラップを歌うやつだ。
『どうしますか?……すぐ病院に向かわれるなら、今回は誤魔化しておきますが』
——病院。——婆。
私は——はっとした。
バトルに集中するために——
意識から、婆の容態を遮断していたのだ。
危篤状態。もう、時間がない。
私は、振り返る。
そして、ゆいを見る。
でも……ゆいが——
涙を流しながら、首を横に振っていた。
その顔を見た瞬間——私は、何が起きたか理解した。
ゆいが、震える声で言う。
「婆が……たった今、亡くなった……」
——うそだ。
「お姉ちゃんの……勝利と、同時だったって……」
世界が——止まった。
「そんな……」
——間に合った。いや……でも間に合わなかった。
声が、出ない。
「でも……行かなきゃ……」
私が、そう言った時——
ゆいのスマホに、着信が入った。
ゆいが画面を見せる。
え?——婆のスマホから?
ゆいが、震える手で電話に出る。
「……はい……はい……分かりました」
声の主を確認したゆいが、スマホをスピーカーにする。
『YUICA……聞こえる?』
ミスティの声だった。
泣いているのが、分かる。
「……うん」
私が、答える。
『……婆が、今さっき……逝ったよ』
——やっぱり。涙が、溢れてくる。
『YUICAの……勝利を、見届けて』
『……最後まで、笑ってた』
『アンタに……ありがとうって』
「……うん……」
声が、震える。
「……私も、すぐそっちに——」
『だめだよ』
ミスティが、遮る。
『……婆から、最後の……うぅ……』
ミスティの声が、詰まる。
『ミスティ?』
『……ごめん』
深呼吸する音。
『婆から、最後の伝言を、伝える』
静寂。
そして——
『YUICA——止まるな』
『——歌え』
その言葉が——胸を、貫いた。
——歌え。
それが、婆の最後の言葉。
私は——涙を拭く。
震える手で、マイクを握りしめる。
その時、インカムから再び声が入る。
『YUICAさん、どうしますか? そろそろ時間が——』
私は——深呼吸した。
そして——はっきりと、答えた。
「大丈夫です」
「勝者のフリースタイル——やります」
ゆいが、目を見開く。
「お姉ちゃん……」
私は、ゆいの肩に手を置く。
「婆はここにいる」
私は婆のマイクを自分の胸に押し当てる。
心臓の音が、まるでビートを刻んでいるように響いてくる。
「私は——止まらない」
「婆を連れて——もっと先に行くから」
「……うん」
ゆいが、涙を流しながら頷いた。
でも私は——涙を止めて、笑った。
「だから——歌う」
ゆいが——微笑む。
「やっぱり——お姉ちゃんは、最高だよ」
「いってらっしゃい」
私は、アバターのスイッチをオンにする。
ステージにYUICAが投影されると、会場の歓声が爆発する。
「YUICA! YUICA! YUICA!」
私は、婆のマイクを握りしめる。
——婆。——そこにいるよね。
「一緒に見よう……最高の景色を」
私は——その道を、歩き始めた。
止まらずに。
——歌う。
私の、革命の歌を。
(つづく)
次回——二章・最終話「フェイクスターの革命」




