30「地獄のようなプロローグ」改訂
——ここは、誰一人、私の味方はいない場所。
——そのはずだった。
【都内・大型ライブハウス「CYPHER」】
薄暗い照明の中、重低音のビートが会場を震わせている。
汗と熱気、そして明らかな敵意に満ちた観客たちの声が、容赦なく響いていた。
私が今立っているのは、MCバトルの会場の隅に設置された特設ブース。
黒い壁に囲まれたその空間は音を遮ることなく、むしろ会場の生々しい空気をダイレクトに感じられる構造になっていた。
客席側はマジックミラーになっていて、その殺伐とした光景がハッキリと見える。
「Vtuberがバトルするってマジかよ」
「色物風情がよくノコノコと来れたな」
「フリースタイル舐めやがってよぉ」
「恥かいて帰れよ、クソ素人が」
観客席からの容赦ない罵声が、ブースの中にいる美咲の耳に直接叩き込まれる。
——怖い、うるさい、帰りたい!
田中美咲、36歳は、会場サイドの特設ブースに設置されたモーションカメラの前で全身を震わせていた。
手に持ったマイクは汗でべとべと。
心臓は今にも止まりそうなほど激しく鼓動している。
——逃げたい。
——今すぐここから逃げ出したい。
観客席の最前列。タトゥーの入った筋骨隆々の男が、ブースを指差して大声で叫んだ。
「おーい!YUICA!びびって泣いてるー?」
会場が爆笑する。
美咲の顔が真っ青になった。
——もうダメだ。
——こんなの無理に決まってる。
その時だった。
「さあ第一回戦!次のバトルは……」
「10万人が見守る注目の一戦だぁ!MCクラッシュ vs YUICA♡!」
司会の声が響いた瞬間、会場に設置された透過LEDスクリーンに、ピンク髪の美少女アバターが、まるでホログラムのように映し出された。
「うわー、ガチでVtuberだ」
「神聖なバトルを汚しやがって!」
「5秒で終了だな」
「場違いなんだよ!帰れ帰れ!」
「Booooooooooooooo!」
罵声とブーイングが嵐のように押し寄せる。
まさに完全アウェイだ。
でも——
スクリーンの中のYUICA♡は、いつもの笑顔で堂々とそこに立っている。
対戦相手のMCクラッシュが、YUICAを見つめながら嘲笑を浮かべる。
「さすが2次元、ペラッペラだな」
「まさにアンタの人生みたいじゃん」
会場が再び爆笑する。
その笑い声が、ブースの美咲の胸に突き刺さった。
——そうだ私は...…
——自分でやると決めたんだ!
——おまえら……Vtuberってだけで、馬鹿にすんじゃないよ。
画面の中でYUICAの目が、鋭く光った。
「もうここに立ってる、やるしかない」
——36歳独女の陰キャに最も不似合いな場所。
——私がこんな地獄に足を踏み入れることになった理由?
それは、3週間前……
あの“挑戦”を受けたせいだ。
(3週間前にもどり、つづく)
執筆中、リリックや韻が成立しているか確かめるために、歌唱AIに歌わせたりしてました。
その音源をYutubeに公開しています。
【地獄のプロローグ】俺は言葉の洪水だ【MC CODAMA】
https://youtu.be/qvhrXM2iz7Q




