03 「一夜でダークスター」
配信を止めることができたのは、それから一時間後。
私は椅子に座ったまま、しばらく放心状態でいた。
画面にはまだゆいのアバターが映っている。
さっきまで私の怒りを代弁していたそのキャラクターが、今はとても遠い存在に感じられた。
「私……何をしてしまったんだろう……」
――控えめに言っても、人生最大級のやらかしをした。
重い体を起こして、恐る恐るSNSアプリを開いてみる。
「うわああああああ!?」
画面に表示されたのは、信じられない光景だった。
「#V界の悪役令嬢」がトレンド5位。
「#開き直りVtuber」がトレンド3位。
「#しねブタ」がトレンド1位。
――私の発言がハッシュタグになってる!?
恐る恐るタップしてみると、私の配信に関するツイートが滝のように流れている。
『キレたVtuberがリスナーを完全論破しててワロタ』
『これが本物のS系Vtuberか……震えた』
『YUICA♡ちゃん覚醒しすぎでしょwww』
『切り抜き動画見たけど笑いすぎて腹筋崩壊』
切り抜き動画?
――もう動画にされてるのかよ!
早すぎるだろインターネット!
動画サイトを検索してみると、既に大量の切り抜き動画が投稿されていた。
『【神回】キレ芸Vtuber視聴者を完全粉砕【罵倒まとめ】』
『「しねブタ」連発!史上最凶のS系Vtuber爆誕』
『これぞ真の女王様!容赦なき悪役令嬢タイム』
一番上の動画は既に20万回再生。
――二十万!?私の人生で一番再生された動画がこれかよ!
恐る恐るクリックしてみると、私が「はあ?気持ち悪い!」と叫んでいるシーンから始まった。
画面の中の萌え系ピンク髪の美少女アバターと、そこから出てくる三十六歳独女の怒りに満ちた罵倒。
このギャップが我ながら強烈すぎる。
コメント欄も地獄絵図だった。
『新時代すぎるwww』
『お嬢様に罵られたい人生だった』
『こんなVtuber待ってた』
『完全に俺も目覚めた』
――目覚めたって何に!?
私は慌ててアプリを閉じた。
胃が痛い。胃薬が欲しい。
【翌朝 アルバイト先】
いつものように電車に乗り、アルバイトしている出版社に向かう。
でもどこか落ち着かない。
まさか誰かに私だとバレてはいないだろうか。
――いや、バレるわけないよな。
まさか三十六歳独身女があんなアバターでVtuberやってるなんて誰も夢にも思わないだろうし。
昼休み、いつものコンビニでお弁当を購入。同じくのバイトの女の子(推定二十歳)が話しかけてきた。
「美咲さん!昨日すっごいVtuber見たんですよ!」
――心臓止まった。
「え、えーっと……どんな?」
冷静を装いながら、内心では冷や汗ダラダラである。
「もう最高だったんです!リスナーをバッサバッサ切り捨てて!あんなにスカッとする配信初めて見ました!『しねブタ』って言った時なんて、画面の前で拍手しちゃいました!」
――私の罵倒で拍手って……この子大丈夫か?
「そ、そうなんだ……すごいね」
愛想笑いを浮かべながら、内心では『やばい、やばすぎる』を連発。
こんな身近まで波及してるとは。
もっと世間とはディスタンスしてると思った自分が甘かった。
「美咲さんも絶対見てください!『YUICA♡』って名前のVtuberなんですけど、多分今日本で一番バズってると思いますよ!」
――日本で一番って……そんな大げさな。
職場に戻ると、ネットニュースサイトのトップに私の記事が。
『底辺Vtuberが視聴者を罵倒して大炎上→大絶賛「V界の悪役令嬢」誕生』
――炎上って……絶賛って……どっちなんだよ!
記事を読むと、私の配信が「Vtuber界に革命を起こした」とか「従来の媚びるスタイルを完全否定」とか書かれている。
――革命って……私はただキレただけなんですけど。
【夕方 帰宅後】
仕事を終えて家に帰ると、真っ先にゆいの部屋に向かった。配信機材はまだそのままだ。
昨日の出来事が現実だったことを物語っている。
部屋を片付けていると、机の上でメモ帳を発見。
表紙には「ファンサービスの心得」と書かれている。
開いてみると、ゆいの几帳面な文字でびっしりと。
『「○○してくれてありがとう」は必須ワード』
『リスナーさんは神様だと思って接すること』
『どんなに理不尽な要求でも笑顔で対応』
『絶対に喧嘩はダメ。常に感謝の気持ちを忘れずに』
『嫌なコメントも「面白いですね♪」で流す』
『相手を傷つける言葉は絶対NG』
――……。
私の目から涙がポロポロと。
ゆいはこんなに一生懸命だったのに。こんなに気を遣って、こんなに我慢して、理不尽な要求にも笑顔で応えて。
それでも人気が出なかった。
それなのに私が……「しねブタ」って言っただけで大ブレイク。
YUICA♡(妹)が2年間かけて作ってきたイメージを一夜で破壊するなんて、最低の長女だ。
「ゆい……ごめん……」
でも。
――でも、正直に言うと……ちょっと楽しかった。
心の奥底では認めたくない気持ちがあった。
昨日、配信している間、確かに私は楽しんでいた。
理不尽な要求をバッサリと切り捨てる爽快感。
視聴者数がグングン増えていく興奮。
人生で初めて、こんなにたくさんの人に注目された。
三十六年間、地味で目立たない人生を送ってきた私が、一夜にして日本中の話題の中心に。
――これが……承認欲求ってやつか。
「でも私、これからどうすればいいんだろう……」
ゆいが帰ってくるまで、この秘密を抱えて生きていけるだろうか。それとも、もう一度だけ……。
配信チャンネルのコメント欄を見ると、大量のメッセージが届いていた。
『YUICA♡ちゃん、今日も配信お願いします!』
『お嬢様の罵倒をもっと聞かせてください!』
『昨日の配信で人生変わりました!』
『神配信をもう一度!』
――うわあ……めっちゃ期待されてる。
私の心は激しく揺れていた。
罪悪感と……ちょっとした優越感の間で。
そしてライブ用のアドレスをクリックしてみる。
【待機人数2万人】
「え、ええ?に、に、二万人って?なんじゃそりゃーー!」
真面目な私には、2万人を待ちぼうけさせるほどの胆力がない。
——もう、やるしか無い。
私は再び、配信ボタンを押した。
(つづく)
――次回「妹ゆい、旅先で衝撃の真実を知る!?」
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