32【セイラとの邂逅】「四天王を超えてみろ」(改稿)
YUICAに足りない武器とは。
セイラがじっと私を見据えて話し始めた。
「今のYUICAに足りないもの、それは『メジャーカルチュアコンテンツ』よ」
セイラがフォークでサラダを突きながら言った。
「メジャーカルチュアコンテンツ?」
「そもそもVtuberって、世間的にはまだまだサブカルチャーなの」
私は反射的に反論した。
「そんなことないでしょ。すごく盛り上がってるじゃない。あなたとのバトルだって80万人が見てたんだよ?」
セイラが苦笑する。
「じゃあ聞くけど、YUICAはアタシのこと知ってた?」
「……」
「ネットには詳しいのに日本一のVtuberであるアタシを、あんたは知らなかった。それが現実よ」
セイラがスマートフォンを取り出した。
「登録者数200万人を超えてるのは、マスターズでも4人だけ」
「それが銀河歌劇艦隊のクルー。通称『四天王』よ」
——四天王?
「まず第4位、茜コハク。220万人」
YUICAと同じピンク髪の元気な少女のアバターが映る。
「この子、プロのイラストレーターでもあるの。Pixivフォロワー50万人。でも、それだけじゃない」
セイラがMVを再生する。
「1億3000万再生。この曲、TikTokでバズったの知ってる?」
「あ、聞いたことある!」
——YUICAの動画がバズったとしても精々100万再生。
1億再生ってことは100倍差だ。
「コハクは絵の才能だけじゃなく、ヒット曲も持ってる。これが四天王の最低ライン」
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「第3位、其方アマネ。250万人」
緑髪のクールな美女。
「データ分析に基づく企画戦略の天才。でも彼女の真価はこれ」
MVが流れる。1億6000万再生。
「作家も唸る作詞センスで、計算された言葉のバズを生み出す。もちろん歌唱力も一流」
「第2位、星野ルナ。310万人」
青髪ツインテールの少女。
「ゲーム配信の鬼。プロゲーマー並みの腕前。国内大会での優勝実績もある。でも——」
また別のMVが表示される。1億8000万再生。
「ゲームだけじゃない。彼女は元々歌手志望だった。歌唱力ならアタシより上よ」
私は圧倒されていた。全員が複数の武器を持っている。
「そして第1位……」
セイラが自分のチャンネルを表示した。
「アタシ、鳳凰院セイラ。450万人」
MVリストを見て、私は息を呑んだ。
「2億再生が……4曲!?」
「1億超えも含めると10曲。だからライブ配信で毎回50万人の同接が可能なの」
セイラが曲を流し始めた。
「この曲知ってる!コンビニでいつも……」
「これも!?ショート動画でみんなが踊ってるやつだ!」
「全部私の曲よ」
——普段の生活でよく聞く曲が、セイラの曲だった。
「でもそれだけじゃない」
セイラが画面を切り替える。
「アタシはプロ級のイラストが描ける。圧倒的企画力もある。ゲームだってプロ級。長時間配信で視聴者を楽しませるトーク力がある。つまりね——」
セイラが私を見つめる。
「総合力において、他の三人の追従を許さないってわけ」
「だから450万人」
私は愕然とした。
——こんな化け物に、私は勝ったつもりでいたのか。
「じゃあ、あの時の勝負は……」
「あれは総合格闘技のチャンピオンに、新人ボクサーがボクシングルールで勝ったようなものだね」
セイラがあっさりと言った。
「人生相談という限定ルールだから勝てた。もし総合力で勝負していたら結果は違ってたかもね」
私は頭を抱えた。
いや他のジャンルなら1ミリグラムも勝機はなかった。
勝たせてもらったみたいなもんだ。
——こんな人とよく勝負しようと思ったもんだよ……
自分の無知と愚かさに驚愕する。
「YUICAがここから進化するためには、血の滲むような努力でメジャーコンテンツの能力を獲得して、さらに歌という武器を持つこと」
セイラが冷徹に告げる。
「つまりメジャーカルチュアから、Vを知らない一般層を取り込む」
「これが200万人の壁を超えるのに必要不可欠なの」
「Vを知らない人たちに認知される必要があるってことか……」
「そう。それはアタシたち銀河歌劇艦隊が担う役目でもあるわけ」
——未知の宇宙への挑戦。そんな深い意味があったんだ。
厨二っぽいとか言って申し訳ない。
「今のYUICAが四天王に食い込むのは不可能って意味、わかったでしょ」
「うん。でも……今から同じことをしても追いつける気がしないよ」
「その通り」
セイラが頷く。
「YUICAが伸びたのは、罵倒と人生相談という新ジャンルを開拓したから。同じ土俵で戦っても勝ち目はない」
私は絶望的な気持ちになった。
「じゃあ、どうすれば……」
「YUICAにしかできない歌があるはず」
セイラが意味深に微笑む。
「今ある武器を、歌に変換できたら?」
「武器を歌に?」
「罵倒も人生相談も、全部『言葉』でしょ?その言葉の力を、音楽という形で表現できたら……」
セイラが立ち上がる。
「その時YUICAは、もう一段階進化するかもしれないね」
——四天王の圧倒的な実力。
——血の滲むような努力。
——そして、私にしかできない歌……?
答えは見つからないまま、セイラと共に店をでた。
初めての友達とのランチ会。
でもその足取りは、決して軽くはなかった。
(つづく)




