44「絶望から、革命は始まる」
現在のスコア:ミスティ3点、YUICA0点。
1バース目はミスティの完封勝ち。
さらに、2バース先攻のミスティから、完璧な心理攻撃。
誰もが「もう終わった」と思っていた。
だが、覚悟のこもった私の声が、会場に響く。
「革命ってのは、絶望から生まれるんだよ」
その瞬間——会場の空気が、変わった。
——私は、諦めていない。
観客たちが、ざわつく。
「YUICAが...まだ諦めてない」
「でも3-0から……どうやって」
配信のコメントも、変化し始める。
『お嬢様...!頑張れ』
『感情を引き出してやれ!その不完全さで』
『俺らも諦めない!絶対に!』
『そうだよ底辺からの革命だ』
『絶望から……逆転するのがYUICA様だ』
『信じる……何があっても!』
『革命!革命!一心不乱の革命を!』
【YUICA2バース目・16小節】
私のラップが始まる。静かに、そして確かに。
「Yeah その通り 私は"迷ってる" 毎晩"揺れてる"
"本当に私でいいのか" 問うたび 心が"震えてる"
36歳 恋愛経験なし 陰キャの"引きこもり"
技術もない でもまだ消えてねぇんだよ——この"語り"」
会場が、静まる。
ここでビートも変化、スピードアップする。
私も——スピードを上げる。韻の閃光を放つ。
「みっともねぇよな 誰よりも自分を疑ってる"臆病"
"もう遅い"って笑う声 何度聞いたか もう"不明"
でもな この震えこそが私の火種 これが"本音"
恐怖を抱えたまま立つ それが私の"存在証明"」
ここで——私は技術のピークを見せる。
多音節韻の連打。
「アンタの目に映る それは"孤独"の"色彩"
完璧求めても 満たされない"痛み"の"真意"
技術"磨いた" 感情"殺した" 認められたくて"切実"
でもその10年 誰かと笑った? 答えてみろ——その"空白"」
会場が——ざわつく。
「おお……きた!」
「YUICAが技術を見せた!」
「多音節韻だ!」
「これは……すげえぇ」
『YIUKAの思いの重さが』
『俺たち豚の心を震わすように』
『死神の心を振るわせろ!』
私は、緩急をつけて——ミスティへの共感と反撃を同期させる。
「婆が恐れたのは アンタの怒りじゃなく"情熱"
その火が爆ぜたら きっとアンタ自身が"焼ける"
今も胸の底でくすぶってる その"マグマ"の"正体"
氷のドグマに閉じこもって 愛の意味を忘れたか?」
「アンタは感情を凍らせて
ここに立ってる その"覚悟"
でもね、それは強さじゃない
“痛み”を恐れてる"防具"
勝ちに囚われて 本音を隠したままの"孤独"
怖がるな——聞かせてよ
完璧じゃなくていい 心で来いよ ミスティ!」
最後のラインで——
ミスティの体が、震えたのが見えた。
わずかに。でも、確かに。
観客たちが、立ち上がり始める。
「……すごい」
「YUICAが……共感をディスに変えた」
「多重韻の技術も負けてねえ」
「最後にミスティの孤独を突いてる」
「パンチラインは最高に決まってた!」
配信のコメントが爆発する。
『技術は一歩およばずだが感情が来た!』
『落命?絶命?今から行う存在証明を』
『お嬢様はやっぱ本物だ』
『ミスティの孤独を見抜いてる』
【ミスティの動揺】
ミスティが——拳を握りしめている。
その目に、何かが浮かぶ。
痛み。そして——
「何を……言ってる」
その声は、わずかに震えていた。
審査員たちが、カードを掲げる。
審査員A「ミスティ...YUICAの言葉は刺さった。でも技術面では足りない」
審査員B「ミスティ、でも迷った…技術はミスティ、フロウはYUICA。正直差は無かった」
審査員C「YUICA。フロウも良かったし、パンチラインが見事に決まってた!」
2バース目:ミスティ2-1 YUICA
合計:5-1
会場が、ざわつく。
「これは……いいジャッジだな」
「YUICAに逆転の芽が出てきた!」
「流れは YUICAに来てる」
「3バースでフルなら逆転だ」
「依然ミスティが優位。でもどうなる……」
トータル点数はミスティ5対1 YUICAで4点差となり、3バース目に勝負は持ち越しとなった。
【スナック韻】
カズが、両手をあげて笑った。
「やるじゃねえか!YUICAの野郎、技術も見せながら、ミスティの心を抉ったな」
RIZEが頷く。
「共感しながら反撃に転換するフロウは、まさに人生相談だな」
タケがガッツポーズで拳を握る。
「これで次のバース、3-0取れば+2加点の5点で勝てる!」
しかし、周囲の盛り上がりをよそにKENだけは冷静だった。
「いや……難しい」
「なんで?」
「審査員の傾向が見えた。審査員Bはフロウ重視、Cは感情のパンチ重視」
「次でB、Cは取れる可能性がある。でもAの判断基準は頑なに技術重視だ……」
「つまり、技術を取らないと2点+2の4点で届かないってことか」
「そうだ。YUICAは即興のフロウとパンチでなら対抗できるが……結局、ミスティの
完璧な技術に勝たないと勝利に届かない」
「あとはミスティが、YUICAの挑発にどう反応するかだ」
【司会】
「それでは——最終バース!先攻はミスティ!」
私が勝つには、3-0フルマークしかない。
会場が、息を呑む。
ミスティの表情に、もうあの氷の冷たさがない。
頬がわずかに紅潮している。
指先が震えているのに、握りしめた拳は離れない。
ミスティは、感情を抑えられなかった。
——10年間、誰と笑ったかだって?
その言葉が、何度も脳内でリフレインする。
ビートの裏で、YUICAの声がまだ胸の奥で響いている。
笑ってねぇよ。
そんな余裕、なかった。
10年分の努力。
誰にも負けないと信じてきた技術。
それを認められるたびに感じていた「孤独の音」。
YUICAは、それを——見抜いた。
冷たく、でもどこか優しく。
——なんだよ、それ。
——みんなボクを死神と恐れた。
——さも、わかったような顔して。
——10年間でアンタけだよ……そんな剥き出しの本音でボクにぶつかってきたのは。
唇が震える。
目の奥に、熱が灯る。
抑えていた感情が、鼓動と一緒に膨らんでいく。
心の奥で、何かが溶け出していく。
婆に拒まれたあの日、止めたはずの感情が……今、動いてる。
観客の歓声が遠のく。
感情を出すのが——怖い?
ボクはYUICAを恐れているのか?
——違う。
ボクは強い。感情でも、アンタなんかに負けない!
ミスティがマイクを握り直す。
その動作ひとつで、会場の空気が変わる。
今、ミスティの雰囲気が変わった。
私は小さく、息を呑んだ。
——次の16小節は、氷の女の“再生”だ。
——その声は、凍てついた10年を燃やし尽くす炎になる。
いいよ——来い、全部吐き出せ!ミスティ。
【ミスティ3バース目・16小節】
ビートが鳴る。
そして——
ミスティの声が、震えながら響く。
「アンタに何がわかる! ボクの"痛み"が! この"苦しみ"!
10年間 毎日 婆に認められたくて "必死"
感情殺した 人間捨てた 機械になった "孤独"
それでも それでも ダメだったんだ クソが! "絶望"」
——これは、初めて見るミスティだ。
計算された完璧なMCではなく、感情を爆発させるリリック。
でも完璧だったリズムが——わずかに乱れ始めている。
「ボクは強すぎるって言われた
感情が激しすぎるって "評価"
だから完璧になった 冷たくなった
死んだふりした "偽装"
98勝 誰も敵わない
でも でも... この"虚無"
婆はボクを見てくれなかった
最後まで 一度も "無視"」
会場が、静まり返る。
誰も、声を出せない。
ミスティの痛みが——あまりにも、生々しいから。
「なのに アンタが選ばれた
なんでだよ なんで "理由"
技術もない ただ感情だけの
不完全な奴が "選出"
ボクの10年は 何だったんだ
意味あったのか この"人生"
完璧になって 孤独になって
それで何を得た "結論"」
ミスティの声が——完全に崩れる。
韻も、リズムも、もう関係ない。
ただ——魂が、叫んでいる。
「ボクは...ボクは...ただ...
認められたかった 婆に 誰かに... "承認"
でも誰も近づいてこない 完璧すぎて この"距離"
10年間 ずっと ずっと一人だった... "孤立"」
「なんで婆さんは ボクを選ばなかったの この"疑問"
何が足りなかったの 何が悪かったの "反省"
教えてよ 誰か YUICA... この"叫び"
ボクは...何のために...戦ってきたんだよ... "質問"」
最後の一言で——
ミスティの目から、涙が溢れた。
【聖マリア病院・婆の病室】
婆は、ベッドで涙を流していた。
「ミスティ……」
その声は、震えている。
「おまえは……悪くなかったんだ」
婆が天井を見上げる。
「勝ちたい感情が……強すぎた……その炎で……壊れるのを見るのが怖かった」
「あたいが……おまえの方を”向いてなかった”んだ……ミスティ」
婆の拳が、シーツを握りしめる。
「でもそれが……おまえをを、づっと傷つけてたんだな……」
会場でも観客たちが——涙を流している。
誰も、声を出せない。
配信のコメントも、変わっている。
『ミスティ……』
『泣きそう』
『こんなミスティ、初めて見た』
『痛すぎる』
『誰か、助けてやれよ』
『これはもう……バトルじゃない』
『魂のぶつかり合いだ』
【スナック韻】
全員が、静かに涙を拭いている。
そして誰もが確信していた。
——YUICA、お前なら救える。
【YUICAブース】
私は——もう、攻撃する気にはなれなかった。
ミスティの痛みが——あまりにも、私と似ていたから。
36年間、私も孤独だった
誰にも必要とされないと思っていた。
だけど、配信を通じて一人の人間として、自己を取り戻した。
私は不完全だけど、だからこそ人と繋がれたんだ。
私は弱いけど、だからこそ人の痛みが分かる。
——救いながら、救われてきた。
私は、婆さんのマイクを見つめる。
黒と銀のマイク。
ここに込められた、婆さんの想い。
(婆さんも...後悔してたんだな)
ミスティを拒んだこと。言葉を選べなかったこと。傷つけてしまったこと。
(ミスティも...後悔してたんだ)
感情を殺したこと。完璧を求めすぎたこと。10年間、一人で戦ってきたこと。
——みんな、後悔してきたんだ。
でも——その絶望の先に、光がある。
婆さんは、私を選んだ。そして私は、いまここに立っている。
後悔を抱えながらも、前に進もうとしている。
絶望を背負いながらも、希望を探している。
ふと振り返ると、ゆいが私を見つめていた。
その瞳には、一切のブレも迷いもなく、姉の勝利を確信しているようだった。
私がやれるのは——誰かを倒すことじゃない。
誰かを救うことだ。
そして、救いながら——自分も救われたいんだ。
こんな弱くてダサいヒーローがかつて居ただろうか。
でもこれが——私の、革命。
私は、婆さんのマイクを握りしめた。
私の最後のラップが——静かに、優しく始まる。
【YUICA3バース目・16小節】
「Misty… わかるよ、その叫び 痛いほど"聞こえた"
10年の孤独、誰にも触れられない"努力"の"証"
婆に見てほしくて 自分を削って 削って"消えた"
でもね、それでいい 本当はそれで——"強かった"」
「婆が恐れたのは、アンタの"怒り"じゃなく"優しさ"
愛されたいと願う その"熱"が、あまりにも"眩しさ"
だからあの日、「向いてない」って言葉を選んだ
守るためだったんだよ お前が壊れちまわないようにな」
会場が——完全に静まる。
私の声だけが、響いている。
「アンタの10年 無駄じゃねぇ 全部が"Legacy"
"技術"も"理屈"も"苦痛"も 全部"Melody"
誰かに選ばれることが"価値"じゃないんだよ
誰かの痛みを理解できる心こそが"証明"なんだよ」
ミスティの体が——震えている。
——"Legacy / Melody"
その言葉で、会場が息を呑む。
痛みを音に変える。それが、ラッパーの存在意義。
アンタのラップが氷なら 私はそれを溶かす火を"継ぐ"
凍えた10年を 今日、燃やしてあげる。
「私もアンタも 同じ道歩いてる 婆の"夢"を
継ぐのは 一人じゃない それぞれの"形"で
一人じゃ重すぎる でも二人なら運べる この"重み"
だから もう一人じゃないよ わかって この"想い"」
ビートの音量が——下がり始める。
「Misty、もういいよ 泣いていいんだ
婆も、今きっと聴いてる "お前の声"を
10年ぶりに、心の温度が戻っただろ?
——おかえり。
ここがアンタの本当のステージだよ」
そして——
ビートが、完全に止まった。
【ビートストップ】
完全な沈黙。
会場の2000人、配信の12万人——全員の呼吸が、止まる。
私は——小さく息を吸う。
そして——改めて伝える。
「おかえり——」
3拍の沈黙。
永遠のような、3拍。
その間に——観客の涙と呼吸が、同期する。
「——ミスティ」
一瞬の静寂。
そして——
一人が、拍手を始めた。それが——徐々に広がっていく。
パチ...パチ...パチパチパチ...
会場全体が、立ち上がる。拍手が、止まらない。
ミスティが——肩を落とす。
マイクを握ったまま、涙が止まらない。もう争う気も、感情を止める気もない。
「……負けたよ」
その声は、もう冷たくない。
「完敗だ……」
小さく笑う。
「ありがとう……YUICA」
ここでDJが粋な機転を効かせる。
止まったビートが——静かに戻る。
私はミスティにマイクを掲げる。
意図を一瞬で察したミスティが、再びマイクを握る。
そして——私とミスティのライムが重なる。
(YUICA):36年の“傷”も
(Misty):10年の“孤独”も
(YUICA):全部が私たちの“継承”
(Misty):ここに立つための“旋律”
(YUICA):痛みは“呪い”じゃない
(Misty):でも痛みがあるから“強い”
(YUICA):このマイクに宿る“栄光”
(Misty):このステージに残る“記憶”
(YUICA):婆の声が今も“響き”
(Misty):あの日の夢が“息づく”
(YUICA):このマイクに宿る“Rhyme”
(Misty):この胸に残る“Time”
(YUICA):あの人が今“Line”を結ぶ
(Misty & YUICA):それが私たちの“証明”。
ビートが——静かに終わる。
【審査員・全員一致】
審査員たちが、静かにカードを掲げる。
審査員A「YUICA」
審査員B「YUICA」
審査員C「YUICA」
説明も感想もなく、全員一致。
各自が涙を堪えている。
でも——会場は、二人に拍手を送っている。
「YUICA!」「ミスティ!」
両方の名前が、叫ばれている。
【配信コメント】
画面が、コメントで埋め尽くされる。
『音で泣いた』
『韻が美しすぎる』
『ビートストップで鳥肌』
『Legacy/Melodyのライン最高』
『ラップってディスるだけじゃないんだな』
『共鳴エンディングで号泣』
『これが本物のHIPHOP』
『救済の音楽』
『これはもはやバトルじゃない』
『魂のぶつかり合いだった』
『救われた……両方が勝者だ』
『YUICAはマジで本物だ』
『ミスティって本当は笑うんだ』
『これが……YUICAの革命か』
【YUICAブース】
私は——震えていた。
ゆいが、抱きしめてくれる。
「お姉ちゃん……あたし信じてたよ」
私は、涙が止まらなかった。
「ミスティを……ちゃんと救えたかな」
「救えたよ。絶対に」
【バックステージ】
ミスティが、一人で座っていた。
でも——その顔には、穏やかな笑みがある。
スタッフが声をかける。
「ミスティさん、素晴らしかったです」
ミスティが、小さく頷く。
「……ありがとう」
その声は——もう、冷たくない。
【聖マリア病院・婆の病室】
婆が、微笑んでいた。涙を流しながら。
「やっと……」
その声は、安堵に満ちている。
「あの子の氷が、溶けた」
婆がモニターを見つめる。
「YUICA……ありがとうな」
でも——
婆の手が、わずかに震える。心電図のモニターが、一瞬乱れる。
「もう……大丈夫……もう……ゴホ、ゴホ」
そう言いながら、呼吸を乱す婆。
そのか細い声は、観客にも、誰にも聞こえなかった。
(つづく)
次回——「私たちの選択」
--
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
YUICAとミスティの対話は、勝敗の物語ではありませんでした。
それは、互いの孤独を言葉で救い合う、“革命”の記録です。
この章は、ボクにとっても未知への挑戦でした。
仮面を必要とするVtuberが、ラップという形式を借りて、
詩・物語・対話を融合させる——
そんな、「共感型の文学」を目指した試みです。
韻。ビート。配信コメント。病室のモノローグ。
複数の声が交錯し、読者の心に立体的に届くように——
正直、ボクの脳みそはオーバーヒート寸前までフル回転でした(笑)。
でも信じたかったんです。
“たったひとり”の心にでも届く言葉があると。
完璧じゃなくていい。不器用でも、
誰かの胸を震わせる言葉なら——それはきっと、“存在証明”になる。
それは、キャラクターのことだけじゃなくて、
書き手であるボク自身が、どこかで信じたかったことなのかもしれません。
……なんだか筆を置く前のテンションですが、もちろんまだ終わりませんよ(笑)。
ちょっとここで、あなたと一緒に走ってきた道に、
ひと息だけ「ブレイク」を入れたかっただけです。
いよいよ二章もMCバトルも最終決戦進みます。
この先の物語にも、どうか最後までお付き合いください。
あなたの「存在証明」を信じて。
⸻
そして今回、サプライズがあります。
本話で描いた「YUICAとMISTYのラストバース」を——
実際に“音楽”にしてみました。
即興感あふれるMCバトルとはまた違うかもしれませんが、
「作品を音にしたら、きっとこんな感じだろうな」と思って作ったものです。
『おかえりミスティ』
https://youtu.be/Kf2TiHxvdrQ?si=f0-K8x7O05jPUFLQ
今は歌詞さえ書ければ、AIのサポートで個人でも音楽が作れる時代。
これもまた、ひとつの“革命”なのかもしれません。




