表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/71

34「偽物と呼ばれた日、姉妹が選んだ戦い」

【田中家・リビング】


 家に帰ると、私はソファに倒れ込むように座った。


「はぁ……」


 深いため息が自然と漏れる。


「四天王かぁ……」


「どうだった?艦長の話」


 ゆいがノートパソコンを閉じて、私の隣に座る。


「想像以上だった。銀河歌劇艦隊の四天王全員が1億再生以上の歌を持ってるのよ」


 私は指を折りながら数える。


「そしてセイラは2億再生が4曲、1億超えが10曲だよ……」


「それは知ってる。すごい数字だよね」


「うん。でも数字だけじゃないの。みんな複数の武器を持ってる。そして死ぬほど努力してる」


 私はスマートフォンでセイラのMVを再生した。


「Vを知らなかった私でも聞いたことある曲ばかり。セイラが言うには『メジャーコンテンツ』が必要だって」


 ゆいが真剣な表情になる。


「人生相談だけじゃダメってこと?」


「うん、200万を超えるには、歌とかメージャーなコンテンツでV界の外から人を呼び込む必要があるって」


 私は頭を抱えた。


「歌、イラスト、ゲーム……どれも私にはできない」


「お姉ちゃん……艦長が何かアドバイスしてなかった?」


「セイラは……『あなたの言葉を歌に変えられたら』って言ってたけど、具体的にどうすればいいのか……」


 私の声が沈んでいく。


「お姉ちゃん!」


 ゆいが私の両手を握った。


「お姉ちゃんの言葉は、ただの言葉じゃない。36年間の人生が詰まってる。それは誰にも真似できない武器よ」


「でも歌にできないなら意味がないんだってば」


 すると、ゆいの目が輝いた。


「実は、見せたい人。聞かせたい歌があるんだ!」


「え?」


 ゆいが微笑む。


「今夜もライブがあるみたいだから。実際に見に行こう」


「え!?ライブハウス!?」


「百聞は一見に如かず。きっと歌のヒントがあるはず」


「で、でも私みたいな陰キャが行く場所じゃ……」


「大丈夫。あたしも一緒に行くから」




【午後9時 渋谷某所】


 タクシーを降りると、雑居ビルの地下へ続く階段が見えた。


「ここ……?」


 看板もなく、ただ「UNDERZ」と小さく書かれたプレートがあるだけ。


「お姉ちゃん、帽子深く被って」


「う、うん」


 階段を降りていくと、重低音が腹に響いてくる。


 ——なにこれ、心臓に悪い。


 扉を開けた瞬間、熱気と煙が押し寄せてきた。


「うわっ!」


 薄暗い照明、汗とタバコと酒の匂い。天井は低く、人でぎゅうぎゅうに詰まっている。


「ゆ、ゆい、無理!帰ろう!」


「大丈夫だから」


 ゆいに手を引かれて、会場の隅まで進む。


 見渡すと、タトゥーだらけの男、金のチェーンをジャラジャラさせた若者、明らかにヤバそうな雰囲気の人たち。


 ——完全に場違いだ。私たち浮きまくってる。


「ゆい、やっぱり……」


「しっ、始まるよ」


 ステージに二人の男が上がった。


 一人は重厚な存在感を放つ、筋骨隆々の男——ライム談士。


 もう一人は——


「え?」


 眼鏡をかけたサラリーマン風の男性。ネクタイは緩み、疲れた顔をしている。


 ——なんでこんな人がここに?


「おいおいまたスーツ野郎かよ!」

「オタクがHipHop?笑わせんな!」

「冷めるから!帰れよ!CODAMA」


 観客の嘲笑が響く。


 私は胸が痛んだ。


 ——笑われてる。私と同じだ。

 でもなんで普通の人が、こんな舞台に立ってるの?




「Yo Yo Yoーーーッ!!

 今夜も始まった今日の MCバトル!!!」

「次のカードは超必見だ!ベテランストリート代表、ヘビー級パンチャー!

 ライム談士ーーーッ!!」


 観客『フゥーーッ!!!』大歓声。談士が腕を広げて応える。


「そして対するは……

 見た目はサラリーマン!けど言葉は鋭利な刃物!

 MC CODAMAーーーッ!!」


 観客、笑い混じり『ダッサw』『メガネくん頑張れー!』


 司会:「それじゃあ両者、意気込み聞かせてもらおうか!まずはライム談士!」


 ライム談士:(マイクを受け取り、低い声で)


「いつも通りだよ。今日も証明するだけだ。

 ストリートの言葉で、この場の空気を全部持ってく。

 オフィス帰りの奴が来るとこじゃねぇ」


 観客「フゥーーッ!!!」


 司会:「Yo!ライム談士は自信満々!じゃあMC CODAMA、意気込みどうだ!」


 MC CODAMA:(観客の笑いを浴びつつ、静かにマイクを持ち上げる)


「……笑ってくれてありがとう。俺はオタクで、サラリーマンで、

 見た目はHipHopから一番遠いかもしれない」


「でも──だからこそ証明する。

 このマイクは、誰が握っても輝けるんだってことを」


 観客「……おお?」ざわめきが歓声に変わり始める。


 司会:「Yo!両者準備はいいか!?ビートカモンッ!!!」


 ♪DJがビートを落とし、バトル開始される。


【先攻:ライム談士】


「Yo!ここはクラブ、戦場の現場!

 立ってるのは誰だ?残業帰りの社畜メガネ!

 HipHopは血で刻む歴史!命懸けだ!

 お前のオフィスワークにリアルなんてねぇんだよ!」


 観客が爆笑と歓声を上げる。


「ネクタイが似合うのは会議室!

 クラブで光るのは俺のチェーン!

 HipHopなめんな、ここにサラリーマンはいらねぇ!」


「談士ーーッ!!」


 大声援が響く。


 私は震えていた。こんな敵意むき出しの場所、怖すぎる。


【後攻:MC CODAMA】


 CODAMAがゆっくりとマイクを上げた。


 一度、観客の笑いを全部受け止めるように、静かに立っている。


 そして——


「……そうだよ、俺は社畜、スーツのメガネ

 毎晩ため息、疲れた顔で電車に揺られてんだよ!」


 観客の笑いが少しずつ収まり始める。


「でもな——その鬱屈を吐くために、今日ここに立ってる!

 ネクタイごときに負けるなら、とっくに死んでる!」


 私は息を呑んだ。


「笑いたきゃ笑え!その笑い声を全部喰らう!

 俺の声は流れる水、止まらねぇ言葉の洪水!

 汗や血だけがリアルじゃねぇ!

 俺のリアルは社畜の泥、孤独の涙!

 その泥水に咲いたリリックは、お前の鉄拳より強ぇんだよ!」


「うおおおお!!」


 さっきまで笑っていた観客が、歓声を上げ始めた。


【第2ラウンド】


 ライム談士がさらに煽る。


「Yo!涙で勝てるか?感情はすぐに枯れる!

 お前の言葉はただの愚痴、会社の飲み会と同じレベル!」


 でもCODAMAは動じない。


「紙くず?違ぇよ、それは俺の人生の痕跡だ!

 くだらねぇ日報も、俺が生きてる証なんだよ!

 涙は枯れる?なら何度でも流すさ!

 流れ尽くすまで吐き出す!

 その全部をビートに刻み込むんだ!」


 観客が一斉に立ち上がる。


「俺は社畜!オタク!笑われる眼鏡!

 でもこのマイクを握れば、誰よりも自由だ!

 ライム談士!お前の鉄拳は重い!

 でも水は鉄を削る、何度でも流れ続ける!

 この言葉の洪水で、お前も観客も呑み込んでやる!」


「CODAMAーーッ!!」


 会場が揺れるほどの大歓声。


 ジャッジが手を上げる。全員一致——MC CODAMAの勝利。


 私は、涙が止まらなかった。


 ——笑われていた人が、逆転した。

 ——弱そうに見える人間が、言葉ひとつで世界を変えた。


 セイラの言葉が頭に蘇る。


 ——言葉を歌に変えられたら。


 これだ。これが答えなのかもしれない。


 MCバトル。言葉の格闘技。罵倒と救済を音楽に乗せる芸術。


「私も……できるかな」


 小さくつぶやいた時だった。


「おーい、そこの黒サングラスの美女さん」


 CODAMAがマイクで会場全体に声を響かせた。


「まさかYUICAのマネージャー、ブタPさんじゃないよね?」


 私の心臓が凍りついた。


「俺オタクだから、Vtuber詳しいんだよ」


 ——バレてる。


 ゆいも一瞬固まったが、すぐに私を守るように前に出た。


「そうよ、CODAMAさん。今日は敵情視察に来たの」


 会場がざわめく。


「ほう、まさかYUICAをMCバトルに参加させるとか?冗談言わないよね?」


 すると会場から怒号が飛んだ。


「Vtuberだと?帰れ帰れ!」

「画面の中でイキってろ!」

「ちょっと罵倒できるからって粋がんな!」

「本物が戦ってる場所に立てるわけねえだろ」

「おまえらはヴァーチャルなんだよ!」


 ひどい中傷が次々と浴びせられる。


 私は帽子を深く被り、震えていた。


 ——怖い。逃げたい。消えたい。


 すると、ゆいがツカツカと音を立ててステージに上がった。

 まさか、私に注目が集まらないように?


 CODAMAがマイクを向ける。


「どうしますか?ここまで言われて」

「泣いて帰りますか?」

「それともコイツらの罵声、実力で黙らせてやりますか?」


 勢いで上がったゆいが困った表情をしている。


「帰れよ!偽物(フェイク)どもが!」

「お前らの言葉なんて偽物(フェイク)なんだよ!」

「ネットの中に引きこもってろよ!」

偽物フェイク偽物フェイク!」


 罵声が大きくなり、壇上のゆいを集中砲火している。


 ——偽物(フェイク)


 その言葉が、胸に突き刺さっていた。


 それはVtuberを馬鹿にしているように感じたからだ。

 血の滲むような努力している四天王や、トップの重圧を背負って戦うセイラを。


 それを支えるリスナー達を、馬鹿にしてるのか?


 私の選んだ道を、私の親友をコケにしてるのか?


「……ふざけんじゃない」


 人生をかけた挑戦を、偽物(フェイク)と言われて——

 私の目に、怒りの炎が宿った。


「うわぁ、どうしますかねこの空気」


 CODAMAの問いかけに、ゆいがチラリと私の方をみた。


 目が合った私は、小さく、でも確実にうなずいた。


 ゆいはこの目を見て、覚悟を決めた。


 CODAMAに向き直り、声を張り上げる。


「YUICAは次のMCバトル大会に出場します!」


 会場が一瞬静まり返った後、さらに激しいブーイングが起こる。


 ゆいは会場に向かって叫んだ。


「あんたらねぇ!YUICAなめんじゃないよ!」

「Vtuberなめんな!ぜったいに謝らせてやるから!」


 それを聞いたCODAMAが不敵に笑った。


「いいね。じゃあ来月のMCバトル大会でお会いしましょう」


偽物(フェイク)じゃないって、証明してくださいよ」



 会場を後にしながら、私は拳を握りしめた。


 ——偽物(フェイク)じゃない。私たちは、本物の感情で戦ってるんだ。


 ——言葉を歌に変える。その答えが、ついに見つかった。


(つづく)

【作者より】更新ペースの変更について


いつも『36歳独女の私が〜』を読んでくださり、ありがとうございます。


物語も中盤の山場に差し掛かり、MCバトル編をより丁寧に描くため、更新ペースを毎日から週3回(月・水・金予定)に変更させていただきます。


美咲がMCバトルに挑む展開は作品の核心部分なので、しっかりと書き込みたいと思っています。


更新頻度は減りますが、その分1話の密度を上げていきますので、引き続き美咲とゆいの挑戦を見守っていただければ幸いです。


ブックマークや評価などリアクションや応援いただけると励みになります。


今後ともよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ