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29「130万人が見てた背中」(改稿)

 

 ——姉の美咲が配信を終えて寝静まったころ。

 ゆいは、暗い部屋でひとり、PC画面をみつめていた。



【深夜2時47分 ネット掲示板】


 834 :名無しさん@お腹いっぱい。

 正直、YUICAってもう伸び止まってね?

 セイラ戦がピークだったろ


 835 :名無しさん@お腹いっぱい。

 でも艦長に勝ったんだから十分だろ

 100万人超えてるし、これ以上何を求めるんだよ


 836 :名無しさん@お腹いっぱい。

 >>835

 それな、贅沢すぎる

 V個人勢は10万人でも大成功なのに


 837 :名無しさん@お腹いっぱい。

 いやでも、あの勢いで止まるのもったいなくない?

 一発屋で終わるには惜しすぎる


 838 :名無しさん@お腹いっぱい。

 一発屋って言うけど、艦長戦の衝撃は本物だったじゃん

 あれで満足してる奴多いんじゃね?


 839 :名無しさん@お腹いっぱい。

 満足って…それで終わりかよ

 俺はもっとYUICAの可能性が見たいんだが


 840 :名無しさん@お腹いっぱい。

 可能性って具体的に何だよ

 罵倒以外に何ができるんだ?


 841 :名無しさん@お腹いっぱい。

 それが問題なんだよな

 キャラが強すぎて、次の展開が見えない


 842 :名無しさん@お腹いっぱい。

 所詮、痛いおばさんが延命してるだけだろ。

 艦長戦も、あれ以上いじると炎上するから勝たせただけって気づけ


 843 :名無しさん@お腹いっぱい。

 ↑こういう奴ってマジで"痛み"に耐えられない側なんだよな

 YUICAは"痛い"からこそ、刺さるんだよ


 844 :名無しさん@お腹いっぱい。

 >>842

 延命って何だよ、むしろ今が本格的なスタートだろ

 36年生きてきた重みを理解できない奴には無理だろうけど


 845 :名無しさん@お腹いっぱい。

 結局ブタPの戦略が甘いんだよ

 艦長戦以降、明確な方針が見えない


 846 :名無しさん@お腹いっぱい。

 >>845

 つまりプロデューサーがダメなんだわ

 YUICAは悪くないけど、ブタPがしくった


【YouTubeコメント欄】

 動画:「【雑談配信】最近思うこと、色々」


 ▶️ 満足豚

 艦長に勝った時点で俺は満足したよ

 あれ以上の感動はもう求めてないので

 のんびりやってほしい


 ▶️ 欲張りブタ

 ↑それもったいなくない?

 YUICAならもっと上いけるでしょ


 ▶️ 現実主義豚

 でも現実問題、100万人って十分すぎる成功だぞ

 調子に乗って失敗するより現状維持でいいじゃん


 ▶️ 推し疲れ豚

 正直、毎日配信追っててちょっとしんどくなってきた……

 でも離れられない。なんでだろ


 ▶️ 冷静分析豚

 YUICA本人は頑張ってるけど、ブタPの今後の戦略が見えんね

 もっとちゃんとプロデュースしてほしいわ


 ▶️ 理解者豚

 完璧じゃないから愛せるんだろ

 むしろ今の迷いも含めて、全部がYUICAだよ


 ▶️ 不安な豚

 最近のYUICA、なんか迷ってる感じがする

 急に有名になりすぎて戸惑ってるのかな


 ▶️ 人生経験豚

 この人の言葉に重みがあるのは、ちゃんと生きてきたからだと思う

 薄っぺらいVとは違う


 ▶️ 分析豚

 データ見る限り、成長曲線が完全に鈍化してる

 これ典型的な「一山越えた」パターンだよ


 ▶️ 応援豚

 でもそれがYUICAらしいじゃん

 完璧じゃないところが愛おしいのだ



【まとめサイト:VTuberまとめ速報】



「【議論】YUICA♡はこれで『成功』なのか?それとも『途中』なのか?」


 ・艦長戦という最高のクライマックスを経験した視聴者の「燃え尽き」現象


 ・100万人到達で「十分成功した」と満足するファン層の存在


 ・一方で「この程度で終わってほしくない」という期待する声も


 ・急激な成長に本人も運営も追いついていない感が否めない


 ・「次の大きな山場」が見えないことへの不安


 ・むしろ現状維持を望む「安定志向」のファンも多数


 ・一部アンチからは「延命」「痛いおばさん」などの声も


 ・多くの批判がブタPの戦略性の甘さに集約されている傾向


 ・一方で「36歳ならではの重み」を評価する声も根強い



 コメント欄:

「正直、艦長戦の感動があまりに強すぎて、その後何見ても物足りない」

「100万人って、ほとんどのVにとって夢の数字なんだが…」

「でも可能性を感じるから、もっと上を目指してほしい気持ちもある」

「ブタPがもう少ししっかりしてくれれば」

「人生経験の重みは他のVにはない武器だと思う」


【X】


 @satisfied_buta

 艦長に勝った瞬間がピーク

 あれ以上は求めない、完璧だったでしょ


 @ambitious_pig

 ↑もったいなすぎる

 あの才能でこのまま終わるのは業界の損失


 @realistic_user

 急激すぎる成長って持続しないよ

 自然な形で落ち着くのが健全じゃない?


 @hater_36

 36歳で今更Vとか見てて痛々しい

 ブタ信者も現実見ろよ


 @defender_buta

 ↑お前が痛々しいわ

 年齢で人を判断してる時点でお察し


 @industry_watcher

 ブタPが自分のことで忙しくてYUICAを疎かにしてるんじゃないか。

 有名になったとたん急に表舞台に出てきたし


 @deep_fan

 YUICAって、痛くてズレてるけどさ……

 ああいう"ズレ"が今の社会には必要なんだよな


 @life_experience_matters

 36歳だからこその説得力ってあるんだよ

 20代のVには出せない重みがある


 @outsider_solidarity

 みんなが「普通」を求める中で、YUICAは「異常」を貫いてる

 それが救いになってる人間もいるんだよ

 伸びないのはブタPが悪い



【同時刻 ゆいの部屋】


「やっぱり……みんな、あたしを批判してるねぇ」


 ゆいは画面を見つめながら、複雑な気持ちになった。


「ブタPの戦略が甘い、目立ちたがり屋のプロデューサー……」


 でも、不思議と腹は立たなかった。


「とりあえずはこれで良し」


 最初からわかっていたことだった。ブタPとして表に出たのは、お姉ちゃんを守るため。

 アンチが増えるこのタイミングで批判の矢面に立つのがあたしの役目。


 特に、いじめ撲滅のイメージキャラクターで大炎上した事件が決めてになった。

 


「ああ見えてお姉ちゃんの内心は傷つきやすいから、アンチコメがブタPに向くのは好都合だ……」


 自分への中傷コメントを見ても、むしろ作戦通りだと思えた。


 でも、深いファンの声を見つけた時、胸が少し温かくなった。


「36歳だからこその重み……そう、それを分かってくれる人もいる」


「かといって、それだけじゃ足りないんだよね……」


 ゆいの手元には分析データが広がっているが、見れば見るほど混乱してくる。


「ここから、どうすればいいのかわからない……」


 ペンを握る手が小刻みに震えていた。数字は読めても、そこから先の答えが見えない。


「本当にあたしがプロデューサーで良かったのかな」


 世界ランキングを見上げる。世界一、800万人の頂点まで、まだ700万人近い差。

 日本一、鳳凰院セイラとの差ですら300万人の開きがある。


「日本中のトップVtuberを見ても100万人台で停滞してる人が多いんだよね……」

「その理由がわかれば戦略も立てられるんだけど」

 

 でも、具体的な方法が思い浮かばない。

 YUICAが特別ではなく、どんなVtuberでも100万人を超えたところから一気に成長が鈍っているのはデータが示しているとおりだ。


 そもそも2年間Vtuberをやって、2000人しか集められなかった自分に、本当にお姉ちゃんを世界一にできるのだろうか。


「あの時……あたしがもっと上手くやれてたらなぁ……」


 過去の失敗が頭をよぎる。

 配信で緊張して言葉に詰まった日々。

 視聴者が一人、また一人と離れていった記憶。

 自分の時のYUICAは、数字に一喜一憂し、キャラクターが定まらかった。


「結局あたしが無能だから……お姉ちゃんが伸び悩んでるんじゃ……」


 新しいメモを取り出すが、何を書けばいいかわからない。


「あたし、プロデューサーとして本当に才能あるんだろうか……」


 机に突っ伏しそうになった時、YouTubeの関連動画に見慣れない動画が現れた。



『【MCバトル】社畜サラリーマンの罵倒MCで会場熱狂【CODAMA】』



「これは……」



 動画を再生する。薄暗いクラブで、熱狂する悪そうな観客。

 そこに、飲み会後の乱れたスーツ姿のような場違いな格好で現れた眼鏡の男性。


 そしてMCバトルが始まると、いかつい格好の対戦相手が、場違いサラリーマンを中傷しながらラップで罵倒する。盛り上がる会場、耳元でがなり続ける声。それをマイクを握ったまま耐えるようにじっと聞いているサラリーマン男性。


 しかし、彼のターンとなった瞬間。


 完璧にリズムに乗った反撃の罵倒が、まるで流水のように紡がれていく。

 そのまるで言葉の芸術のようなリリックが、会場を席巻し、一瞬で観客の心まで支配していった。


 ——この人、すごい。


「この人、お姉ちゃんと同じだ……場違いな場所で、言葉だけで戦って、最終的に全員を味方にした」


 ゆいの目が輝いた。



「これならお姉ちゃんの真価を、アンチも含めて全員に証明できるかもしれない」



 新しいメモを書き始める。


『現状:ファンの満足と停滞、ブタPへの批判増加』

『課題:急激成長の副作用への対処』

『解決策:歌による新境地開拓のヒント"MCバトル"』



 深夜の部屋で、ゆいは静かに決意を固めていた。


「でもV好きな人たちが、MCバトルなんて興味持つのかな。むしろアンチなんじゃ」

「……でもお姉ちゃんは、こんなもんじゃないから」


「あたし……知ってるから。お姉ちゃんの本当の強さを」


 家族写真を見つめながら、ゆいは小さくつぶやいた。


 こうなったら批判されても構わない。

 あたしがどんなに無能だと言われても、戦略を叩かれても。


「絶対に、YUICAを世界一にしてみせる」


 お姉ちゃんが一番に輝ける場所を、必ず見つけてみせる。


(つづく)



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