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27「最強の友達を頼れ」(改稿)

 翌日の夕方。


 会社から帰宅した私を待っていたのは、リビングでノートパソコンに向かうゆいの姿だった。


「お帰りなさい、お姉ちゃん。お疲れさま」


「ただいま。今日のインタビューはどうだった?」


 そう、今日はゆいがブタPとして山之内部長の動画インタビューを受ける日だった。


「まあまあ、かな。とりあえず見てみる?もう編集済みでアップロードされてるから」


 ゆいが画面を私の方に向ける。


 電子出版部のYouTubeチャンネルに、すでに動画がアップされていた。



 

『【独占インタビュー】謎の天才プロデューサー「ブタP」が語る!YUICA♡成功の秘密とは?』



 

 ——なんかすごいサムネイルになってる……


 動画をクリックすると、会議室での撮影風景が映し出された。


 黒いシャツにサングラスで正体を隠したゆいが、山之内部長と向かい合って座っている。


「それでは改めまして、本日はお忙しい中ありがとうございます。YUICA♡さんの敏腕プロデューサー、ブタPさんです」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 ゆいの声が、いつもより低く落ち着いている。完全に別人格だ。


「まずお聞きしたいのですが、YUICA♡さんの魅力とは何でしょうか?」


「彼女の最大の魅力は『普通さ』ですかねぇ」


 ゆいが即答する。


「世の中のVtuberは、完璧すぎるんです。歌も上手い、ゲームも上手い、トークも面白い。でも、それって現実離れしてませんか?」


「なるほど……まさに項羽と劉邦の違いですね!完璧な項羽より、親しみやすい劉邦が民衆に愛されたという!」


 ——やっぱり歴史ネタに繋げてきた……


「そうですね。YUICA♡は罵倒もするし、時には良い話もする。そこには36年間という人生経験の重みがある。だからこそ、視聴者の悩みに寄り添えるんですよ」


「素晴らしい分析ですね!まさに現代のジャンヌダルクといったところでしょうか!」


 ——山之内部長ブレないな。


「ただ、YUICAさんの登録者数の勢いがここにきて一気にペースダウンしていると思うのですが……」

「今後どういう戦略をされるおつもりですか?今後の展開についてお聞かせください」


 ここで、ゆいの肩が微かに上がった。画面越しでも緊張が伝わってくる。


「え、えっと……それは……」


「もしや、YUICA♡さんがまだ披露していないゲーム配信や歌コンテンツですか?歌は上手いんですか?」


 山之内部長が前のめりになる。


 ——やばい、ゆい、どうする?


 ゆいが一瞬固まったのが見えた。でも、次の瞬間には堂々と答えていた。


「そろそろYUICAにしか出来ない武器を見せる予定です……」


 ゆいの声に力がこもる。


「おお!それはまさしく革命的な何かでしょうか?!」


「ええ。このブタP……V界に革命を起こす分野にYUICAを殴り込ませるつもりです」


 山之内部長の目が輝いた。


「革命!……まさに下克上の始まりですね!織田式?それとも羽柴式で?」


 ——公文式みたいに言うな……


「詳細はまだ言えませんが……」


 ゆいが少し間を置いて、効果的に言葉を続ける。


「間違いなく、Vtuber界に衝撃が走るでしょうね」


「これは楽しみですね!黒船来航レベルの衝撃を期待してます!」


 ——私聞いてないけど?何やるの?

 

 私、カラオケすら行ったことない陰キャなのに……


「視聴者の皆さんもブタPさんの戦略。”死せる孔明、生ける仲達を走らす“に期待しましょう!」


 ——それ、孔明死んでる話しやん。

 

 動画はそこで終わった。


「どう?なかなか良い感じでしょ?」


 ゆいが得意げに振り返る。


「すごいよ、ゆい!完璧なプロデューサーっぷりだった!」


 私は素直に感心した。

 こういう時のゆいは本当に頼りになる。


「でも……Vtuber界に衝撃って、何するの?」


「それはね……」


 ゆいが少し考える素振りを見せた。


「実は、まだ何も考えてない」


「え?」


「だって、とっさに聞かれたから、つい大きなこと言っちゃった」


 ——やっぱり……まあそれもゆいらしいちゃ。


「でも大丈夫でしょ?何とかなるよ」


 ゆいがあっけらかんと言う。


「何とかなるって……もう動画公開されてるから、ちゃんと考えておかないと」


 Xを見ると、リプライやコメントが次々と流れている。


『ブタPの衝撃発言きたー!』

『YUICA♡の歌展開楽しみ!』

『音楽系コンテンツって何だろう?』

『期待しすぎて眠れない』


 ——ここで期待を裏切ったらもう終わりだ……

 ——落ち着け、落ち着け田中美咲……

 頭の中で警報が鳴り響いている。


『緊急事態発生!緊急事態発生!』

『全美咲、パニックステーションに退避せよ!』

『繰り返す、全美咲、パニックステーションに退避せよ!』


 ソファーの上で、クッションに頭を突っ込んで震えている私の背中をゆいが優しく撫でる。

 

「ねえ、お姉ちゃん、いい子だからこれ見て」


 顔を上げるとスマホに表示されたブタPインタービュー動画の再生回数が、みるみる上がっていく。


 もう40万再生……


「うわぁ……すごい勢いで伸びてる」


「でしょ?やっぱり話題性が大事なのよ」

「ハッタリかまして正解だったでしょ」

 

 ゆいが満足げに言う。

 でも、その時だった。


 コメント欄に、ちょっと気になる書き込みが流れた。


『でもYUICA♡って最近登録者数の伸び止まってない?』

『確かに、130万人から全然増えてない気がする』

『まあ、そろそろ新しいことしないと頭打ちかもな』


「まぁ……ヘビーな視聴者には気づかれてたか」


 ゆいの表情が少し曇った。


「なに?どういうこと?」


 ゆいがスマートフォンを取り出して、YUICA♡のチャンネルを確認する。


「ほら、見て。艦長との戦いの後から登録者の増加率がジェットコースターで下がってるでしょう」


 ——たしかに。

 まるでどこぞのネット小説家のPVみたいだ……


 (謎の声:やめてー)

 

「130万人でほぼ横ばいっていうか停滞なんだよねぇ」


「これって……原因はなに?」


「うーん……正直よく分かんないんだよ」


 ゆいが珍しく弱気になった。


「だってあたし、元々2000人だったし……100万人超えてからの戦略なんて知らないよ」


 ——そうだった。ゆいも、この規模での運営は初体験なんだ。


「でも、動画では大きなこと言っちゃったし……」


 私はますます不安になった。


「どうしよう、本当にどうしよう……」


「お姉ちゃん、落ち着いて」


 ゆいが私の肩に手を置く。


「そんなにパニックになってても仕方ないでしょ」


「でも……」


「こういう時に頼れる友達がいるでしょ!」

 

「ねえ!私が陰キャなの知ってるでしょ!そんな都合のいい友達なんて……………あ」


「ほらぁいるじゃない。日本一頼れる友達がぁ」

 

 ——鳳凰院セイラ。

 登録者数450万人。日本一のVtuber……!?

 私の脳内がまた騒がしくなった。

 

「無理無理!ムリムリムリ!……あの人にそんなこと聞けないよ!」


「なんでよ。いつもDMで罵り合ってる仲でしょ?」


「それとこれとは違うじゃん!あれはYUICAっていうキャラがあるから話せてるだけで」


「だから、リアルで直接会って真面目に聞くんだよ。向こうからも会おうって言ってたじゃない」


 ——直接会って聞けだと?おまえは何を言ってるんだ。


「ネットとリアルじゃ雲泥の差なんだよぉ!だから陽キャはやなんだよ!全然わかってないよぉ!」


「なんで?困った時に頼ってこその友達でしょ?」


 ゆいの言葉に、私はハッとした。

 確かに、36年間友達が居なかった私には、友達の何たるかが分からない。


 頼れる友達ってなんかいい響き。

 だから頼られる方も嬉しいものなのかな。

 

「……わかった。じゃあ……セイラに連絡してみる」


「はい。じゃ今すぐDMして!」


 スマホを差し出し、ゆいが微笑む。


「きっと力になってくれるよ。あの人、根は優しそうだから」


 ——ゴクリと唾を飲む。

 落ち着け、セイラは確かに優しい人だった。


 私はスマートフォンを受け取り、セイラの連絡先を表示した。


 指が震える。


 でも、ゆいの言う通りだ。


 YUICAの未来のためにも、今こそ友達を頼るべきだ。

 一度も会った事ないけど。

 

 深呼吸して、メッセージを打ち始めた。


『セイラ、お疲れさまです。相談したい事があるので、近々会えませんか?YUICAより』


 送信ボタンを押すまで、少し時間がかかった。


 でも、最後は思い切って送信した。


 すぐに既読がついた。


 そして、数分後。


『おうYUICA、お疲れさま!もちろん大丈夫だ。今週末オフだから昼にでも会おう。楽しみだな。セイラより』


 ——セイラらしい、力強くも温かい返信だった。


「どう?」


「週末に会ってくれるって」


「よかったじゃない」


 ゆいがほっとした表情を見せる。


「きっと良いアドバイスもらえるよ」


 私も少し安心した。


 でも、心の奥では不安もあった。


 でもセイラから聞かされる「現実」が、想像以上に厳しいものかもしれない。


 それでも、今は前に進むしかない。


 YUICAの未来のために。


(つづく)

 

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